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第八章 武闘大会(後編)
祝賀会
しおりを挟む『お疲れ!』
代表騎士宿舎の二階。
会食あとに行われた夜会に参加してバルコニーで乾杯する。
「やっと予選関係が終わったぁ」
「むしろ本戦までが長丁場だった」
そう話してエールをあおるのはロイズとドニ。
団体戦の上位進出パーティが決定して一旦団体戦は一区切り。
今度は個人戦の本戦が始まる。
「今まで本番ではなかったのか」
「個人戦も団体戦もこれからが本戦です」
「では今後は見応えのある試合が観れるんだな?」
「今までは見応えがなかったような言い方を」
「事実だろう」
魔王と会話を交わすベルから黒ベルがニョッキリしていて苦労人のエドがまあまあと宥める。
「楽しみにしてるぞ」
「……頑張ってみる」
異世界最強が満足できるような試合を望まないで欲しい。
それこそデザストル・バジリスクでも試合に参加しない限り異世界最強を満足させられそうにない。
「今日はこのまま宿泊できるんですか?」
「ああ。一昨日と昨日で仕事は片付けてきた」
「いつもいつの間にか居なくなってますからね」
ロイズは魔王にそう言って笑う。
基本は地上層に居ると言っていたけど、実際には魔王城での仕事もあって夜になるとフラっと帰ることが多い。
神出鬼没なのは相変わらず。
ちょくちょく宿舎には来ているものの会食や夜会に参加したのは今夜が初めて。
「英雄!」
背中にビターンと勢いよく張り付かれてグラスを落としそうになったのを隣から魔王が押さえてくれて事なきを得る。
「上位進出おめでとう。カムリン」
「王都代表のみなさまもおめでとうございます」
「ありがとう」
背中にはり付いたカムリンを引き剥がして握手をする。
一緒に店舗地区を見て回った時は可愛いと思わされたけど、基本はやっぱりこの暴走変態のようだ。
「カムリン!またみなさんにご迷惑を!」
「いつもお疲れさま」
「本当に本当に申し訳ございません!」
ペコペコ謝罪する付添人にみんなで笑う。
この付添人もある意味エド以上の苦労人だ。
「は、初めまして英雄!王都代表のみなさま!」
「カムリンがご迷惑をおかけしてます!」
「四人ともブラジリア集落の代表騎士だよな?」
『はいっ!』
「上位進出おめでとう」
『ありがとうございます!』
ん?この可愛い生き物たちは忠犬ハチ公かな?
カムリンの後を追ってきた代表騎士たちの尻尾が激しくパタパタしていて、一人一人と握手をしつつモフり欲を刺激される。
「以前みなさまと呑んだことを話したら恨まれまして。お話ししたいと言うのでこうして参上した次第です」
「九割はただの私欲だろ?」
「間違いない」
「その異物を見る目……ああ……ご褒美」
悦ぶ超絶変態をジト目で見るロイズとドニ。
冷ややかなみんなの目に少し笑った。
「英雄。お隣の殿方へご挨拶する機会をいただけますか?」
「ああ、うん。そういえば初めて会うんだったな」
「お初にお目にかかります。カムリンと申します」
「フラウエルだ」
「お美しい殿方にお会いすることできて光栄です」
「娘も美しい色をしている」
「色?」
俺の隣に居た魔王にカーテシーで挨拶をしたカムリンは色と言われて首を傾げる。
魂色が見えてるのは魔王だけだから色を褒められても分からないのも当然だ。
「あ。ロザリア」
「シ、英雄」
バルコニーに出て来たのはロザリアと集落の代表騎士。
シンと呼びかけて言い直したのはカムリンたちも居ることに気付いたからだろう。
「ロザリアたちもバルコニーで呑むのか?」
「今日は人が多いですのでこちらでと思ったのですが、みなさまのお邪魔になってしまいますので戻ります」
「普通に話せよ」
「恐れ多いことで」
少し身を低くして顔をあげずに話すロザリア。
これが正式な場なら今のロザリアの対応が正しいんだけど、今更そうされてもむず痒いだけ。
「頭に虫がついてるぞ?」
「え!?」
「嘘だけど」
髪から虫を取る仕草をすると慌てて顔をあげたロザリアに何も持っていない手を開いて見せる。
「せっかくだからみんなで呑もう。上位進出祝い」
「……もう。淑女のフリ頑張ったのに」
「フリって言うな」
いつものロザリアに戻ったあと王都とブラジリア集落とロザリアのところのバレッタ集落の代表騎士で交流会。
交流会と言うとお綺麗だけど、要は打ち上げの飲み会。
エドとベルも同じ獣人同士で話ができて楽しそうだ。
「賑やかなことだ」
「フラウエルは苦手か?人が多いの」
「苦手ではないが、お前さえ居ればいい」
「甘」
楽しそうなみんなを少し離れて微笑ましく見ているとフラウエルも来て、真顔で言われたその甘い言葉に笑う。
「失礼いたします。お飲み物はいかがですか?」
「いただこう」
「俺も貰います。ありがとう」
俺たちが集まって交流会をしているからか、今日はフロアと同じくバルコニーでもスタッフが飲み物を配っている。
薄ピンクのスパークリングワインが注がれたグラスを受け取ってフラウエルと軽く乾杯した。
「ん?耳鳴り」
「ゴーストバットに超音波を出させた」
「見えないけど今日も居るのか」
「あの者たちには声が届かないよう少し阻害させて貰った。近くまで来れば会話もできるから安心しろ」
一瞬だけ耳鳴りがしたと思えば魔王の仕業(正確にはゴーストバットの能力)だったようだ。
「ロザリアと言ったか。お前の伽の相手」
「さすがにみんなの前では言うなよ?」
「人族と魔族では伽の重みが違うことは分かっている」
「まあ違うかな。俺は魔族寄りだと思うけど」
俺の伽が重い意味を持つかと言うと、それはない。
一夜を共にすることに深い意味などなく、好みの子とそれらしい空気になればしっかり据え膳だけはいただくクズ。
「ロザリアがどうかしたのか?」
「あの娘には気をつけた方がいい」
「え?」
「なぜか分からないが少し気になる」
どういうこと??
気になる理由ってものがあるだろうに。
「それっていい意味で言ってるんじゃないよな」
「いい意味?」
「たんにロザリアが好みだから気になってるとか」
「俺が精霊族の小娘をか?」
ですよね。
魔王から鼻で笑われる。
「理由は分からないけど気になる、か」
「魂色に濁りがある」
「え?気になる理由が分かってんじゃん」
「そうではない。誰しも悩みや迷いごとがある時は濁る。元の魂の美しいお前でも西区のことを考えている時にはよく濁る」
「へー。そうなのか」
誰だって悩んだり迷ったりする。
でも気になる理由はそれ以外のなにかってことか。
「そういえば前にカムリンにも言われたな。気をつけろとか簡単に心を許すなって」
あれはロザリアに限定して言われたことではなかったけど、カムリンからも忠告を受けて魔王からもとなるとさすがに何かあるのかと気になる。
「やはりあの娘の方はどこかで……」
「フラウエルには会ったことないって言ってたぞ?魔王に会ったことがあるのは王都の人だけだと思うけどって。隠してる様子や嘘をついてる様子は見られなかった」
呟いてカムリンを見ながらグラスの酒を呑む魔王に、あの時本人に確認したことを話す。
「俺も本人には見覚えがない。ただ、あの美しい魂色を以前どこかで見たような」
「獣人族の集落に行ったことは?」
「ない。あるのはエルフの領域とお前たちの王都だけだ」
それなら会ったことがなくて当然。
でも魂色はどこかで見た記憶があるのか。
「まああの娘に害はない。それより赤髪の方だ」
「んー。俺はロザリアが悪い奴には思えないんだけど」
「悪人だとは言っていない。純粋にお前を慕っていることも魂色で分かる。たが俺の不快な感覚が拭えない」
「本能的な勘ってことか」
第六感的な話っぽい。
所謂嫌な予感ってやつだ。
「分かった。ハッキリしないのにもう関わるなって話なら断るけど、仮にまた二人きりになることがあっても気にかけるようにする。フラウエルの第六感ってなんか信憑性が高そうだし」
「ああ。それでいい。念のためにな」
確証のないことで親しくなった人を避けたくない。
でも異世界最強の第六感は信憑性が高そうだから、今後ロザリアの前で完全に気を抜くことは避ける。
ただ、バレッタ集落の騎士と楽しそうに話しているロザリアの明るい表情を見ていると気を付けないといけない相手とは思えないのが本音。
「シンさま」
「ん?どうした?」
ロザリアを見ていると目が合ったベルが歩いてくる。
「明日王都へ戻られた際にお願いがあるのですが」
「お願い?なんだ?」
本当に近くまで来れば聞こえるようだ。
音をシャットダウンする防音魔法は中の人の声が外の人に聞こえなくなって外の人の声も中の人に聞こえなくなるけど、ゴーストバットの超音波は“範囲の外の人に聞こえ難くなる”だけで、今まで音を遮っていたことにさえ気付かれていない。
「主にお願いするのは心苦しいのですが、大聖堂でクロス用のチェーンを買ってきてくださいませんか?」
「そういえば千切れたって言ってたな」
「はい。子供の頃から身に付けているので無いと落ち着かないのですが、ここには大聖堂がありませんので」
「分かった。寄って買ってくる」
「お忙しいのに申し訳ありません」
「大丈夫。通り道だし」
「ありがとうございます」
明日俺はカームの手続きのために一旦王都に戻る。
ベルが俺に頼みごとをするのは珍しいと思えば、今日の試合で千切れてしまったネックレス(クロス用チェーン)を買って来て欲しいらしい。
「チェーンならどこにでも売っているのではないか?」
「クロス用のチェーンは祝福された物ですので」
「祝福?」
「神から祝福を受けた物と言えば分かりますか?」
「地上の信仰はよく分からないが、特別製ということか」
「はい」
信仰心がない人にはその辺に売っているチェーンと同じ。
でも信仰心が篤い人にとっては全くの別物。
「このくらいであれば直してやれるが」
「直せるのですか?」
「ああ。だが、やめておこう」
「直していただけるならシンさまに頼まず済むのですが」
「精霊神の祝福を受けた特別な代物なのだろう?魔族の神は魔神だ。創造神の違う俺が触るべきではない」
ベルが小さな布袋に入れて持ち歩いていたチェーンを見た魔王はそう言ってベルに苦笑した。
「俺も半分は魔族成分配合だから」
ベルがエドのところに戻る後ろ姿を見ながら言う。
違和感がないくらい馴染んでいるけど魔王は魔族。
でも俺にも魔族の血が混ざってる(らしい)から、この場で魔族なのは魔王だけじゃない。
「創造神が違うことを気にしたと思ったのか?」
「分からないけど言っておこうと思っただけ」
「揃いなのを宣言するほど俺が好きか」
「は?気を使ってやったのに何だその上から目線」
「気を使ってやったという言葉の方が上から目線だと思うが」
コイツ可愛くねぇぇぇぇぇぇえ!
少し寂しそうに見えたから言ったのに!
「シン!フラウエルさん!ストップ!」
「英雄と賢者に暴れられたら宿舎が壊れる!」
「シンさま魔力を抑えてください!魔力酔いします!」
慌てた様子で声をあげたロイズとドニとエド。
いつの間にか魔力が漏れてたということか?
「俺の魔力?フラウエルのじゃなくて?」
「俺はなにもしていない」
「今のはシンさまの魔力でした」
「悪い。気付かなかった。みんな大丈夫か?」
今までこんなことはなかったのに。
俺の魔力で魔力酔いすると言われたのは初めてだ。
「普段英雄が如何に魔力を抑えてるのか分かりました」
「試合中の強さも加減してアレなのですね」
「分からないほどに制御出来るとは、さすが英雄」
「いや、あの」
ブラジリア集落やバレッタ集落の代表騎士からキラキラした目で見られて言葉に詰まる。
召喚されて来た時から何もしなくても自然に制御されていただけで、普段から意識して抑えてる訳じゃないんだけど。
むしろ今更になって本格的な制御訓練を始めたんだけど。
「ど、どうして急に魔力が漏れたんだと思う?」
みんなには謝って魔王を引っ張り少し離れて訊く。
「分からない。心の乱れで無意識に放出されることはあるが、お前の場合は安全装置が付いているようなものだからな」
「その安全装置がぶっ壊れたってこと?」
「今は意識して制御しているのか?」
「ううん。言われた時は抑えるよう意識したけど」
「それであれば壊れていないということだ。今の魔力量は普段のお前と変わらない」
ぶっ壊れた訳じゃなさそうなのは少し安心したけど、今まではこんなこと無かったのにどうして。
「理由は分からないけど今後は気を付けないと」
「やはり制御訓練に力を入れるべきだろう」
「そうする。みんなにシンドい思いをさせたくないし」
目の前に居た魔王は平然としてたけど、それは魔王が俺以上の魔力量を持っているからなんともなかっただけ。
今までは無かったことが起きたんだから、これまでのように自然制御を過信してはいけないとよく分かった。
「俺が好きかと言ったことがそんなに腹立ったのか?」
「いや。怒ってない」
「そうか。それほど嫌だったのかと」
「こいつ可愛くないと思ったことは事実だけどな」
呆れ半分、軽くイラって程度。
いくら情緒不安定の俺でも、あの程度からかわれたくらいでマジ切れするほど気が短くない。
・
・
・
「あれ?カムリンは?」
みんなで話して(呑んで)いて一時間ほど。
いつの間にかカムリンの姿がない。
「飲み物を頼んでくると話してました」
「あれ?行って結構経つ?」
「そういえば」
ブラジリア集落の仲間には声をかけて行ったようだけど、行ってから結構経っていることには今気付いたようだ。
「トイレか?」
「誰かと一緒に居るようだ」
「え?」
「エルフ族や人族の四人と居る」
「どこに居る?」
「外だ」
そう言って魔王が見たのはバルコニーの下にある中庭。
みんなも釣られて見たけど薄暗くて下の様子はよく見えない。
「見て参ります」
「俺が行った方が早い。フラウエル付き合ってくれ」
「ああ」
「英雄!?二階ですよ!?」
「平気。カムリンなら平気だと思うけど一応見てくる」
わざわざ会場を出て中庭に回るよりこの方が早い。
バルコニーの柵に乗って飛び降りた。
「えっと、カムリンを入れて五人か。……どれだ?」
「こっちだ」
俺も探知を使ったものの代表騎士仲間で散歩でもしているのか五人組が数組居て、どれがカムリンか分からず訊くと魔王は右に向かう。
「どれが本人か分かる能力って便利」
「万能ではないがな。魔物は魔物としか分からない」
「そういえばファイアベアは分からなかったな」
「魔物は魂色が単純すぎて個体判別がつき難い」
「そうなんだ」
魂色という物が見える魔王だからできる探知方法。
カムリンが居る所に向かいながら話を聞いて、改めて魔王の能力はチートだと思わされた。
「居た」
「なぜ隠れる」
「シー。知り合いと話してるだけなのかも知れないだろ」
カムリンが居たのは中庭の噴水前。
静かにするよう言って木の後ろに隠れて様子を伺う。
知り合いと話してるだけなら話の邪魔になってしまうから。
「目障りなの」
「邪魔しないでちょうだい」
聞こえてきたのはそんな言葉。
多分どこかの女騎士だろう。
こんな展開どこかで……と思えばアデライド嬢の時。
あの時も木に隠れて聞いてたな。
木陰で聞き耳をたてる今の俺たちはストーカーっぽい。
「何がおかしいの?」
「え?自分たちがおかしくないと思ってたの?」
ふふふと笑い声をあげるカムリン。
「あのね?たしかに私は蔑まれるのも痛いのも好きだけど、誰でもいい訳ではないの。自分より強い人だから気持ちいいの。貴女たちではただ不快なだけ」
あの時と似た展開だと思ったけど違った。
言われて口篭る可愛らしさのあるアデライド嬢と違ってカムリンは超絶変態の強者だった。
「貴女たちが欲しいのは英雄のなに?権力やお金?それとも優秀な子種?強くてお美しい方だものね」
「私はただ純粋にお慕いして」
「純粋?彼は英雄よ?本当に純粋な女なら尊き巨星のお姿を拝見できただけで満足するんじゃないかしら。あれもこれもと欲が出たならもうそれは純粋とは言わないでしょう?」
もしかして俺のことでこの状況になったのか?
誰が誰なのか全く覚えがないけど。
「英雄の全てを求める欲深い貴女たちと、見返りを求める欲深い私の何が違うのかしら。私は貴女たちの邪魔をするつもりはないし、私も変わらず自分の欲のままに行動する」
うん。欲望を隠しもしない変態は強い。
恐らく女騎士に絡まれて連れ出されたんだろうに、すっかりカムリンの独壇場になっている。
「もうこんなことはお辞めなさい。私が居るから貴女たちが構って貰えないのではなくて、貴女たちに魅力がないから相手にされないのでしょう?人の所為にする暇があるなら自分を磨いてはどうかしら。あの方は本気には応えてくださる方だと思うわよ?返事の善し悪しは別として」
カムリンの声はそれを最後に聞こえなくなり、少し話していた女騎士たちの声も遠ざかって行った。
「己に正直な逞しい娘だ」
「本当に」
静かになってから魔王が言って苦笑で返す。
囲まれて怯むどころか逆に説教するんだから強い。
しかも自分が求めるのは見返りだと誰に対してもブレないところも面白い。
「あれだけ堂々とした変態も珍しい」
「魔界には居ないタイプであることは確かだ」
「地上にもなかなか居ないと思うぞ?」
変態を極めた変態。
極めようと褒められたものじゃないけど、面白い奴なのは間違いない。
「誰も居なくなったしカムリンが戻る前に戻ろう」
「ああ」
バルコニーの下までに一回とバルコニーの上までの二回転移魔法を使ってみんなが待つ二階に戻る。
「どうだった?」
「行く必要なかった。もう戻って来るはず」
「絡まれてたんじゃないのか?」
「集まって話をしてた。本人が言うまで知らないフリしといてくれ。俺たちが見に行ったことも秘密で」
カムリンは女騎士たちと立ち話をしていただけ。
俺たちは何も見ていないし、何も聞いていない。
そう話して数分。
何事も無かったかのように戻ってきたカムリンは絡まれたことは一切話さず、手洗いに行っていたと仲間に話していた。
「さてと。俺は先に部屋に戻る」
「もうお休みですか?」
「明日は用があって出かけるんだ。早朝にここを出るから今日の参加は少しだけって最初から決めてた」
残念そうなロザリアや代表騎士たちに説明する。
祝賀会的な感覚で少し祝って先に部屋に戻ることは王都代表のみんなには話してあった。
「行ってしまう前に温もりと香りを体内に!」
横からビターンとはりつくカムリン。
宣言していた通り自分のスタイル(欲)を貫くようだ。
「勝ち進んだ時はまたみんなで呑もう」
「それならますます負ける訳にはいきませんね」
「再戦できるのを楽しみにしてる」
手をとって甲にキスをするとカムリンはぽかんとする。
その一瞬あと赤くなったのを見て笑い、目の前のロザリアにも「おやすみ」と挨拶して頭にキスをした。
見送ってくれるみんなにも「おやすみ」と声をかけて魔王とフロアに戻る。
声をかけてくる人には「明日起きるのが早いからまた今度」と断りを入れてフロアを抜けた……
「キャッ!」
「エメ!」
と思えば眼帯をしている右側から体当たりされて咄嗟に相手の背中に手を添えて体を支える。
「ちょっと!どこ見」
俺に支えられたまま怒鳴りながら顔をあげたのは、アルク国で会ったザコ虫たちの中の女魔法士(多分魔法士)。
互いに目が合って「あ」となる。
「お怪我はありませんか?」
関わりたくない相手との遭遇で嫌な顔をしそうになったのを瞬時に切り替えて怪我がないかを問う。
ぶつかってきたのはザコ虫の方だけど、死角から人が来るかも知れないと考えなかった俺も悪い。
「だ、大丈夫です。失礼いたしました」
「こちらこそ」
見上げてくるザコ虫に必殺営業スマイル(またの名前を愛想笑い)をして背中に添えていた腕を離した。
「それでは」
「は、はい」
あの日俺の首に剣を突きつけたリーダーも、人族を見下してた男二人も、通りすぎる俺に頭を下げたまま。
あの時に自分たちが見下した男の正体が俺だと知ったら一体どんな顔をするのだろうか。
権力の有無で態度を変える四人。
やっぱりこのザコ虫たちは好きになれない。
「あの者たちを知っているのか?機嫌が悪そうだが」
「フラウエルも会ってるぞ?アルク国で」
「俺も?」
「アルク国の冒険者ギルド。俺たちに着いて回ってた奴ら」
営業スマイルだと魔王にはバレてたらしい。
作り笑いを止め溜息をついて魔王もアルク国で会っていることを話す。
「アルク……ああ。あの小虫か。お前に仕置きされた」
「そう。すぐ思い出せないのがフラウエルらしい」
「闘う価値のない者の記憶など薄れるものだ」
さすが戦闘民族。
闘う価値がない(=興味がない)人はすぐに忘れるらしい。
「どうして小虫がここに?代表騎士の付き添いか?」
「いや。アイツらも代表騎士」
「冗談だろう?」
「本当に。俺たちと同じ王都代表。個人戦にも出てた」
男魔法士以外は勝ち進んだのかさえ知らないけど。
ちなみに団体戦の結果も知らない。
「あの小虫が王都代表?そこまでエルフは落ちたか」
「団体戦を観たならもう分かるだろ。エルフ族が弱いのを。もし全体があの実力ならアイツらが選ばれるのも仕方ない」
俺たちも数組のエルフ族と団体戦で戦ったけど、幼稚園児と大人が試合をしているくらいの実力差がありすぎて手加減したドニとベルだけですぐに決着がついてしまった。
アルク国内にある各領を代表する強者がアレだというなら、少なくともBランクの冒険者になれるくらいの力はあるアイツらが王都代表に選ばれるのも仕方ない。
「リュウエンと観戦した日以外はお前たちの試合しか観ていないが、エルフ族全体があれほど弱いのならば精霊族同士の争いを恐れる必要もないんじゃないか?」
「相手が強い弱い以前に戦争を避けるのは当然だろ。それに、エルフ族の技術力が人族よりも高いことはエルフ族が携わった大会施設を見れば軍人じゃない俺でも分かる」
エルフ族の技術力の高さは大会施設で分かる。
受付と各部屋しか話せないと言っても通信機(電話擬き)があったり、ボタン一つで防音を切り替えられたりと人族の王都にはない技術を見かけるし、それを開発できるだけの資金もある。
「もし資金力と技術力を駆使した大量殺人兵器なんて持たれててみろ。考えたくもないけど人族が負けてブークリエ国で暮らす沢山の人の血が流れることになりかねない」
だから国王のおっさんは多少の我儘を通す。
全ては国民の安全のために。
「そうか。仮にそんな物を使って半身のお前の身になにかあろうものなら勇者の覚醒を待たず天地戦に入る。お前たち人族の勝利もないがエルフ族にも勝利は与えない」
勇者の覚醒と自分の命が天地戦の鍵になる怖さ。
忘れてしまいそうだけどフラウエルは魔王で、口先だけではない実力と強い魔族たちを従えている。
「じゃあ多少長い物に巻かれてでも生きないとな。半身として生きて俺がフラウエルの暴走を止める」
「そうであってくれ。こうして半身のお前と過ごす時間も悪くないと思っている。奪われたくはない」
「うん」
お互いにこの世界でたった一人だけの半身。
勇者との戦いは止められないんだとしても、せめてそれまでは魔王にも穏やかな時間を過ごして欲しい。
少しでも長く一緒に……。
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これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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