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第九章 魔界層編
月喰期
しおりを挟む魔人街へ行った日からピッタリ五日後。
魔界層は七日間の月喰期に入った。
「本当に夜のままだ」
昨日夜を迎えて今は朝。
時間的には間違いなく太陽が昇っている時間なのに、魔王の部屋からバルコニーに出て見た空には月が浮かんでいる。
「薄着で出ては体を壊す」
「外の様子が気になって。ありがとう」
肩にかけられた厚手の上着。
それをかけてくれた魔王も隣に立って空を見上げた。
「まだ雪は降っていないのか」
「これから降るんじゃないか?寒いし」
「大抵は早朝前から降り始めるのだが」
「そうなんだ」
昨日までは上着がなくても快適に過ごせていたのに、たった一夜にしてこの急激な冷え込み方は凄い。
春から冬に戻ったみたいだ。
「魔王さま、半身さま。湯浴みの準備が整いました」
掃き出し窓の向こうから声をかけたのは山羊さん。
魔王城での生活はいつも沐浴から始まる。
「行こう。体が冷えただろう」
「今日は俺もここで入るってこと?」
「俺とは入りたくないということか?」
「いつもは借りてる部屋で入ってるから聞いただけ」
「借りてるとは言い草が悪い。あれはお前の部屋だ」
「それは聞いたけど。……まあいいや。広いし」
ここに来てからというもの半身用に用意されていた魔王の自室の隣の恐ろしく快適な部屋で寝泊まりしてるけど、昨晩は魔王のお勤めがなかったからこの部屋で寝た。
魔王の部屋で寝たから今日はここでということなんだろう。
「失礼いたします」
「ありがとう」
ここでも入浴は使用人の手を借りて。
魔王の介助も当然担当の使用人(日で違う)が行う。
ただ、俺の入浴の世話をするのは赤髪だけ。
魔王曰く御目見後は俺にも専属の使用人がつくらしいけど、それまでの間も色々な人に世話をさせたくないらしい。
「半身さま。こちらを着ていただけますか?」
「ん?」
「お体が……。今日は他の使用人がおりますので」
「体……ああ……これか」
背後から肩に沐浴着をかけながら耳元で囁いた赤髪。
言われて体を確認すると昨晩魔王が残した赤い痣(因みに致してはいない)が点在していることに気付いて納得した。
赤髪と二人の時ならいいけど今日は魔王の沐浴介助役(つまり本日の伽役だろう人たち)もいるから、また嫉妬でギリギリされては堪らない。
「なんで付けるかな。嫉妬の火種になりそうな痕を」
「他の者へ半身さまが誰の物かを知らしめているのかと」
「なるほど」
顔に似合わず独占欲が強いことで。
いや、半身同士は夫婦のような関係と考えれば普通か。
俺にはその独占欲がないから強いと感じるだけで。
「半身さまもこちらへ」
「はい」
沐浴着を着たあと山羊さんに呼ばれて魔王の隣に準備されている木製ベッドに座ると、既に髪や体を洗われている魔王は俺の方を見て皮肉った笑みを口元に湛える。
はいはい。
目論見通りで良かったですね。
世話役の赤髪が大変だから勘弁して欲しいけど。
「温度は如何ですか?熱くないですか?」
「大丈夫。気持ちいい」
沐浴着の上からかけられるお湯。
いつも介助してくれてるだけあって温度も丁度いい。
お湯をかけながら腕や脚を撫でる手も魔族より体の脆い人族の認識があるからか、力を入れすぎないよう気遣ってくれていることが伝わる。
「お体を洗わせていただきます」
「ありがとう」
モコモコに泡立てたタオルを持った手を沐浴着の中に突っ込まれて少し吹き出しそうになる。
いつもは下半身を隠す布しか巻いてないから洗う時も違和感がないけど、沐浴着とはいえ背後から服の中に手を突っ込まれて体を弄られてる姿は健全な入浴とは言い難い。
赤髪も思っているのか洗う手がぎこちない。
そのぎこちない動きが擽ったい。
でも、今日は魔王の介助役がいるから我慢。
普段は完璧に世話役をこなしてくれている赤髪の評価が下がるようなことはしたくない。
「次はお背中を」
「うん」
前上半身を洗い終えて前に回って来た赤髪は普段の無表情より少し緊張した面持ちで前から手を伸ばすと今度は沐浴着の背中側に手を突っ込む。
抱きしめられてるようにも見えなくない状況だけど沐浴着を脱がず洗うにはこうするしかないのも分かる。
「申し訳ありません。御無礼を。すぐに済ませますので」
「平気。ウィルが悪いんじゃない」
悪いのは痕をつけた魔王。
その所為で脱げないんだから赤髪は悪くない。
そのぶん魔王には三百年反省して欲しいけど。
「ウィル。それは近すぎるんじゃないか?」
「申し訳ありません。他に洗いようがなく」
……それをお前が言う?
うっすい沐浴着姿の魔人美女たちから育ちに育った乳を押し付けられながら体を洗われてるお前が。
いつものことなのか、それを意識してなさすぎて怖い(震)
「誰の所為でウィルがこんな洗い方をする羽目になってるのかはフラウエルが一番分かってるだろ?俺たちのためを思って気遣ってくれた結果でこうなってるのに文句を言うな」
さすがに赤髪が言われるのは黙っておけない。
魔王の所為で体を密着させるような洗い方になってるのに赤髪が怒られるのは理不尽だ。
「ウィルもういい。向こうに離れて自分で洗う」
「半身さま」
「城仕えが長を不機嫌にさせる訳にはいかないだろ」
俺の世話をしてくれていると言っても主人は魔王。
こんなことで赤髪の立場が悪くなるのは不本意だ。
「分かった。俺が悪かった」
木製のベッドから降りた俺の手を掴んだ魔王。
お豆腐メンタルが発動したらしくしょぼんとしている。
めんどくせえな、その時々発動するお豆腐メンタル。
意外性があって嫌いじゃないけど。
「ごめん。俺も強く言いすぎた」
そう謝りながら座り直す。
本当は俺じゃなくて赤髪に謝れと言いたいところだけど、介助役の前で魔王が四天魔に謝るのは色々問題がありそうだから今はこれ以上言うのは辞めよう。
沐浴補助の為にいる山羊さんをチラと見ると頷かれる。
この程度なら許容範囲内のようで良かった。
「俺が洗おう」
「は?自ぶ」
「魔王さまがすることではありません」
「召使のような真似をするなどお辞めください」
「召使の仕事と半身を愛でることを同じにするな」
俺本人の断りに言葉を被せた介助役にハッキリ言った魔王。
魔王の暴走に山羊さんと赤髪は困り眉になっている。
鋼メンタルと豆腐メンタルの魔王に仕える人たちも大変だ。
「お前たちはもう下がっていい」
「魔王さま」
「使用人の湯場で流せ。王と半身との会話を遮ることがどのようなことか、いま一度マルクから再教育して貰うといい」
強制転移。
初めて来た時に赤髪がやったように今日は魔王が介助役四人を一瞬で転移させた。
「すまなかったな。ウィル」
「いえ。不敬をお許しください」
「今回は俺が悪かった。半身が怒るのも当然だ」
なんだ。赤髪に早く謝りたかったのか。
だから介助役の前でそれらしい理由を作って転移を。
王の会話を遮ってはいけないのは人族もだけど。
「マルクにも手間をかけてすまない」
「半身さまに関することでしたら問題ございません。王の半身とは王に最も近しい崇高な御方ですので。半身さまのお言葉を遮った無礼なあの者たちには罰を与えておきます」
「ああ。それはしっかり指導を頼む」
どんな罰?どんな指導?
なんて怖くて聞けない。
いつも冷静で落ち着いている山羊さんが一番怖いことは何かされた訳じゃないのに肌で感じてるから(震え)。
「待たせてすまない。話は済んだ。洗おう」
「は?下がらせるための理由作りじゃなかったのか?」
「嘘は言っていない。俺が洗ってやる」
「自分で洗うからいい」
俺が洗う自分で洗うの言い合いで数分。
結局は決着がつかず、魔王を山羊さんが、俺を赤髪が洗うことになった。
「今日の洗髪料いつもと違う?香りが爽やか」
「半身さまは甘い香りがあまりお好きではないようですので、試作段階ではありますが取り急ぎ調香させました」
「え?わざわざ?」
「他もご用意しましたので後程確認していただけますか?」
「喜んで。ありがとう」
レディース寄りの甘い香りがあまり好きではないと以前話したことを覚えてくれていたようで、今日のシャンプーは地球にあったメンズ向けの商品と似た爽やかな香りがする。
「調香師に命じたのは魔王さまです」
「そっか。フラウエルもありがとう」
先に洗い終えてオイルマッサージを受けていた魔王は顔を見てお礼を言った俺に笑みで応えた。
「はぁ。気持ち良かった」
朝風呂最高。
竜人街製の浴衣を着てカウチに座り赤髪から髪を乾かして貰いながらスッキリ目覚めて一息つく。
「半身さまもお飲み物をどうぞ」
「ありがとうございます」
「よい香りだ」
「うん。俺もそう思う」
山羊さんがグラスに注いでくれた果実水を受け取りながら隣から髪の香りを嗅ぐ魔王に答える。
「どさくさに紛れて違うところも嗅ぐな」
「仕方ないだろう?よい香りがすれば嗅ぎたくなる」
「香油は同じだから」
「付けた香りではなくてお前の香りだ」
「ほんと匂いフェチ」
この、人の首の香りを嗅ぐ癖だけは変わらない。
髪を乾かして貰っていて動けないのをいいことに鼻先が触れるくらいに顔を寄せて嗅いでいる。
「魔族には香りも重要ですので」
「重要?」
「好む香りを持つ者に惹かれます。慕うという意味で惹かれる相手もいれば恋情で惹かれる相手もおりますが」
「フラウエルがただの匂い好きなだけじゃなかったんですか」
「魔王さまはむしろ香りより魂色で判断なさるかと」
「たしかに」
山羊さんから話を聞いて納得する。
魔王がただ匂いフェチなだけだと思ってたけど魔族自体がそういう人(?)種ということのようだ。
「惹かれるのは魂色だが発情するのは香りだ」
「ああ、はい。それは黙ってていいです」
そこまでは聞いてない。
むしろ知らなくても困ら……いや、知って良かったのか。
黙って嗅がせて下手に迫られずに済む。
「気をつけろと忠告している。お前の香りは精霊神と魔神が混ざった特別な香りだ。支配香という強魅了能力を持つ俺と居る時や四天魔のように精神力の高い者であれば抗えるが、そうでない者は我を忘れてしまう可能性もある」
……俺の匂い凄くね?
臭くなければいいやくらいのたかが香りで。
俺にとっては香りに敏感な魔族はそういう意味でも危険な存在なのか。
「ん?なんで精霊神や魔神の香りだってわかるんだ?」
「以前も話したが魔族と精霊族は香りが違う。生まれ育った層の違いか創造神の違いかは分からないが」
「じゃあ正確には魔族と精霊族の香りってことか」
「いや。俺が知る魔族と精霊族の香りが混ざっただけではお前の香りにはならない。もっと高貴で支配力のある香りだ」
「だから精霊神と魔神の香りと」
「ああ。聖と魔の能力を持つお前は創造神から愛された特殊な存在だ。魔神と精霊神の香りがしても何らおかしくない」
愛されてるというより遊ばれてるが正しい気が。
能力をくれるのはありがたいけど遊ばれてる感は拭えない。
「まあ仮に精神力の低い小物から襲われたところでお前であれば軽く足らえるだろうがな。ただ、気を抜いている時にという可能性もない訳ではない。念のため注意をしておけ」
「分かった。たった今から気をつけるから嗅ぐな」
「半身の俺は別だ」
「俺にとってはフラウエルが一番危ないから」
注意を促しながら嗅いでいる魔王の顔を押し離す。
誰が一番危険かと言えば遠慮もなく嗅いでくる魔王だ。
「乾きました。お疲れさまです」
「ありがとうウィル。で、助けて」
「申し訳ありません。自分には荷が重すぎます」
「極上に丁寧な拒否をありがとう!」
必死の訴えに胸に手を当てこうべを垂れる赤髪は強い。
魔王の奴、気を許してる四天魔の山羊さんと赤髪しか居ないからって構ってちゃんになりすぎだろ。
「魔王さま。半身さまと仲睦まじいことは私どもにも大変喜ばしいのですが、朝食の時間が迫っておりますのでご準備を」
「もう時間か」
「本日は普段より湯浴みにお時間をとりましたので」
「分かった」
山羊さんグッジョブ!
助かった。
「たったいま気をつけるよう忠告したというのに」
ようやく離れてくれてホッとしたのも束の間、口唇にライトキスをした魔王から再び忠告されクスと笑われる。
「ウィル。半身に上着を」
「はっ」
うん、ご尤も。
完全に最後は気を抜いていた。
上着を羽織って魔王と二人で転移して食堂へ。
赤いテーブルクロスを敷いた長いテーブルの端と端に座る。
いつも思うけど……遠い。
ただこれは朝食と昼食の時だけで、夕食の時はゆっくり会話をしながら食事ができるよう魔王の斜め前に座らされてるけど。
魔王と俺が席につくと早速メニューが運ばれてくる。
「ソレイユポワソンのムニエルとオムレットです」
「ありがとうございます」
【NAME ブリュイヤンポワソン。全長10cm前後の魚種。魔界層の沼に住む魔物で沼底の藻を好んで食べる。沼の魔物のため食す時には臭み取りが必要。ブラックバスの味に似ている】
うん、サラッと嘘をつくな。
鑑定では『ブリュイヤンポワソン』って言ってるぞ。
人族の俺は魔界層のことに詳しくないから分からないだろうと思って適当なことを言いやがって。
素材の時点から既に嫌がらせされてるということは『嫌がらせ料理人(俺命名)』が今日の朝食担当らしい。
初めて来た時に沐浴介助役が処分されて表向きに何かを言ってくる奴は居なくなったけど、魔王と席が遠い朝食や昼食ではこんな嫌がらせもざらにある。
もちろんまともに作ってくれる料理人も居る。
ただ、例え料理人がまともな人の日でも、その後ここまで運んでくる女給がとんでもないスパイスを付け足すこともある。
中の人が【注意、汚水】と言った時には一口も手を付けなかったけど、鑑定が使えず知らずに食べていたらと思うと怖い。
しかも運んで来るのが女給の時に嫌がらせが多い。
男給仕の時は料理人が嫌がらせしない限り普通なのに。
魔人族の女が嫌いになりそうだ。
「いただきます」
……まっず!くっさ!
鑑定が臭み取りが必要と言っていたものの匂いだけならまだ我慢できるかと思ったけど、想像した以上の臭さでギブアップ。
ペーパーナプキンに吐き出そうと探しても用意されてない。
チラと確認した女給たちは澄まし顔。
このヤロウ……この酷い汚物臭を飲み込めって?
その澄ました面をしてる口にこの汚物を突っ込んでやりたい。
さすがに今日のはやりすぎだろ。
いつもは酷い味でもさり気なくペーパーナプキンに吐き出してるから魔王は気付いてないけど、吐き出させないようペーパーナプキンを用意していないとなると絶体絶命。
「どうした?」
「…………」
「口に合わないのか?魚が好きなのに」
いま話しかけないでください(呪)。
何とか誤魔化そうと首や手を横に振って答える。
汚物を食べさせられてる(一応食べ物だけど)と分かったらまた暴走されて城に風穴があきそうだ。
「申し訳ございません。半身さまのお口に合わなかったようですので別のお食事をご用意いたします」
魔王に気付かれてマズいと思ったのか、数人がかりで料理を下げに来てスッとペーパーナプキンを置かれ急いで口から出す。
「それを置け」
「ですがお口に合わないようですので」
「置けと言っている」
カタンと椅子の音をさせて立ち上がった魔王。
歩いてくる魔王を見る女給たちは例に漏れず顔面蒼白。
俺が誤魔化せる程度の嫌がらせに留めておけば良かったのに。
「これを作った者を連れてこい。すぐにだ」
「……はっ」
男給仕たちは何も知らなかったようでどうしたのかという顔で見ていたけれど、料理を見てから顔をあげた魔王の表情で怒りを察したのか急いで食堂を出て行った。
「なぜ口にした。お前の鑑定であればこれがまともな食材ではないことなど口にせずとも分かっただろうに」
「臭み取りをしてあれば食べられるみたいだったから」
「たしかにブリュイヤンポワソンは食べても体に害はないが、食糧難の時でもない限り食べる者のいない下魚だ」
だろうな。
中の人はブラックバスの味と言ってたけど、あくまで『下処理(臭み取り)をしたらブラックバスの味に似てる』と言っているだけで、沼に生息しているこの魚を下処理なしでそのまま食べて美味しいはずがない。
「マルク。食堂へ来るように」
腕輪につけている水晶を使って山羊さんを呼んだ魔王。
嫌がらせがバレてしまった女給たちは三人で固まり床に座って泣きながら震えている。
泣くくらいなら最初からやらなければ良かったのに。
俺に嫌がらせをしてる最中は憂さ晴らしが出来て気分が良かったのかも知れないけど、バレた時のことは考えなかったのか。
それとも魔王がここまで怒るとは思っていなかったのか。
少なくとも以前介助役が処分されたことは知っているはずなのにやってるんだから頭が悪いとしか言えない。
「連れて参りました」
「お呼びでしょうか、魔王さま」
男給仕の後に入って来た魔人の性別は(見た目)女。
嫌がらせ料理人まで女(シモは不明)だったのか。
本当に魔人の(見た目)女が嫌いになりそう。
「魔王さま。いかがなさいましたか?」
「これを鑑定してみろ。半身に出された朝食だ」
「お待ちください」
転移してきた山羊さんは魔王が指さした皿を鑑定する。
「……これを半身さまにお出ししたと?」
「ああ。一口食べて何かを探している様子が見られておかしいと思えば。紙すらも用意しなかったようだ」
皿を下げに来た時にさり気なくペーパーナプキンを置いたことも気付いていたようで、魔王は山羊さんに説明しながらも顔では女給たちに冷たい視線を浴びせている。
「カンデラ。下魚を半身さまへお出しした説明を」
剣を抜いて料理人の首に添えた山羊さん。
その目は魔王以上に冷たい。
「ソレイユポワソンの中に混ざっていたのかと」
「わざとではないと?」
「滅相もないことでございます」
「ではカンデラも購入した者も気付かなかったと」
「分かっていてお出しするような不敬はいたしません」
これぞ『息を吐くように嘘をつく』の完璧な見本。
それが事実なら魔王城の食糧庫には普段から複数の混ざり物があって、なおかつその混ざり物に当たるのが毎回俺という奇跡的なレベルで嬉しくない偶然が起きている。
俺が言わないと思って高を括っているのか、我慢できる範囲なら食べているから気付いてないと思ってるのか。
「そうか。一昨日四天魔で食糧庫を鑑定した時にはなかったブリュイヤンポワソンが今朝になって混ざっていた上に、魔王さまや半身さまのお口に入る料理を作る魔王城の料理人でありながら鑑定も使わず料理をしてお出ししたということだな?」
はい、終わった。
月喰期に入るから食糧庫の確認をしたんだろう。
「カンデラ、イネス、ルシア、モニカ。そこへ直れ」
「マルクさま、お話を」
「まだ偽りの釈明をしたいというのか?そこへ直りこうべを垂れ一人ずつ話すといい。辞世の句として聞いてやろう」
四人を跪かせて首にまた剣を寄せる山羊さんは容赦ない。
以前山羊さんが言っていた「魔王さまはお優しい」は強ち間違いではなさそうだ。
「お許しください」
「申し訳ございません」
「お許しを」
「泣いて許しを乞うとはそれでも魔族か。お前たちのしたことは王と王の半身へ反旗を翻すことと同義である。王に仕える者として到底許される行為ではない」
いや、もうこれだけ怖い思いをさせれば充分だろう。
命に関わるような毒を盛られた訳じゃないし(盛られても効かないけど)、自分たちの君主である魔王の料理はしっかりと作ってあったようだし、一応食べられる汚物臭(あと汚水がけ料理)を出しただけで命まで取るのはさすがに。
「マルク。もういい」
『魔王さま!』
山羊さんを止めた魔王に喜ぶ四人。
魔王はそんな四人の前にしゃがんで床に皿を置く。
「無意味な殺生は許されない。お前たちが責任を持って最後まで食せ。食事として出したのだから当然お前たちは食べられるのだろう?吐き出して床を汚すなよ?紙はないぞ」
……怖えぇぇぇぇぇぇえ!
魔王の方がタチ悪ぃぃぃぃぃぃい!
「どうした?まさか自分たちが食べられない食事を魔族の王である俺の半身へ出したのではないだろう?もしそうなのであればこれがお前たちの最期の晩餐になるぞ?」
震えて泣きながら料理を口にする四人。
匂いに敏感な魔族には汚物臭のそれは食べられた代物ではないらしく四人とも口を押さえて何度も嘔吐いている。
俺ですら飲み込めなかったんだからそうなるだろう。
「これを食べ終えたら永久追放せよ。二度と魔王城に近付くことは許さん。本来であれば首を落とすところだが、半身にまた不要な重荷を負わせたくない。今後このようなことが起こらないよう半身は俺の傍で食事をさせる」
「はっ。仰せのままに」
命はとらなかっただけで許した訳じゃない。
食べられる代物ではない物を食べさせることで自分たちのしたことを解らせると共に、本来行われるはずだった処分をハッキリさせることで自分たちは何をしても許して貰えるなどと甘い考えを持たないよう僅かな希望すらも打ち砕いたんだろう。
厳しいけど人族なら王妃が嫌がらせを受けたことと同じ。
わざとなら極刑、わざとでなくても城仕えを解任される。
人族ですらそうなのに魔族が甘い訳もなく、命があって良かったなとしか言いようがない。
「俺のを一緒に食べよう」
「ううん。俺はもういい。今は何よりも口を濯ぎたい」
汚物臭でノックダウンされて食欲はゼロ。
むしろ俺のライフ(心の)はゼロ。
「軽食を二人分用意して俺の部屋に運ぶように。他の料理人と給仕たちにも忘れず伝えておけ。次はないと」
「はっ」
壁際に立っている男給仕たちに伝えながら魔王は俺の背中に腕を回すと自室に転移した。
「魔王さま。半身さま。お食事の最中では」
「話はあとだ。口を濯がせる」
「承知しました。洗浄薬をご用意します」
魔王の自室はまだ片付け中。
使用人の数名と一緒に掃除をしていた赤髪が先に洗浄薬(洗浄力を強化した歯磨き粉液)を用意しに行ったのを追って、俺たちも浴室にある洗い場へ行く。
「こちらがお水、こちらが洗浄薬です」
「ありがとう」
先に水のカップを受け取って口を濯ぐ。
口にしただけでこのダメージ量。
日本一臭いという焼きたてのクサヤも真っ青だ。
「嘔気はないか?」
「それは大丈夫。飲み込まなくて良かった」
カップ二杯分の水で口を濯いだあと魔王に答えながら赤髪から洗浄薬のカップを受け取り、この世界では歯磨き粉変わりに使う人も多いそれでひたすら口内洗浄(と口臭消し)をした。
「どうだ?落ち着いたか?」
「何とか。この世界に洗浄薬があって良かった」
「そんなことに感謝するほどだったのか」
「あれはヤバい。もう二度と口にしたくない」
洗浄薬もカップ二杯分を使ってようやくスッキリ。
地球に存在する商品(薬品)では有り得ないくらいに綺麗になる(口臭予防もできる)洗浄薬があって本当に助かった。
「香りの強い料理でも出たのですか?」
「半身の朝食にだけな」
「半身さまのだけ?」
「カンデラがソレイユポワソンと偽り下処理していないままのブリュイヤンポワソンを半身に出した」
「……それで口の洗浄を」
名前を聞いてすぐ納得できるような有名下魚らしい。
日本で食べたブラックバスは調理法のお蔭で問題なく食べられたけど、多分調理法をミスったりそのまま出したとしても今日口にしたあの下魚より臭くないだろうと思う。
そう思うほどに強烈な汚物臭だった。
「処分は済んだのですか?」
「調理したカンデラと、俺に気付かれ慌てて皿を下げようとしたイネス、ルシア、モニカも知っていたものと判断して残さず食べるよう命じた。そのあと城から追放するよう命じてある」
「たったそれだけで済ませたのですか?」
魔王から処罰の内容を聞いた赤髪は表情を変える。
俺にとっては充分な処罰に感じるけど赤髪には納得のいかない内容だったようだ。
「気持ちは分かるがそう怒るな。半身の命に関わることであればその場でマルクに処分させたが、以前半身のことを言われて俺が直接処分した際には自らのことで人が処分されたと重荷を負わせてしまった。今回はそれを避けての判断だ」
俺を少し見た赤髪は「分かりました」とだけ言って頷く。
「半身さまがご無事で何よりです」
「ありがとう」
命に関わるようなことはされてないけど。
処罰内容は納得できていなくとも心配してくれる赤髪に苦笑を滲ませながら礼をした。
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この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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