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第九章 魔界層編
変化
しおりを挟む木々の生い茂る美しい森と湧き出る水と泉。
その上をフワフワ飛ぶ光。
「……どこだ?ここ」
見覚えのない景色。
いつの間にかここに立っていた。
「なんでここに来たんだっけ」
思い出せない。
どこなのか、いつ来たのか、どうしてここに来たのか。
「俺は誰?」
それすら思い出せない。
『主さま』
『主さま』
『主さま』
真っ白の長い髪。
真っ白の衣。
森から現れたその人の周りを光はフワフワ飛び回る。
『また来たの?』
『また見るの?』
『また見に来たの?』
主さまと呼ばれる人がお喋りな光に答えず座って泉に手を入れると、泉の上に水の球が浮かび上がって来た。
水の球をジッと見る主さまと呼ばれる人。
身動きひとつとらず眺めている。
『また見たの?』
『また見てしまったの?』
『また見えてしまったの?』
主さまと呼ばれる人から泉にハラハラ落ちる水滴。
波紋の広がる泉の上を光は飛び回る。
『また見ているのか』
森の中から現れたのは立派な角の雄牛。
スーッと人の姿形に変わる。
『**が終わる』
『仕方のないことだ』
『**が終わる』
『仕方のないことだ』
ポタポタポタポタ。
泉の波紋は広がって行く。
『**が終わる』
『痛いって』
『苦しいって』
『辛いって』
フワフワ飛び回る光が点滅する。
点いて消えて。
『**が終わる』
『嫉妬、憎悪』
『暴力、戦争』
『殺戮、破壊』
消えた光は一つ二つ三つと泉に落ちた。
『残されたのはあと一度』
『**が何をするかは自由。**の営みもまた自由』
『**か**か』
『**が決めること』
ハラハラ水滴が落ちた泉が濁って行く。
主さまと呼ばれる人の足元から草が枯れ、木々も枯れて葉を落とした。
『刻は来た』
真っ黒の髪。
真っ黒の衣。
主さまと呼ばれる人の呟きのあと、泉の上に姿を現す。
『最後の選択肢を選ぶ者よ』
『最後の選択肢?』
『**が終わる。**が終わる』
『何言ってんだ?ここはどこだ?アンタは誰だ?』
『私は**。**は終わる。**も終わる』
『……え?』
途切れた声。
口は動いているのに主さまと呼ばれる人と選ぶ者の声は聞こえない。
『どうにかならないのか?俺は何のために戦ったんだ』
また聞こえた選ぶ者の声。
『方法はないのか?』
『君が**すれば幾百年**ことができる』
『**?』
『ただし君はその幾百年**ことになる』
プツリプツリ。
まだ全ての声は聞こえない。
『後世の者に託し君は**するか、**を待つか』
『なんだそれ。数百年**ができるってだけだろ』
『本来その幾百年はないもの。長い時間をかけ、この**の**は**を繰り返し今を迎えた』
『それを俺に言われても。**だけなのに』
飛び飛びの会話でよく分からない。
ただ、選ぶ者は難しい選択を迫られているようだ。
『アンタ**なんだろ?何とかしてくれないか?』
『主さまもう頑張った』
『君は数年頑張った』
『でも主さまは数万年頑張った』
泉から現れた黒い塊。
選ぶ者の周りを飛び回る。
『もっと頑張った』
『沢山頑張った』
『沢山沢山頑張って**した』
『**?』
黒い塊に首を傾げる選ぶ者。
『主さまは**が好き。だから泣いた』
『主さまは**が好き。だから泣いた』
『でも**は主さまを沢山泣かせた』
『でも主さまは**した』
『主さまは**を信じて**した』
『でも**は変わらなかった』
フワフワ飛び回っていた黒い塊はよろよろ。
泉に落ちそうになってはまた飛ぶ。
『主さまは沢山**したのに』
『**を愛して沢山**したのに』
『でも**は変わらなかった』
『もうおしまい。**はおしまい』
『もうおしまい。刻が来た』
『もうおしまい。**が終わる。**も終わる』
一つ二つ三つ。
黒い塊は力尽きてまた泉に落ちた。
『愚かなる**よ。破壊と殺戮を繰り返した**よ。自らの行いで**を傷付け**を使い果たし、この刻を迎えた。**の負の力で傷付いたこの**は**する』
人の姿形でも立派な角の生えている雄牛。
大きな身体、長い髪。
選ぶ者に話して主さまと呼ばれる人へ寄り添う。
『最後の選択肢を選ぶ者よ。再度問う。**か**か』
『俺に**は選べない。だからもう一度だけ**を。俺はみんなを信じる。俺の**をかける』
主さまと呼ばれる人の問い。
選ぶ者は答えを出した。
『受け入れよう。愛しい**に今一度の**を』
主さまと呼ばれる人が泉に手を入れると濁っていた水は透明に変わり、枯れ果てた草木も生い茂る美しい森に戻る。
『最後の**は終えた。さあ、私とともに**を』
『え?』
姿の透けた選ぶ者。
疑問符を残して光の球に変わった。
『主さま行くの?』
『主さま行ってしまうの?』
『主さま行かないで』
泉から現れた光。
主さまと呼ばれる人の周りをフワフワ飛び回る。
『私はここで待っている。幾百年でも幾千年でも幾億年でも**の帰りを。どんな姿をしていても必ず見つけると誓う』
『私たちは**で結ばれた者。必ず巡り会うだろう』
選ぶ者だった光の球を腕に抱いた主さまと呼ばれる人は、人の姿形をした雄牛に額を重ねたあと泉に身を投じた。
『行ってしまった』
『自ら**するとは愚かな』
空から降りてきた白と黒の光。
泉の上まで来ると白と黒の人に変わった。
『**が戻るまでお前も暫し眠るといい』
光の球になった人の姿形をした雄牛。
黒い人は光の球になった雄牛を自らに吸収し、白い人は泉の水面に降りる。
『**が愛した**と**。ボクたちが預かろう。刻が訪れし時、**に結ばれた**たちは再びこの**に集い巡り会う』
目が眩むほどの眩しい光。
眩い光は白い人の身体に吸い込まれた。
――――――……プツン
「……ん」
目が覚めるとベッドの上。
重い体をゆっくり起こす。
なにか夢を見ていたような……。
「ん?どこだここ」
見知らぬ部屋の見知らぬベッド。
体を見れば浴衣の胸元が開けて見えてるスライム乳。
「……あ、俺か。雌性体になってたんだっけ。たしか国王のおっさんと話してて……そのあと」
胸を揉んで自分の身体だと気付き記憶を辿っているとガシャンと聞こえ驚き、大きな音のした方を見る。
「「シンさまっ!」」
ドアの所から走って来た二人に飛びつかれ、勢いよくベッドに倒された体。
「エド、ベル。今は雌性体だから少し加減して欲しい」
「「失礼を!」」
と言いつつ離れない二人。
グスグス泣きじゃくる二人に苦笑して頭を撫でる。
『半身さま!』
スっと転移して来たのは魔王と四天魔。
五人が勢揃いしていてまた驚いた。
「目覚めたか。またお前は無茶をして」
ベッドを軋ませて座った魔王は俺の額に口付ける。
「ごめん。自分でも現状が把握できてないけど」
「覚えていないのか?」
「国王のおっさんと話してて覚醒したことまでは覚えてる」
魔王が体を起こすとエドとベルも身体を起こす。
みんなしてそんな怪訝な顔で見られても、覚えていないものは覚えていない。
「やはり覚醒していたのか」
「仰っていた通りでしたね」
「ああ。それにしては目覚めが早かったが」
開けていた胸元を直してくれながら話すエドと魔王。
「覚醒したから気を失ったってこと?」
「恐らくだが、覚醒による急激な能力値の増加と魔力が枯渇したことによる肉体への負担が大きかったんだろう」
「何時間くらい寝てた?」
「五日ほどだ」
「そんなに!?」
「肉体への負荷が大きいほど眠りにつく時間は長くなる」
自分では数時間気を失っただけの感覚だったのに五日間も寝てたと聞いて驚かないはずがない。
エドとベルが俺が起きてるのを見て飛びついたのも納得。
「そういえばフラウエルは長い眠りにつくんだっけ」
「ああ。最後の覚醒は七十年ほど眠りについた」
「……さすが異世界最強」
それだけ体に負荷がかかる覚醒をしたってこと。
人族なら赤ん坊が目覚めたら爺さんになってる状況。
「半身さま、覚醒おめでとうございます」
『おめでとうございます』
「ありがとう」
床に跪いて頭を下げる四天魔。
自分ではもう新しい力を得ることがめでたいのか微妙だけど、本来なら祝福されることなのは間違いない。
「ところでさぁ……ここどこ?」
魔王城の造りではない部屋。
地上層の造りっぽいけど四天魔が居るから違うか。
「シンさまのお屋敷です」
「あ!俺に下賜されたっていう屋敷か?公爵位と一緒に」
「はい。ここは王宮地区の英雄公爵邸です」
「王宮地区!?国王のおっさん不在の奴にどんだけとんでもないもの下賜してんの!?」
王宮地区に家を持てる者はひと握り。
公爵位を持つ人の中でも国王の親族くらい。
だいたいの公爵家は貴族区(東区)や領地で暮らしている。
「四天魔と見て回ったがなかなかいい屋敷だぞ。魔王城と比べれば小さいが別邸としては充分だろう」
「いやなんでのんびり五人で屋敷観光してるんだ」
「心配は要らない。角は隠して人族を装っている」
「そういえば五人とも角がない!」
「俺たちが魔族と知れば使用人が怯えるだろう?」
「お気遣いありがとうございます!」
争いと血を好む野蛮な(はずの)魔族の気遣い。
文献を今すぐ書き直せ。
「半身さまの御身に万が一の危険もないよう調査致しました」
「魔物や賊が入れないよう結界も完璧です」
「建物が少々傷んでおりましたので補強しておきました」
「家具も新調しましたので壊れる心配はありません」
「みんな、地上はそんなデンジャラスな場所じゃない」
魔界層に比べれば地上層は遥かに安全。
しかも王宮地区は地上層で一番安全な場所とも言える。
デンジャラスな魔界層の感覚に慣れている四天魔の必要以上の気遣いに嘆く俺をエドとベルは笑う。
「色々やってくれてありがたいけどここには住まないのに」
「いや。住むことになる」
「え?」
警備をガチガチにしてくれても俺は住まないのにと思って言うと魔王から否定される。
「以前のように天地を行き来するといい。志半ばで諦めた領主の務めも果たせ。半身の務めはこちらで調節しよう」
「待ってくれ。俺は」
勝手に決めてるけど、俺は恐怖や争いの種になりたくないから自分の意思で地上層を離れたのに。
「半身、もういいだろう。お前が思うより地上の者はお前を大切にしている。条件付きではあるが、俺たちがこの屋敷へ来れるよう王都管轄の魔層を使う許可も国王から貰った」
「……魔族が来ることを国王が認めたって言うのか?」
「国王から出された条件は四つ。地上では角を隠し魔力を抑えて人族を装うこと。覚醒まで勇者には手を出さないこと。魔層を利用できるのは決められた者だけ。祖龍で飛来しないこと。俺はその条件を受けた」
つまり魔族と分からなければ見ないふりをすると。
魔王は魔祖渡りで来れるから今まで魔層を使わず来てたけど、今回のそれは来るのを止められないから仕方ないのではなく来ることを正式に認めたということになる。
「お前が眠りについたあと天地どちらで休ませるか揉めた。俺や四天魔は魔界で休ませると言ったが、人族の王はお前を地上で休ませると聞かなくてな。それどころか魔素溜まりを塞ぎ魔物と戦った俺と四天魔にも礼をさせて欲しいと」
そう話して魔王は苦笑する。
「両者で話し合った結果、天地戦までを期限に天地中立を貫くお前は人族の国王と魔王の俺の庇護下に入った。俺が地上に半身を置く条件としては、お前を戦の火種に使う者が現れれば魔王軍がその者を滅ぼすと誓約を交わした。今後お前を地上の英雄であり魔界の魔王の半身として天地層で庇護する」
五日間のんびり寝てる間にそんなことが。
口ぶりからして国王と正式に誓約を交わしたんだろう。
「話は分かったけど……俺を怖がる人が居るから」
魔王や国王がどちらか一方に決めず天地で暮らしていいと言ってくれたことは嬉しいけど、それを思うとやっぱり地上層には居れないと思ってしまう。
「ただの好悪なら無視するけど化け物でも見たみたいに怖がられるのは辛い。何より、俺と居る人まで白い目で見られることが怖い。人外になってでも大切な人たちを護るって決めたことは後悔してないけど、みんなを怖がらせたかった訳じゃない」
沢山の人が亡くなった服喪期間の十日間。
買い物に出るだけでも俺を避ける人が居た。
この王宮地区にも西区にも。
「強すぎる力を持つ者は得てして恐怖の対象となり易い。まして半身が使う力は人智を超えた神の領域。畏怖を感じる者も当然いるだろう。力が物を言う魔族ですら同族の魂の輪廻を断ち切る力を扱う俺を恐れる者は居る」
魔王も俺と同じ。
この星で最も神に近い〝魔王〟の特殊恩恵を持つ。
フラウエルは先代魔王よりも魔神の血を色濃く継いでいるからなおさら異世界最恐として魔族すら恐れるのも分かる。
「俺も幼い頃はそうだった。先に作られた兄姉たちよりも遥かに能力の高かった俺を、城仕えや兄姉のみならず魔王候補の一人として作ったはずの先代魔王や半身まで気味の悪い者のように扱い魔王城から離宮へと送られた」
「……え?」
それは初耳。
次期魔王として大切に育てられたのかと思ってたのに。
「離宮に送られたあとも数少ない使用人は俺を恐れて目を合わせない者ばかり。その中で俺を恐れずに居たのは先代四天魔の『知』だったマルクの親のテオと、俺の側近になるべく教育を受けていた子供のマルクだけだった」
「そうだったのか」
魔王が山羊さんに絶大な信頼を置くのも納得。
周りから恐れられてきた魔王だからこそ、子供の頃から自分を恐れなかった山羊さんに気を許してるんだろう。
「以前、俺が眠りについている間に親も兄姉も勇者に討伐されたと話したことがあったな。覚えているか?」
「うん」
「あの時俺は魔王城ではなく離宮の地下で眠りについていた。目覚めた時に離宮で生き残っていたのはマルクと俺のみ。テオは俺が眠る地下へマルクを残して結界をはり、自らは先代魔王とともに勇者や賢者と戦い散っていった」
命をかけた悲しい戦い。
勇者や魔王だけでなく賢者や四天魔も命をかけて戦う。
「俺とマルクは生き残った魔族を捜しに数十年の月日をかけて魔界中を旅した。その旅で見つけた者の中に居た孤児が子供のクラウスとクルトとウィルだ。ウィルはまだ赤子だった」
四天魔も親を亡くした孤児。
地上層も魔界層も戦で孤児になった人が居るのは変わらないんだと、言われてみれば当たり前のことを実感して胸が痛む。
「それから数百年が経ってもいまだ俺を恐れる者が居るのだから、まだお前の力を知ったばかりでは恐れる者が多く居るのも当然だ。お前が言ったんだろう?マイナス因子の方が印象に残ると。声高な少数派の声が総意と考えていると判断を誤ると。俺には四天魔が居たようにお前にも力を知ってもなお慕う者が居るんじゃないか?お前を慕う者に目を向け自分の役目を全うしろ。そうすればいつか畏怖が畏敬に変わる日が来るだろう」
三百有余年の歳月を生きる異世界最強の魔王。
経験に基づいたその言葉は俺の中にストンと落ちた。
「って駄目だから!」
「珍しくしおらしい姿を見せるのが悪い」
「ちょっとウルった俺の涙を返せ!」
魔王の顔が近付きハッとして両手で口を隠す。
魔王もそうしてきたんだろうと尊敬した直後にこの戯れ。
助けを求めようと見たみんなは悟りをひらいた慈愛の生暖かい目をしていて、種族を超えた似たり寄ったりのその表情に吹き出す。
「本当に……自分の迷いがくだらなく思えてきた」
魔界層の種族と地上層の種族。
生まれた時から定められた敵同士のはずの人たちが、同じ部屋に居て同じ表情で俺と魔王を見ている。
それに比べたら俺の迷いなんてちっぽけに思える。
「やはりお前は笑っている方がいい。思い悩む顔を見ると胸が詰まる。迷わず自分の思うように生きろ。俺たちが居る」
ポスっと腕におさめられあやすように頭を撫でられる。
顔は見えないけど、またそんな激甘なことを真顔で言ってるんだろうと思うと笑えた。
「邪魔をするのは心苦しいですがお食事の時間です」
「もうそのような時間か」
時計が報せた鐘の音。
エドと魔王の会話を聞き時計を確認すると正午。
「シンさまのお食事はこちらへお持ちします」
「いや、起きれるから大丈夫」
「まだお休みになった方が」
「動けるから平気。食堂で食べる」
「では使用人にもそのように」
不思議と五日間も眠り続けていたと思えないくらいに元気。
だから目覚めた時にも数時間寝てた程度の感覚しかなかった。
「そういえば使用人が居るんだっけ」
「はい。後ほど紹介いたします」
「うん。あ、食堂に行くなら元の姿に戻った方がいいな」
「まだしばらくはそのままで居て貰う」
「え?このままで行ったら誰?ってなるだろ」
食堂に行く前に元の姿に戻った方がいいだろうと思ったのに魔王から止められる。
「五日間もここに居るのに知らないはずがないだろう。口外は禁じてあるが使用人たちも既にお前の姿は見て知っている」
「それもそっか。連れて来られた時に見るよな」
「能力を使ってお姿を変えていることは話しました」
「地上にない能力なのに大丈夫なのか?」
「ご安心ください。主人について口外しないというのは使用人の鉄則。破れば厳罰を受けます。ましてここは機密の多い英雄公爵邸ですから口の堅い使用人だけが雇われております」
エドが断言するほど信頼を置く使用人なのか。
それなら少し安心。
「雌性体で居ていただきたい理由は半身さまの健康管理を担う私から説明させていただきたいと存じます」
「うん。頼む」
「お身体の状態から申しますと、現在半身さまのお身体は何らかの原因で魔力が漏れ出している状態にあります」
「え?魔力が?」
説明してくれたのは仮面。
魔王や俺の体のチェックは医療の知識に明るく医療系の魔法を多く持っている仮面が毎日してくれている。
「半身さまが意識を失われた五日前のお話になりますが、魔王さまが半身さまへ魔力譲渡を行いこちらのお屋敷へお連れすることになりクルトに変身を解かせたところ、譲渡した魔力が再度枯渇する寸前まで漏出いたしました」
寝てる間にそんなことが。
今までそんな状態になったことはないのに。
「解いた途端のことでしたので再度変身をかけたところ魔力の漏出が抑えられました。それ以降は毎朝試しているのですがまだ完全には治まっておりません。恐らく此度の覚醒が関係しているのだとは思いますが、日々改善されていることは確認済みですので今しばらくは雌性体のお姿でお過ごしください」
「はっきりした原因は分からないってことか」
「はい。申し訳ございません」
「いや、クラウスが悪いんじゃないから。ありがとう」
一体俺の体に何が起きてるのか。
こうして雌性体で居る今は普段と変わらないのに。
「やはり覚醒していたとなるとタイミングを考えても恐らく無関係ではないだろう。俺も何度目かの覚醒の際に目覚めてもしばらく身動きがとれなかったことがある。魔力が漏出した経験はないが、覚醒で得た能力が肉体の強さに見合わない場合に何かしらの形で弊害が出るのではないかというのが俺の見解だ」
「なるほど。それっぽいな」
魔王の時は身動きがとれない状態。
俺の時は魔力が漏出している状態。
体におきた状態が違うというだけで、覚醒による弊害がおきてるという理由で正解な気がする。
「でもなんで雌性体なら大丈夫なんだろ」
「それは分からない。体の頑丈さも能力値が高いのも実の姿の雄性体の方だが、なぜか雌性体の方が漏出を抑えられている」
「不思議」
雌性体の時は多少能力値が落ちる。
数値はオール7だから見ても分からないけど、男の体の時と女の体の時では少なくとも力の強さが違うことは実感できる。
魔力量や魔法の威力には明らかな違いを感じないけど。
「まあ分かった。改善されてるなら気長に待つ。それに雌性体で居た方が俺だって気付き難いだろうからちょうどいい。髪と目の色は俺でもまさか女になってるなんて誰も思わないだろ」
特徴は俺でも体は明らかに女。
俺の目の色を見た子供たちが同じ色とは思っても本人だとは思わなかったように、体が女なのを見れば別人だと思うだろう。
「たしかに。どうして英雄唯一のはずの白銀色をした者が他にも居るのかと疑問に思う者はいると思いますが、それが英雄本人と気付く者は少ないかも知れませんね。精霊族には性別を変える魔法がありませんから」
「うん」
ベルはそう話しながら俺の肩にストールをかける。
仮に俺じゃないかと疑われたとしても明らかに性別が違うんだから「違う」で誤魔化せてしまう。
「変身をかけてくれるクルトには手間をかけさせて申し訳ないけど、漏出がおさまるまでよろしく頼む」
「私の力が半身さまのお役にたてるのでしたら光栄です」
「ありがとう」
一度の変身で姿を保てるのは凡そ二日。
ただ雌性体で居るだけなら二日に一回かけて貰えばいいけど、漏出の有無を確認するためには毎日一度ずつ解除と変身をかけて貰うことになる。
四天魔のクルトは魔界層の仕事もあるから俺が自分で変身を使えたら良かったんだけど。
【ピコン(音)!条件を満たせば解放可能】
頭の中に聞こえて来た中の人の機械音声。
『俺にも使えるのか?血統継承能力って聞いてるけど』
【特殊恩恵〝始祖〟を持つため解放可能】
『ああ、それもオリジナルの祖だからか』
【はい。ただし、現時点で解放できるのは恩恵〝変身〟の初級能力である性転換のみになります】
『他の人や魔物なんかには変身できないってこと?』
【経験値が不足しています】
『へー。そんな解放条件もあるんだ』
能力は様々な条件を満たすことで解放されると精霊神が言ってたけど、恩恵〝変身〟は使うことで経験値を積んで解放されていくようだ。
『解放できることをわざわざ教えてくれたってことは何をすれば条件を満たせるのかも教えてくれるのか?』
【閨事を行ってください】
閨事=性交。
機械音声で淡々と言われたそれに吹き出す。
「シンさま?」
「ご、ごめん。中の人と話してて」
「中の人?」
「半身のステータスパネルは音声で報せる特別な種類の物だとまだ聞いていなかったのか?」
「ああ、以前シンさまから伺いました。それのことですか」
突然吹いた俺にキョトンとしたベルに中の人で通じる魔王が説明してくれる。
【特殊恩恵〝賢者様の寵愛児〟や〝魔王様の寵愛児〟と同じく所持者と交わることで能力を受け継ぐことができます】
『賢者の方はたしかにエミーとヤった後で解放されたけど、魔王とは解放された時点ではまだヤってなかったけど?』
【魔王フラウエルとは魂で交わりました】
『魂で?……ああ!魂の契約か!』
【はい】
なるほど。
魔王とは契約が成立して魂が繋がったから交わったものとして解放されたけど、契約は一人としか出来ないからクルトと同じ恩恵を解放するには体で交わるしかないと。
「……クルトと?」
「?私がなにか」
「いや、なんでもない」
顔を見ながら声に出してしまって、不思議そうに首を傾げたクルトに首を横に振る。
『魔王が信頼して与えた役目らしいから伽役って立場はそのままにしてるけど、実際にヤったことはないしなぁ』
伽役と言っても名ばかりで俺の方からも話題にしないしクルトからも話題にしてこない。
【注意。能力を取得するためには閨事を行う際に能力所持者が本体である必要があります】
『本体?』
【四天魔クルトの場合は雌雄体が本体となります】
『変身してない時のオリジナルを本体って言うのか』
変身後の体も自分の体だけど、あくまで擬態した姿。
本当の姿を本体と表すのも納得。
『少し考えてみる。教えてくれてありがとう』
【お役に立てれば幸いです】
条件は分かったけど一旦保留。
お礼を伝えて会話を終えた。
「待たせてごめん。昼食にしよう」
「クルトの名前が出たのは何だったんだ?」
「クルトが持ってる恩恵の話だったから」
「〝変身〟と〝擬態〟か」
「うん。悪い話を聞いた訳じゃないからそれは安心してくれ。あんま遅くなると悪いから先に食事しよう」
「分かった」
まさか閨事をすればクルトの恩恵を受け継げるなんてエドとベルの前で堂々と話せない。
肉奴隷すら知らないピュアっ子のベルの前では特に。
昼食のために部屋を出て8人で食堂へ向かう。
「……なあエド」
「はい」
「まさかとは思うけど……この屋敷って」
「王宮地区で一番大きなあのお屋敷です」
「やっぱり!?」
食堂までの距離と王宮にある屋敷という情報でようやく気付いたけど、国王のおっさんの血縁で唯一爵位を剥奪されて処刑されたという公爵が所有していた屋敷。
騎士団宿舎から買い物に行く時に通る道にあるからデカい屋敷だと思って見てたけど、国が管理していたその屋敷がまさか俺に下賜されることになるとは。
「地上に戻って来てから驚くことばっかだ」
帰らない意思表示として残していったはずの書類が受理されてなかったり、エドやベルが主従契約を解除していなかったり、爵位が公爵に上がっていたり、屋敷が下賜されていたり。
音信不通だったんだから知らなくて当然だけど、戻って来てから予想外のことが多くて驚かされてる。
「まだ驚くことになると思いますよ?」
「え?まだ何かあるのか?」
「はい。一つはじきに分かります」
「……一つはって何個もあるのか。頑張れ俺の心臓」
ニコニコのベルと心臓を心配する俺にみんなは笑った。
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気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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