ホスト異世界へ行く

REON

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第十章 天地編

共犯

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捜索の翌日。
先にノックしてからドアを開けて病室を覗く。

「起きてるか?」
「「英雄エローさま」」

中に居たのは背を起こしたベッドに座っているサーラと、器とスプーンを手にした医療補助師。

「食事の時間だったか。見舞いはまた今度にする」
「大丈夫。入って」
「いや、補助師さんの邪魔になるし」
「構いませんよ。どうぞお入りください」

少し様子をみようと病室に来たものの食事時間だったようで帰ろうとするとサーラと医療補助師から中へ入るよう促される。

「じゃあ少しだけ」

二人から言われては断れず少しお邪魔することにしてベッドの隣に置かれている椅子に座る。

「スープと重湯おもゆ?」
「はい。今回入院した子たちはあまり食事を摂っていなかったようですから重湯から始めて様子を見るそうです」
「なるほど」

テーブルの上にある器の中身は粥の上澄みの重湯。
身体が(消化器も)弱っている子にいきなり固形物は避けるのも当たり前かと納得した。

「みんなのお見舞いは行った?」
「一昨日入院した子で見舞いの許可が出てるのはサーラだけ。みんな別々の病室で治療を受けてる」

面会許可が出たのはサーラだけ。
生後5日(今日で7日)の嬰児えいじと11歳の母親はまだ特殊治療室(異世界のICU)で24時間体制の治療を受けているし、妊娠中の10歳の子と死産だった13歳の子も経過観察中。
屋敷に買われて来たばかりの双子の嬰児も栄養状態が芳しくないから乳児室で治療を受けている。

「リアとラウには少し会って来た。しばらくはまだ会えなくて寂しいだろうけど今は身体を休めることを優先してくれ」
「うん」

今はみんな体調の改善が最優先。
サーラの摘出手術も本当は早くやる必要があるけど今の体力では手術に耐えられないから行えないらしい。

話を聞きながらも口にスプーンを運んで貰うサーラ。
医療師から聞いた話では、回復ヒールをかけるまで失っていた肘から下の腕や膝から下の脚はまだ上手く動かせないらしい。
上手く動かせないんだからという行動ができるはずなく、食事やトイレなどの日常生活にも補助師の手が必要。

「忙しいのにわざわざお見舞いにきたの?」
「今日は子供たちの治療の手伝いが目的。サーラもまだ面会の許可が出るとは思ってなかったし。だから手ぶら」
「治療の手伝いって?」
「5歳の子の舌と7歳の子の左目の復元治療。医療手術じゃ戻せないから俺が回復ヒールをかけた」

今日の来院目的は要請を受けた回復ヒール治療。
回復ヒール治療は医療手術と違って体力の回復を待たなくてもできるから、保護から一日開けて子供も落ち着いたことを確認して医療師立会いのもと治療を行った。

「上手くいったの?」
「うん。ただ、今までないことや見えないことが普通になってたからまだ違和感があるみたいだけど」

一度失ってから時間が経っていると例え元に戻せても急には脳が追いつかないらしい。
舌があることや目が見えることが普通なのに、無いことに慣れると逆にそれが違和感になるんだからとは不思議だ。

「私の子宮は回復ヒールで取れないの?」
回復ヒールは元の状態に戻すだけで医療手術のように切ったり取ったりはできないんだ。亡くなった人を生き返らせることもできないし、もう機能してない臓器や失った血液を戻すこともできない。回復ヒールも万能じゃないから医療師が居る」
「そうなんだ」

もし回復魔法が万能だったらこの世界に不治の病も医療師も存在しなかっただろう。
出来ることと出来ないことがあるから『神官』と『医療師』の両方が存在している。

「本当は俺の回復ヒールでサーラの子宮も元の状態に戻してやれたら良かったけど、もう機能してないなら回復ヒールではどうしてやることも出来ない。治してやれなくてごめんな」

俺の回復ヒールでもまでは治せない。
辛うじてでも機能していれば回復してあげられたけど、サーラの子宮はもう体内で状態だから何もしてやれない。

「いいの。私のように奴隷として売られて死んだ方がましって苦しむくらいならと思って二人も死なせたんだもの。子宮が使えなくなっても悲しくない。もし使えていても二人を産んであげられなかったのに次の子なんて有り得ない」

俺を見てハッキリ言ったサーラに悲しみはない。
本心からそう言っていると分かる。

「数が少ない獣人を集めて楽しむご主人にろくな人はいないでしょ?私たちは数が少ない獣人だから最初から売る目的の子供を繁殖するために買われて地下に閉じ込められてたの。一人目でそれが分かったのに産むなんてイヤ。自分の子供がご主人みたいな人から買われて苦しめられるなんてイヤ」

自分がそうだったから子供に同じ思いをさせたくない。
人の死に慣れた軍人でも目を逸らしたくなる残酷な扱いを経験したサーラがそう思うのは仕方がない。
自分が身をもって殺して欲しいと思うような経験しているからこそ、違法の人身売買で買うようなろくでもない奴に売られるくらいなら産まれる前にいっそと思ったんだろう。

正しいか正しくないかじゃなく、それも親の愛。

「ねえ、英雄エローさま。私捕まる?」
「ん?何か悪さしたのか?」

話題を変えたサーラのその質問に首を傾げる。

「12歳で子供を産んだし、その子の獣人登録もしてない」
「最初は合意の元で行為をしてたのか?」
「まさか」
「じゃあ罪にはならない。自分の意思で行為をして受胎した人と犯罪に巻き込まれて受胎した人では違う。獣人登録の方も出来るのにしなかった人と出来ない理由があった人では違う」

たしかに未成年での妊娠出産や国民登録をしていないことは法律に反しているけど、事情が事情であれば捕まらない。

「それならリアや他の子も大丈夫だね」
「他の子のはまだ面会できてないから話は聞いてないけど、まあ状況から考えて合意だった可能性は低いから大丈夫だろ」

サーラとリア以外の子からは話を聞いてないから断言は出来ないけど、十中八九(合意なし)の犯行だろう。
裁かれるのは未成年と知っていて行為をした外道だけ。

「それにしてもよく受胎年齢違反のことや獣人登録のこと知ってたな。リアは何も知らなかったのに」

外道の屋敷で話した時から思っていたけど、同じ年齢で同じ奴隷だったはずなのにサーラはリアより知識がある。

「前に居た監視が教えてくれたの。ご主人に秘密でパンや飲み物をくれたり本を読んでくれたりする人で、私が自分で本を読めるように字を覚えたいって言ったらご主人が寝た後の時間に教えてくれた。リアは体が弱いからその時間には寝てたけど」
「へー。前に居たってことは、その人は辞めたのか」
「ご主人に反抗したから殺されちゃった」
「え?」

その監視が辞めずに居てくれたら子供たちにもまだ救いがあったんじゃないかと思って聞いたんだけど……まさかの。

「ご主人から聞いただけで自分で見たんじゃないけど、私の子供を売るのを反対してくれたんだって。他にもみんなを解放してあげてって言ってくれたみたい。ご主人が腹いせで私に鞭を打ちながら勝手に喋ってるのを聞いて殺されたことを知ったけど、鞭打ちよりもその人が死んだことの方が辛かった」

みんなを助けたくて意見したことで殺されたのか。
あの外道屋敷にあった最後の
他にも公爵に逆らうと自分の身が危険だから言えないだけの使用人も居たのかも知れないけど。

「その時にご主人が言ってたんだけど、王系公爵に反抗したら殺されて当然なの?一般国民の命は王系公爵の命より軽いの?私たちを助けてくれようとしたあの人の命よりも王さまや王妃さまの親族ってだけの悪い人の方の命が大切なの?」

この世界では『一般国民の命<貴族の命』なことは事実。
何かあれば一般国民よりも早く戦に出たり資金援助を行って国を守る義務がある貴族には、その見返りとして贅沢をすることも一般国民と格差を付けることも許されている。

「反抗したから殺されて当然って言ってたのか」
「うん。たかが監視が雇ってやった恩も忘れて王系公爵の自分に刃向かうなんて殺されて当然。お前たちも刃向かったら殺すって。自分は王系公爵だから王さま以外はみんな自分以下。虫を殺しても誰も罪にならないのと一緒だって言ってた」

あの外道はアルク国第二王妃の血筋の者。
その身分を笠に着て誰も刃向かうことを許さず多くの人を恐怖で支配してきた。
権力でどうこうしようとするのはアルク国王も似たようなものだけど、亡くなった人や外道の行為に眉を顰める良心があるだけアルク国王の方がまとも。

「貴族の命が一般国民の命よりも優先されることは事実だ。ただそれは、貴族には生きて国を守る義務を果たさないといけないからって理由がある。数人の一般国民を守るために数百万の一般国民を犠牲にはできない。そういう理由で一般国民よりも貴族の命が尊重されることは確かだけど、私利私欲のために罪のない一般国民を殺していいはずがない」

罪のない人を殺せば貴族だろうと犯罪者。
権力を笠に着て威張り散らすだけの奴とはまた話が違う。
それが例え国民階級が低い奴隷だろうとスラムの物乞いだろうと命を弄んでいいはずがない。

「その監視以外にも亡くなった人は居るか?」
「使用人は知らないけど奴隷ならいっぱい居るよ。私よりも先にお屋敷に居た人たちは全員もう居ない。ご主人に陵辱されたり病気になったりして苦しんで、死んだら袋に入れて連れて行かれる。その後はどうするのか知らないけど」

サーラが淡々と話す内容に補助師は口許を押さえる。
救いたくても救えない命があって、望まずとも数々のを見てきた医療従事者が命を弄ぶ外道の行為に強い嫌悪感を覚えるのは当然だろう。

「出ておきますか?」
「いえ。お話の邪魔をして申し訳ございません」
「辛ければ部屋を出て構いませんから」
「お心遣い感謝申し上げます」

ここは犯罪に巻き込まれた被害者のための医療院。
まだ若いから補助師になって長くないだろうに、そういう医療院で働くだけあって残酷な話題でもすぐ堪えたのはさすがだ。

「亡くなった子を運び出すのは誰がやってた?」
「使用人だと思う」
「いつも違う人か?」
「大体同じ。私が見たことある人ってそんなに多くない」

外道屋敷の使用人の数は多かったけど、実際サーラたち奴隷に関わる使用人は限られてたってことか。

「もう一つ。屋敷には治療をする医療師や魔術師が居たか?」
「医療師や魔術師かは分からないけど治療する人なら居たよ?子供を産む時も居るし酷い陵辱を受けたあとにも治療する。私がご主人から手や脚を切られた時にも来て血を止めてた。前は三人居たのに今は一人しか来なくなったけど」
「その人は屋敷の使用人か?」
「違うと思う。使用人の服じゃなかったし、外套を着てたり雨に濡れてた時もあったから外から来てたんじゃないかな」

やっぱり医療行為を行える協力者が居た。
拘束した使用人は殆どが一般国民で聖魔法を使える人や医療訓練校に通えるような裕福な家の人は居なかったのに、雑だろうと死なない程度には治療を行った形跡が見られた。

「治療してた人がどうかしたの?」
「屋敷の使用人は全員拘束したけど治療ができる医療師や魔術師は居なかった。それなのに専門的な治療を施されてた子も居たから屋敷の外にも共犯がいるんじゃないかと思ったんだ」

薬を塗ったり包帯を巻いたりするくらいの治療は誰にでも出来るけど、サーラの両手足も5歳児の舌も7歳児の左目も死なない程度の処置をしてあった。
あの外道が切ったり抉ったりを楽しんだあと陵辱された子たちが死なないよう治療した奴がいる。

治療したと言っても善意の医療行為じゃない。
死んでしまうと遺体を処理しないといけないから、恐らく外道から命令されて治療していたんだろう。
だからにだけで、子供たちの後々のことなど考えていない雑な治療だったんだと思う。

「みんなもそいつの顔は知ってるのか?」
「うん。治療を受けた子なら知ってるはず」
「そっか。話してくれてありがとう。サーラも辛い目にあった当人なのに色々と聞いて悪かった。今はゆっくり休んでくれ」
「もう帰るの?」
「少しだけって言っただろ」

リアやみんなに会えないから寂しいのか、椅子から立ち上がった俺を見上げるサーラに少し笑って頭に額を寄せる。

「次は見舞い目的で来るから。体力をつけないとゆっくり面会ができないんだからしっかり食べて体を休めるように」
「分かった」
「じゃあまたな」
「うん」

渋々ながら納得したサーラの頭を撫でて医療補助師にも小さく頭を下げて病室を出た。

「「シンさま」」

病室の前で警備していたエドとベル。
話は聞こえていたようだ。

「守るって子供たちと約束したんだ。必ず捕まえる」
「「はい」」

共犯者を見つけないと子供たちが危険だ。
顔を知っている子供たちから自分の存在が割れる前に口封じをしてくるかも知れない。
入院中はもちろん退院してからも子供たちが安心して暮らせるよう、共犯を捕まえるまでこの事件は終われない。





「お帰りなさいませ」
「ただいま」

院長にもサーラから聞いた内容を伝えて警戒するよう話してから王宮師団室に行って治療が済んだ報告と事情を説明して医療院の警護を増やしてくれるよう頼んで屋敷に帰ると、真っ先にディーノさんが迎えてくれる。

「何か変わったことは?」
「問題ございません。届いた書簡や招待状を執務室のデスクに置いておきましたのでご確認ください」
「また夜会の招待状か。帰って来てから多いな」

魔界から帰って来てから夜会の招待がやたらと増えた。
今まで療養でに行っていたことになってるから仕事が忙しいことを理由に断ってるけど。

「公爵になってお屋敷も構えましたから仕方がないかと。既婚者であれば夜会やお茶会関連は夫人のお役目なんですが」
「肩書きが伯爵だろうと公爵だろうと中身の俺自身は何も変わってないのにな。この屋敷だって国王のおっさんがくれた物で自分で建てた訳じゃないのに」

ディーノさんに外套ローブを渡しながらエドと話して苦笑する。
中身はクズのまま肩書きだけはご立派になってしまった。

「お食事はいかがなさいますか?」
「昼食は外で食べたからいい。夕食はいつもの時間で」
「承知いたしました」

医療院を出たあと少し遅めの昼食を三人で軽く摂ったから要らないことを話して、屋敷の報告をするエドとディーノさんはそこに残してベルと執務室に行く。

「本当に多いですね」
「うん。まあ貴族にとっては大切な社交場だってことも理解してるんだけどな。夫人や令嬢がドレスや装飾品で着飾るのは自分の夫や親の財力を他の人に見せるためでもあるし、男は男で大抵は領地や事業の話が中心になる」

無駄な出費にも思えるけど茶会や夜会にも意味がある。
夫人や令嬢が高価な物で着飾っていればあの家は儲かってるんだと分かるし、儲かっている(家が安定している)と分かれば親交を深めようと人が集まり繋がりも広がる。

「夜会自体は悪いことではないとワタクシにも分かります。貴族にお金を溜め込まれては困りますから」
「そういうこと。貴族は貴族らしく湯水のように金を遣ってしっかり経済を回して貰わないとな」

金のある貴族が茶会や夜会をするほど経済が回る。
国や領地の経済を回すために茶会や夜会を開くことも貴族の大切な役目と言っても過言じゃないだろう。

「ん?」

ジャケットを脱ぎベルに渡しながらデスクの上に目をやると他の領地からの書簡が届いていることに気付いて手に取る。

「ブラジリア集落からだ。カムリンか」

俺が魔界に行ってる間に王都に来てくれていたことを師団長から聞いたからお詫びと集落の様子を伺う内容の伝達を送った。
それの返事だろうと思いつつペーパーナイフで開封する。

伝達ありがとうございます。
寒さを感じる日が増えましたがお加減いかがですか?

そんな出だしから始まった手紙。
療養を終えて王都に帰還した祝いの言葉や集落の様子などが綺麗な字で綴られている。

「なあベル」
「はい」
「獣人族の識字率って高いのか?」
「識字率?」
「字を読み書き出来る人の数」

丁寧な手紙を読んでいてふと気付いてベルに聞く。

「エドやワタクシはルナさまのご好意で学ばせていただきましたが、獣人集落には訓練校がありませんので読み書きが出来る者となると集落に数人居るかどうかだと思います」
「だよな。誰かに書いて貰ったのか?」

訓練校や魔導校がある人族でさえも識字率が低いのにカムリンの手紙はしっかりした綺麗な字で書かれていることに気付いて不思議になった。

「読み書きが出来る方が集落に居て書いて貰ったのか、文字を教わってカムリンさまが書いたのかも知れませんね」
「うん。読み書き出来ないんじゃないかと思ったから伝達にしたんだけど」

伝達は書簡(手紙)と違って伝達員が直接口頭で伝えてくれるから読み書きが出来ない人とでもやり取り出来る。
カムリンを馬鹿にしたんじゃなく、この世界の識字率が低いことが分かってるからそうしたんだけど。

「思えばカムリンって時々獣人っぽくない時がある」
「そうなのですか?」
「獣人族は貴族が居ないはずなのにアデライド嬢にカーテシーで挨拶してるところを見たことがある。知識だけの付け焼き刃でやった感じでもなかったし」

この世界に来てから貴族女性のカーテシーは何度も目の前で見てきたけど、カムリンのカーテシーは幼い頃から侯爵令嬢としての教育を受けたアデライド嬢と差を感じなかった。
もしカムリンが獣人だと知らなければどこかの貴族令嬢かと判断したと思う。

「貴族から学ぶ機会があったのでしょうか」
「うーん。獣人族と親密な貴族の話は聞いたことがないけど、ただ俺が知らないだけでもしかしたら居るのかもな。よほど親しい間柄じゃなければ教えないだろうし」

外から家庭教師(マナー講師)を招いて教わることをカムリンに教えた人が居るならよほどの関係性があってのことだろう。

「獣人族と仲がいい貴族が居るなら喜ばしいことだ」
「本当に」

異世界から来た俺はこの世界の人と価値観が違うから最初から差別意識がないけど、獣人差別があるこの世界で生まれ育っていながら獣人と親しい間柄を築けていてる貴族が居るんだとすれば、その人には本当に差別意識がないということ。

「シモン侯爵家やデュラン侯爵家の人みたいに種族問わず善い関係性を築ける貴族がもっと増えてくれればいいな」
「両家の方々は元から獣人族に慣れていたから抵抗がなかったのかと。シモン侯爵家は大商会ですから獣人の顧客も居たでしょうし、デュラン侯爵家の領は療養地や観光地として有名ですので足を運ぶ獣人も居たでしょうから」
「なるほど」

言われてみれば確かに。
とはいえ現実問題としてを理由に買い物や観光を嫌がる人(拒否する人)は居るから、デュラン侯爵家やシモン侯爵家の人たちは他の貴族に比べて差別意識が薄かったんだろう。

「随分と可愛いこと書いてる」

手紙を読み進めて最後に書かれていた言葉にくすりとなる。

「可愛いこと?」
「顔が見たい、声が聞きたいって。ドン引きの変態発言をしたり可愛いことを言ったり面白い奴だ。そんなノンビリしたことが言えるくらいには落ち着いたみたいで良かった」

厳戒態勢が解除されて各集落に散っていた軍人も数人を残して王都に帰還したけど、実際に集落で暮らしている人から様子を聞けて少しホッとした。

「叶えてさしあげればよいのでは?」
「ん?」
英雄エローが集落へ訪問してくだされば領民も喜ぶと思います」
「予定が詰まってるから集落まで行くのは厳しい。行くなら最低でも一週間くらい休みをとらないと」

俺の予定を知ってるのに近所の商店に顔を出す程度の感覚で言ったベルに首を傾げる。

「今でしたら日帰りで行けますよ?術式で」
「え?」
「まだ軍が残っておりますから。暴動が起きて各集落には軍の配置と同時に放映石が配布されましたし、少なくとも安全が確保されて軍が完全撤退するまでは術式で繋がっております」
「そうなの!?」
「はい。本来ならば軍の関係者しか利用出来ませんが、シンさまは英雄エローですのでご公務で術式を利用できます」

近所の商店とはいかなくとも隣街に行くくらいの気軽さ。
たしかに術式を使えば簡単に物資を運ぶことも交替もできるから全員が撤退するまで繋げてあっても何らおかしくない。
この星は魔法がある世界。
魔導師が繋げさえすれば簡単に行き来できるクソ便利な術式というものがあったんだった。

「今回の暴動は集落に暮らす獣人にとって不安が大きかったと思います。帰還後の陞爵しょうしゃく式での表明は放映石を通してご覧になったかと思いますが、直接訪問すればいまだに不安を残している者も安心して落ち着けるのではないでしょうか」
英雄エローが来たってことが安心に繋がるか?」
「獣人族は虐げられてきた種族です。その獣人の集落に地上の希望である英雄エローが来てくれたとなれば、自分たちは見捨てられていないと実感できるかと」

一理ある。
中身はただのクズだけど、英雄エローという肩書きは地上層の人たちにとって大きな意味を持つから。

「まずは師団長に話してみるか。術式を使わせて貰えるなら休暇をとる必要もないし、何かあればすぐに戻って来れるし」
「はい。シンさまの特殊転移を使えば術式を使わず行くことは出来ますが、極秘能力ですので訪問には使えませんからね」
「うん。訪問なのに護衛なしで来たら驚くだろうしな」

それが魔祖渡りで様子を見に行けなかった理由。
この世界で魔祖渡りを使えるのはフラウエルと俺だけだから護衛を連れて行けないし、集落から少し離れた場所に転移して訪問したとしても、術式や魔導車を使わずどうやって数日かかる距離を来たんだと不審に思うだろう。

「師団長」
『……なんだ。報告漏れがあったか?』

善は急げで腕輪の晶石を使い師団長に声をかける。

「そっちの件じゃないんだけど、俺が軍の術式を使って獣人集落に行くのって可能?まだ各集落と術式を繋げてあるのを聞いたから、それなら直接様子を見に行きたいと思って」

外道の件ももちろん重要だけど、獣人にとって大きな悲劇になってしまった暴動の爪痕もまだ癒えていない。
もし子供たちに何かあっても術式を使えばすぐに帰って来れるから、許可して貰えるなら直接見に行きたい。

『それは願ってもないことだ。人命のかかった捜索を優先させたが、英雄エロー慰問いもんはそれ以前から議題にあがっていた。君も帰還後忙しい身ゆえに落ち着いてから頼むつもりだったが、自分から申し出てくれるとは助かった』
「ああ。そうだったんだ」

俺から言わなくても英雄エローは決まってたらしくあっさり許可がおりる。

「一応公務だから先に訪問先へ報せるだろうけど目出度めでたいことで行くんじゃないし、まだ完全に落ち着いた訳じゃないのに迎え入れの準備に時間を割いて貰うのは気が引けるから、何の準備も要らないって伝えといて欲しい」

中にはまだ『それどころじゃない』集落もあるだろう。
俺も自分の予定と相談しながらの訪問になるから、俺の都合に合わせて迎え入れの準備をして貰うより来ることだけ知っておいて貰えば良い。

『そう言うだろうと思った。英雄エロー勲章を持つ君ほどの権力者であれば手厚い歓迎を受けて当然だと言うのに、相手を慮り辞退を申し出るところが君らしい。普段奇行の多い変わり者でなければ君ほど貴族の見本になる英雄エローは居なかっただろう』
「あれ?珍しく褒められてると見せかけて貶されてる」

一番大事なが駄目だから見本にならないってこと。
高度なディスり方しやがって。
騙されかかって拗ねるとベルはクスクス笑う。

『聞いてきたと言うことは慰問先は決まっているのか?』
「ブラジリア集落。自分から誘ったのに療養に出てて会えなかったお詫びと集落の様子を聞きたくて伝達したんだけど、今日返事の書簡が届いたから先ずはそこに行こうと思う」
『やはりそこか。警備兵の件も話してくると良い』
「うん。俺の都合で悪いけど明日行こうと思う。領主と集落の長に明日行くってことだけ報せておいて欲しい」
『急だな。まあ迎え入れの準備は必要ないのだから大丈夫だろう。伝えておく』
「よろしく」

集落側の都合が明日では困る場合にだけ連絡をくれることと、連絡がなければ明日行く前に師団室へ顔を出すよう言われて通信を切った。

「そういうことで明日までに衣装の準備を頼む」
「はい。エドにも伝えておきます」
「ありがとう。頼んだ」

での慰問。
近場だったら術式が要らないから私用で行けたけど、軍の術式を使うなら公的に訪問するしかないから仕方ない。

英雄エローの肩書きが少しでも集落の人たちの励ましになってくれたら良いけどと思いながら、カムリンの手紙を丁寧に封筒へしまった。
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バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

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