ホスト異世界へ行く

REON

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第十章 天地編

エミーの過去

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「さっきまたなって言って別れたばかりなのに俺の都合ですぐに呼び出して悪かった。応えてくれてありがとう」
【我ら祖は創造主クレアトゥールのお戻りを心よりお待ち申し上げておりました。待ち焦がれた創造主クレアトゥールのお声に応えぬ祖などおりません】


俺は〝始祖〟の能力(特殊恩恵)を持ってるだけで、女王や他のが帰りを待っていた始祖本人じゃないんだけど。
それとも始祖の能力が復活すれば本人(本神?)じゃなくても戻ったことになるのか、祖(神族)の感覚は俺には分からない。

「俺も女王に会えて話も出来て良かった。ありがとう」
【光栄にございます。我ら祖は創造主クレアトゥールと共に】

始祖の復活を喜んでいるということは分かるから余計なことは言わずもう一度礼を伝えると、女王は子供たちと共に光の粒となって姿を消した。

「……もしかして大妖精と会話が出来るのか?」
「え?うん」

驚いた表情のエミー。
反応からしてそうだろうとは思ったけど、カムリンたちと同じくエミーにも女王の声は聞こえなかったらしい。

「お互いに言葉を理解してるってことだよね」
「もしかしたら異世界人の特殊能力が関係してるのかもな。知らない言語なのに読み書きできるってアレ」
「ああ。大妖精にも有効なのか」

いや、多分俺が神魔族だからだと思うけど。
それはさすがに言えないからエミーも知っている異世界人の能力ってことでごまかした。

「何にしても君は規格外にも程があるね。大妖精が人前に姿を見せるということだけでも驚きなのに、呼んで応じてくれたり会話まで出来る人なんて初めて見たよ」

そう言ってエミーは苦笑する。

「まあ今更か。神階の高い大天使さまを召喚できる特殊恩恵を持ってるんだから大妖精と話せても不思議ではない。勇者が精霊王に力を借りられるのと似たようなものだろう」
「似たようなもの……なのか?」
「似てないよ。本当はね」

随分と大雑把なまとめ方をしたなと思えばエミーは俺を見上げて溜息をつく。

「こんなこと他の人の前では言えないけど数多あまたの能力に精通する研究者としての率直な意見を述べると、特殊恩恵〝勇者〟より特殊恩恵〝遊び人〟の方が優れてる。覚醒せずとも特殊恩恵や恩恵を取得できる時点で最強の特殊恩恵だし、精霊王を超える存在の大天使さまの力を借りられる特殊恩恵などない。能力だけで言えば君は地上で最も神に近い存在だ」

あらゆる特殊恩恵に精通した研究者だからこその評価。
話して聞かせるエミーの顔は真剣だ。

「今まで魔王の討伐は勇者にしか出来ないと言われてきた。それは精霊族に与えられた最大の能力である精霊王召喚を使えるのが勇者だけだから。ただ精霊王を超える大天使の力を使える者はどうなんだろうね。それでも倒せるのは精霊王の力だけなのか、精霊王を超える神の力なら倒せるのか。誰も知らない」

言ってることは分かる。
たしかに可能性としてはないとは言えない。
でも……

「俺はフラウエルと戦えない」

可能性があっても戦えない。
同じ世界から召喚されたヒカルたち勇者に刃を向けられないように、親しくなった魔王や四天魔に刃は向けられない。

「もし天地戦に立たされても俺は戦えない。無駄死にするだけだから行かせても意味がないとだけ言っておく」

天地戦に立たせるだけ無駄。
親しくなった人に刃を向けるくらいなら死を選ぶ。

「違う違う。今のは研究者として個人的にどうなんだろうと気になるだけで、調べようもない一か八かの賭けで魔王と戦えなんて言わないよ。それに君には天地戦よりその後の復興を頼みたいんだ。勝っても負けても一時的に混乱期に入ることは目に見えてるからね。英雄エローの存在は生き残った人々の希望になる」

……天地戦後の希望。
自分は天地戦が死地になるのにそれを俺に頼むか。

「考えとく」
「ハッキリしない答えだね」
「今この場で即答した方が嘘くさいだろ。そんな大事おおごとなことならなおさら、よく考えもせず適当に答える訳にはいかない」
「なるほど。たしかにその場だけ合わせた感はあるか」
「うん。だからその時までによく考えとく」
「分かった」

ごめん。
その頼みだけは叶えられない。
俺は天地戦に敗北した方と道を共にすると決めてるから。
エミーと同じく俺の最期も天地戦で決まる。
それがどちらにも手を貸さない俺のケジメ。

「そろそろ戻るか。鍋が気になるし」
「気晴らしはもういいのかい?」
「ん?」
「彼女の立場を気にして離れたんだろう?自分との会話で彼女が周りの人から責められる可能性があることに気付いて」
「……そこまで分かってたのか」

まさしくその通り。
俺の心を読んだんじゃないかと思うくらいに。

「私にもあったからね。賢者に覚醒して特級国民なんて御大層な階級になったお蔭でそれまで親しくしていた人との関係が大きく変わった。私は変わらず親しくしたかったから周りの声など気にしてなかったし、その人も変わらず親しくしてくれてたけど、ある日その人が私と気さくに話していることを周りの人から責められているところを見てしまった」

ああ、エミーにも経験があるから気づいたのか。
賢者になる前はその人と身分差がなかったんだろう。

「それでもその人は変わらず親しくしてくれようとしてたのに私は距離を置いてしまった。それがいいと思って」
「今は?今でも距離を置いたままなのか?」
「わざわざ距離を置かずとも一番遠くに行ってしまったよ。次に会えるのは私が天地戦で役目をまっとうした後だね」

つまり……亡くなったってことか。

「以前に私が“みんなで力を合わせれば”って言葉が嫌いだと話したことを覚えてるかい?」
「うん」
「その人は国王軍の王宮騎士でね。騎士でありながら魔法も使える優秀な人だった。でも自分よりも弱い者を庇って殉職したんだよ。その弱い者というのが私だ」

それであんな言葉を。
弱者は罪と言ったあのとは自分のことだったんだと、その話を聞いて繋がった。

「あの頃既に軍人にはなってたけど、どうして私が勇者を守って死なないといけないんだって考えがまだ心の中にあって賢者の訓練に熱が入らず能力を使いこなせてなかった。賢者の力がなくてもみんなで力を合わせて戦えば勝てるなんて私の甘えが彼を死なせてしまったんだ。私がしっかり賢者の訓練を受けていれば彼は私を庇わずに済んだし、能力を使いこなせていれば命を救えたかも知れない」

エミーの口から聞く初めての懺悔。
訥々と話すそれが感情露わに聞かされる話より胸が痛む。

「あの時は白魔術師さまが昔の自分と重なってしまってね。彼女は違う世界から召喚されて戦を経験したことがないのにキツく当たって悪いことをした。でも回復を主にする白魔術師が勇者たちの勝敗を左右することも事実なんだ」
「うん。分かる」

怪我をした時に回復をかけるのが白魔術師の主な役目。
その時の咄嗟の判断や回復力でヒカルたち勇者の命や勝敗が左右されることは間違いない。

「君たちからすれば自分たちの都合で召喚した世界の奴が言うなって思うだろうけど、勇者たちには生きてほしい。生き残る術が天地戦での勝利しかないのなら勝って生きてほしい。ごめんね。魔王の半身でもある君には酷い願いだろうけど」
「ううん。俺も生きてほしいと思ってる」

ただ俺は勇者だけじゃなく魔王にも生きてほしい。
その違いだけだ。

「暗い話をして悪かったね。話がそれてしまったけど、君には私のように階級差を理由に人と距離を置いて後悔してほしくないと思って。今まで通りご公務中は仕事だと割り切った対応をして、プライベートではありのままの君でいいんだ。国王をおっさんと呼ぶ君が人との距離感に悩むなんて今更だろう」
「たしかにな」

それを言われてはぐうの音も出ない。
周りから英雄と呼ばれて期待されるほど英雄らしくしなくてはという気持ちが大きくなってた気がする。
クズの俺には無理なのにという本音と、人々が憧れる英雄像を壊してはいけないという両方の感情の間でせめぎ合っていた。

「人々の妄想の中でのみ生きる完全無欠のお綺麗な英雄エローなんて偽物だ。自分の身も心も痛めながらボロボロになって大切な人を守る君が本物の英雄エローなんだよ。本物の英雄エローが妄想の英雄エローに合わせてどうする。私は人の顔色を伺って縮こまる弱い弟子を持った覚えはないよ。私の愛弟子なら人々の妄想から出てこない役立たずな理想の英雄エローなんてぶち壊してやりな」
「Yes,Ma'am」

軍人らしく後ろで手を組み言うエミーに敬礼で応える。
最後はエミー励ましの檄だった。


「なあ。その騎士ってエミーの恋人だったのか?」

広場に戻りながら気になっていたことを問う。

「違うよ。同じ孤児院で育った友人」
「ん?エミーも孤児ってことか?」
「あれ?言ってなかった?」
「うん。それは初めて聞いた」

エミーの子供の頃の話はあまり知らない。
本人から話すこともなかったし、俺からも聞く機会がなかったから。

「元から貴族なんだと思ってた」
「たしかに国王軍には貴族の次男や三男が多いけど私はスラム産まれの棄児きじだ。五歳の祝福の儀で賢者の血継を持ってることが分かったから賢者の教育をする国の施設に入って、十歳で賢者に覚醒した時に爵位を与えられただけの成り上がりだ」
「そうだったのか」

賢者に覚醒した人はみんな公爵位が与えられる。
それほどに賢者は国にとっても重要な存在だから。
俺と出会った時には既にエミーは公爵だったからまさか孤児だったなんて思いもしなかった。

「スラムって西区?」
「そう。私が育ったのは北区にある孤児院だったけどね。あの頃は西区に孤児院がなかったから」
「その頃はまだ周りの地区が受け入れてくれてたのか」
「渋々ってのが実際のところだね。両親が亡くなったり事情があって育てられず孤児になった子とスラムで棄てられた棄児きじとじゃ扱いが違う。私とその人は同じスラムの棄児きじで一緒に居る時間も長かったから親しくなった感じかな」
「なるほど」

他の子たちとは違う扱いを受けていたなら同じ境遇の者同士が親しくなるのは当然の流れだろう。

「私は五歳で国の施設に入ったけど彼は成人するまで孤児院で育った。訓練校で再会した時には驚いたよ。孤児から王宮騎士になるのは並大抵のことじゃない。でも彼は同じ科の学生から孤児なことを馬鹿にされても諦めなかった。賢者になった私を助けるんだって言い続けて本当に騎士になったんだ」
「そっか。かっこいい人だな」

有言実行。
誰に何を言われても騎士になることを諦めなかったのは、賢者として死地へ向かうことが決まっているエミーを少しでも助けたい一心だったんだと思う。

階級差ができても変わらずに居てくれた友人が周りの人から責められてるところを見て距離を置いたエミーと、最期まで自分の信念を曲げずにエミーを庇って亡くなった騎士。
二人の間にあったのが恋愛感情なのか友情なのかは二人にしか分からないけど、互いに相手を思っての行動だったことは間違いない。

「君は少し彼に似てる」
「どの辺が?顔?」
「容姿は全く似てない。彼はすぐに人を口説く人誑しじゃなかったし、不真面目さの欠片もない生真面目な人だった」
「厭味か。容姿どころか全然似てねえじゃん」

むしろ真逆な人。
遠回しにディスられた気分で文句を言うとエミーは笑う。

「彼も種族を問わず誰にでも手を差し伸べる人だった。まだ新人で決して多くない給料を使ってスラムで炊き出しをしてたからいつも自分の生活はギリギリだったし、誰かを守るためなら自分が傷付くことも厭わず助けに行ってしまう。お蔭で私が何度仲裁に入るはめになったことか。手間のかかりようもこの世界に来たばかりの頃の君とそっくりだ」

手間のかかる奴という部分では似てる。
権力も何もなかった俺が好きなことをやってこれたのは、国王のおっさんや師匠のエミーが俺を守ってくれてたから。

「でも不思議だね。君はもう自分の能力を使いこなせるようになって本当に強くなったし、今や扱い一つで暴動が起こるほどに絶大な支持を得た唯一無二の英雄エローとして国王陛下に次ぐ権力を手に入れて私が手を貸す必要もなくなった。それを安心していることもたしかなのに、手間のかかる弟子じゃなくなったことを少し寂しくも思う。これが愛弟子の成長を見届けた師匠の心境ってやつなのかね」

複雑な心境なのか苦笑するエミー。
たしかにそれは師匠としての心境なのかも知れない。

「ちょっと見せて貰ってもいいかい?」
「ど、どうぞ!」

会話しながら歩いていて気になったようでエミーは広場の手前で集まっていた獣人に声をかける。

「こうやって鉱石を取り出してるのか。初めて見た」

集まっていた獣人女性たちが行っていたのは鉱夫が鉱山から切り出してきた塊から鉱石を取り出す作業。
先にみんなに食事を振舞って午後から集落の仕事も見せて貰うつもりだったけど、興味を惹かれたらしいエミーの隣にしゃがんで俺も作業を見る。

「大変な作業だね。魔法を使える人は居ないのかい?」
「掘り出す工程は鉱石に傷をつけないよう手作業なんです」
「なるほど。そういう理由があるのか」

人の顔サイズの塊からノミを使って掘り出しているのは手のひらサイズほどある綺麗なブルーの塊。
初めて見る深い青色のそれを見て鑑定をかける。

Name 青空ルシエルブルー
一部の地域でのみ見られる貴重な鉱石。
成分は炭素。
地中の魔素の影響で青く色付いている。
地球ではブルーダイヤモンド。

「え。これブルーダイヤモンド?デカすぎ」
「ブルーダイヤモンド?」
「俺が居た世界だととんでもない値段がする宝石」
「へー。この世界でも採取できる場所が決まってるから高価な部類に入るけど、君の居た世界だとなおさらお高そうだね」
「うん。何の鉱石なのか鑑定かけて吃驚した」

恐るべし異世界。
世界最大サイズと言われるブルーダイヤモンドを超えるサイズの原石がゴロゴロある。

「え?待った。なんで透明ダイヤの扱いは雑?」
「この石のこと?」
「これもダイヤモンドだぞ?」
「君が居た世界ではこれも貴重なのかい?この世界では色のついていないこの石は外れ石と呼ばれていて価値がない」
「いや勿体ねぇ!加工すれば綺麗なのに!」

恐るべし異世界(再度)。
ブルーダイヤと一緒に混ざってるダイヤモンドラフ(原石)が採取されることなく掘り出し済みの中に放置されていて、物凄いサイズなのに扱いされてることに驚かされる。

「ほら。この辺の軟骨にしてるボディピアスについてる宝石が透明ダイヤ」

耳許の髪を持ち上げダイヤがついたボディピアスを教える。
目の前の地面に置いてあったバッグは一緒に召喚されなかったけど、普段からいくつも身につけていたボディピアスはそのまま無くなることなく召喚されたからこれは地球製。
俺が居た世界なら数十万はする代物。

「これがこれ?本当に?」
「外れ石とは別物では」
「そのように美しい石は初めて拝見しました」
「いや本当に。加工すればこれになるんだって」

ボディピアスについたダイヤとダイヤモンドラフを比べて疑いの目で俺を見るエミーと、現時点ではお世辞にも綺麗とは言えないラフと同じ物だとは信じてくれない集落の人たち。

「本当なのに。透明ダイヤが外れ石の扱いなら他の宝石よりも安くで売り出せるだろうから喜ばれると思うんだけど」

現状のダイヤモンドラフを見てピンと来ないのも分からなくはないけど、透明ダイヤは透明ダイヤで上品だし綺麗なのに。

『中の人。ブリリアントカットのやり方って分かる?』
【ピコン!(音)。鑑定画面に図面を表示いたします。カットを行う際には風属性魔法をお使いください】
『ありがとう。現物と図面を見本にしてやってみる』

中の人が画面に出してくれたブリリアントカットの図面。
分かりやすく工程も書いてあるし何とかなりそう。

「この石一個貰っていい?鍋の様子を見ながら試してみる」
「廃棄処分する物ですので構いませんが」
「出来たら見せる。素人だからどこまで忠実に再現出来るか分からないけど、棄てるくらいなら俺が欲しいし」

すぐ出来るものじゃないからカレーの様子を見ながら試してみることにして、また後で来る約束をしてエミーと広場に戻る。

「お帰りなさいませ。今ちょうどお迎えに行こうかと」
「多分そろそろだろうと思った」

鍋がデカくて量も多いから煮込むのにも時間がかかる。
エドと話しながらも、離れる前と変わらず集落の人たちが仲良くBBQ用の肉や野菜を串にさしてる姿を見て口許は緩んだ。

リフレッシュをかけて貰って鍋の蓋をあける。

「食欲をそそる香りだね。見た目は泥のようなのに」
「泥って言うな。腹鳴ってるし」
幼気いたいけな乙女の腹の音が聞こえても黙って聞こえないフリをするのが紳士ってものだろう」
「本当に幼気いたいけな乙女なら腹の音なんて言わない。せめてお腹の音って咄嗟に言えるようになってから乙女を語れ」
「君は私を男扱いしてる節があるね」
「人の背中に殺気向ける奴を女だとは思わない」

エミーと俺のやり取りにエドやベルはもちろん鍋の様子を見に集まって来た集落の人たちも笑う。

英雄エローと賢者エミーリアさまは師弟関係だとお話には聞いておりましたが、仲のいい師弟なのですね」
「まあ悪くはないかな。訓練では鬼畜すぎる教官だし、憎まれ口の天才と仲がいいって言われると複雑な心境ではあるけど」
「そうかい。久々に手合わせしたいんだね。受けて立とう」
「すぐ物理的な戦いに持ってくのは辞めろ」

カムリンに答えた返事が地雷を踏んだようで剣のグリップ部分で背中をツンツンされる。

英雄エローさまと賢者さまは結婚してるんですか?」
「も、申し訳ございません!」

ジーッと見上げていると思えばそう聞いてきた子供。
隣の母親だろう人が急いで子供の口を塞いで周りの大人たちが慌てて頭を下げる。

「今の話題って謝るようなことか?素朴な疑問だろ」
「うん。子供の素朴な疑問だね。みんなの気遣いはありがたいけど少し過剰になりすぎだよ。たしかに子供の発言一つでもネチネチ言う貴族は居るけど、少なくともシンと私は世襲貴族じゃなく功績で爵位を得た成り上がり貴族なんでね。元は貴族じゃなかったから一般国民のみんなの感覚に近いと思う」

大人たちが慌てて謝ったことにこっちの方が驚いたけど、エミーが言う通りみんな過剰になりすぎてる。
特級階級の英雄エローと賢者を前にしたらそうなってしまう気持ちも分からなくはないけど。

「私とシンは夫婦じゃないし、お互いに寂しい独り身だ。君が大人になったら私をお嫁さんにしてくれるかな?」
「うーん」
「悩む素振りは見せてくれる優しい子で良かったな」
「煩いよ。テオドールや騎士たちも誤魔化しても分かってるからね。みんなそんなに私の訓練を受けたいのか」

難しい顔で唸った正直な子供を見て大笑い。
師団長や警備のために居る騎士たちも笑いを堪えきれなかったらしくエミーはみんなにプンスと怒る。

「乙女の純情を笑った騎士たちは王都に帰って来たら外周!テオドールには高級食堂でご馳走して貰うからね!」

子供の発言でピリっとした空気がエミーの虚しい怒りや必死に笑いを堪えている軍人たちの姿で和み、また集落の人たちの表情に笑顔が戻る。

「さてと。偽物乙女の純情は置いといて、カレーももう少しで出来ることだしそろそろ串肉の方も味つけして焼くか」
「独身の女を捕まえて偽物とは君が一番失礼だから」
「はいはい。誰も貰ってくれなかった時には俺と結婚しよう」
『え!?』
「俺の他に貰い手がいなかった時の保険な。弟子の俺としてはエミーが本当に好きな人と結婚して幸せになるのが一番だ」

驚くみんなやエミーにくすりとする。
人を好きになっても愛せない俺にはパートナーとして選ぶ相手にエミー以上の人は居ないと思う。
魔王と半身契約を結んでいることはもちろん俺の事情を一番よく知っているし、同じ公爵で同じ特級国民の英雄エローと賢者なら周りの人も反対しようがないだろう。

「悪くない話だね。英雄エローとなら結婚結婚って煩わしい声も静かになりそうだ。ただ、第二夫人以降にして欲しい。私は軍人だから屋敷に篭っていられないし夫人の役目まで手が回らない」
「第一夫人で悩んでるのに第二夫人以降って言われてもな。エミーに第一夫人の権限さえ握って貰えれば、経済を回すための茶会や夜会は数ヶ月に一回派手にやればいいんじゃないか?国を守る役目がある最高指揮官のエミーと精霊族を守る役目がある英雄エローの俺に時間がないことは他の貴族家も分かるだろ」

軍人のエミーに夫人の役目を果たす時間がないことはたしか。
ただ国王軍の最高指揮官のエミーと英雄の俺が優先することは貴族の役目じゃなくて国や精霊族を守ること。
国王から与えられたその役割を蔑ろにしてまで貴族の役目を果たせという貴族なんて稀だろう。

「それに軍人のエミーが第一夫人の強い権限を握ってくれるのが一番安全なんだ。間違っても保護法に守られた英雄エローのあれやこれやを外に漏らしたり悪事に利用したりしないだろ」
「なるほど。そこはたしかに君の夫人選びに重要な点だね。下手な夫人に権限を握られては国が打撃を受けかねない」

保護法がある英雄エローの俺の第一夫人ともなると強い権力や大きな秘密を抱えることになるから、俺の権力以前に自身が権力を持っているエミーが権限を握ってくれるのが一番安全。

「シン、エミーリア。そういう生々しい裏話は二人の時にするように。純粋な子供たちの結婚観が歪んだらどうする」
「たしかに。話の続きはまた別の機会に」
「分かった」

酸いも甘いも経験してる大人にとって貴族制度がある世界の政略結婚は珍しくもないだろうけど、師団長がいう通り子供たちにとってはまだ結婚は純粋なものだろうから結婚観を歪めてしまったら申し訳ない。

「よし。それより肉を焼こう」
大食い竜グルートンドラゴンは焼きすぎると味が落ちるから気をつけて」
「了解」

結婚の話は一旦置いてまずはBBQ。
エドは苦笑してベルは嬉しそうに尻尾を揺らす。
エミー大好きっ子のベルにはエミーと俺の結婚の話が嬉しかったんだろう。


集落の人が持ち寄った魔道炉コンロをフル稼働して大食い竜グルートンドラゴンの肉と野菜をさした串焼きをタレと塩味で焼く。
シンプルな調理方が主なこの世界では串焼きの方がポピュラーな料理だから、調理法の分かる串焼きの方は集落の人たちが焼いてくれることになった。

英雄エロー公爵閣下。それは外れ石ではないですか?」
「そう。外れ石は棄てるって聞いたから一つ貰った。あ、廃棄物でも先に確認した方が良かったか?」
「いえ。廃棄するだけですのでそれは構わないのですが、外れ石で何をと気になりまして」

騎士や師団も一緒になってワイワイ肉を焼いてる姿を尻目にカレーの鍋の傍について石の加工を試していると、カスカド侯爵が様子を見に来て首を傾げる。

「さっき集落の人の仕事を見せて貰ってて気付いたんだけど、この世界では外れ石って呼ばれてるこの石は俺が居た異世界だとダイヤモンドって呼ばれてる高価な宝石だったんだ」
「外れ石がですか?」
「うん。えっと、外れ石を加工するとこうなる」
「拝見いたします」

現物を見ながら加工するために外していたダイヤ付きのボディピアスをカスカド侯爵に見せると、俺の手の中にある外れ石とダイヤを見比べて難しい顔をする。

「加工すれば綺麗な宝石になるのに廃棄するのは勿体ない。棄てるくらいならむしろ俺が装飾品用に買い取りたいくらいだ。あの量を棄てるとなると高い廃棄代がかかるだろうし、マイナスになるくらいなら安くても売った方がいいと思うんだ」
「たしかにこの初めて拝見する美しい石が外れ石なのであればルシエルブルーと並ぶ特産品になるのですが」

でも外れ石と俺のダイヤが同じ物には見えないと。
まあこの世界の人からすれば棄てる物なんだから原石の時点で信じるのは難しいだろう。

「俺はあくまで素人だからそのダイヤのように綺麗なブリリアントカットは出来ないだろうけど、綺麗な石だって分かって貰うためにも挑戦してみる」

ダイヤ自体は見慣れていても当然ながら加工まではしたことがないから完全に手探り。
まずは画面の写真と現物を目に焼き付け、ブリリアントカット加工済みのダイヤの完成形を想像して風魔法を使う。
そのまま鍋がコトコト鳴る音を聞きながら数分。

「……これは」
「あれ?意外と簡単に出来た」

ダイヤモンドラフが大きかったから5カラット以上ありそうな代物になってしまったけど、想像力が魔法の優劣を決める世界なだけあって思っていた以上にしっかりした形に仕上がった。

「へー。ルシエルブルーとはまた違った美しさだね。形も変わってるし君の耳飾りと一緒でキラキラして見える」
「俺が今まで見た限りだとこの世界の宝石の形は俺が居た世界のエメラルドカットってタイプ。俺が今加工したのはブリリアントカットってタイプで、あえて断面を多くすることで宝石の中で光が屈折して輝いてみえる」

たしか。
ダイヤモンドを使用した装飾品は持っていても買うのが専門だから細かいことまでは知らない。
気に入った貴金属や腕時計にダイヤモンドがついていたというだけでダイヤモンド欲しさに買った経験はない。

「俺が居た世界ではもう少し小ぶりなサイズのダイヤを婚約指輪や結婚指輪の宝石として選ぶ人が多かった。数ある宝石の中でも多分一番人気だったと思う」

俺が加工したサイズだとさすがに大きすぎてどこぞの女王がつけてる指輪だとなるサイズだけど、もっと小さく加工すればこの世界でもそれなりに売れるんじゃないかと思う。
しかも俺が居た世界より安く買えるという。

「これは売れるね。加工するのは大変そうだけど、加工師に技術を覚えさせてその分の付加価値をつければいいと思う。貴族のご婦人がたはキラキラしてる石ほど喜んで買うし、この技術を取り入れればカスカド領のいい特産品になると思うよ」
「ふむ。カスカド侯爵にそのつもりがあるのならば小さな事業から手がけてみるのも手だな。男の私は装飾品に疎いが、たしかに廃棄するには惜しい美しさではある」

俺が加工したダイヤを空に向け動かしてキラキラするのを見るエミーと、それを隣から眺めて真面目な顔で言う師団長。

「ですが外れ石が美しい石であるという知識も珍しい加工技術も英雄エローの功績ですので領の商いにする訳には」
「全然使ってくれていい。知識と言っても異世界の知識で俺が考えたんじゃないし、勿体ないと思ったから提案しただけで俺はこれで商売するつもりもない。必要なら図面も書いて渡す」

今回はじゃないと教えたかったから加工してみただけで、装飾品に関して俺は作るより購入する側でいたい。
詳しくない俺より詳しい人の方が技術を生かせるだろう。

「渡す図面や解説だけで分からないことがあれば俺が知る限りの範囲で協力するからいつでも言ってくれ」
「大変光栄なお話ではあるのですが、ご無礼ながら何故そこまでしてくださるのですか?カスカド領はそれほど広い領ではありませんので英雄エローにお返しできるものは多くございません」

カスカド侯爵からそう言われて少し笑う。

「特に難しいことは考えてないんだけど強いて言うなら、エルフ族に押されがちな装飾品技術が俺の異世界での知識で少しでも発展してくれたらって考えはある。後は単純に俺自身がカスカド侯爵の人柄やこの集落の人たちを気に入ったから協力したいってだけ。俺への見返りは求めてない」

気に入ったから協力できることはする。
単純明快なそれ以外に理由はない。

「シンは単純な男だから心配しなくて大丈夫だよ。何か見返りが欲しいなら最初からそれと交換条件にしてる。言葉のまま侯爵や集落を気に入ったから知識を提供したいってだけ」
「この者の性格は共に国政事業を行っている私も保証しよう。それに、これだけの国仕えの前で言ったことに後から言いがかりなど付けられまい。そのような小賢しい男ではないがな」

エミーや師団長が助言するとエドやベルも何故か自慢げに耳や尻尾をピンとさせて大きく頷く。
何でなのかドヤってる俺のエドとベルが可愛い。

「あまりにも光栄なことでどう感謝をお伝えすればよいのか。英雄エロー公爵閣下の期待を裏切らないよう邁進してまいります」
「いやそんな堅苦しい話じゃないから。やるもやらないもカスカド侯爵の自由。やるなら協力するってだけの話なんだからもっと肩の力を抜いてくれ。真面目すぎて吃驚する」

最初からそうだけどずっと真面目。
自分で思うところがあるのか苦笑するカスカド侯爵に笑った。

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新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

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