ホスト異世界へ行く

REON

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第零章 先代編(前編)

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緋色カルマン宮殿流れ星メテオールの間。

「……どうかお許しを……ドナ殿下……どうか」

初めて見る王子の真の姿に腰を抜かし命乞いをするモルガン。

「あの淫女いんじょはどこにいる」

無惨にも破壊された高価な調度品が散乱する部屋。
重い家具を風魔法で巻き上げモルガンへ落とそうとしているドナは、何度目かの同じ問いを口にした。

「私の口からは申せません、殺されてしまいます」
「そうか。では今死ね」

魔法を行使したまま剣でモルガンの右腕を斬り落としたドナ。
一瞬のことで斬り落とされたことに気付かなかったモルガンは、なくなった腕を見て初めて絶叫し血を撒き散らしながら床を転がり回る。

あれは誰なのか。
偶然この場に居合わせてしまった不運なハウスメイドたちは、ドナの真の姿に恐怖し部屋の隅でガタガタと震える。

「そろそろ話せ。ハウスメイドたちが後片付けに苦労する」

このままでは本当に殺しかねないことを察し、今までドナの動向を眺めていたセルジュが口を開く。

「心配要りません。汚れた血は私が魔法で洗い流しますし、遺体も私の可愛い魔物たちの餌にしますから。危ないので皆さんはそこで大人しくしていてくださいね」

ハウスメイドたちにニコリと笑ったドナ。
その笑みはいつもの気弱で優しい王子でありながら、返り血を浴びたその姿は狂人。

「吐くまで斬り刻む。ああ、死ねないようにしないとな」

左腕も斬り落としたドナは調度品を別の場所へ落下させ、血の噴き出す両腕の傷口を凍らせた。

残酷極まりないやり方。
死ねないまま切り刻まれる痛みを何度も味わうことになる。

「次は右脚にしよう」
「や、屋敷です!お屋敷におります!」
「屋敷?別邸のことか?」
「二妃の生家のバテーム領にある屋敷です!二妃の私財の!」

生きたまま切り刻まれる恐怖で遂に口を割ったモルガン。

「母上の私財の屋敷。知ってますか?」
「いや。聞いたことがない」
「婚姻前に侯爵夫妻が買い与えたものをそのまま二妃の名義に変え今は私財の扱いに!本当です!証拠もあります!」

私財とは王妃の私有物。
金や建物や装飾品と私財の内容は様々だが、要は国の物ではない王妃個人の持ち物と言うこと。

「何故そのような屋敷を」
「集めているのです。見た目の美しい者を」
「なに?まだ居ると言うのか?」
「宮殿には置けない者たちを」

それを聞いてセルジュは舌打ちする。
寵臣として宮殿に囲うには最低限の教養が必要。
そのため宮殿に居るのは下級貴族の長男以外の男児が多いが、まさかそれだけでは飽き足らず他にも囲っていたとは。

「そこに勇者を囲うつもりか」
「そ、それは」
「馬鹿な計画だと思わないのか?」
「勇者になるのが嫌で姿を眩ませたと思うだろうと」
「そのような単純な思考をしているのはあの女くらいだろう」

たしかに勇者自らが姿を眩ませる可能性はある。
本人が勇者になりたくないと言っていたなら自ら出て行ったと考えるだろうが、最初に勇者にならなくてもよい選択肢を与えた父上に四人は、安定した生活を条件に勇者になることを承諾したと聞いている。

その勇者が姿を眩ませる。
しかも勇者宿舎よりも脱走が困難な王太子宮殿から、まだ療養中の弱った体で。

「バカバカしい」

馬鹿とはなんと害悪なのか。
単純すぎる思考にセルジュは大きな溜息をついた。

「早く手を打つ必要があるな。王太子宮殿から拐うのは容易ではないが、マクシムの予定を知ることができたと言うのが気にかかる。力のある者が協力者に居るとみて間違いないだろう」

王太子宮殿の使用人はこの宮殿の使用人とは違う。
執事はもちろんハウスメイドすらも手練の者たち。
全員が戦うことのできる武闘派の者たちだ。

「兄さん。まだ何か隠しているようです」

モルガンの右耳を斬り落としたドナ。
再びモルガンは絶叫してのたうち回る。

「全て話せ」
「も、もう手遅れなのです!二妃は拐った報告を受けお出かけになりました!い、今頃勇者はもう屋敷に!」

それを聞きドナはモルガンの右脚に剣を突き刺す。

「待て。いま殺しては場所を探す手間がかかる」

炎で燃やそうとしたドナをセルジュが止める。
既に拐ったあとだと言うなら一分一秒も惜しい。
王太子宮殿から使いの者が来てないと言うことは、まだ勇者が拐われたことに気付いていないと言うことだ。
騒ぎになってからでは遅い。

「あの女一人で死んでくれればいいものを」

巻き込まれるこちらが迷惑だ。
勝手に一人で自爆して終わる内容ならばよかったが。

「五代目愚王と同じ恥辱の王妃の仲間として断頭台にあがりたくなければ屋敷の場所を教えろ。ドナと私で行く」
「は、はい」

国民に石を投げられ罵られながら逝く公開処刑。
首を落とされたあとも骨になるまで吊るされ晒され続けるそれは、何よりも恥ずべき死にざま。

「指を噛むな」
「あの淫女、私の研究材料勇者に何かしてみろ。殺す」

動ける程度に回復ヒールをかけたモルガンに場所の書かれたスクロールを準備させている間、人差し指をガリガリと噛むドナ。
たしかに見目麗しい勇者ではあったが、美しい者など見慣れているドナがここまで気に入るとは逆に興味を唆られる。
私には美しい容姿とさすが勇者と思わせる存在感の記憶しかないが、調べたがるような何かが他にあっただろうか。

まあそれもコレが片付いてから。
父上の耳に入れば勇者への不敬罪であの女は極刑になり、私もドナも王位継承権のない王子として生涯を生きることになる。





「ようこそ、私の宝石箱へ。美しい勇者」

催淫香の煙が揺蕩う部屋。
床では一糸まとわぬ男女があちらこちらで嬌声をあげるそこでベッドに寝かされた見目麗しい勇者は、上に乗ったアルメル妃の手でゆっくりと焦らすようにフードを外される。

「なんて美しいのかしら。こうして見ると女性のよう。男性でありながら女性のような愛らしさもあるなんて素晴らしいわ」

アルメル妃は両刀。
美しければ性別は厭わない。
そのようなアルメル妃にとって中性を極めた勇者は堪らない存在だろう。

「ねえ、貴方もそう思うでしょ?レオ」
「そうですね」
「あら素っ気ない。こんなに美しいのに」

勇者が美しいことは私にもわかる。
だが興味のある素振りは見せられない。

「ではレオが脱がせてあげて?」
「…………」
「全てを見ればきっとレオも気に入るわ。男性なんてことはどうでもよくなるはずよ?」

アルメル妃はこういう性格。
嫌がる相手や興味のない相手と私を関わらせたがる。

「…………」
「さあ早く」

他の凡俗に触らせるくらいならせめて私の手で。
ロングケープの釦を外せば再び白い肌の細い首が露になる。
 
「少しお痩せになったようね。ここでしっかり治療をして美味しいものを食べさせましょう」

病で弱っている者を拐うよう指示した者が言うことではない。
ようやく庭園を歩けるくらいには回復したと言うのに、これではまた体を壊してしまうだろう。

「……ああ、本当に美しいわ」

一糸まとわぬ姿になった勇者を見て息を飲むアルメル妃。
勇者の頭側から見ているアルメル妃はまだ気付いていないが、やはりこの勇者は雌雄両性体。両方の生殖器がある。
偶然小指に触れたあれは気の所為ではなかった。

「さあ先ずはレオが愛でてあげて?私はそれを楽しむから」

伸ばされた手で口と鼻を覆っていた布を下げられ、下品な色の真っ赤な唇が重ねられる。
以前は吐き気をもよおしていたこれも今では慣れた。
拒むことなど出来ないのだから。

満足し離れた唇の感触を上書きするように勇者へ軽く重ねる。
たったそれだけのことでも長時間催淫香を浴びている勇者は体を震わせ、私の腕をぎゅっと掴んだ。

「あら。ますます女性に」

その姿は紅をひいた女性のよう。
同じ色の赤でもアルメル妃のような下品さはない。

これは私でも耐えられるかどうか。
紅をひいたような唇よりもぎゅっと掴まれたままの手が。
かよわく見えて意外にも力が強い。

そうだった。
ただの孅い女性ではなかったな。
男性であり女性。

笑いそうな口を今度はしっかり重ねて舌を入れる。
行き場に迷う舌がなんとも辿々しい。
正気ではない状態でのこれは初物か。

可哀想に。
悪趣味なアルメル妃に目をつけられなければ美しい女性や逞しい男性と契る未来もあっただろうに。

「唇ばかりでは可哀想よ?ココと主張しているのに」

アルメル妃が立ち上がろうとしたのを見て下半身に手をやる。
足元に来られてはさすがに雌雄両性体なことに気付かれる。
じきに気付かれてしまうことではあるが、アルメル妃の性格からして両性器があると分かればもう一人加えるだろう。
初物でそれはあまりにも可哀想だ。

「どうかしら勇者さま。レオの性技は」

そんな問いなど勇者の耳には届いていない。
美しい勇者が快楽に飲まれく声と姿にアルメル妃は気分を昂らせ頬を高揚させる。

「とっても気に入ったみたい。もっと愛でて差し上げて?」
「はい」

見えている方しか触っていないためまだ気付いていないが、気付かれるのも時間の問題だ。
手の動きを緩め再び唇を重ね舌を入れる。

「焦らすなんて酷い子。勇者さまごめんなさいね、レオがゆっくり楽しみたいようなの。勇者さまもゆっくり楽しんで?」

なんとでも言うがいい。
今の私にしてやれることなどこのくらいしかないのだから。


潤んだ目にほんのり赤く色づく肌。
アルメル妃も一人の男をベッドへ招き楽しむ横で、勇者もそろそろ限界そうだと察する。

果ててしまえばその先を望まれてしまう。
そこまでくればもう隠すのも難しい。

もう何度目になるかわからない口付け。
最初よりも遥かに慣れた反応が返ってくるが、それも無意識の行動だろう。

封じられていなければもっと

勇者が果てたと同時に屋敷が振動で揺れる。
これは……

「アルメル妃!セルジュ王子とドナ王子が!」

駆け込んできたのは外の警備についている男。
アルメル妃の息子二人が今の振動と強い魔力の正体か。

母親には似ず才のある息子たちのようだ。
混乱に紛れ口許を緩ませ勇者の体をシーツで包む。

「アルメル妃。王子二人の目的は恐らくこの勇者でしょう。私は勇者を地下へ隠して参ります」
「ええ。美しい勇者さまに怪我をさせないで」
「はい」

勇者を抱き上げ隠し扉から部屋を出る。
随分と派手にやっているではないか。
建物の破壊される音と振動が続く中、地下へは向かわず奥へ奥へと走る。

辿り着いた鉄製の扉。

「やはり解除されている」

王子二人の攻撃で電気系統がやられたのだろう。
幾重にも張り巡らされていた電流が停まっている。
王子たちには感謝しなくては。

「ラング!」
「キューィ!」

扉を蹴り破り名を呼ぶと聞こえた鳴き声。
生き物の魔力を断ち力を弱める効果のある、封印牢と呼ばれる檻の中に居たのは漆黒の蛇。

「魔界へ帰ろう、ラング」

男が破壊した檻から飛び出した黒蛇は勇者を抱いた男に絡みつき、紅く鋭い瞳をキラリと光らせる。

「解呪」

男の舌に浮かびあがったのは『言』の文字。
抱いている勇者に唇を重ねその舌を入れると、最初は反射的に反応を返していた勇者の舌は徐々に動きが鈍くなってくる。

「あ、あれ?」

正気を取り戻した春雪は自分の状況に首を傾げる。
数センチの距離に見知らぬ男の顔があり、何故か自分が抱きつくようにその男へ腕を回していることに。
この状況がわからず固まった春雪にくつくつ笑う男。

「もうよいのか?舌を絡めるのは」
「お、俺が?」
「私の腕の中であんなにも好い声で喘いでいたではないか」
「喘い」

両手で顔を隠し分かりやすく悶絶する春雪。
覚えのある最後がロングケープの男に手淫されていた自分だけに有り得ないと否定することもできない。

「正気には戻ったようだが、まだ効果が残っているようだな」
「あれ?その声、あの部屋に居た人?」
「ああ」

部屋がランプの灯りだけで暗かったのと、目許はロングケープのフードで隠れ鼻と口も布で隠されていたから顔がわからなかったけれど、落ち着いたその声でふと気付く。

「ここは?さっきの部屋ではなさそうだけど」
「正気を失ってすぐに別の場所へ移動した」
「はぁ。やっぱり俺殺されるのか。まだ生きたかったのに」

ずいぶんすんなり死を受け入れるものだ。
生きたい者は必死に抵抗するものだと思うが。

いまだほんのり赤い頬。
正気に戻ったと言うだけで体の火照りはおさまっていないのだろう。

「まだ辛いか?」
「少し」

少しではないだろうに。
そう言い聞かせることで自制しているのだろうが。
やはり唾液程度ではこれが限界か。

「な、なんだ?」

ここまで聞こえてきた破壊音と振動。
私も早くここを出なければ。
地上の王の息子と対面したくはない。

「お前を助けに来た者たちが暴れている音だ」
「シエル?」
「シエル?」
「あ、いや、なんでも」

息子二人の名はセルジュとドナ。
そのシエルという者ではないが、助けに来た者と聞きまず思い浮かぶのがその者だったのだろう。

「勇者が居ると知っていて屋敷ごと壊しはしないだろうが、障壁を潜り抜けて魔法が当たっていると言うことは壊されるのも時間の問題だろう」

あの音と振動は障壁を抜け屋敷に攻撃が当たった音。
屋敷の者が気付いたのがその時だっただけで、それ以前から障壁を破壊するために攻撃していたのだろう。
当たったと言うことは既に障壁が弱まっている証拠。
私がアルメル妃に従う理由だったラングも無事取り戻せたのだから、終わりゆくこの屋敷にもう用はない。

「勇者、生きたいか」

パラパラ屑の落ちてくる天井から勇者の顔を見ると目が合う。
地上で黒は勇者の色として尊ばれる色ゆえに黒蛇のラングを奪われることになった忌々しい色ではあるが、こうしてしっかりと見ると吸い込まれそうな美しい目をしている。

「生きたい」

催淫香の効果が残っていながらも、その言葉だけはハッキリと気持ちが篭っていた。

「解呪」

一言口にして舌を出した男の舌に書かれている『言』の文字。
大きな黒い蛇が男の右腕に絡みつき黒剣に変わる。

「力が入り難いだろうがしっかりと捕まっておけ」

左腕一本で抱えられた春雪は男が今までよりがっしりした体になったことと背が高くなったことに驚く。
部屋を出て走る男は春雪の重さをものともしていない。
しっかり掴まなくても振り落とされないだろう安定感がある。

時々足を止めては扉を開けて行く男。
どうして開けて回るのかと春雪が部屋の中を覗けば人の姿。
他にも捕まっている人が居て逃がすために開けているのだと気付く。

「誰だ!勇者をどこへ連れて行く!」

剣を手にした屈強そうな男が二人。
男は走る速度を緩めることなく突っ込んで行くと立ち塞がる男二人を斬り捨てる。

「うっ」

返り血を浴びた春雪は吐き気をもよおし口を押さえる。

「人が死ぬのを見るのは初めてか」
「う、うん」
「これが戦うと言うことだ」

頭ではわかっていたことでも実際に見れば怖くなる。
そして自分もこの先誰かの命を奪うことになるのだと。

「刃を向ける者とは戦え。生きたいのならば」

男のその言葉を聞き春雪はギュッと胸元のシーツを握る。

「怖くないのか?人を殺すの」
「怖い。だが死ぬほうが怖い。大切な者が死ぬほうが怖い」

この男も怖いんだ。
それでも生きるために敵を討つ。
大切な人を守るために敵を討つ。

「レオ!」

……第二王妃?
廊下の角を曲がった先に居たのは第二王妃。
どうしてここに第二王妃が。
助けに来た者と言うのがこの人?

「勇者を返しなさい!」
「もう貴様に従う理由もない。ラングは返して貰った」

剣から元の姿へ戻った黒蛇。
この男はこの黒蛇を盾にされて従っていたのか。
となると、第二王妃は俺を助けに来た人物ではなく……

「アルメル妃!障壁が破られました!」
「ああ!生意気な!母親の私に楯突くなんて!」

晩餐で見た第二王妃とは別人のよう。
高価なドレスと装飾品で着飾った王妃の姿はなく、そこに居るのは髪を振り乱した醜いおばさん。

「レオ!すぐにあの子たちを殺して!」
「聞いていなかったのか?もう従う理由はないと」

くつくつと笑う男。
冷静さを失った第二王妃はヒステリーをおこし髪をくしゃくしゃと掻き乱す。

「もういいわ!レオと勇者を殺しなさい!」
「勇者さまのお命は!」
「今更なにを言ってるの!ここから生きて出したら私が罪に問われて殺されるじゃない!貴方たちも共犯よ!」

俺を一生ここから出すつもりがなかったと言うこと?
恐ろしいことを考える王妃だ。

「だから忠告しただろう?勇者に手を出すべきではないと。国王は勇者が居なくなっても自らの意思で出て行ったと思うだろうと楽観的なことを言い私へ命じたのは自分ではないか」

えー……そんな気軽な感じで俺は拐われたのか。
シエルどころか多くの人が誘拐されたと考えると思うけど。
その酷い計画の誘拐が成功したのはこの男が居たからだろう。

「どのような形で罰を受けるのか私にはわからないが、今まで命を弄ばれ奪われた生命たちの憎しみを存分に味わえ」

舌を出した男の口から紡がれる言葉。
舌が出ていて口も動いていないのに、勇者の言語翻訳能力でも聞き取れない言語が紡がれている。
理解出来ない言葉なのに聞いていると寒気がした。

近い距離で硝子の割れたような音が廊下に響き、それと同時に大きな破壊音や人の悲鳴や剣を交える音も聞こえてくる。
助けに来てくれたらしい第二王妃の子供と第二王妃に仕える者たちが応戦しているのだろう。

「いいと言うまで黙っているように」

俺を見て言った男にコクリと頷いて返す。

「ラング」
「キューィ!」

男と俺に絡みついた黒蛇。
その姿が見えなくなると一瞬だけ絡みつかれた感触もすぐに消えた。

「レオ!?レオと勇者はどこ!?」
「わかりません!目を離した隙に!」

ここに居るけど?
硝子の割れた音に気を取られていた王妃や男たちは辺りを見渡しているけれど、男と俺は一歩も動いていないまま。
どうやら俺たちの姿が見えていないようだ。

足音もたてず慌てている王妃や男たちの隣を通り過ぎる男。
廊下を歩くほど応戦する音が大きく聞こえてくるようになり、辿り着いたそこでは多くの血が流れていた。

あれは見舞いに来ていた王子。
晩餐の時も見舞いの時も人のよさそうな作り笑いをしていたのに、返り血を浴びたまま戦っているその顔に作り笑いはない。
あれが本当の顔なんだろう。
愛想のいい人を演じなくてはならない王子も大変だ。

警戒心が強く人の表情を伺う癖のある春雪もドナの顔が本物ではないことに気付いていたが、その作り笑いがと判断する辺りの少しズレたところは春雪らしい。

「ドナ!戦う意志のない者には手を出すな!」

あれはたしか第二王妃ご自慢の息子。
王太子に次ぐ王位継承権二位のセルジュ王子。
顔は怖いけど意外にも冷静な判断のできる人のようだ。

ただ、どうしてこの二人が来たのか。
兄の方は晩餐で一度会ったきりだし、弟の方は見舞いに来た時に軽く挨拶をした程度で俺と深い関わりはないのに。
それを考えると俺を助けにきたと言うより母親の愚行を止めに来たんだろう。

応戦する間を器用に抜けた男は木の影に俺をおろす。

「ここまで来れば大丈夫だろう。もう話していい」
「うん。助けてくれてありがとう」

応戦している人は見えるけれど戦いには巻き込まれない位置。
誘拐に協力した相手でもこうして助けてくれたことも事実。
そのことには感謝している。

「その黒蛇のために王妃に協力したんだよな?」
「ラングは私の眷属だ。作られた時から共にいる」
「作られた?」
「ああ、人族風に言えば生まれた時から」
「人族風に言えば?人族じゃないってこと?」

体が怠くて木に背を預けて聞くと、戦いを見ながら答えていた男は俺を見下ろしてくすりと笑う。

「私は竜人りゅうじん邪龍じゃりゅう種の雄性夢魔ゆうせいむまだ」
「竜人族邪龍種雄性夢魔?」

何一つ理解できない春雪は首を傾げる。
地上に暮らす精霊族の種類については講義で習ったが、魔界に暮らす魔族のことは纏めて『魔族』としか習っていない春雪が分からないのも当然だった。

「まあいい。私のことはレオと呼べ」
「俺は春雪。言わずとも知ってるだろうけど。春雪でいい」

確かに知っている。
王太子宮殿で人族の王や賢者が呼んでいるのを聞いた。

「では春雪。ここで大人しくしていろ」
「どこへ行くんだ?」
「屋敷に捕らえられている魔物を逃がす」
「え?魔物?」
「人は扉を開ければ自分の足で逃げられるが、魔物たちは封印牢に閉じ込められている。出してやれば森に逃げるだろう」

善い人か。
黒蛇を盾に取られて従っていただけなのに、捕まっている人が逃げられるよう扉を開けたり魔物を助けに行ったり。

「俺に手伝えることは?」
「ない。そもそも発情したままでは動くに動けないだろう」
「ぐうの音も出ない」

なにか手伝いをと思ったのは本当だけど、じゃあ自力で動けるかと言われたら自信がない。
せっかく屋敷から助け出してくれたんだから大人しくしていることが一番の手伝いになりそうだ。

「人目につかない草むらにでも連れて行くか?」
「草むら?」
「自分でした方がいいのではないか?」
「だからそれは嫌だって」

レオは冗談を言ってくすりと笑うと出てきた時のように姿を消した。


不思議な力を持っているレオ。
どの種にもあてはまらない種族が見つかったことがあると講師が雑談で話していたけど、レオもそれだろうか。
その見つかった種は全て滅びてしまって生き残っている者はいないらしいけれど。

あの話を聞いた後の休憩時間に美雨がこっそり「研究材料にされたから生き残れなかったとかだったりして」と言っていたけれど、その可能性は充分ある。
未知のものをなんでも調べるのが人間だから。
世界が違ってもそれは変わらないように思う。

レオのことは誰にも話さずにいよう。
命の恩人を研究材料にはされたくない。
世の中には知らないままにした方がいいこともある。

木の向こうを覗き見るとまだ応戦は続いている。
その多くの血が流れている光景を見て気が滅入っているにも関わらず、いまだに体の火照りはおさまらない。
香の効果が切れるまで自分の意思ではどうにもならないということなんだろうけど、命の尽きた人の傍でと罪悪感が強い。

「ん?俺が外に居るって分かったら応戦も終わるんじゃ」

いや、終わらないか。
王妃が出てこない限り。
王子の目的が王妃の暴挙を止めることなら俺を助けるのはオマケだろうから、レオのように大人しくしてろと言われそう。
むしろ動けない俺を盾にとられて大変なことになりそう。

やっぱり役立たずは大人しくしていることが一番だ。

「シエルは来ないのか。まあ国王だしな」

しかも誘拐したのは自分の二番目の妻。
王妃が勇者を誘拐したとなるとどうなるんだろうか。
勇者を護るための法律があると聞いているけれど、俺よりも身分が高い王妃には適用されないんだろうか。
そうだとしたら今後警戒しないと。

そもそも王妃はなぜ俺を誘拐したのか。
王妃ほどの身分であれば俺を拐って得することはない。
むしろ地上を救う勇者として召喚した異世界人を外に出さないよう閉じ込めてはマイナスにしかならないように思う。

「はぁ……この世界の人、謎すぎる」

必死に考え誤魔化したものの体の火照りはおさまらず。
いつになったらおさまってくれるのか。
もう煙は吸っていないのに。

火照る体を持て余す春雪。
レオの解呪で正気をとりもどしたものの、催淫香は長時間吸い続けると気の狂う者もいる危険な物で効果の持続時間も長い。
もしレオが居なければ春雪は今この時も正気をとりもどすことなく二妃から弄ばれていただろう。

死と生。
死にゆく者を目にしながらも抑えられない生殖本能に、春雪は自分自身を嫌悪した。
 
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バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

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