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第零章 先代編(前編)
悪しき者
しおりを挟む勇者が召喚されて半年。
月日は目まぐるしく過ぎた。
「どうした浮かない顔をして」
「やっぱ俺、剣の才能ないなと思って」
勇者宿舎の食堂。
心ここに在らずな春雪へ時政が問う。
「まだ今日の訓練のこと気にしてたの?」
「気にするって言うかどうしようか悩んでる。普段の訓練でも時政さんとの実力差は感じてたけど、今日の模擬訓練で俺が剣を使うと逆に時政さんの足を引っ張るのがハッキリしたから」
普段の訓練では魔力特化型の柊と美雨は魔法訓練、武力特化型の時政と万能型の春雪は剣の訓練と分かれて行っているが、今日四人で模擬訓練を行った際に、自分が時政の足を引っ張ってしまうことがハッキリと分かって春雪は悩んでいた。
「春雪さんも魔法訓練に変えて貰う?」
「いや。使えないのに魔法訓練に変えても意味ない」
「んー」
春雪の適性魔法は闇と聖と時空。
基本属性がないため三つの適性があっても魔法が使えない。
「剣で戦えば時政さんの足を引っ張る。かと言って魔法も使えないしでどうすれば良いのか。聖剣を扱えるのが俺だけだとしても、今のままならただのトドメ要員でしかない」
魔王が弱るまでは仲間の三人が戦いトドメだけ刺す。
現状ではそんな勇者になりかねない。
勇者とは名ばかりで、ただ聖剣を持てるだけのトドメ要員。
「講師はどう言ってるんですか?」
「剣士の特殊恩恵持ちの時政さんのようにいかないのは仕方ないって。フォローしてくれるのは有難いけど、実戦でみんなの足を引っ張る状況を仕方ないで済ませる訳にはいかない」
時政のようにはなれずとも、せめて足を引っ張らずに済むくらいの力は身につけたい。
その思いで必死に訓練をしていた春雪だったが、時政の剣技の腕はもちろん美雨や柊も魔法の腕が上がっているのを目の当たりにして、自分だけが出遅れていると焦る気持ちが芽生えた。
「春雪さんは銃の方が向いてるんじゃないですか?王都森林で魔物と戦った時に正確に額を撃ち抜いてて凄かったし。聖剣はトドメを刺す時に使えれば充分だし、必要以上に剣技を鍛えずとも得意の銃を訓練した方が良いと思うんですけど」
肉をさしたフォークを止めて言った柊。
それを聞き美雨と時政も食事の手を止める。
「言われてみれば銃の訓練は話にすら出たことがないな」
「うん。得意な分野を伸ばした方がいいのにね」
訓練の種類は魔法と武器。
魔法に適性があるように武器にも向き不向きがあるため様々な武器を使ってみたが、時政も春雪も向いていたのは剣だった。
ただ、試してみたのはあくまでこの世界にある武器。
当然その中にこの世界にない銃は入っていなかった。
「春雪さんのアレって結局魔法だったの?」
「分からないまま。魔力は減るから魔法っぽいけど、あれが属性魔法ならそれ以外の魔法が使えないのも謎だし、特殊恩恵の中に魔力を使うのもあるらしいからそっちかも知れないって」
間違いないのはステータスに名前がのっていないから恩恵やスキルではないと言うことだけで、勇者の特殊恩恵で使えているのか、何かの属性魔法で使えているのかは分からないまま。
本人すら自分が何の能力を使って作っているのか自覚がないのだから、他の者はなおさら分かるはずもない。
「じゃあ逆に全部使ってるって可能性もありますよね」
「全部使ってる?」
「特殊恩恵と闇と聖と時空属性の全部。春雪さんが銃を作る能力を使うためにはその四つが必要だから、基本属性の適性がないのに闇と聖と時空属性だけあるのかなって」
たしかに全くの見当外れな意見ではない。
ただ闇と聖と時空属性を使っているのだとすれば、単独で魔法を使えないのは意味が分からないけれど。
「何を使っているかはさて置き、春雪殿は銃の訓練をすることはどう思うんだ?剣の方が良いのか?」
「いや。別に剣の方がいいってことはない。訓練したうえであまり伸びしろがないのは分かってきたし」
そもそも訓練をタイプ分けしたのは講師。
万能型の春雪は剣と魔法をその時々で変えて訓練する予定だったが、魔法が使えないことが分かり剣の訓練だけになった。
「嫌でないなら先ずは聴聞で話してみてはどうだ?」
「そうしてみようかな。少しでも可能性は広げたい」
「ああ。私も今は得意分野を伸ばしている最中だが、ある程度したら適性のある魔法くらいは最低限でも教わろうと思う」
「うん。適性があるのに覚えないのは勿体ないからね」
時政の適性は火属性。
四人で戦う天地戦では魔法攻撃が得意な柊が居るからあまり使う機会はなさそうだが、この先の人生で単独で戦う時もあるだろうから覚えておいて損をすることはない。
「柊殿と美雨殿の課題だった魔力量は増えたのか?」
「増えてきたよ。柊には勝てないけど」
「俺は攻撃魔法が中心だから数を撃たないといけないし。そう考えるとまだまだ足りない」
柊の魔力量はこの半年で六千近く増えた。
ただ魔法での攻撃が主の柊はもっと増やす必要がある。
「覚醒したら一気に跳ね上がる的なこと言ってたけどね」
「開戦前に覚醒する保証はないからコツコツあげないと」
「それはたしかに」
覚醒が先か開戦が先か分からない。
だからこそ毎日の積み重ねで上げておく必要がある。
「今までステータスなど見たこともなく生きてきたからか、未だに数字で能力値を見ると不思議な気分になる」
「分かる。数字的には少し上がってても体に劇的な変化はないからピンとこないもんね」
訓練や能力の話題で花を咲かせる勇者四人。
本人たちは気付いていないが、生活面でもこの世界に馴染んできていることは間違いない。
・
・
・
「ネモの果実水をどうぞ」
「ありがとう」
風呂を済ませて一息ついた春雪の前に果実水を置いたダフネ。
相変わらず風呂や着替えは一人でしているが、以前よりは人が部屋に居ることに落ち着かない様子は見せなくなった。
「後は聴聞だけだしもう下がっていい」
「はい」
「今日も一日ありがとう。ゆっくり休んで」
「勿体ないお言葉をありがとうございます」
春雪は毎日、聴聞前にダフネの一日の仕事を終えさせる。
聴聞が終われば勇者たちも睡眠時間になるから召使の仕事も終わりなのに、ただ挨拶をするためだけに長くなる時もある聴聞の間ずっと廊下で待たせておくのはしのびなくて。
「勇者さま、おやすみなさいませ」
「おやすみ」
ダフネにとって春雪から聞く「おやすみ」の言葉も喜ばしい。
以前と違い目を合わせて言ってくれるようになり、少しづつでも自分への警戒心が薄れてきたことを感じとれるからだ。
静かにドアを閉めたダフネはドアに向かい丁寧に頭を下げ、軽い足どりで春雪の部屋を離れた。
創造魔法で置型のドライヤーを作り髪を乾かす春雪。
その間は講義の内容を復習するのが最近の日課。
今日も魔学の復習をしながら魔導師や師団といった聴聞員が来るのを待った。
「勇者さま。聴聞へ参りました」
「どうぞ」
三・四十分ほど経ってドアをノックする音と声がして、ドライヤーを消し部屋へ入る許可を出す。
「失礼いたします」
部屋に入り頭を下げたのは師団員と魔導師の二名。
何度も聴聞へ来たことのある人たち。
「お勉強中でしたか」
「復習を少し」
「大変素晴らしいことで」
「ありがとう」
そう話しながら春雪はノートを閉じペンを置いた。
「画面に変化はございましたか?」
「いや。今日は上がらなかった」
「半年前と比べるとかなり数値が上がりましたので、そろそろ成長速度が緩やかになる時期に入ったようですね」
「上がり難くなったってこと?」
「はい。とはいえ勇者さま方の成長速度はこの世界の者からすれば驚くべき速さです。訓練で技術は身につきますが、数値はなかなか上がらないのが普通ですので」
訓練を重ねることで技術は身についていくが、画面の数値はなかなか上がらないことが普通。
けれど勇者の成長速度は赤子の成長速度と同じく日々上がる。
赤子は訓練できないが大人の勇者は訓練ができるのだから、数値の跳ね上がり方もこの世界の常識から外れている。
「その訓練のことだけど、訓練内容を変更したい」
「勇者さまは現在剣の訓練でしたね。魔法にいたしますか?」
「いや、銃の訓練に変えて欲しい」
そう話すとスクロールに書いていた師団の手が止まる。
「申し訳ございません。この世界には勇者さまのお作りになる武器が存在しないもので教えられる講師がおりません」
「ああ……そっか」
言われてみればたしかに。
銃がないのだから教えられる講師もいない。
だから銃の訓練は話にすら出なかったのかと納得する。
「この世界で個人の使う長距離武器と言えば弓と投げナイフなのですが、どちらも春雪さまの武器の訓練にはなりません」
弓は射る訓練で投げナイフは投げる訓練。
どれも命中率が必要ということ以外は別物。
「扱いは自分で分かるから標的だけ用意して貰って自主訓練するのは駄目かな。銃は弓やナイフより威力があって貫通するから貫通しない強い標的を用意して貰わないといけないけど」
地球では用意された銃を使って射撃訓練を受けていたが、ここでの訓練では武器を作るところから始めなくてはならない。
ただそれはこの世界にない武器でも春雪自身が用意できるということだし、作ることで魔力量を増やす訓練にもなる。
「その変更は私どもの一存では決められませんので一度陛下へご相談するお時間をいただけますでしょうか」
「うん。大丈夫」
用意する標的も既存の物で対応できるのか分からないから、そこはもちろん相談してからでいい。
「ではその他の御要望はございますか?」
「あ、下着が少し緩いから出来れば変えて欲しい」
「下着がですか?」
「お痩せになりましたか?食事の量は変わりないようですが」
「食事はしてる。紐で調節できる普段着や寝衣は良いけど下着だけはどうにもならなくて」
つい一ヶ月ほど前に勇者四人のサイズを測ったばかり。
勇者の衣装は全てほつれの一つもないよう厳しく管理されており、サイズの合わない物を用意したというのは有り得ない。
そうなると一ヶ月でサイズが変わったということ。
「では明日の朝に寸法を測りにくるよう衣装師へ伝えます」
「うん。ありがとう」
料理人から食事の量が減った報告は受けていない。
体調によって残している日もあるが、逆にその報告が入っているということは食べたフリをしているということもない。
にも関わらず体重が落ちていると言うことは体を悪くしている可能性があるため、すぐにでも報告しなくてはならない。
「他にも何かございましたら」
「後は大丈夫」
「左様ですか。では訓練と衣装の件を陛下へお伝えします」
「よろしく」
しっかり話を聞いてメモもとった師団と魔導師は、聴聞を終えて部屋を出て行った。
「薬飲んでるのになぁ」
出て行ったのを見届けバフっとベッドへ俯せた春雪。
両性に作られてるとあって元々男性らしいとは言い難い体ではあったが、最近特に女性化が進んだ気がしている。
胸の膨らみや痛みなどの大きな変化は見られないが、ウエストが細くなったのは間違いない。
「薬が合わなくなったとかだったら困るな」
もし合わなくなっても春雪の創造魔法では作れない。
知らない物を一から作ることはできないから。
創造魔法は決して万能ではない。
もう寝ようと電気を消して数十分。
うつらうつらしていたところでドアをノックする音。
「どちらさまですか?」
寝ぼけ眼でベッドから体を起こした春雪。
就寝時間なのに誰だろうかと思いながら部屋のドアを開ける。
「すまない。もう寝ていたか」
「国お」
フードを少し捲って見せた顔。
言葉の途中で口をサッと塞がれる。
「中で話したい」
それを聞き頷きで答え部屋へ招き入れた。
「陛下、如何様なご用件でこちらへ」
「シエルでいい」
部屋の明かりをつけて見た約半年ぶりの顔。
最近は顔を合わせる機会がなかったが、他に人が居ない時には名前で呼ぶよう言うのは変わっていないようだ。
「聴聞の報告を見て話を聞いておこうと思ってな」
「左様ですか。お忙しいのにありがとうございます」
「普通に話せ。落ち着かない」
「わかった」
ローブを脱いだミシェルは話しながらソファへ座ると、春雪へ隣に座るようジェスチャーする。
「報告って訓練の件?」
「それもだが、食事量は変わりないのに体重が減ったと聞いた。念のため魔法検査を受けろ。ミシオネールを呼んである」
「今から?明日でもよかったんじゃ」
「自分で気付いていないだけでどこか悪くしていたらどうする。少しでも早く分かった方がいいだろう」
こんな時間に呼び出されるミシオネールさんの立場は。
下着を変えて欲しいと話しただけでまさかここまで心配されるとは思っていなかった。
「痛いところはないか?」
「ない」
「では訓練が厳しすぎるのではないか?」
「疲れはするけど別に。時政さんの方が動いてる」
「元より鍛えていた時政殿とは体力が違うだろう」
真剣な顔で質問するミシェルは心配症の親のよう。
人工生命の春雪に親という存在は居たことがないが、ファミリーものの映画で見た父親と重なって少しくすぐったい。
「こう見るとたしかに痩せている」
「分かる?」
「ああ。顔つきも少し変わったようだ」
「顔も?それは気付かなかった。誰も言わないし」
「毎日見ている者には気付かないくらいの変化なのだろう」
口にはしないが以前に増して女性に見える。
元が中性的だから大した変化には感じないのだろうが、半年も見てなければその変化は大きい。
「しっかり薬は飲んでいるのか?」
「うん。毎日欠かさず飲んでるし注射もしてる」
「ではそれが原因ではないのか」
「分からない。ただ自分でも体が女性化した気はしてる」
顔は分からないが体の変化は自分でも感じる。
腰が細くなった以外にも少し女性的な丸みを帯びたような。
前はもう少しゴツゴツしていた気がするのに。
「確認したい。少し触ってもいいか?」
「良いけど」
手や腕や顔に触って確認するミシェル。
毎日剣を振っているだけあって腕は多少筋肉質になっている。
それでも男性の腕としては細すぎるが、両性として作られた体では男性らしくとまでは難しいのだろう。
「胸はどうだ?さすがにそこは触る訳にいかない」
「触っても大丈夫。胸は全く膨らんでないから」
寝衣を捲って見せた春雪。
たしかに胸の膨らみはないが、なんと無防備な。
「見せたら駄目だった?前に半裸で出た時に人前じゃなければ良いって言ってたから見せちゃったけど」
ミシェルが顔をそらしていることに気付いて春雪は慌てて寝衣をおろす。
「いや、いい。見ては失礼になる気がしただけだ」
「なんで?何も失礼じゃない」
それを言っていいのは普通の男性だった場合。
そうであれば見ることを躊躇したりしない。
「春雪は男性でもあるが女性でもあるだろう?」
「性別はそうだけど、上半身は男の体だし」
「いや、男性にしては艶かしい」
「艶かしい?」
要らぬ意識をさせてしまったか。
今更少し頬を染め寝衣の裾をギュッと掴んでいる春雪を見て、余計なことを言ったとハッとする。
「半陰陽と知らない者には男性の体にしか見えないだろうが、私は知っているだけに多少意識してしまう。気持ちの問題だ」
「胸もない体なのに意識するの?」
フォローのつもりがどつぼ。
意識している時点で何を言っても言い訳にしかならない。
「不快にさせたなら申し訳なかった。間違っても手を出したりしないから安心して欲しい。春雪を傷つけるつもりはない」
「シエルがそんなことする人じゃないのは分かってる。ただ、意識したって聞いたら堂々と見せたのが恥ずかしくなった」
もうこれはわざとだろうか。
そのように恥ずかしがられてはますます意識してしまう。
半陰陽であることを知る以前に心が揺れていたのに。
男女問わず興味のない相手の体であれば見たところで無関心で居られる自信があるが、春雪だから意識してしまう。
「春ゆ」
ミシェルの声に重なったノックの音。
春雪はパッとソファから立ち上がる。
「春雪さま、ミシオネールです」
「はい!」
タイミングが良いのか悪いのか。
ミシェルはドアを開けに行く春雪の姿を見て眉根を押さえた。
「おや?」
ドアが開き姿を見せた春雪を見てイヴは首を傾げる。
「少し顔が赤いようですが」
「あ、暑いから?どうぞ入ってください」
まだ暑い時期ではないが。
やはり体調を崩したか?と思いつつ室内を見て察する。
「陛下も既においででしたか」
「ああ」
一体何をしたというのか。
春雪殿が腹を立てている様子は見られないから問うつもりはないが。
「魔法検査を行うことはお聞きになりましたか?」
「はい。こんな夜更けにお呼び立てして申し訳ありません」
「春雪殿、またお言葉が」
「あ」
また言葉遣いを忘れてしまうほど動揺していると。
最近はなくなっていたのだが。
「春雪殿が謝る必要はありません。前回の魔法検査にも異常はなかったと申しているのに、自らの目の前で出た結果でしか安心できない疑り深い御方に命じられたのですからね」
ミシェルが会うのは半年ぶりだがイヴは先週も会っている。
春雪の魔法検査はイヴが変わらず行っているのだから、仮に以前のように異常が見られた場合には報告している。
半陰陽という以外に隠すことなどないのだから。
「こちらへおかけください」
「うん」
椅子を用意して春雪を座らせたイヴは魔法検査を行う。
「前回の検査以降の体調は如何ですか?」
「特に何も。痛みもないし不調は感じてない」
自覚できる病の症状はない。
唯一あるとすればたまに筋肉痛になるくらいで。
「ふむ。切創や擦過傷とは出ておりますが、やはり体内に異常はありません」
魔法検査の結果は切創(切り傷)と擦過傷(すり傷)。
訓練をしていればあっておかしくない怪我以外には何もないことが二人にも見えるよう、診断結果の画面を拡大させる。
「ではなぜ痩せたのだ」
「病的な痩せ方ではないので、以前春雪さまにお聞きしたホルモンバランスというものが関係しているのでは?」
痩せた原因が病であれば診断結果に出る。
異界での病だったとしても結果に表記されることは前回の件で分かったのだから、何も出ていない今は病がないということ。
「俺の予想もミシオネールさんと同じ。女性ホルモンの割合が増えて女性化していってるんだと思う」
「身体が女性に傾きつつあるということか?」
「うん。俺は外性器だけじゃなく内性器も男女両方あって、ホルモンバランスも男女比が同じになるよう作られてる。ただ何らかの理由でそのバランスが崩れる時があって、どちらかに偏らないようその都度薬が変更されてた」
春雪は外性器だけでなく内性器も男性と女性の二種類ある。
体内で作られる男性ホルモン(アンドロゲン)が減少したか女性ホルモン(エストロゲンやプロゲステロン)が増加したことで、召喚前に使っていた薬では男女半々の黄金比を保てなくなったのではないかというのが春雪の予想。
「では今の薬ではもう駄目と言うことか?」
「分からない。ストレスとかで一時的にホルモンバランスが崩れたりもするし、暫くは様子見かな。特に不調はないし」
そもそも春雪の体は人工的に作られたもの。
通常の自然生命の常識だけでは測れず春雪の体に詳しい研究者もここに居ないため、言っていることも全て仮説に過ぎない。
「春雪。やはり研究されるのは嫌か」
「研究?」
「ホルモンというものが分からなければ薬も作れず治療もできない。仮にこの世界にもあるものだとしても春雪には効かないのだから専用の薬を作らねばならない。今使っている薬が効かなくなってから慌てて研究をしても間に合わないのだ」
春雪のことをモルモットにしないと約束した。
けれどこの世界で研究され作られた薬が効かないのであれば、春雪専用の薬を作るために本人の血液や細胞を採取し研究する必要がある。
「春雪はそれが自分の寿命と言うかも知れない。だが私は春雪を生かすことのできる可能性を捨てたくはない」
難しいとしても研究すれば薬を作れるかも知れない。
生存できる可能性を捨て寿命と受け入れて欲しくない。
誕生さえ研究者の手によるものだった春雪に辛い選択を迫っていると分かっていたが、それがミシェルの本音だった。
「……少し考える時間が欲しい」
研究するということは、ミシェルとイヴ以外にも春雪が通常の生命とは違うことを知られることになる。
今すぐに答えは出せなかった。
「では返事はミシオネールに」
「わかった」
ミシェルはこうして訪ねて来なければ春雪と会う機会がない。
イヴとは魔法検査で週に一度必ず顔を合わせているため、春雪のタイミングで言えるようイヴへと任せた。
「訓練の件は春雪の希望通り変更する。どのような的が必要かは実際に訓練を行った上で講師と相談して決めるといい」
「もう帰るの?」
立ち上がったミシェルを見上げる春雪。
半年ぶりに会ったというのに何だか素っ気なく感じる。
「報告を受け話を聞きに来ただけで最初から長居をするつもりはない。床に就いていたところを起こしてすまなかった」
そう言ってミシェルは春雪の肩を軽く叩く。
「ミシオネール。訓練に必要な物は速やかに揃えるよう」
「承知しました」
「見送りは不要だ。話を終えたらゆっくり休め」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
来た時と同じようにローブを着てフードを被ったミシェルはイヴに指示をし、見送ろうと立ち上がった春雪を止めて部屋を出て行った。
「すぐ返事しなかったから怒らせたかな」
春雪はそうポツリと呟く。
「いえいえ。怒っておられませんよ」
「そうかなぁ。最後の方は全然目が合わなかったから」
「聴聞報告書に目を通している最中に抜けて来ましたからな。まだ時政殿と美雨殿と柊殿の報告が残っておりますので急いで戻ったのでしょう」
それだけが理由ではないだろうが。
ただ、怒っていなかったことだけは間違いない。
「春雪殿、ひとつお伺いしたいのですが」
「なに?」
「込み入った話になってしまうのですが、春雪殿は外部生殖器だけでなく内部生殖器も両方あると仰いましたね」
「言った」
あの時は追求しなかったがやはり気になる。
いや、気になるというより重要なことなのだ。
「では子を成すことも可能なのでしょうか」
「妊娠できるかってこと?」
「はい」
「結論から言えばできる。ただ、女性ホルモンの補充治療を受けて子宮を発達させる必要がある。今は未発達だから」
そこにもホルモンというものが関係すると。
これは無視できない事実。
「逆に男性として子を成すこともできるのですか?」
「うん。その場合は男性ホルモンの補充治療を受ける」
「どちらも治療が必要なのですか」
「外性器も内性器も男性と女性のものが揃ってるけど、内性器の方は未発達だから一方を発達させないと自然には難しい」
二つの性を併せ持つが発達させなければ子を成すのは厳しい。
発達させていない今の春雪は完全な中性。
「春雪殿はどちらになりたいとお考えですか?」
「考えたことがない。両性だと思って生きてきたから。ただ物心ついた時から男性寄りの言葉遣いや振る舞いをしてたから、恋も性的な興味を持つ相手も女性なんだろうなって思ってた」
いつ男性寄りの言葉遣いや振る舞いになったか分からない。
男性になりたいと意識してそうなった訳ではないし、むしろ体の造りそのままに自分は両性だと思っている。
ただ意識せず選んだ言葉遣いや振る舞いが男性寄りだから、恐らく女性を好きになるのだろうと思っていただけ。
「おや?その言い方だと実際は違ったということですかな?」
「い、いや。実際には違ったって意味じゃなくて」
なんとわかり易い動揺。
大抵のことは感情の読めない無表情で軽く流すというのに、この手のことは奥手なのかハッキリと動揺している。
まだ成熟した感情ではないようだが、一体誰が相手なのか。
「冗談が過ぎましたかな」
「冗談?吃驚した」
白地にホッとした顔。
同じ勇者か王家の者か、はたまた宿舎の使用人か講師か。
願わくば……
「掘り下げてお聞きしたのは、女性の内部生殖器もあるのであれば月の触りもくるのではないかと思いまして」
「月の触り?……ああ、来たことない。これから女性化が進んだらどうなるか分からないけど、今は子供と同じだから」
では今の時点で子を身ごもることはない。
言っていた通り、女性の性を選び治療を行わない限りは子を成すことができないようだ。
「下世話な問いをしたことをお許しください。女性勇者さまのこの手のことは専属の召使の務めなのですが、ダフネは春雪さまが半陰陽だと知らないためお部屋へ用意しないですし、春雪さまもダフネには言い難いだろうと思いまして」
「大丈夫。気遣ってくれてありがとう」
内部生殖器もあるならばそれもあるのではと思ったことも事実だが、聞いた一番の理由は『子を成せるか』が重要だから。
子を成せるのであれば王家は大きく揺らぐ。
・
・
・
「あの去り方は如何なものかと。その場で返事をせず怒らせたのではないかと気にしておりましたぞ?」
王城にあるイヴの自室。
もう子供ではないというのにこうして勝手に私の部屋へ入っているのだから困ったものだ。
「春雪を傷つけてしまった」
「いつですか?」
「モルモットにしないと約束したのに酷い提案をした」
私が行く前に何かしたのではなかったか。
傷つけたと聞いてもしやと思ったが。
「モルモットと申してもあくまで春雪殿に合う新薬を作るための研究。春雪殿を面白おかしく調べる訳ではありません」
春雪に合う薬を研究する必要性はイヴも感じていたこと。
解熱剤ひとつをとっても春雪には効果が薄く、通常より量を増やし回復も併用しなければ熱が下がらなかった。
病はホルモンのどうこうだけではない。
薬を飲んで治る病であっても春雪には効かず、本来ならば救えたはずの命を救えない可能性もある。
そうならないためには春雪専用の新薬が必要。
「私は国王失格だな」
沈黙のあとそう呟いたミシェル。
「一人の者に感情を左右されるのだから」
そんな言葉にイヴはくすりと笑う。
「良いではないですか。心許せる者の前では国王でなくとも。遅すぎる反抗期というのも変わり者の陛下らしく大変結構」
常に張り詰めたミシェルには安らぎが必要。
民だけでなく自らのことも大切にして欲しい。
「……春雪とあの後も話をしたのか?」
「ええ。治療をすれば子を成すことができるそうです」
「そんな話をしたのか」
「大切なことでしょう。以前も申しましたように子を成せるのであれば王家の者と縁を結ぶこともできるのですから」
グラスに酒を注ぎミシェルの前と自分の前に置いたイヴはそう話してチラリとミシェルの表情を伺う。
「セルジュ殿下やドナ殿下は春雪殿に好意をお持ちのようですのでご成婚の可能性も考えておかなくては」
「二人には婚約者候補が居るだろう」
「貴族家のご令嬢と勇者。民が喜ぶのはどちらですかな?」
婚約者と言ってもあくまで候補。
婚約者の候補であって正式な婚約者ではない。
勇者の特殊恩恵は召喚された本人の一代限りだが、後世でも王家と勇者の血を引く尊い子供は民たちに愛されるだろう。
「とは言え春雪殿のお気持ちが最優先ですが。王家とは全く関係のない者に好意を持ちご成婚するやも知れません。お相手は女性か男性か、誰を好きになるかは春雪殿の自由です」
既に春雪殿には気になる者が居るご様子。
お相手は女性ではなく男性のようだが誰かは分からない。
「そうなった時、陛下は祝福できますかな?」
できることなら女性の性を選び治療を受けて欲しい。
そしていずれは王家の誰かと。
いや、誰かではなくミシェルと。
幼い頃に大人の都合で人生を歪められた憐れな国王と。
既に三妃まで迎えたミシェルはもう成婚できないと分かっているのに、そう考えてしまう私はなんと罪深いのか。
けれど私は疾うに神に背いた悪しき者。
彼が幸せになるのならば私は幾度でも神に背き続けるだろう。
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神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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