ホスト異世界へ行く

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第零章 先代編(中編)

祭典

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「ドナ殿下」
「御無礼を」

スっと離れたドナ。
急いで身体を起こした春雪は自分を見ているドナを見上げる。

「あの、今のは一体」
「勇者さまのことを好いていると申しました」

ドナが誤魔化しもせずハッキリ答えると春雪は頬を染める。

「お答えいただかなくて結構です」
「え」
「いや、やはり聞きたい気持ちもございます」
「ど、どっち?」
「どちらも本心です」

返事が聞きたい。
でも聞くのが怖い。
自分が好かれていないことは分かっているから。

「胸の痛みはございませんか?」
「胸の痛み?」
「採取した場所です。回復ヒールはかけましたが」
「あ、傷。はい。問題ありません」

胸元を開けて胸を確認した春雪。
痛みもなければどこの皮膚を切り取ったかも分からない。

「ではまた衝立の向こうでお着替えを」
「分かりました」

話を流された春雪は検査台から降りて衝立の向こうに行く。
使い終えたメスやピンセットやガーゼを片付けながらドナは返事を聞くことから逃げた自分に苦笑した。

「ドナ殿下」

十分ほどで衝立の向こうから出てきた春雪。
再び女生徒の衣装を着た春雪はもう女性にしか見えない。

「やはりよくお似合いです」

似合うのも当然だった。
男性でもあり女性でもあるのだから。

「ドナ殿下」
「はい」

もう一度ドナを呼んだ春雪の表情は真剣。
逃げさせてはくれないのかとドナは苦笑する。

「先程のお話ですが」
「はい」

手を止め春雪の前に行って向かい合う。
勇者がこの場で話を終えたいと思っているならば、一方的な好意を口にした自分はそのタイミングを受け入れるべきだ。

「申し訳ありません。私は今までドナ殿下を恋愛対象として見たことがありません」

分かりきった返事。
聞かずともそうであることは態度で分かっていた。

「だから互いを知ることから始めさせてくださいませんか?」
「……え?」
「正々堂々と想いを伝えてくれた方には私も真剣に考えてお返事したいと思います。ただ私はまだドナ殿下をよく知らないですし、ドナ殿下も私のことを詳しく知っている訳ではありません。だからお互いを知ることから始めさせて貰えないかと」

予想もしていなかった返事。
好かれてはいないのだからこの場で幕を引かれると思っていたのに、正々堂々と想いを伝えた人には真剣に考えて答えたいとはどれだけ誠実な人なのか。

「ただし、私は天地戦で命を落とすかも知れない勇者でドナ殿下はこの国の王子。互いを知った上で私がドナ殿下へ好意を抱いたにしてもその先は保証できません。それでもドナ殿下のお気持ちは変わりませんか?今なら聞かなかったことにします」

ああ、なんとまっすぐな勇者さま。
歪みきった私とは正反対の存在。
その輝きが眩しく愛おしく憎らしい。

「ドナ殿下?」

考えてくれることが嬉しい。
自分と正反対なことが悲しい。
これほど胸を締め付ける感情は経験したことがない。

「な、泣かないでください」

慌てふためき頬に添えられた両手の手のひらは温かい。
幼い頃父上だけが与えてくれた人の温もりを思い出させる。

「春雪さま。お慕い申しております」

歪んだ私はもうには戻れない。
いや、そもそも知りもしない『普通の私』にはなれない。
けれど、この人を思う気持ちだけは紛れもない本物。

「ありがとうございます」

ほんのり頬を染めて呟く愛らしい勇者。
その愛おしさに口付けたい衝動を堪えそっと抱きしめた。





「思っていた以上に早く終わったな」
「ああ」

訓練校の警備を今一度確認していたマクシムとセルジュ。
採取を終えた連絡が入って急ぎ学長室へ向かう。

「勇者は私たちが不仲なことを知らない。せめて勇者の前ではその無愛想な顔と返事はやめろ。気遣わせることになる」

王位継承権第一位のマクシムと第二位のセルジュ。
必要性がない限り訓練校の中でも二人が接触することはない。

「それは弁えている」

珍しい組み合わせの二人を見る生徒たち。
国王の血を継ぐ見目麗しい二人は光と影、陰と陽。
そのくらいに相反する存在の認識だった。

「学長。マクシム・ヴェルデです。入室許可を」
「セルジュ・ヴェルデです。同じく許可を」
「お入りください」

ノックをしたあと名乗って許可を得て外で警備に付いている騎士が開けた扉から入った二人。

「春雪さま。お迎えにあがりました」
「ありがとうございます」

重厚感のあるどっしりとしたソファに座っていた春雪とドナ。
ティーカップとソーサーを手にしていた春雪はマクシムとセルジュの姿を見てそれをテーブルに置いた。

「想定より早かったが何か問題があったのだろうか」
「いいえ。本日予定していたものはつつがなく終えましたのでご安心ください」

マクシムにそう答えたドナはティーカップを口に運ぶ。 
ドナにとっては慣れた作業にそれほど時間はかからない。
ただ睡眠魔法スリープでは効果がなかった際に麻酔に切り替えることを考え、一日の予定を組むマクシムには長めに時間をとるよう伝えて欲しいとミシェルに言ってあっただけで。

「そうか。問題がないのであれば何よりだ」

相変わらず何を考えているのか読めない奴だ。
ただ、誰の毒にも薬にもならないところは評価すべき。
王位継承権第五位というドナの立場からすれば外面がよいのは結構なことだ。

「では学長。私どもは訓練校へ参ります」
「承知しました。お気をつけください」

学長と王太子という立場。
王太子とはいえ学生でもあるマクシムは学長へ敬語を使い、学生とはいえ敬うべく王家の王太子に対して学長も敬語を使う。
互いの立場が奇妙な関係性を作りだしている。

「訓練校は魔導校と壁で隔たれた隣の敷地にございます。両校の案内を兼ねて徒歩で向かいます」
「よろしくお願いします」

王都に一つだけの訓練校と魔導校は隣同士に位置する。
学長室は特に訓練校と魔導校の連携を取りやすいよう建物の中でも互いを隔てる壁に一番場所に位置するため、魔導校へ行くのにも差程の時間はかからない。

「今日はお休みなのですか?」

魔導校の庭園を歩きながら辺りを見渡した春雪。
校舎内もそうだったが、庭園に出ても生徒の姿がない。

「本日は両校合同の祭典で模擬店や練習試合が行われておりまして、魔導校の生徒も訓練校へと集まっているのです」
「練習試合?」

教えてくれたドナに春雪は首を傾げる。

「訓練校の生徒が三名と魔導校の生徒が三名の計六名でチームを組み試合を行うのですが、優勝したチームの生徒には学園生活に関わる特典がありますので毎年白熱した試合になります」
「楽しそうですね」

興味津々の春雪とそんな春雪に微笑むドナ。
外面だけはよいドナは既に勇者との関係を上手く築きつつあったが、先日まではこれほど親しげではなかったように思うが。
研究室で何があったのかとセルジュは不思議に思う。

二人の様子を見て不思議に思ったのはマクシムも。
二妃から拐われた春雪をセルジュとドナが救出したことや勇者の四人と外部訓練に出たことは聞いていたが、たったそれだけの接触で親しげになっていることが不思議でならない。

春雪が警戒心の強い人物だと分かっているからこその疑問。
そんなセルジュとマクシムの疑問に気付くことなく春雪は興味津々にドナへ尋ねては楽しそうにしていた。


魔導校と訓練校を繋ぐ門を通り抜けた先で春雪はパチクリ。
華やかに飾り付けられた広場が制服を身につけた学生たちで賑わっていて、オンライン授業しか受けたことがなく学生生活を謳歌したこともない春雪は辺りをキョロキョロ見渡す。

そんな春雪を見てくすりと笑うマクシムとセルジュとドナ。
年齢で言えば自分たちより年上のはずが今は幼く見える。

「練習試合まで時間がありますから出店を見て回りますか?」
「良いのですか?」
「はい」
「ではご好意に甘えて。ありがとうございます」

提案したマクシムに春雪は笑みで礼を言う。
本当は安全な校内を案内する予定になっていたが、これほど興味津々になっているのに素通りするのはあまりに無慈悲。

マクシムとセルジュとドナは軽く目を合わせる。
訓練校のあらゆる場所に警備兵を配置して少し離れた場所にも騎士と魔導師を護衛で着かせているが、万が一なにかあった際に即座に勇者を護れるのは一緒に居る三人。

普段であれば関わりを持たないマクシムとセルジュとドナではあるが、今日は勇者の案内と護衛という共通の役割がある。
なによりも優先するのは自分たちの感情より勇者を護ること。
それを互いに確認するためのアイコンタクト。

「お店も学生がやっているのですね」
「はい。尤も貴族家の生徒のグループが出している出店は高確率で屋敷のシェフや雇われシェフが作っているのですが」
「自分たちでやる方が楽しいと思いますが」
「貴族は厨房に入りませんので売り子に立っているだけです」
「そうなのですか」

マクシムから事実を聞いて少し残念に思う春雪。
雰囲気は昔の学生生活の動画で見た学園祭のよう。
ただ、出店で売っているものがシェフが作ったものと聞いてしまうと全くの別物のようにも思う。
動画で見た時は学生たちが自分で作って売っていた。
それが楽しそうだと思ったのだけれど。

「なにか召しあがりますか?」
「えっと」
「ドナが鑑定を使えますのでご安心ください」
「ありがとうございます」

セルジュが提案してくれたものの春雪の反応はいまいち。
歩きながら見ているもののあまり興味はなさそうだ。

「一般国民の生徒の出店が集まる所を見に行きましょうか。あちらは自分たちでやってますから一風変わった店もあるかと」
「そちらの方が楽しそうですね」

ドナの提案に表情をパッと明るくした春雪。
セルジュはこの辺りにある店を軽く見渡して春雪の反応がいまいちだった理由を理解する。

手前側のここは貴族家が出している店が多い。
物は間違いなく良いものではあるが真新しさはない。
マクシムの話を聞き残念そうにしていたのは、学生が自分たちの力でやっている店の方が興味があったからだろう。

「あ、ですが王家の皆さまが一般国民の集まる場所に足を運ぶのは問題があるのでは」
「ここでは王家も貴族も一般国民も同じ学び舎の生徒です。誰に咎められることもございませんのでご安心を」

王家の者が訓練校や魔導校へ行くのは民に直接関わることで民の生活や考えを知り国作りに役立てることを目的としている。
一般国民と関わることを咎められることはない。

とはいえ一般国民と関わる機会はあまりない。
一般国民にとって王家の者は近寄り難い存在という考えがある限りこちらから不用意に近付いては負担をかけてしまうため、必要性のある時以外には関わらないというのが実状。

「せっかくの機会ですので春雪さまには楽しんでいただきたいというのが私ども共通の考えです。どうぞ私どものことはお気になさらずご興味のある場所では足を止めご覧ください」
「ありがとうございます」

マクシムの気遣いに丁寧な礼をする春雪。
相変わらず気遣いの行き届いた人だ。

「あれは?」

一般国民の集まる場所に向かいながらも歩いていて春雪の目に止まったもの。

「力を測定する魔導具を使った遊戯のようです」

そう教えてくれたのはセルジュ。
今挑戦しているのはガタイのいい男子生徒。
しっかり鍛えていることが分かる身体をしているとあって、男子生徒が殴ると物凄い音がした。

「地球にあったパンチングマシンに似てる」

ナノで観たことのあるパンチングマシン。
一定値を超えるとその超えた数値によって賞金が出るという内容の番組で、数々の格闘家が挑戦していた。

「得点によって賞品が貰えるようです」
「色々な賞品がありますね」
「貴族家が出店してますからそれなりに質はよいですね」
「最高点は魔導鞄アイテムバッグか」

棚に並べられた賞品の数々。
四人でその棚を眺める。

「あの鞄は外部訓練の時に渡されたアレですよね?」
「はい。こちらの方が容量は大きいですが」

外部訓練で勇者に渡された魔導鞄アイテムバッグは回復薬をしまっておくことが目的だったために一番容量の少ないタイプだった。
魔導鞄アイテムバッグは容量が大きくなるほど値段もあがるが、貴族家が出している店だけあって冒険者が使うような容量のものが目玉賞品になっている。

「あの魔導鞄アイテムバッグが気になるのですか?」
「あれば便利だろうなと思いまして」

ドナに返事を返しつつも春雪の顔は魔導鞄アイテムバッグを見たまま。
王子の三人はミシェルからプレゼントされたこれより容量の大きな魔導鞄アイテムバッグを持っているため必要ないが、持っていない春雪からすれば興味を惹かれるのだろう。

「私でも挑戦できますか?」
『やるのですか!?』

綺麗にハモった王子三人の声。
今は可憐なご令嬢のような姿をしているというのに。

「これは誰でも参加できるのだろうか」
「さ、参加制限はないと聞いておりますが、さすがに女生徒には危険すぎるのではないかと」

マクシムに答えたのは挑戦者を見ていた貴族家の男子生徒。
王子たちの存在には気付いていたがまさか自分が声をかけられると思わず慌てて答えて吃ってしまう。

「参加できるそうですが……本当に挑戦なさるのですか?」
「出来るのなら。魔導鞄アイテムバッグが欲しいですし楽しそうなので」

いやいや辞めておけ。
見ている生徒たちみんなが思ったこと。
そもそもやりたがるご令嬢が居ることが考えられないが。

「挑戦料はお幾らですか?」
「通常の硬貨はお使いになれませんので私が」

出店に立っている男子生徒に声をかけた春雪。
この祭典では窃盗などの問題が起こらないよう先に購入したチケットを使う決まりになっていて通常の硬貨は使えない。
外部訓練で魔物を討伐した時にギルドから支払われた硬貨で払おうとした春雪を止めて代わりにマクシムがチケットを渡す。

「ありがとうございます。後ほどお返しいたします」
「これは国が春雪さまにご用意したものですので」
「そうなのですか」

春雪の耳元に顔を近付け小声で説明したマクシム。
勇者にかかる費用は全て国が持つ決まりになっているから今回のチケットも春雪のために購入しておいたもの。

「ではお言葉に甘えて」

骨が折れてしまうのではないかと見ている者たちはハラハラ。
それほど今の春雪は女生徒にしか見えない。

「ドナ。手首に強化魔法を」
「強化魔法禁止と書いてあります。ズルは駄目ですよ」

ルールの説明に大きく書いてある『強化魔法禁止』の文字。
振り返って言った春雪にセルジュはぐっと言葉を飲む。

「本当に挑戦いたしますか?」
「はい。お願いします」
「承知しました。決まりですので魔力確認にご協力を」
「魔力確認?」

出店主の男子生徒が見せたのは棒状のなにか。
棒の先端には透明の水晶らしきものがついている。

「あちらも魔導具です。魔法を使うと反応して光ります」
「そうなのですか」

首を傾げた春雪に耳打ちしたドナ。
この世界では魔法を禁じている行事や場所で使われる馴染みのあるものだが、異世界から来た春雪が知るはずもない。

「珍しい型の感知器ですね。初めて拝見しました」
「あ。こちらは魔導具協会の最新型感知器でして危険なものではございません。どうぞご安心ください」

感知器を知らないかのような春雪の反応は見たことのない型の感知器だったからかとドナの言葉と疑惑の表情で察した男子生徒は、自分で魔法を使い感知器を光らせて安全性を教える。

「感知器で間違いないようですので手の甲で計測を」
「はい」
「では失礼して」

女性へむやみに触れるのは失礼にあたるとはいえと指定されるほど高貴な御方なのかと、男子生徒は怖々と春雪の手の甲に感知器をあてる。

「ご協力ありがとうございます。お怪我のないようご注意を」
「はい。気をつけます」

そう言ったものの店主の男子生徒はハラハラ。
普段女生徒は行わない測定方法を試してみたかっただけで軽く殴る程度だろうが、王子三人が連れた女生徒が万が一にも怪我をしたとなればこちらの所為にされるのではと恐ろしい。

「では」

みんながハラハラと見守るなかで拳を握った春雪。
目標は最高点の魔導鞄アイテムバッグ
標的に描かれている円のど真ん中を狙って拳を振り抜いた。

『…………』

およそ女生徒が殴ったとは思えない物凄い音が響き渡ってハラハラと見守っていた人々は一瞬で唖然とした顔に変わる。

「二点足りなかった!」

唖然とする人々をよそに夢中なあまり素に戻っている春雪は指定されている最高点に届かず悔しがる。

「凄い。私より強い」
「私もこの数値は出たことがない」

吹き出して笑うドナと困り顔のマクシム。
むしろ男子生徒であっても強化魔法なしにこの数値を出せる者の方が珍しい。

こちらご令嬢は一体。
さっきまでハラハラしていた見物人もザワザワ。
見目麗しく可憐な女生徒が実はとんでもない怪力とは。

「私もやろう」
「セルジュ殿下もですか!?」
「強化魔法を使っていないか確認を」
「は、はい」

出店主にチケットを渡して強化魔法を使っていないかを感知器で確認させたセルジュ。
セルジュが剣の達人であることはみんな知っているが、将来国王となる可能性のある王子は正確な数値の分かる能力測定を免除されているに関わらず挑戦するとは。

「確認できました。お怪我のないよう」
「ああ」

魔導具に反応なし。
出た数値がそのままセルジュの実力とあってみんな興味津々。
軽く手首を振ってから握った拳でセルジュが標的を殴ると春雪以上の大きな音がして画面の数値が一気に上がる。

「……おめでとうございます。最高点に達しました」
「凄っ!」

セルジュが出した数値は指定された最高点の遥か上。
見学人は驚きの声をあげて春雪は楽しそうに拍手する。
セルジュが剣だけでなくパワータイプでもあることを知っていたドナだけは『そうだろうな』という薄い反応だったが。

魔導鞄アイテムバッグです。どうぞお納めください」
「惹きの賞品を取ってすまない。やるつもりで立ち止まったのではなかったが、彼女がこれを気に入ったようでな」
「と、とんでもないことでございます。光栄です」

出店主が指定した数値は並の生徒に出せる数値ではない。
目玉として用意されていたものと分かっていたセルジュは男子生徒に近付くと小声で謝り、第二王子のセルジュから直接声をかけられたことの方が遥かに価値のある男子生徒は綺麗に包んだ魔導鞄アイテムバッグを喜んで渡した。

「どうぞ」
「え?くださるのですか?」
「私は父上から賜ったものがありますので」

最初から春雪にあげるためにとったもの。
欲しがっていなければ挑戦していない。

「ありがとうございます。大切にします」
「光栄です」

両手で受け取り嬉しそうにセルジュへ礼を言った春雪。
その屈託ない笑顔にセルジュの口許もつい緩む。

セルジュ殿下が笑った。
笑わない殿下を笑わせるとは一体あのご令嬢は何者だ。

様子を眺めていた者たちには驚きでしかない。

「良かったですね」
「はい。嬉しいです」
「お持ちしましょうか」
「お気遣い感謝します。ですが自分で持って歩きます」

ドナ殿下と王太子殿下までも。
王子三人が気遣うほどの令嬢の謎がますます深まる。

マクシムとセルジュとドナからすれば相手は勇者。
好意を抜きにしても丁寧に扱うことが当然。
ただ春雪が勇者だと知らない周りの人からしてみれば、王家の王子たちが気遣うという状況がまず有り得ないこと。

「とても楽しい時間をもてました。ありがとうございます」
「い、いえ!光栄です!」

スカートを摘み出店主に丁寧な礼をした春雪へ注がれる視線。

見目麗しいだけでなく中身も素晴らしいご令嬢だ。
恐らく高貴な身分の御方であろうに、王子だけでなく他の生徒にまで礼を尽くし愛らしい笑みも向けてくださるとは。
ただし怪力だけれども。

無自覚に男子生徒の心を鷲掴みにする春雪。
周りで見学していた生徒たちはその高貴な雰囲気の漂う四人を惚けたまま見送った。





目立つ四人に注がれる視線。
王子の三人が一緒にいるところなど学生たちには初めて見る光景であり、注目を浴びてしまうのも仕方のないこと。

「あちらの女生徒はどなた?」

王子たちの中にポツリと居る女生徒。
見知らぬその人物にギリリとするのはセルジュの第一婚約者候補であるイムヌ公爵家の次女、コラリー・バリエ・イムヌ。

「ドナ殿下の婚約者候補では?」
「ご存知ですの?」
「存じ上げませんが、セルジュ殿下や王太子殿下のご婚約者候補の方ではございませんのでドナ殿下ではないかと」

多くの取り巻きを連れた化粧臭い令嬢。
ドナがそう言っていたのがこのご令嬢のこと。

「誰も知らないのでしたら貴族ではありませんわね」

貴族家であればデビュタントや舞踏会に顔を見せる。
コラリーの取り巻きは侯爵家から男爵家の令嬢まで揃っているため、誰も知らないということは貴族令嬢ではない。

の婚約者候補などどうでもよいですけれど、セルジュ殿下や王太子殿下が弟の婚約者候補だからと気遣っていることに気付かず色目を使うのはいただけませんわ。知識も教養もない一般国民はこれだから困るのです」

一般国民を見下す典型的な貴族令嬢。
ただ残念なことに男女問わず一般国民を見下す貴族の方が一般的であり、コラリーだけが特別な訳ではない。
しかもコラリーは枢機卿を務める公爵家の娘とあって、同じ貴族でさえ何かされても泣き寝入りするしかない。

「婚約者のいる異性に近づくなど庶民ですわね」
「外れ王子でも庶民には勿体ないと言うのに」
「あのように異性に近付くとは育ちの悪さが出ておりますわ」

コラリーに便乗して暴言を吐く令嬢たち。
というのが研究室にこもりきりのドナであることは察せたが、王家の王子を罵る言葉を口にするとは愚かな。
たまたま居合わせただけの生徒たちはコラリーや取り巻きと関わり合いになりたくなくてそそくさと離れた。

「仕方のない方ですわね。セルジュ殿下や王太子殿下が離れられるようワタクシが協力いたしましょう」
「どうなさいますの?」
「リディさまにもお声がけをしてワタクシたちと回るようお誘いしますわ。婚約者なのだからおかしくないでしょう?」

婚約者ではなく婚約者
ただそれを指摘する取り巻きはいない。

「さすがコラリーさま。よいお考えですわ」
「お怒りにならないコラリーさまはお心の広い方ですね」
「本当に。セルジュ殿下もコラリーさまのお誘いでしたらお喜びになりますわ」

所詮はみな似たり寄ったりの者の集まり。
それは愚策だと言える者はいない。
いや、気付ける者すらいない。

「リディさまの居るカフェテリアへ戻りましょう」

リディはマクシムの婚約者候補。
リディと一緒にセルジュやマクシムを誘って春雪やドナから引き離す作戦を決行することにしたコラリー。

引き離すも何もセルジュやマクシムは弟を気遣い一緒に居る訳ではないし、離れる機会がなく仕方なしに付き合っている訳でもないし、そもそも春雪はドナの婚約者候補ですらない。
コラリーが勝手にそう思っているだけだが、その思い込みの激しさだけは天下一品。





そんな作戦など露知らず魔導鞄アイテムバッグに大満足の春雪。
再び一般国民の集まる場所へ向かいながらもほくほく。

ドナとしてはセルジュにしてやられた気分。
ただどう頑張っても強化魔法なしであの数値は出せなかった。

「それに何を仕舞うのですか?」
「講義の教科書やノートや訓練に使う道具とかでしょうか。今までは護衛の騎士に持って貰っていて申し訳なかったので」

嬉しそうに答えた春雪にドナは微笑む。
講義や訓練で使う物にそこまでの容量は必要ないが。
ただ、自分が初めて魔導鞄アイテムバッグを貰った時も無意味な物を詰めてみた経験があるだけに気持ちはわかる。

「私は外出する際には必ずそうしているのですが、お着替えなども一式入れておくと良いかもしれません」
「それはいいですね。いつも訓練では汗をかきますし、いざという時のために備えておくのも」 

マクシムの提案にも笑みの春雪。
まるで玩具を与えられた子供。
それがまた愛らしくてマクシムの表情も緩んだ。

今日の勇者はよく笑う。
マクシムと春雪の様子を横目に見て思うセルジュ。

いや、勇者だけでなく私たちもか。
普段はギスギスしている私とマクシムも、勇者から惜しみなく向けられる笑みに釣られて和んでしまう。
共通の目的があるからというだけでは私もマクシムも互いに目を合わせることすらなかっただろうし、護衛対象が勇者でなければドナも案内を引き受けなかっただろう。

私たちの中で一番優秀な護衛はドナだ。
障壁で勇者を守ることはもちろん強力な攻撃魔法も使える。
魔法特化型だけに武器や格闘は得意でないといえ、それを補うだけの才能の持ち主。怒らせると一番危険な人物でもあるが。

「殿下方の機嫌がよいようだ。今ならお声をかけても」
「お辞めください。あちらの女生徒が居る間はいけません」
「なぜだ?」
「殿下方のあのようなお姿を今まで見たことがありません。あちらの女生徒が居るからだとすれば近づくと警戒されます」

そう話すのは貴族家の父と息子。
祭典にたまたま来ていた両親には分からないだろうが、生徒たちにとっては見たことのない恐ろしい光景でもある。
普段は顔を合わせたとて会話すらない三人が見目麗しい女生徒を守るように歩いているなど気があるとしか思えない。

知る限りでは御三方の婚約者候補の中にあの女生徒は居なかった気がするが、機嫌がいいからといって声をかけて警戒されては自分の学生生活が危うい。

「お願いですからあちらの女生徒が居る間にお声がけするのはお辞めください。私は平穏な学生生活を送りたいのです」
「う、うむ。そこまで言うなら」

王子三人が揃っているまたとない機会にお近づきになりたい者たちも普段とは違う王子たちの様子で近づくに近づけず。
謎の女生徒である春雪の存在で煩わしい声がけから意図せず回避できていたことをマクシムもセルジュもドナも知らない。

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「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

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