ホスト異世界へ行く

REON

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第零章 先代編(中編)

決意

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「冷めてしまっただろう」
「大丈夫」

食事を再開した春雪の顔は拗ねた子供のよう。
冷めたスープを飲んでちぎったパンをモソモソ食べている。
諦めた顔の原因となった揉め事を忘れていることは幸いか。

「見られてると食べ難い」
「その拗ねた顔をどうしてくれようかと思ってな」
「拗ねてない。どんな顔すればいいか分からないだけで」
「照れくさいのを必死に堪えての表情だろう?感情があらわな春雪を見るのも悪くはない」

頬杖をついて見ているレオから春雪は目を逸らす。

レオと居るとどうしてなのか変な気持ちになる。
ふらりと惹きよせられそうになったり、それに反発したり。
初めてとして意識した相手だけあって、何気ないことでも時々ドキっとさせられる。

「先日アルメル妃の長子と剣の稽古をしていたな」
「え?なんで知ってるの?」
「食事をしに王都へ行った時に空から見かけた」

別の話をした方が良さそうだと判断して話題を変えたレオ。
以前緋色カルマン宮殿でセルジュと手合わせしていたところを見かけたことを話す。

「姿を消せるからどこにでも入れるね」
「用がない限り機密性の高いところに入りはしない」
「王城とか?」
「地上の王と会うのは何より避けたい。面倒事は御免だ」

心底嫌そうな表情で言ったレオに春雪はくすりと笑う。

「レオと陛下はなんか似てる」
「血の繋がりはないぞ?」
「見た目じゃなくて雰囲気。どっちも王者の風格がある」
「大層な評価だが私は数居る魔族の一人に過ぎない」
「ほんとに?」

春雪の目には全て見透かされているように感じる。
時々見せるその真剣な目に弱い。

「レオが魔王とか言わないよね?」

真剣だった表情がそう問いかけた唐突に不安気な表情に変わってレオは口許を笑みで歪ませる。

「そうだったらどうする」

勇者と魔王。
相反する存在として定められた者。

「……戦えない」

顎を引き上げられてレオを見ながら春雪はそう答える。

「精霊族が犠牲になるとしてもか?」
「…………」
「刃を向ける者とは戦えと言っただろう?」
「レオは俺に刃を向けるってこと?」
「私が魔王ならばな」
「……ん?」

不安そうな表情が一瞬で眉を顰めた表情に変わったのを見て笑ったレオは春雪に口付けた。

「春雪が可哀想」

春雪の背後から抱き着いたラングは春雪に口付けるレオの額を何度も啄く。

「レオは魔王じゃないってこと?」
「違うよ。レオはそんな面倒なことしない」
「面倒?」
「一番になるの。面倒でしょ?」

そんな理由?
思いのほか軽い理由で予想外。

「そもそもの話として私に魔王の特殊恩恵はない」
「え?魔王って魔族の王って意味じゃないの?」
「特殊恩恵〝魔王〟が覚醒した者が魔族の王になる」
「それは習ってない。初めて聞いた」
「知らないのではないか?魔王と勇者が相見あいまみえた瞬間から天地戦が始まるのだから知る機会もないだろう」

たしかに。
ただ人族の国王は『盾の王』という特殊恩恵を持っていると習ったから、『魔王』も特殊恩恵だと考える人がいても良さそうなものだけれど。

「それ勇者の俺に話して大丈夫?」

自分の種族の王の秘密を話して良かったのか。
しかも俺はその王と戦う勇者なのに。

「特殊恩恵だと知られたところで何が変わる。勇者に特殊恩恵を奪う能力があるというならば別だが」
「ない」
「だろうな。仮に勇者がそのような能力を持っていたとしても簡単に奪われるほど魔王は弱くない。この世界に生きる者の中で最も神に近いと言われているのが魔王だ」

魔王との戦いは神に挑むことと変わらない。
精霊族は自分たちでは神に勝てないと分かっているからこそ、この世界の者にはない力を与えられた異界の者を召喚する。

「神とか言われると魔王も大変そう」
「ん?」
「周りからの重圧が凄そうだと思って。俺ですら重圧が凄いのに魔王なんてこの星の中で一番強いって思われてるんだから」

パンをちぎりながら言った春雪のそれにレオは吹き出す。
いまかつて魔王の立場に同情した勇者などいたのだろうか。
今代の勇者は本当に変わっている。


「ごちそうさまでした」
「なんだそれは」
「ん?」
「手を合わせて、こう」

スープとパンを一つ完食した春雪が手を合わせ軽く頭を下げて『ご馳走さまの挨拶』をすると、レオも春雪の仕草を真似て疑問符を浮かべる。

「俺の居た国での食事の挨拶。自分の血や肉になってくれる食材や料理を作ってくれた人に感謝して、食べる時にはいただきます、食べ終えたらご馳走さまって感謝を伝える」
「異界式の祈りと言うことか」

日本で一番スタンダードな食事の挨拶。
この世界では手のひらを組み豊穣の神に祈りを捧げるのがスタンダード。

「自分の知らない世界を知るというのは面白いものだな。どれだけ生きていようとも世界が違えば知ることはできない」
「他の世界のことに興味があるんだ。意外」
「意外?」
「自分が居るこの世界のことにも興味がなさそうだから」

それは興味を惹かれるものがもうないから。
この世界にあるものへの好奇心は満たされた。

「あ、そうだ。俺が居た世界に興味があるなら観せるよ」
「観せる?」

片付いたテーブルに手をかざした春雪。
何をしているのかとレオとラングは首を傾げる。

「よし、上手くいった。後は使えるかどうか」
「「…………」」
「あ、起動できた」

テーブルに現れたのは長方形の黒い何か。
驚くレオとラングには気付くことなく春雪がスイッチを押すと電源が入り、空中にホログラムの画面が浮かび上がった。

「えっと……日本の歴史っと」

空中のホログラム画面に触れて文字を打つ。
レオやラングにはそれが何なのかも、何をやっているのかも、どこから現れたのかすらも分からずただだだ無言。

「一通り観れるこれで良いか」
「……春雪。これはなに?」
「パソコン。俺が居た国の歴史を映像で観せてあげようと思って。あ、触らないようにね。俺以外が触ると消えるから」

指をさして聞いたラングに答える春雪はとんでもないことをしている自覚がないらしくレオは眉根を押さえる。

「創り出せる物はあの武器だけではなかったのか」
「あ」

レオから言われて一言声を洩らした春雪。
そう言えばレオも銃しか見たことがなかったんだと。

「ひ、秘密に」

気まずぞうに言った春雪にレオは溜息をついて苦笑する。

「攻撃して来ない?」
「しない。そんな危ない物じゃない」
「ほんと?」
「うん。分からないことをコレで調べたり出来るってだけ」
「そう。良かった」
「驚かせてごめん」

突然現れた見知らぬ物に警戒心むき出しだったラングは安心して隣の椅子を引きずり春雪の横に座る。

「これが春雪の居た世界か。美しいな」
「この時代はね」
「ん?」
「これは俺が居た時代よりもっと昔」

生の映像や写真や再現映像を混ぜて語られる日本の歴史。
春雪にとっても知識の中だけの世界で実際にその時代を経験した訳ではない。

「これは?変わった衣装を身につけているが」
「えっとこれは……あ、花魁道中だ。凄い衣装だよね。気になったのが遊郭のこととか、さすが性に特化した種族だけある」

花魁道中を再現した映像。
花魁が豪華な衣装を身につけて闊歩するそれに偶然目を惹かれたレオに春雪は笑う。

「私が性に特化した種族なことと何の関係が?」
「豪華な衣装の人が花魁だから。性を売る仕事をしてる人」
「娼館の娼婦とは違うのか?」
「娼館?ってのは知らないけど娼婦なのはそう。これは遊郭が沢山集まって一つの遊郭街になってた吉原って場所で、花魁はその中でも一部の人しかなれない人気のある凄い人って感じ」
「ほう」

再現映像をジッと眺めるレオ。
そんなに花魁に興味があるんだろうか。
たしかに綺麗な女優が演じているけれど。

「花魁役の女優が気になるなら調べようか?」
「この娘ではなく遊郭街というものが気になる。吉原という場所や商売について詳しく分かるものはないのか?」
「え?気になったのそっち?調べてみるよ」

女優ではなく遊郭街に興味があるとは変わってる。
そう思いながらも一旦映像は停止して改めて吉原や遊郭街で検索をかけた。

「文字が読めない」
「そっか。これ日本語だ。写真や絵があれば分かるかな?」

遊郭の並ぶ街並みやそこで商売をする人々。
当時の様子として残されている写真や絵を見ながらレオは時々納得したように頷いている。

「ラング。忘れないよう残しておけ」
「分かった」

異空間アイテムボックスからラングが出したのは記録石。
それは何?と聞きたい気持ちもありながらレオがあまりにも真剣に何かを考えているため、春雪は言われるまま映像や画像を切り替える役目に徹していた。

「竜人街をこれにするの?」
「ああ。これなら人も集まりそうだ」
「まあそうだね。面白いとは思うよ」

沢山の画像や写真を観たあとレオとラングはそう話す。

「竜人街って?」
「竜人が集まって暮らしている場所だ」
「そこを遊郭街にするってこと?」
「今も商売の中心は娼館だが、地上の真似をしているだけで真新しさはない。だがこれは竜人街に来なければ経験できない」

異界では既に歴史の産物でもこの世界にはなかったもの。
その場所にしかないものというのは商売をするうえで重要。

「レオが自由に街を変えても大丈夫なの?」
「だって竜人街はレオの街だから」
「レオの街?」
「レオが作ったの。魔法を使えない竜人族のために」
「え……凄。国王ってことじゃん」
「魔族に国などない。魔界の王は魔王ただ一人だ」
「どっちにしても凄い」

地上ならば国王から土地を与えられて開拓する初代領主。
その地を血族が継承していくから、一から作るのは初代。
レオは竜人街の初代開拓者と言うことだ。

「一番になるのは面倒なんじゃなかったっけ」
「魔王に対抗する気で作ったのではない。魔法を使える魔人や龍族のようには生きられない竜人は精霊族のように集まって暮らす方が安全なのではないかと思って作っただけだ」

それが凄いと思うけど。
そのことに気付いたことも竜人のために街一つ作ったことも。

「魔王じゃないのに一番を名乗ったら駄目なんだよ?名乗りたいなら魔王と戦って勝たないと。魔族で一番偉い人は一番強い人なんだから。でもレオは面倒だから一番になりたくない」
「え。そんな決まりがあるんだ」

ラングから聞いて納得した春雪。
春雪の言葉を認めることはレオにとって『口は災いの元』。
街を最初に作った凄い人でもは魔王。

「魔王になるのは特殊恩恵が覚醒した人って言ってたよね?」
「ああ」
「一番になりたい人が魔王と戦って勝ったらどうなるの?」

そんな素朴な疑問。
勝った人も魔王の特殊恩恵が覚醒した人なら問題ないだろうけど、違うならその人は魔王になれないんじゃないかと。

「魔王の特殊恩恵が覚醒する者は一人だけ。戦おうと勝てはしない。トドメを刺せる者は勇者だけなのだから。勇者に倒されるか寿命がきて初めて魔王の系譜を持つ者が次の魔王として覚醒する。いつ時代も魔王と勇者は一人しかいない」

それを聞いて召喚された時のミシェルの言葉を思い出す。

『この世界に勇者はたった一人。新たな勇者が現れれば春雪殿の特殊恩恵から勇者の文字は消える』

魔王も自分と同じの存在だったのかと。

「なんか俺まだピンと来ないんだ」
「ん?」
「召喚されて魔王を討伐してくれって言われた時からずっと胸に引っかかってるんだけど、俺は魔王から何もされてない」

春雪の話でラングは首を傾げる。

「一緒に召喚されたみんなはこの世界の人が困ってるなら助けてあげようって優しさで引き受けたんだろうけど、俺は自分に何もしてない人と戦わないといけないことがモヤモヤする。何かされたら戦うけど今は何もされてないから恨みもないし」

異界から来た春雪は魔王に困らされたことがない。
だから魔王が敵と言われてもピンとこない。
天地戦に勝ったり負けたりで地上にも被害があることは分かっていても、戦争をすれば被害を受けるのはお互いさまだ。

「春雪には戦う理由がなくとも魔王や地上の国王にはある。過去の天地戦で親や子や大切な者を亡くした者の憎しみは次の天地戦で相手を葬るまで終わらない。その天地戦でまた新たな憎しみを持つ者が出てくるのだから終われないのだ。魔王も地上の国王も民の抱えた憎しみのために戦う」

どこかで誰かが止めなければ戦いは終わらない。
例え魔王が断ち切ろうとしても魔族は勝手に暴走して地上に攻撃を仕掛け、地上の国王が断ち切ろうとしても革命が起きて次の国王が選ばれるだけで結局は天地戦になってしまう。

「馬鹿だな。みんな」

一方だけが戦わない選択をしても意味がない。
魔王と国王だけが戦わない選択をしても意味がない。
魔界と地上の人全てが戦わない選択をしなければ止まらない。

「でも分かった。俺も戦うしかないんだって」

生きたいなら戦うしかない。
それしか選択肢はないんだと分かった。

「そろそろ帰る。帰り道が分からないから送ってくれる?」
「帰らずここに居てはどうだ?」
「無理だよ。みんなが心配する」
「お前を怒らせた者たちが居るのにか?」
「それはムカついてるけど」
「ではここに居ろ」

腕におさめて頭を撫でられ胸がギュッとなる。
レオは優しい。
出会い方は最悪だったけど。

「もし召喚されたのが俺一人なら甘えたかも。でも時政さんや柊や美雨が居る。三人も俺と同じように自由がない生活を強いられてるのに一人で自由になんてなれない。仲間なんだ」

以前の春雪であればレオの言葉に甘えて自由を選んだ。
でも同じ月日を過ごす内に仲間意識が芽生えて自分が良ければいいとは思えなくなった。

「勇者を自分の意のままに操ろうとする嫌な人も多いけど、国王陛下やミシオネールさんやダフネさんのように親切で優しい人も居る。王太子殿下やセルジュ殿下やドナ殿下のように親しくしてくれる人も居る。直接会わなくてもグレース姫殿下のようにお菓子を贈ってくれる人だって居る。だから帰らないと」

その人たちが居るから帰る。
帰って訓練を重ねて天地戦に出る。
戦うしか選択肢がないのなら、この世界に召喚されてから出来た大切な人の未来を守るために。

「そうか」

では今まで通り見守ることにしよう。
極端な警戒心と極端な警戒心のなさを兼ね備えた変わり者の勇者を。

「春雪帰るの?」
「うん」
「えーやだ」
「ごめん。でも帰らないと」

抱きつくラングを撫でる春雪。
まるで兄弟のようだとレオは苦笑する。

「帰ろうといつでも会いに行ける。また話したいならば春雪の時間がある時に連れに行ってここに来て貰えばいい」
「他の場所だとこの姿になれないの?」
「ラングのこの体は仮の体だ。外では長く姿を保てない」
「そうなんだ。じゃあまたここに来るよ」
「本当に?」
「うん。約束する」

ここに連れて来た者は春雪が初めて。
会話できたことがよほど嬉しかったんだろう。
気に入った者だからこそなおさら。

「もしあの場所に居ることが辛くなったら言え。ここで暮らせばいい。そういう場所があると思えば少しは気も楽だろう」
「春雪ならいつでも歓迎だよ!」

そう言われて春雪は頬を緩める。
逃げ道を用意してくれたレオとラングの優しさに。

「ありがとう」

自由への選択肢をくれて。
喜びの伝わるその表情にレオとラングも笑みで返した。





「これで全部か」
「個人への聴取は明日の朝より行います」

報告書に目を通したミシェルは執務机へ乱雑に投げ捨てる。
居合わせた使用人や警備兵や護衛騎士、そして当事者の有識者や世話役たちに聞いたその大まかな内容だけでも酷すぎる。

「春雪は」
「部屋に戻ったあと訪問したところ出てくださらなかったと」
「なぜ行く。なおさら怒らせるだけだというのに」
「宿舎を抜け出すのではないかと」
「そうされてもおかしくないことをしたのは自分たちだろう」

冷たく言い放ったミシェル。
ご尤もな意見だ。

「少なくともダフネとは会話を交わしたようですが、会話はしていても終始元気のない様子だったと。有識者たちへ言った春雪殿の発言を見るに今まで相当耐えておられたのでしょう」

春雪は人の顔色を伺って争いを極力避ける。
その春雪が言葉を繕うこともなく感情のまま乱暴な言葉遣いをしたのだから、その怒りは計り知れない。

「怒って当然だろう。有識者や世話役が言ったことは大人しく自分たちの言うことを聞けと言っているのと同じだ。そのうえセルジュやドナはもちろん宮殿に仕える者を侮辱する発言もしている。自分たちの立場も弁えず調子に乗った愚か者どもが」

居合わせた者から集めた会話の内容は酷いもの。
よくぞまあここまで言ったものだ。

「他の勇者まで要望を言い出したらどうするなどと考えていたとは。あれこそまさしく黙って自分たちに従えという考えの透けた発言だ。セルジュの言った私物化という表現が一番合う」
「そうですな。国王に向けて口にする言葉としては過ぎたものではありますが、まさしくそれかと」

セルジュやマクシムが懸念していたことが早々に起きた。
しかも明日勇者たちと会談を行って各々から要望を聞く予定になっていたこの時に。
その要望によって講師はもちろん有識者や世話役も入れ替える必要があると話していたが、よりによってその前に。

「討伐には行かないと言われても文句は言えませんな」
「ああ。改めて頼みはするが、それすら断られても仕方がないことを有識者や世話役がしてしまったのだから」

春雪が怒って当然の発言の数々。
ドナが目覚めたことを聞いて宿舎を飛び出した春雪の行動など有識者や世話役のしたことに比べれば可愛いもの。
聞いてその足で飛び出したのだから、少なくとも行先が緋色カルマン宮殿であることは最初から分かっていたのだから。

「謹慎や接触を禁ずるのは認めないと言ってもこうなったか」
「陛下に却下されては有識者たちからそうするようには言えませんので、本人を責め反省させることで春雪殿の方から謹慎することや王子方と接触をしないことを言わせたかったのでは」
「そうであるなら有識者とは名ばかりの愚か者だな」
「そういう者も居ると分かっていたことではないですか」

有識者全てが愚かな訳ではない。
そう呼ばれるに相応しい者も居る。
今回のことも全ての有識者や世話役が関わった訳ではなく一部の者だけだったが、あの者たちのように腐った者は居る。

「国より金と権力か」
「左様で」

そういう者はいつ時代にも存在する。
どんなに国王が変わろうとも。
腐敗した者ほど狡猾なだけに全ての膿を出すのは難しい。

「もしくは単純に自分の意見が却下された八つ当たりですな」
「酷い話だ」

それはないと言いきれないところが恐ろしいが。
少なくとも今回の件に関わった者は勇者教育から外すとともに有識者や国仕えという立場からも解任し、王位継承権を持つ王子を侮辱した者として刑罰も課される。

「今日はここまでにしよう。明日の朝からまた頼む」
「はい。陛下も本日の訪問はお控えください」
「行けるはずがないだろう。怒らせた者たちの処分をくださないままどのような顔をして会えと言うのだ」
「余計な心配でしたな。では失礼いたします」
「ご苦労だった」

イヴが部屋を出て行ってミシェルは溜息をつく。
使用人の証言にあった春雪の発言の中で、最初に承諾したのは魔王の討伐だけと言ったあれは事実。
勇者教育はこの世界について知らない勇者たちが自分たちの能力を知るために受けていることで、外出を禁じられて従っていたのも自分たちの身を守る手段の一つだから。

最初は謝罪を口にして何も言わず頭を下げ有識者や世話役の話を聞いていたらしいが、それは自分が規則を破ったことを反省していたからこそ言い返すことをしなかったのだろう。
その黙っていることを幸いと数十名で責め立て、二重護衛になるため付き添わないことが当然のセルジュやドナを侮辱して宮殿護衛から剣を抜かれるところだったのだから救えない。

そうならないよう春雪が代わりに謝罪して頭を下げれば、『勇者に頭を下げさせるとは』と自分たちの発言がそうさせたことを棚にあげて責め、『これだから緋色カルマン宮殿に仕える者たちは信用ならない』と愚かなことまで言って遂に怒らせた。

他者を責めれば春雪が怒るのも当然のこと。
むしろ春雪はそこまでよく耐えたものだと思う。
それだけ自分のしたことを反省していたのだろう。

自分たちの発言で春雪が頭を下げることになったという自覚がなかったのか、自分たちより身分の高い勇者に頭を下げさせたことを他人のせいにして誤魔化したかったのかは分からない。
どちらにせよ有識者や世話役とは名ばかりの愚か者であることは変わらないが。

「明日の会談で顔を合わせるのが怖い」

勇者たちとの会談でどのような要望が出るのか。
今日の件で王都を去ると言われるのではないか。
言われても仕方のない状況になってしまった。

会談までたった一日。
勇者と自分の都合を擦り合わせて最短が明日だった。
もう一日早ければ、少なくとも春雪が有識者や世話役に囲まれ責め立てられるようなことは起きなかったと言うのに。

頭を抱えてミシェルはもう一度溜息をついた。





「気付かれていなかったか?」
「行く前と変わらないから大丈夫そう」

レオと黒蛇に戻ったラングに送って貰って自室に帰って来た春雪は、行く前と変わらない部屋の様子を見てホッとする。

「今度こそしっかり眠るように」
「うん。イライラしてたのが少し楽になった。ありがとう」

あのまま独りで居たら考えこんで眠れなかったかも知れない。
でも今はあの時より随分気持ちが楽になったから眠れそう。

「また会いに来る」
「待ってる。ラングもまたね」
「キューィ」

頭を擦り寄せるラングを撫でる春雪の頬に口付けたレオは微笑して大きな黒い翼で空高く飛んで行った。

自由気ままに生きるレオ。
まるで渡り鳥のよう。
それが少し羨ましい。

俺にも翼があれば自由に飛べたのに。
ないものねだりをしたところで意味がないけれど。

「月が綺麗」

空気が綺麗なこの世界では星や月がよく見える。
今日は特にハッキリとしていて綺麗だ。
それをぼんやり眺めていて寒さに身震いする。

「おやすみ。レオ。ラング」

春雪はそう独り言を呟いて部屋に戻った。
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