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第零章 先代編(後編)
離縁
しおりを挟む公爵家が去って数十分。
警備の軍人たちもさすがに三妃が献花式で何かを起こしてミシェルが先に帰還させたのだろうと察する。
もし三妃の都合で先に帰還したのであれば宮殿にも戻らずそこに立ったままで居るはずがない。
戻ってこの場で待つよう言われたのだろうか。
まるで見せしめのようになっているが。
そうさせたのであれば相当の不興を買ったということになる。
時間が経つほど三妃の怒りも増していることがわかる。
高いヒールを履いた足で地面を蹴ったり舌打ちをしたり。
それは小さな仕草や小さな音ではあるが、戦場で耳を澄まし敵の足音を聞くことに慣れている軍人には丸聞こえである。
印象のあまりない三妃だが、このような性格だったのか。
またしても三妃の希望通りに注目して貰えている。
悪い方向にだが。
居た堪れない気分の軍人たちに救いの光。
再び術式が光ったのを見て軍人たちはピシッと姿勢を正す。
「国王陛下へ敬礼!」
術式の上に姿を現したミシェルと子供たち。
胸に手をあて敬礼をした軍人たちの目が一点に向かう。
金色の髪と茶褐色の瞳の見目麗しい少女に。
いや、あの姿は勇者だ。
なぜ勇者が墓地から。
「警備ご苦労だった」
『はっ』
被害者の勇者が墓地から帰還したことに驚きはしたが顔には出さず、労いの声をかけたミシェルに深く頭を下げる。
「宮殿へ戻らなかったのか。待つよう言った覚えはないが」
三妃が立っていることに気付いたミシェル。
それを聞いて見せしめに待たされていたのではなかったことを軍人たちも知る。
「お戻りなさいませ、陛下」
「ミシオネールか。春雪殿を墓地へ転移したのは」
「左様で。せめて献花だけでもとのことでしたので」
大きな魔力二つを感じとってミシェルたちが戻って来たことに気付き転移して来たのはイヴ。
「十二分に配慮したつもりでしたが問題が?」
「いや。春雪殿には問題はない。真摯に弔ってくださった」
春雪殿には?
他に問題があったということか。
「ちょうどいい。寵愛宮殿を開けよ」
その名前を聞いてパッと春雪を見たイヴ。
寵愛宮は寵妃の中でも国王の寵愛の深い寵妃に与える宮殿。
その宮殿を与えられた寵妃は王妃にも匹敵する影響力を持つ。
ミシェルはもちろん先代の時にも閉ざされたままだったが、そこを開けろということはついに。
「そちらにフレデリクとロザリーとリーズの家財を運べ」
「……え?」
春雪に与えるのかと思えば全く予想していなかった名前が出てきたのだから、すぐに理解できるはずもない。
「母の私に相談もなくどういうことですか!」
感情剥き出しに大声をあげた三妃を見てイヴは即座に術式を描いて防音魔法をかける。
「陛下。老体に鞭を打つのは辞めていただけますかな?」
「すまない」
上官ではない軍人も居るというのに大声で。
お蔭で魔力の調整をする余裕もなかった。
「これは王命だ」
冷静ながらも怒りを含む声。
献花式でなにが。
「承知しました」
「待ちなさい!私は許可いたしません!」
「マリエル妃。王命に王妃の許可は必要ありませぬ」
王命は絶対の命令。
逆らうことは国王に背いて敵に回るということ。
「たった一度の失敗で愛する子供たちと引き離すなんて酷すぎます!陛下には血も涙もないのですか!」
ヴェールを地面に投げつけミシェルに怒鳴る三妃。
ビクッとした双子はまた春雪に必死の形相でしがみつく。
「母上お辞め下さい!ロザリーとリーズが苦しんでます!」
「なぜ私に言うの!何もしてないわ!」
また針になっているのだと察して双子をギュッと抱きしめた春雪と、双子に三妃の姿を見せないよう前に立った子供たち。
フレデリクは一歩前に出て三妃へ気を鎮めるよう訴える。
「春雪殿。すまないがミシオネールと一緒にロザリーとリーズを寵愛宮殿へ連れて行って貰えないだろうか」
「分かりました」
「春雪殿、転移を」
「はい」
ミシェルから言われて春雪は双子を抱きあげイヴと転移した。
「愛する子供たちという割にはロザリーとリーズが苦しんでいると聞き最初に発した言葉が何もしていないか。なぜフレデリクがそう言ったか分からずとも身を案ずる言葉がまず出るのが親の心理だと思うが、自分は何もしていないと否定する方が先とは三妃のいう愛は随分と薄情なものなのだな」
唇を噛んでミシェルを睨む三妃。
失敗をして恥をかきたくないという強い思いは我が子以上のものだったようだ。
「三妃へは当分の謹慎を命ずる」
「言葉のあや程度の失敗でなぜそこまで!」
「公爵家の前で失態を見せたこともたった一度の失敗で、愛児の心配より保身に走ったことも言葉のあや程度の失敗と言うのか。献花式で騒ぎを起こしただけでも充分な謹慎理由だが?」
三妃は怒りを露わにしてヒステリックに地団駄を踏む。
フレデリクには見慣れた光景だが初めて見た他の子供たちはその醜い姿に眉根を顰める。
「悔い改めよ。そうでなければ愛児たちに会うことは許さん」
「子供を奪うというなら離縁いたしますわ!」
そうだと思いついてパッと顔をあげた三妃。
ニヤリと口許を歪ませて離縁を申し出る。
「ではそうしよう」
「…………」
あっさり認めたミシェルに三妃は唖然。
「私が居なければ王妃が居なくなるのですよ!?」
「構わないが?」
「た、民が困りますわ!」
「困らないが。民の生活は何ら変わらない」
そう、何も変わらない。
居ても何もしていないのだから居なくなろうと変わらない。
「ピック卿には私から通達しておく」
「国王が離縁など!」
「歴代の国王にも離縁した者は居る。数年前には既に世継ぎを遺す責務は果たしていた。最後の願いを叶えてやろう」
王妃が居なくなるのは困るだろうと思い言ったことが本当に。
そういうところでも三妃の考えは浅はか。
ミシェルはカタにはまった国王ではない。
九つで国王となり数々の困難に立ち向かってきたのだから。
「フレデリク!貴方はイヤよね!?母が居なくなるなんて!」
自分ではミシェルに勝てずフレデリクに救い船を求める。
「申し訳ございません母上。離縁と聞いて安心しました」
「……え?」
「これでもう二度とロザリーとリーズに母上の醜い姿を見せずに済む。口汚い言葉を聞かせずに済む。それが私の本心です」
胸元の衣装をギュッと握り涙を落とすフレデリク。
幼い頃は自分も母上のことが怖くて父上が来る時だけが唯一の楽しみだったのに、それに慣れてロザリーとリーズにも母上はそういうものと諦めるよう言い聞かせてきた。
「今後地上は天地戦の前兆が増えて混乱期に入るでしょう。国王の父上はもちろん私も母上を気にする余裕がなくなります。二人を傷つける母上が傍に居ない方が私も安心できます」
母親に酷いことを言っている自覚はある。
けれど今後自分が不在の時間が増え母上とロザリーとリーズの三人で居る間に何かあったらと思うと怖くて仕方がない。
その時勇者さまが傍に居る可能性などないに等しいのだから。
だから父上も二人を守るため宮殿を分ける事にしたのだろう。
「ロザリーとリーズは今まで通り私と宮殿の使用人たちで協力して育てます。どうぞ母上はご自身の愛する者たちとの人生を生きてください。産んでくださってありがとうございました」
涙声で伝えるフレデリクの背中に手を添えたミシェル。
その覚悟は受け取った。
「離縁状は早急にこちらで用意する。宮殿に戻り荷物を纏めておくよう。幼い私の妃となって責務を果たし愛児たちを授けてくれたことに心より感謝する。今までご苦労だった」
呆然としている三妃へ胸に手をあて感謝を伝えたミシェルはイヴがかけた防音魔法を解除する。
「みなにも報告する。此度三妃と離縁する運びとなった」
防音魔法の中で話しているミシェルたちを周りで警護していた軍人たちも、さすがにそれには驚いた表情を見せる。
「離縁調印が済み三妃が宮殿を出るまでの期間、フレデリクとロザリーとリーズは寵愛宮殿を仮宿とする」
それで寵愛宮殿を。
あの宮殿は魔法で保護をかけているためすぐにでも使える。
仮宿として選ぶには最善の場所だろう。
「藍色宮殿まで三妃の護衛を。フレデリク、ロザリー、リーズの従者と侍女にはすぐに寵愛宮殿へ足を運ぶよう言伝を」
『はっ!』
次から次へと進めていくミシェル。
そこに一切の迷いはない。
本当に自分が居なくても困らないのだと、普段となんら変わらないミシェルの様子を見て三妃も今更に気付いた。
「どうした。そこに居ては日が暮れるぞ?軍人も暇ではない」
護衛を頼んだものの三妃が動かない。
まだ離縁前で王妃であり罪人でもない三妃を無理に引っ張って行くなど軍人に出来るはずもなく、三妃本人が歩いてくれるまではただひたすら待つしかない。
「離縁と言ったのは勢いですわ。どうぞお目こぼしを」
「国王へ離縁を申し出ることを簡単に考え過ぎではないか?」
陛下が離縁を言い渡したのではなく三妃から?
三妃の護衛に待っている軍人たちは驚く。
「民であれば諍いの中で言ったとて取り返しもつくだろう。だが三妃は王妃。言葉一つが民を左右してしまう立場にありながら勢いで軽率な発言をしたというならば尚のこと、王妃の自覚が足りないという証明だろう。目こぼし出来ることではない」
三妃の方から離縁を申し出た時点で手遅れ。
国王の妃であり国母である王妃が『そう言えば考えを改めるだろう』などと浅はかな考えで口にしていい言葉ではなかった。
「動かぬなら私が転移で連れて行こう」
「私が先に藍色宮殿へ行って術式展開して参ります」
「いや、ドナには寵愛宮殿の方を頼みたい。ミシオネールだけに任せてはまた老体に鞭を打つなと言われてしまうからな」
「……承知いたしました」
フッと笑ったミシェルにドナは苦笑して答える。
父上にとっては離縁を決めた王妃を連れて行くことより賢者さまに厭味を言われることの方が精神的にクるようだ。
「フレデリク。ロザリーとリーズを頼む。私もすぐに行く」
「承知しました」
「マクシムとセルジュとグレースは宮殿へ戻りゆっくり休め」
『はい』
フレデリクや子供たちへ伝えたミシェルは三妃の腕を掴んで転移した。
「離縁を口にするとは愚かな」
ミシェルに頼まれたドナとフレデリクも転移で寵愛宮殿へ向かい、残ったのはマクシムとセルジュとグレース。
マクシムは三妃の軽率な発言に今更ながら溜息をつく。
「王妃が申し出ることがどういうことか考えてないのだろう」
「父上は離縁するつもりではなかったのでしょうね」
「ああ。望んだのは悔い改めることだった」
離縁に至ったのは三妃の軽率な発言が原因。
ミシェルには離縁するつもりなどなく、三妃が悔い改めることでロザリーやリーズが苦しむことはなくなると考え謹慎を申し渡したが、三妃は愚かにも自分で自分の首を締めた。
「王妃不在となって大丈夫でしょうか」
「「何か問題が?」」
ピタリと重なったマクシムとセルジュの疑問。
偶然にも重なったそれにグレースは苦笑する。
「既に今でも王妃の代理はフレデリクやグレースが行っているではないか。式典の際に王妃が居ないというだけだ」
「民が驚くのも最初だけだろう。民が信頼を置くのは父上で王妃ではない。そうしてしまったのは他ならぬ王妃たちだ」
「王妃たちではなく正妃以外だろう?マクシムとグレースの母君は人格者だったではないか。私の母上や三妃と一纏めにしては失礼だ。正妃がご存命であればと私も思っている」
それはセルジュの本心。
国母として最も相応しい方が最も早く神に召された。
そこから王家の悲劇は始まった。
「なんにせよ三妃と双子は宮殿を分けることになっただろう」
「なぜですの?」
「公爵家の前で三妃は醜態を晒した。あの怯えようを見ればただ事ではないと分かる。女児といえ継承権を持つ者への愚行を公爵家が許すはずもない。今頃嘆願内容を練っているだろう」
話題を変えたマクシム。
グレースもその話題にのって理由を聞き納得する。
「嘆願するより先に離縁の報せが届くだろうがな」
公爵は貴族の最上階級。
国に大きく貢献している彼らには王家への嘆願が行える。
三妃と子供たちの宮殿を分けるか国王との離縁か。
そのどちらかを嘆願してくるだろう。
「セルジュお兄さま。無理をなさっておりませんか?」
「なんの話だ」
「お見送りしたばかりですのでお辛いのではと」
グレースの気遣いにセルジュはくすりとする。
子供たちの中でアルメルの死因を知っているのは王太子のマクシムと、その場に居て刑を執行したセルジュとドナだけ。
グレースはそれを知らない。
大罪人となっても血の繋がった母親。
病で亡くなったとあらば辛いだろう……ということなのだろうが、そう思えるのはグレースの母君がまともだったから。
盾や駒でしかなかった私たち兄妹にそのような感情などない。
「辛くない。悲しくない。ようやく解放されたと思っている」
母上を自分の手で処刑しても罪悪感もなければ後悔もない。
国のため民のため父上のため勇者のため、そして私たち兄妹のためにも母上は生きていていい存在ではなかった。
「強いていうなら辛くも悲しくもない自分に嫌悪感はある」
唯一思うのはそれだけ。
自分を産み18年という月日を過ごした母に剣を振り下ろす時にも、返り血を浴びた時にすらも一切心は痛まなかった。
そんな自分への嫌悪感ならばある。
「嫌悪感があるならばいいではないか」
「…………」
「辛くも悲しくもない自分を不快に思うのだろう?そうであるならセルジュの心は壊れていない。心の壊れた者は辛さや悲しさを感じない自分の異常さに気付かないものだ。すぐにまた第二王子としての役目が待っている。今日はしっかりと休め」
マクシムはセルジュの肩を叩いてひらりと軽く手を振ると歩いて行き、グレースもスカートを摘みカーテシーで挨拶をするとマクシムとは逆の方向へ歩いて行く。
空を見上げたセルジュ。
その口許には笑みが浮かんでいた。
・
・
・
「国王陛下!」
転移してきたのは三妃と国王。
藍色宮殿の門前に居た警備兵は国王の突然の訪問に驚き姿勢を正して敬礼をする。
「ご苦労」
そう労いの言葉をかけると門番が開いた門を入って行った。
「……お渡りのご予定は聞いていなかったよな?」
「ああ」
ミシェルと三妃が離れてから門番と話す警備兵。
今日は献花式で週に一度の食事会の日でもない。
この時間のお渡りは今までになかったこと。
「王妃がお一人になって心境の変化があったのだろうか」
「三妃を見なかったのか?そういうご様子ではなかった」
「陛下に目が行き見ていなかったがどういう意味だ?」
「よい理由でのお渡りではなさそうだということだ」
出る時にはしていたレースのヴェールもしておらず、不機嫌に当たり散らす時に見せる顔がハッキリと見えていた。
それだけでよい理由の渡りではないことは察せる。
「もう王妃はお一人しか居ないというのに一体何をしたのか」
「分からないが私たちの耳にもよい報せは届かないだろう」
ごく親しい者しか居ないから話せること。
藍色宮殿に仕えていて三妃の実の顔を知っているだけに、三妃が何かをして陛下の不興を買ったのだろうと溜息をついた。
一方藍色宮殿の玄関フロアでは。
「偉大なる国王陛下へご挨拶申し上げます」
「急な訪問で驚かせてすまない」
「光栄にございます」
門番からの魔導ベルが鳴り三妃たちが戻ったことを知って出迎えに来た家令と王子や王女の従者たちは、内心では驚きながらも姿勢を低くして挨拶をする。
「急ぎ報告がある。控えの間に上級使用人を集めよ」
それを聞きギョッとした使用人たち。
宮殿に仕える者を纏める家令だけでなく他の上級使用人にも聞かせる報告などただ事ではない。
「承知いたしました。早急に」
家令は従者や侍女に指示を出し、ミシェルと三妃をそのまま控えの間へと案内する。
これはこの宮殿を揺るがす報告になりそうだと思いながら。
国王陛下の徴集とあり数十分ほどで、宮殿長、執事、家政婦長、従者、侍女、厨房長、随行医などが控えの間に集まる。
「あまり時間がない。結論から話そう」
忙しい中を集まった上級使用人に仕事の手を止めさせたことを詫びたミシェルはそう話を切り出す。
「此度、三妃と離縁する運びとなった」
いきなりの大き過ぎる報告。
みな驚きの声は何とか堪えられたが表情は隠しきれていない。
「ついさきほど三妃の方から離縁の申し入れがあった。その願いを叶え早急に離縁状を用意し調印を行う」
なんということを。
王妃の方から離縁を申し出るとは前代未聞。
出来ない訳ではないが、国王がそれを受け入れるとは。
ただ分からないのは三妃の表情。
自分から離縁を申し出て望み通りになったというのに、なぜなのか離縁を突きつけられた側のように不機嫌な表情。
離縁を口にされた国王の方が逆に憑き物が落ちたかのよう。
「献花式の場で公爵家に失態を晒したことでの謹慎と子供たちの身を第一に考え悔い改めるまでの分宮を申し渡したが、それならば離縁をするとのこと。その願いを叶えることにした」
ああ……と察する上級使用人たち。
三妃が失態を犯すなど……と普段の三妃の姿を知る彼らが思うはずもなく、遂に国王の前で素顔を見せてしまったのだなと。
「ここからが諸君に集まって貰った一番の理由になるが、三妃がこの宮殿を出るまでフレデリクとロザリーとリーズを寵愛宮殿に仮住まいさせることにした。調印まで早急に事を進め早くこちらへ戻すつもりでは居るが、子供たちが三妃と接触せずに済むよう必要なものを寵愛宮殿へ運んで欲しい」
なんと子供たちのために寵愛宮殿を解放したと言うのか。
あの宮殿は歴代の国王も寵愛を注ぐ寵妃にしか足を踏み入れさせなかったと言うのに。
「陛下。恐れながら質問の許可をいただけますでしょうか」
「ジルか。申してみよ」
「感謝申し上げます」
フレデリクの執事兼従者のジル。
国王軍の第一騎士団に属する侯爵軍人の次男。
「寵愛宮殿に仮住まいするとのことですが、私どもはその期間殿下方にお仕えすることは出来ないのでしょうか」
気になったのはそこ。
寵愛宮殿が特別な場所だからこそ、この宮殿で仕える者は足を踏み入れることが許されないのではないのかと。
「フレデリクに仕えるジル、ロザリーとリーズに仕える侍女には寵愛宮殿へと行って貰う。その他にも数名はあちらで三人に仕えて貰いたい。その数名の推薦は各上級使用人の諸君に。最終的な判断や配置は家令のノエルに一任する」
「かしこまりました」
この宮殿からも選出できると聞いてホッとする使用人たち。
分かり易く安心した表情に変わった上級使用人たちにミシェルはくすりと笑う。
「酷すぎますわ。母から子を奪うなんて残酷なことを」
王城庭園から一切口を開いてなかった三妃はここにきてしくしくと泣いて見せる。
「可哀想なロザリーとリーズ。まだ幼いのに母から引き離されてあの子たちはどれほどの傷を心に負うか」
ハンカチで目許を押さえてそう訴える。
「そうだな。三妃が子を傷つけない母親であればの話だが」
「私は傷つけたりなどしておりません!」
肘置きに肘を着き頬杖をついて言うミシェルに噛みつく三妃。
国王陛下になんという態度をとハラハラする上級使用人たちを他所に言葉を続ける三妃。
「子供たちは私が連れて行きますから!」
「ほう。王位継承者を城から連れ出すと言うか」
「その前に私の愛する子供たちですもの!」
その訴えを聞いて呆れた顔をするミシェル。
産まれた子は王位継承者であり、如何なる理由があろうとも他で育てることは出来ないと調印を交わしているというのに。
「嫁いできた三妃と違い国王の私の血を継いだ王位継承者を城から連れ出すなど許されるはずがないだろう。成婚の際に子は王位継承者として育てることに調印しておきながら、なぜ軽率にも離縁などと口走った。先に離縁を口したのは自分だろう。法を破るのか?それとも法を変えよと申しているのか?」
ピリリとした空気。
王妃が離縁をして城を出ようとも、国王の血を継いだ王位継承者である子供を外に連れ出すことは認められていない。
国や民の子供として育てられるからだ。
「陛下は血も涙もない冷酷な国王ですわ!」
「マリエル妃!陛下へお言葉が過ぎます!」
さすがにその発言は無視出来ず不敬承知で口を挟む家令。
一国の主を冷酷な国王と罵ったのだから。
「好きに言わせてやれ。今この時は罵りを受け入れよう。嫌だ怖いと必死の形相で他者へしがみつき助けを求める愛児を見ても手を離さない者に冷酷と罵られようとも響かない。それでいて愛する子という言葉を多用するとは何の冗談だと思うがな」
ああ、遂に陛下も知ってしまったのだ。
三妃が暴力的な人物であることを。
うっかりヒステリックな素顔を見せてしまったなどという話ではなく、子供たちに対して非道な言動をしていることを。
これは三妃が国王を見限り離縁するのではない。
事実を知った国王が三妃を見限り離縁するのだ。
口にしたのは三妃でも、実際に見限ったのは国王の方。
三妃と国王の表情が逆に感じた理由を理解した上級使用人たちには納得の離縁理由だった。
「たった一度のことでなぜここまでの仕打ちを受けなければならないのですか!陛下はあの勇者を寵妃にしたくて私が邪魔になっただけでしょう!?だから子供たちを利用して離縁を!」
その発言にミシェルの眉がピクリと動く。
「あの勇者は人々を惑わす魔法を使うという魔人なのではなくて!?そうでなくてはあんなにも注目を浴びるなんておかしいですわ!王妃の私が居るのに人々の目が行くなど有りえ」
話も途中にジルの手で椅子から床へと倒された三妃。
後ろ手に捕らえられて床に押し付けられる。
「……なにをするの!王妃の私にこのよ」
「三妃」
一瞬何が起きたか分からなかった三妃はすぐに自分の状況に気付いてジルに怒鳴り、その声を遮ってミシェルが口を開く。
「貴様はいま自分が何を口走ったのか分かっているのか」
椅子にどっかりと座ったまま、床に押し付けられている三妃を冷ややかな目で見おろすミシェル。
「陛下は勇者を好いているのでしょう!?」
「そこではない。勇者をなんと言った?」
「なん……」
改めて自分の発言を振り返り真っ青になる三妃。
「い、勢いですわ!陛下が勇者を可愛がるものだから嫉妬し」
言い訳の途中で目の前の床に突き刺された剣。
風を感じるほど近くに突き立てられた剣に三妃は失禁する。
「私なら何もしてこないだろうと思っているのか?」
三妃のすぐ傍に剣を突き立てたのはミシェル。
金色に変わった瞳が見下すように三妃へと向けられている。
「精霊族の宝であり英雄でもある勇者を魔人だと?勢いと言えばどのような発言をしても許されるとでも思うのか」
使用人はもちろん三妃も初めて見るミシェルの姿。
普段は国王として感情を表に出さないミシェルが怒りのあまり黄金神眼になっている。
「なにが嫉妬だ。嫉妬するほどの愛などないだろう。ああ、それとも勇者の美しさに嫉妬しているのか。誰よりも注目を浴びたい自分には誰も注目してくれないというのに、質素な衣装で装飾品一つ身につけていなくとも注目を浴びてしまう勇者に」
そう言ってミシェルは皮肉に口許を歪ませる。
「勇者を寵妃にしたいから子供を利用して離縁をだと?自分から離縁すると申したことを忘れたのか?事実を歪め私から言い出したかのように話すことで自分の失態で離縁になったのではないと言いたいのか?どこまでも自己保身が一番とは呆れる」
失敗して恥をかくことを恐れて、いざ失敗したら人の所為。
三妃のマリエルはそういう性格。
「今回ばかりは首を落とさずにいてやろう。今後も愛児たちが暮らす宮殿を血で汚したくはない。貴様の発言はこの場で国王の私から粛清されるほどの愚言だったことを覚えておけ。私を罵ることは許したが勇者を罵ることを許した覚えはない」
床から剣を抜いて剣帯に戻したミシェル。
それでもなお瞳の色は黄金神眼のまま。
「ジル、離していい。ご苦労だった」
「はっ」
ジルが三妃の言葉を遮り床へ倒したのはミシェルの指示。
本来は護衛がやることだが今ここに騎士は居ない。
そのため武闘に覚えのあるジルに目で合図を出した。
「貴様は私にたった一度の失敗でと言ったな。たった一度今回初めてしたことでロザリーやリーズがあれほど怯えるのか?離縁になって安心したとフレデリクが涙を見せるのか?」
フレデリク殿下がそのようなことを。
お優しい方だけにそう思ってしまう自分に傷付いただろう。
そう胸を痛める上級使用人たち。
幼い頃はご自身も耐え今は姫殿下を気遣うフレデリク殿下だからこそ、離縁で安心するのも理解できる。
「私が謹慎を言い渡した理由や離縁を受け入れた理由が、泣き叫んで嫌がるロザリーとリーズを怒鳴りつけ強引に首元を引っ張り勇者殿から引き離そうとした行為よりも公爵家に見られたからとでも思っているのか?だからたった一度の失敗などという愚かな言葉が出てくるのではないか?」
またそのような酷いことを。
家令のノエルは洩れそうな溜息をのむ。
フレデリク殿下が成年を迎えてからはお二人を連れスッと三妃から離れてくださるようになったが、それまでは間に入って止める使用人たちが怪我をすることも珍しくなかった。
私の左腕が不自由になったのもそれが理由。
「三妃には愛児たちを授けてくれたことへの感謝があった。愛児たちから母を奪うことも避けたかった。だから愛児を立派に育ててくれるのならばと王妃の公務や失態については目を瞑ってきたが、今回普段から愛児たちへ非道な行為を行っている様子が垣間見えたことでそれすらも出来ていなかったことが分かった。私が離縁を決めたのは一度の失敗でも一度の言葉のあやでもない。理由をつけ公務に出ない、愛児を育てるどころか傷付ける。そのような王妃や母は不要と判断した」
三妃が居ることで正どころか負になっている。
例えフレデリクやロザリーやリーズから母親を奪うことになろうとも、国から王妃が居なくなろうとも、これが最善の選択。
「ピック卿には事実を伝える。だが民には私から離縁を申し出たことにしよう。それが私からの最後の慈悲だ。尤も公爵家が事実を知っている限り、事実を歪め保身に走ろうとしても無駄だがな。ピック伯爵家は今後貴族界で肩身が狭くなるだろう」
貴族の最上階級である公爵家。
彼らの前で王位継承者への愚かな振る舞いを見せるということはそれほどの大きな犠牲を払う。
「ノエルとジルと双子の侍女はまず寵愛宮へ行き本人から持ち込む物の希望を聞いて欲しい。諸君には暫し藍色宮と寵愛宮の掛け持ちで忙しくさせてしまうが、愛児たちをよろしく頼む」
椅子から立ち上がって上級使用人へ頭を下げたミシェル。
国王が頭を下げるという行為に彼らはギョッとする。
「我々下々の者にも温かいお心遣い恐悦至極に存じます。私ども藍色宮殿の使用人にとってフレデリク殿下やロザリー姫殿下やリーズ姫殿下にお仕えできることは幸福であり誇り。殿下方には快適にお過ごしいただけるよう尽力して参る所存です」
そう口にして最上級の礼をしたノエル。
他の上級使用人たちも姿勢を低く最上級の礼をする。
「期待している」
「光栄にございます」
国王からの期待。
それは重大な責任であり誉でもある。
上級使用人たちは改めて気の引き締まる思いだった。
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転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
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ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
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世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
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新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
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「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
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僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
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この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
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バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
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バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
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公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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