ホスト異世界へ行く

REON

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第零章 先代編(後編)

見学訪問

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二妃が崩御して十一日目。
前日に服喪期間のあけたその日に国から新たな発表があった。

・第二王妃アルメル
本日を以てヴェルデ王家より除籍する。
・第三王妃マリエル
本日を以て離縁、王妃位の剥奪、ヴェルデ王家より除籍する。

「なんて書いてあるの?」
「アルメル妃が王家から除籍されたってことと、マリエル妃が陛下と離婚して王家から除籍されて王妃位も剥奪されたって」
「え!アルメル妃の除籍は分かるけど離婚!?」

文字を読めない人は読める人から立て看板の内容を聞き驚く。
国王と王妃の婚姻関係は一般国民と違って『崩御後も除籍しない限り身分は王妃のまま』という決まりがあるため、永訣えいけつした二妃の方は王妃の位から外すための除籍だと分かるが、同時に発表された三妃との離縁には国民も驚かされた。

「国王と王妃って離婚できたんだ」
「出来る。ただ俺たち一般国民とは違って複数の公爵家が認めないと勝手に離婚は出来ないらしいから、今回はそれだけの数の公爵家が認めるような何かを三妃がしたんだと思う」
「へー。何をしたんだか。どんな人だったか印象にないけど」

そう話すのは冒険者。
国王が離縁を申し渡された側だとは思いもしない。
何故なら国民にとってミシェルの存在は、幼い頃から自分たち国民のことを考えてくれているなのだから。
ミシェルに非があって離縁になるなど頭を掠めもしない。

「もうブークリエには王妃が居ないってことだよね」
「居るよ。正妃のブランディーヌ妃は除籍されてないから」
「形としてはそうだけど、ご公務はどうするのかなって」
「代理をたてるでしょ。グレース姫殿下もおられるし」
「そっか。二妃が病に伏せてからは殿下方が行ってたもんね」
「うん。三妃はそもそも式典でしか見たことない」
「あれ?そう言えば私も他で見たことがないかも」

公務は王妃の権限を国王に戻して代理を立てれば良い。
式典もただ座っていただけだから居なくなっても困らない。
故人ではあるもののは居るのだから何の問題もない。

「陛下と言えばご寵妃さまをお迎えしたって噂は聞いた?」
「そうなの!?」
「噂だと金の髪と茶褐色の瞳のとびきりの美人らしいよ」
「やっぱり美人かぁ。陛下が見初めるほどの女性だもんね」
「陛下もまだまだお若い二十代だもの。王妃の三人は国のための結婚相手だったし、ご寵妃さまと幸せになって欲しい」
「言えてる。いつも私たち国民のために身を粉にしてくださってる陛下が安らげるお相手だと良いね」

若い女性たちは国王と寵妃のロマンスで盛り上がる。
実際には寵妃など居ないのだが。
女性の装いをしている時の自分の存在が、いつの間にかあらゆる人から寵妃だと勘違いされていることを春雪は知らない。

「まさか寵妃に何かしたことが離縁の理由だったり」
「ちょっと辞めてよ。怖いこと言わないで」
「だって国王と王妃の離縁って余程だよ?先帝の例もあるし」
「嫉妬してってこと?陛下と三妃の年齢差で愛なんてある?」
「そういう嫉妬じゃなくて、寵妃さまが王妃の自分より可愛がられてることが気に入らなくてとか。王妃のプライド?」
「やだ。有り得そう」

御触書の傍に居る警備兵には聞こえないようコソコソ。
実は警備兵にも聞こえているが、調印が済んで三妃はもう王妃ではないためへの侮辱にはあたらず黙っているだけ。

警備兵は女性たちが話している人物が春雪だと知っている。
ただ女性たちは寵妃と勘違いしているのが実は勇者と知らずに話しているのだから、勇者を侮辱したことにもならない。
国王や勇者を侮辱する発言でないならば何を話そうと自由。
彼女たちが貴族令嬢を侮辱する発言をしていようと、その場に本人が居て警備兵に命じない限り発言を咎める理由はない。

「あ。私まだ買い物の途中だった」
「私もこれから新しい靴を買いに行くところ」
「じゃあまたね」
「またね」

立て看板を確認した後は少し雑談して去って行く。
それが多くの一般国民の反応で、警備兵にも驚きはない。
民の間で王妃の存在感が薄いことは国に仕える警備兵でも知っているため、家族団欒の際にふと話題にのぼる程度の内容であることは最初から分かっていた。

そんな御触書が出された一方で……。





訓練校の生徒たちは緊張した空気に包まれている。
何故なら勇者と勇者一行が訓練の見学に来ているから。
前回春雪が訪問した時は採血や採取が目的だったため勇者だとは知らされていなかったが、今回は勇者が見学に来ると数日前に知らされた上で今日を迎えている。

一般国民は勿論、貴族でも勇者を見る機会など国の行事だけ。
やっていることは普段の通りの訓練であっても、それを勇者が見ているとあらば緊張するなという方が難しい。

「やはりセルジュ殿下の実力は一つ二つ抜きに出ているな」
「うん。俺たちが見てるから普段の実力が出せてない生徒も多いだろうけど、それを差し引いても実力の差は明らか」

そう話すのは時政と春雪。
訓練場では今グループごとに分かれて模擬戦や素振りとそれぞれ決められた訓練を行っているが、セルジュの居るグループはセルジュを相手に他の生徒たちが交代で模擬戦を行っている。

「見ているとソワソワしてくる」
「ソワソワ?」
「ここは私ならこう戦うのにと歯がゆい。こうも手加減していてはセルジュ殿下の訓練にはならないだろうに」

それを聞いて春雪はぷッと吹き出して笑う。
さすが四六時中剣を振って鍛えているだけあって、模擬戦を見つつ自分が戦った場合のシミュレーションをしているらしい。

「まあセルジュ殿下が訓練するには王宮騎士クラスの人が相手じゃないと厳しいだろうね」

模擬戦をするにも実力差が大きく、他の生徒の訓練にセルジュが付き合っているだけの状況になっていることは間違いない。

「俺は王太子殿下の方を見てくるけど時政さんはどうする?」
「私も行こう。一緒に行動しなくては護衛が困るだろう」

科の違うマクシムは実技訓練中のここには居ない。
次はマクシムの方の講義を見に行きたい春雪が立ち上がると時政も一緒に立ち上がる。

「半々で大丈夫だと思うけど。人数多いし」

正式に勇者として訪問している今回は春雪が極秘で訪問した前回と違って、鎧を身につけた王宮騎士が五名とローブを身につけた魔導師の五名が護衛として付いている。
それプラス外のあらゆる所に警備兵も居るんだから、護衛が半分に分かれたところで問題はなさそう。

「別々に見学しても構わないか?」
「はい。勇者さま方の御心のままに」

既に柊と美雨は別行動で魔導校の見学に行っている。
訓練校や魔導校問わずあらゆる講義を見学することが今回の訪問の趣旨で、たまたま時政と春雪が見学を希望したのが実技訓練だったから護衛たちも一緒に行動しただけ。
本来は勇者一人につき五名の軍人が護衛に選ばれている。

「だって。時政さんは戦術云々より実技の方が好きだろうし」

マクシムの居る指揮官科は頭脳派。
時政はあらゆる戦い方を学ぶ肉体派の兵士科の方が好きだろうと思い言うと、時政から苦笑で返される。

「有難く残らせて貰おう。正直頭を使う講義は得意ではない」
「了解。じゃあまた後で」
「ああ」

柊や美雨とも正午に集合する予定になっているから
春雪の護衛に選ばれている五人の騎士や魔導師を連れて訓練場を出た。

「王太子殿下の居る講義室への案内を頼みたい」
「承知いたしました」

護衛の五名の他にも訓練校の講師が一人。
校内の案内役として居る講師にマクシムが受講している教室へ案内して貰う。

「立派な講義館だ」
「ありがとうございます。訓練校も魔導校も国の援助と貴族の寄付で成り立っております」

前回来た時は講堂を見学する前に問題が起きてしまったから、春雪にとっても内部を見るのは初めて。
マクシムの居る教室に向かいながらも講師が設備について説明してくれた。

「講義中ですので後ろからの入室でも宜しいでしょうか」
「そうして欲しい。講義の邪魔はしたくない」
「お心配り感謝申し上げます」

案内されたのは三階の講義室。
入る前に講師から軽く説明を受けたあと、講義室の扉の前に居た警備兵が静かに扉を開ける。

そう気遣い入室したものの生徒たちは春雪の姿に釘付け。
今日は勇者や勇者一行が訓練校や魔導校の見学に回ることは既に知らされていたものの、実際に自分たちの講義を見学に来たとなればつい見てしまうのも仕方がない。

勇者装備を身につけた見目麗しい勇者。
女性……いや、男性?
性別の判断に迷うものの、この世で尤も美しい宝石と呼ばれる黒曜石のような艶やかな黒髪と闇のような黒い瞳や、すらっと背が高く得も言われぬ独特の雰囲気があるその姿はと表現するに相応しい。

教壇で発表している最中だった生徒たちもつい無言に。
そんな生徒たちの様子を見て講師は咳払いをする。

「ようこそお越しくださいました勇者さま」

講義中に話すつもりはなかったが、この様子では何も無かったように講義を続けたところで生徒たちは勇者を眺めるのに夢中なままだろうと思い講師はあえて挨拶をする。

「授業を妨げてすまない」
「とんでもないことにございます。勇者さまに足をお運びいただけるとは光栄の極み。席はご用意しておりますので、是非ご着席のうえごゆるりと見学していただけましたらと存じます」
「感謝する」

胸に手をあてて感謝を伝えた春雪。
仕草や口調は男性、けれどその声はやはり性別に迷う。
国民の間では男性だと言う者も居れば、勇者の威厳を持たせるために女性が男性のように振る舞っているのだろうと言う者も居るが、こうして肉声を聞いた生徒たちにも判断できない。

「勇者さま、どうぞこちらのお席へ」

立ち上がったのはマクシム。
最後尾に位置する王太子の隣が
最後尾のその席はマクシムが座っている席以外全て空席。
他の生徒と一緒にする訳にはいかないと考えてのことだった。

「講義を妨げて申し訳ございません。お隣失礼いたします」
「光栄です」

胸に手をあて短い会話を交わす王太子と勇者。
貴族家の子供たちから見ても二人のその姿は別格。
品のよい二人は静かに席につくと、五名の騎士や魔導師たちもその後ろに護衛としてついた。

「さあ、発表の続きを」
『は、はい!』

すっかり勇者に見惚れていた生徒たちも講師の声でハッとして途中になっていた発表を続ける。

「今は魔物の分布図による発表が行われております」
「ありがとうございます」

授業の邪魔にならないよう小さな声で説明するマクシムは、春雪にも見えるよう真ん中にスクロールを置く。
地図やその地に生息する魔物の名前が書かれている。

「魔物の分布図……。初めて見ました」
「魔物学は勇者教育に入っておりませんからね」
「はい」

魔物学というものがあることすら初耳。
それもそのはずで、本当は実戦訓練以外に勇者を魔物と戦わせる予定ではなかったから勇者教育の講義からは外されている。

緊張が伝わる生徒たちの発表を真剣に聞く春雪。
今回の訪問は天地戦の混乱期に入る前に生徒たちへ勇者の存在を直接見せることで安心感を持たせることが真の目的。
混乱期に入ると言うことは開戦が近いと言うことで勇者たちはなおさら見学などする気分ではないだろうと思っていたが、存外学ぶことがお好きなようだとマクシムはくすりとする。

せっかく真剣に聞いているのだから邪魔はしないでいようとマクシムも改めてメモを取りつつ発表を聞いていた。


「本日の魔物学はここまで」

二組の発表が終わって刻の鐘が鳴る。
形式的にどころかしっかり最後まで講義を見学した春雪は、講義が終わり動き出した生徒に釣られるように背伸びをする。

「お疲れですか?」
「あ。王太子殿下の前で御無礼を」

普段勇者教育の講義が終わった時のように素で背伸びしていた春雪は、マクシムに声をかけられてハッと見学に来ていたことを思い出して急いで両手をおろす。

「私だからとお気遣いは不要。今は私も生徒の一人ですので」
「お目こぼし感謝申し上げます」

少し照れくさそうな春雪にマクシムの表情も緩む。
珍しい気の抜けた姿を見ることができて、マクシムとしても別の意味で満足な講義になった。

「この後のご予定はお決まりですか?」
「いえ。午前中は訓練校の講義を見て回って、午後は魔導校を見て回ろうと考えております」

どこを見学するかは勇者の自由。
生徒たちはどこかの講義で勇者たちが見学に来るかもとだけ聞かされている。

「では少しカフェテリアにお付き合いくださいませんか?」
「カフェテリア?次の講義に間に合うのですか?」
「私が受講する次の講義までは時間が空きますので」
「ああ、そういうことでしたら是非」

訓練校の講義は大学と同じく希望する授業を自分でとる。
幼い頃から家庭教師の居る王家の子供たちにとって、訓練校や魔導校とは民の生活に触れ合う場所という意味合いが強い。
そのため必要以上の講義は受けない。
受けずとも訓練校や魔導校で学ぶ以上の教育は受けている。

護衛騎士に護られ講義室を出る春雪を見る生徒たち。
勇者で英雄でもある人物へ気軽に近付くことは出来ないが、直接見ることができただけでも光栄なこと。
一秒でも長くと眺めていると春雪が扉の前で足を止め、講義室の中に居る生徒たちに向かって胸に手をあて軽く頭を下げた。





「見まして?勇者さまがワタクシたち生徒に頭を」
「ええ。なんと光栄なことでしょう」
ワタクシ両親に自慢いたしますわ」
「あら自慢だなんてはしたない。でもお気持ちは分かります」

春雪が講義室を出たあと今更ながら話題に花が咲く生徒たち。
勇者で英雄でもある春雪からすれば貴族令嬢も一般国民も同じ下の身分でしかないのに関わらず、生徒たちへ丁寧に礼を尽くして去った春雪の好感度はうなぎのぼり。

「凄い存在感だったな」
「まるで陛下を前にしているかのようだった」
「たしかに。だが身分を鼻にかけることもなく礼までも」
「私たちの発表にも真剣に耳を傾けてくださっていた」
「勇者さまは素晴らしい人格者と知ることができて良かった」

貴族の令息たちも春雪の話題に花を咲かせる。
言葉どころか目すら合っていなくとも、勇者の姿を直接見ることができると言うことは大きな意味を持つ。
みな子供の頃に勇者の英雄譚を読み育って来たのだから。

新星ノヴァ祭でも拝見したが、近くで見ると尚一層お美しい」
「ああ。男性にその表現が正しいかは分からないが」
「男性?女性だろう?」
「いや、男性だろう?」

生徒たちの話題はそこにも。

「男性でしょう?お言葉がそうでしたもの」
「口調は男性のものだったがご尊顔を見るに女性だろう」
「女性にしては背が高くないか?私よりもあったように思う」
「背丈はあてになりませんわ。男性でも小柄な方も居ますし」
「たしかに背丈ではな。容姿で判断すれば女性だと思うが」

性別の判断は意見が割れる。
春雪の身体はどちらの生殖器もあるため、どちらも正しいと言うのが唯一の正解なのだが。

「王太子殿下と親しそうだったね」
「うん。身分も釣り合うから気兼ねなく話せるんじゃない?」
「英雄になったから勇者さまの方が上の身分じゃないの?」
「あれ?そっか。勇者さまの上の身分は国王陛下だけだね」
「そうそう。身分関係なく言えば勇者さまが唯一無二だけど」

そう話すのは一般国民の生徒たち。
魔王を倒せるただ一人の存在である勇者は、他に代わりの居ない重要人物。


生徒が自分の話題に花を咲かせていることなどつゆ知らず、春雪は廊下に出ている生徒たちから注目を浴びながらもマクシムの案内で四階のカフェテリアに着いた。

「広っ」

辿り着いたカフェテリアの規模に驚く春雪。
白を基調とした洒落たテーブルや椅子がずらりと並んでいる。

「昼食の時間になると生徒たちが食事に来ますので」
「訓練校の食堂がここなのですか?」
「他にも二か所ありますが、ここは貴族が利用します」
「一般国民は利用できないのですか?」
「国民階級で区切りをつけている訳ではないのですが、一般国民は主に一階にあるお手頃な価格のカフェテリアの方へ」

なるほど。
訓練校や魔導校では国民階級の垣根はないと聞いて居たのに分けているのかと思えば、このカフェテリアの値段が一般国民が利用するには厳しいから来ないと言うことのようだ。

「勇者さまは何を召し上がりますか?」
「えーっと……じゃあスコーンを」
「ん?この時間にお食事なさるのですか?」
「え?あ、飲み物ですか」

ケースに入ってずらりと並ぶ菓子を眺めていた春雪は、一人で食べる気満々だったことに照れる。

そんな春雪のはにかむ表情がマクシムに突き刺さる。
照れている姿がなんと愛らしいのかと。
つい今の今まで勇者の威厳を漂わせていたと言うのに。

二人の会話を黙って聞いている護衛騎士たちも思わず和む。
いざ戦いになると恐ろしいほどの強さを発揮すると言うのに、こうして肩の力が抜けている時にはギャップが大きい。
次の国王となる王太子と勇者の仲がよいのは好ましいことだ。

「昼食に響きますので少しだけいただきましょうか」
「……なんか食い意地がはってるみたいで恥ずかしい」

手で顔を隠す春雪にマクシムは笑う。
以前は出会う人全てが敵かのように警戒していて距離感を感じていたが、すっかりこの世界にも慣れたようで少し素の出ている春雪を見れることが嬉しかった。





一方魔導校では。

「デケー」

実験施設を見学に来た柊と美雨。
真ん中に置かれている巨大な機器を見上げて柊は感動する。

「ガムのガチャマシーンに似てない?」
「え?感動が薄れる」
「おデリケート」

ガムガチャマシーンの巨大版。
透明な球体ガラスの中身は赤と黒の何かが入っている。

「何か始まる?」
「みたいだね」

巨大なガムガチャマシーンにある梯子を登る生徒。
白衣を着ているその生徒が梯子の上まで登り何かをしている。

「あれは何をしてるんですか?」
「あの場所にこちらの設備の操作盤があります」

下からでは白衣の生徒が何をしているのか分からず、案内で付いている魔導校の講師に聞く柊。

「生徒がこの巨大な機械の操作を?」
「機械?」
「あれ?この世界では機械って言わないのか」
「この世界の人はアレをなんて呼んでるんですか?」
「設備の名前でしたら錬金術アルシミーと名付けられております」
「「錬金術アルシミー」」

ガムガチャマシーンの名前は錬金術アルシミー
その名前だけで一気に化学っぽくなってきた。

「大掛かりな実験なのに平気なんですか?生徒に操作させて」
「こちらの設備の開発者がドナ殿下ですので」
「「ドナ殿下が?」」
「はい。ですのでドナ殿下があのように操作を行います」
「「え!?あれドナ殿下!?」」
「え?はい」

白衣を着た男子生徒。
長い前髪で顔が隠れている上にダボッとした白衣姿。
研究者を想像すると真っ先に出てきそうな身なりを気にしていないモサっとしたその生徒がドナと知り、柊と美雨は他の何よりも驚いた。

「ドナ殿下は私の中で優男NO.1の爽やか王子だったのに!」
「まあイケメンだよね。言われてみれば髪が赤いや」
「赤髪なら他にも居るのにそれで気付けなんて無理だし!」

二人が知っているドナは王子仕様に着飾った時の姿。
赤い髪の人はこの世界で珍しくないのだから、髪の色だけでドナと気付けるはずもない。

「「!?」」
「始まるようです」

警報音が鳴りビクッとした柊と美雨。
異常を報せる音かと思えば起動を報せる音だったらしく、講師から聞いてホッとする。

「炎?」
「うん。中に入ってる物を燃やすのか」

錬金術アルシミーの内部にある数カ所の噴出し口から炎が出る。
沢山入っている赤と黒の何かを燃やすようだ。

「焼却炉的な……訳ないか」
「そもそも何が入って、って、ええ!?」

興味津々に眺めていると透明ガラスの中で起きた爆発。
一度爆発すると何度も爆発を繰り返している。

「すげー!」
「怖い怖い怖い」

迫力満点の光景に柊は興奮して美雨は柊の腕を掴む。
今にもガラスが割れて大惨事になるのではないかとハラハラ。

「どうぞ御安心ください。爆発に耐えられるよう設計されておりますし、設備の周りには物理防御がかけられております」
「そ、そうなんですか。良かった」

言われてみれば生徒たちは錬金術アルシミーの傍に居る。
設備とは距離のある美雨たちが大惨事に巻き込まれるような危険なものならば、生徒たちが平然と見ているはずもない。

「ん?何だあれ」
「ドロドロになっちゃった」

爆発が終わり炎も消えると、透明ガラスの中の三分の二ほどを占めていた赤と黒の何かがドロドロの液体に。

「今回は廃棄物となる使い物にならない大きさの魔鉱石を金属に変えるための設備実験をしているのですが、この設備が完成した暁には国の工業が大きく発展することでしょう」

目を輝かせて説明する講師。
今までは廃棄することしか出来なかった魔鉱石を金属に変えられるとあらば、高価で早々使えなかった金属をもっと気軽に利用できるようになる。

「……ドナ殿下凄すぎない?」
「天才か」
「ええ。ドナ殿下は素晴らしい研究者です。魔鉱学は専門外に関わらずこのような素晴らしい設備を設計するのですから」
「え?専門外?」
「ドナ殿下の専門は薬学ですので」
「「……天才」」

まさしく天才。
魔鉱石の配分を考えたのも錬金術アルシミーを設計したのもドナ。
行き詰まっていた魔鉱学の研究員から頼まれてのことだった。

後は錬金術アルシミーの中で一日攪拌するらしく、梯子を使い降りてきたドナの周りに講師や生徒たちが集まる。
ここからでは聞こえないが何か説明しているようで、スクロールを持った生徒たちに錬金術アルシミーを指さしながら話しているドナの様子を見ていると刻の鐘が鳴った。

「見学に来なかったら絶対見れなかった実験だったね」
「うん。面白かった」

魔法の実技訓練を期待して魔導校に来たものの今時間はやっていないと聞いて変わりに実験を見に来たけれど、勇者教育では教わることがない内容の実験が見れたことに二人は満足する。

「聖女さま、魔導師さま」
「「ドナ殿下」」
「ご挨拶申しあげます」

講義が終わって休み時間に入ると二人が見学に来ていたことに気付いたドナが来て、互いに丁寧な挨拶を交わす。

「剣士さまと勇者さまはご一緒ではないのですか?」
「二人は訓練校の見学に行ってます」
「別々に行動なさってるのですね」
「はい。各自で興味のある講義の見学に」
「そうでしたか」

春雪は訓練校に行っていると知りガッカリするドナ。
尤もガッカリしたことなど微塵にも表情に出していないが。

「ドナ殿下凄いですね。あのような設備を思いつくなんて」
「私はただ案を出しただけです」
「「謙虚」」

国の発展に繋がる凄い発明なのに謙虚な。
元から高いドナの好感度がますます上がる二人。
魔法の才能もあって頭脳明晰など非の打ち所がないな、と。

「この後は何の講義を受け」

美雨の問いに重なった音。
錬金術アルシミーを起動させた時とは違うその音でドナはパッと後ろを振り返る。

「え?」
「なに?」

壁の赤灯が回転して一気に実験室が騒がしくなる。

「護衛は御二方の避難を!講師は生徒の誘導を優先しろ!」
『はっ!』

護衛に着いていた十名の護衛騎士と講師に指示を出すドナ。
何が起きてるのか分からず柊と美雨は唖然。

「魔導師さま、聖女さま、地下に避難を」
「え?え?」
「避難って、何が」
「この音は危険を報せる第一警報です」
「「警報?」」

王都に危険が迫った時に鳴る警報。
軍人以外の国民は第一警報が鳴ったら速やかに避難することが定められている。

「まだ第一警報です。慌てず落ち着いて行動を」
「「ドナ殿下!」」

柊と美雨にそう言ってドナは出入口とは逆に走って行く。

「このまま魔導校の地下へ」
「ドナ殿下は」
「設備を停止するおつもりなのかと。急いでください」

王都にどんな危険が迫っているか分からないが、万が一にも設備が壊れるようなことがあれば爆発してしまう。
停止させてしまえば今日まで準備してきたことが水の泡になってしまうが、魔導校に居る生徒の命には変えられない。

「美雨行くよ!」
「でも」
「俺たちがここに居ても何の役にも立たない!むしろ厄介事になるだけだ!自分の立場を考えろ!」

美雨の手を引っ張る柊。
ドナが心配なのは分かるけれど、真っ先に優先される勇者一行の自分たちがここに居ては他の生徒たちが避難できない。

「わ、わかった」

柊に怒鳴られてハッとした美雨。
勇者の自分たちより早く避難させる訳に行かず講師たちが集めた生徒を待たせていることに気付き、護衛騎士たちの誘導で実験室を出た。





訓練校の方でも避難する生徒たち。
魔導校も訓練校も地下に避難所が設けられている。

「王太子殿下と勇者さまも避難を」
「ああ」

まだカフェテリアで休憩していた春雪とマクシム。
王太子のマクシムは国王に万が一のことがあった場合に次の国王となるため、王家の中でも一番にその命が優先される。

「勇者さま?」
「あ、すみません」

回転している赤灯を見ていた春雪。
マクシムに呼ばれて顔をおろすと護衛騎士の誘導でカフェテリアを出た。

「…………」

地下に向かいながらも春雪の表情は晴れない。
いや、警報が鳴ったのだから表情が明るいはずもないが、なにか考えごとをしているようだ。

「警報が鳴った理由が分かり次第、学長より放映があります」
「そうですか」

マクシムの言葉にもどこか気のない返事。
避難することが優先とは言え気になってしまう。

「他の御三方も今居る場所の地下に避難しているかと」
「はい」

仲間が心配で……と言う訳でもなさそう。
それについては『そうだろう』と分かっているのだろう。

「春雪殿!」

地下の避難所に入ると先に着いていた時政とセルジュ。
避難所には仕切りなどないため、護衛たちが王家の王子や勇者の壁役として周りに配置する。

「柊と美雨ももう避難したかな」
「あちらも護衛が居るのだから真っ先に避難しただろう」

王太子や勇者の避難は最優先。
校内で何かあって警報が鳴ったのではないのだから、優先して避難させられているはず。

「何の警報だと思う?」
「さて。放映で知らされると聞いたが」

浮かない顔の春雪。
そんな春雪を見て時政とセルジュは少し目を合わせる。

「このまま開戦するって可能性は」

ああ、浮かない顔の理由はそれか。
呟いた春雪の言葉で三人は納得する。
既に魔物の異変が起きているのだから魔族が地上に降りて来たという可能性もない訳ではない。

「もし地上で開戦したら」

魔族が地上に降りるか勇者が魔界へ攻め入るか。
時代によっては勇者の覚醒が間に合わず魔王が魔族を引き連れ地上に降りて来て、勇者もろとも多くの血が流れた。

「その可能性は低いです」
「え?」

そう話すのはマクシム。

「もし警報の理由が天地戦の開戦を報せるものであれば疾うに勇者の招集がかかっているでしょう。魔層から大軍が出て来るのですからすぐに分かります」

むしろ魔族が降りて来た時が一番分かりやすい。
魔層を警備している軍人の報告を待たずとも、魔力探知機が大軍の魔力を捉えるのだから。

「そ、そうなんですか」
「もちろん警報が鳴るくらいなので安心は出来ませんが、魔族が攻め入って来たと言うことではないでしょう」

それを聞いてホッとした春雪。
強ばっていた表情が幾分か和らいだ。

「警報は王都に危険が迫ると鳴るのですよね」
「はい」
「魔族でないとすると魔物でしょうか」
「そうですね。それが一番考えられる理由ではありますが」

濁すようなセルジュの物言いに時政は少し首を傾げる。

「仮にSランクの魔物であっても警報を鳴らすかどうか」

Sランクの魔物は国王軍が討伐に出る危険な魔物。
他の領地であれば村や街が崩壊する危険性が高いが、ここは頑丈な城壁に護られている王都。
ブークリエ国の王だけが持つ最大の防壁能力もあるのだから、国民に被害が及ぶほどの強い魔物となると想像がつかない。

「ん?」

三度音を替え十分ほど続いた警報が鳴り止んで数分。
先程の警報とは違う音が再び鳴る。

「警報が解除されたようだ」
「ああ」
「解除?」

マクシムとセルジュの会話に首を傾げる春雪。

「この音は避難指示の解除を報せるものです。危惧されていた脅威が去ったと言うことでしょう」

第三警報まで鳴ったもののすぐに解除された。
肉眼で捉えられる危機が王都に迫ったことは間違いないが、この短時間で討伐できる魔物であれば警報は鳴っていない。
つまり戦わずして危惧された対象が去ったと言うこと。

「もう大丈夫と言うことですか?」
「はい。安全を確認した上で解除されますので」
「そうですか」

春雪たちはもちろん生徒たちも漸く安堵の表情に変わる。
ここでは何の異変も感じられなかったが、警報が鳴ったとあって生きた心地がしなかった。

避難指示が解除されて先に避難所を出る生徒たち。
笑みの戻った生徒たちを見て春雪も改めて安堵した。
 
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旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。 《作者からのお知らせ!》 ※2025/11月中旬、  辺境領主の3巻が刊行となります。 今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。 【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん! ※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

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部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
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不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

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16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

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新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

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「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

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