ホスト異世界へ行く

REON

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第零章 先代編(後編)

逢瀬

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王宮庭園の景色を馬車から眺めるドナ。
見慣れたその景色も今日は少し違って見える。

今日は春雪と約束していた逢瀬の日。
一般国民地区に行く予定とあって、衣装は控え目にした。
このくらいの質であれば下流貴族の子息と思うだろう。

あまり顔は知られていないとはいえ念のため。
貴族地区ならば私の正体に気付かれたとて察して黙っている者が殆どだが、一般国民にとっては継承権第五位の私でも王家の王子には違いなく、騒がしてしまうかも知れない。

そんなことを考えつついつになく落ち着かないドナ。
尤も表情には一切出していないため、斜め前に座っているドナの従者さえそのことに気付いていないのだが。

巨大な敷地の王宮庭園を抜けて辿り着いた勇者宿舎。
約束の時間の数分前に着いたドナが馬車から降りると、従者が勇者宿舎の警備兵に王子の到着を報せる。

それから僅か数分。
警備兵が開いた扉から二人の人物が出てきた。

「ドナ殿下へご挨拶申し上げます」

カーテシーで挨拶をしたのはダフネ。
その隣には清楚な白のドレスと広めのつばの白い帽子を被った金色の髪と青い瞳の美しい女性。
いや、春雪。

「おはようございます。ドナ殿下」
「おはようございます」

声をかけられハッとして挨拶を返すドナ。
女性の衣装を着ている姿は幾度か見ているが、何度見ていようともやはり美しいとつい魅入ってしまった。

「良かった」
「良かった?」
「一般国民にしてはまだ衣装の質が良い気がしたのですが、ドナ殿下のご衣装も変わらないようですので」

この衣装では目立ってしまうのではと心配していたが、ドナも一般国民には見えないことに気付いて安心した春雪。
ドナが一般国民に紛れるよう装っていても自分が隣に居ては意味がなくなってしまうのではないかと。

そんな話を聞き従者や護衛騎士や警備兵は思う。
下流貴族ではなく一般国民を装っているつもりだったのかと。
たしかに普段着ている衣装よりランクを落とした衣装を着ているものの、残念ながら所作で一般国民との違いは明らか。
さすがに一般国民を装うのは無理がある。

「気遣わせてしまったようで申し訳ありません。せっかくの機会ですので本日は本来の身分を忘れ互いに楽しみましょう」
「光栄です」

差し出されたドナの手に手を重ねた春雪。
元は庶民だった春雪もそんなマナーが身についている。
年単位の日々で繰り返してきたのだから、女性の衣装を着ている時には手をとることが当たり前のことになっている。
ドナも自分が一般国民を装うのは無理だと分かっていたからこそ、下流貴族の子息が着ているような衣装を用意させた。

春雪とドナは二人で一台の馬車に乗り、一緒に乗ってきたドナの従者と侍女代わりのダフネはその前を走る馬車へと乗る。
それを見届け私服姿の護衛騎士二人も自分たちの馬に跨った。

「お気を付けて。行ってらっしゃいませ」
「行ってきます」

ドナが用意した馬車から宿舎の警備兵へ手を振り応える春雪。
一般国民地区へ行くのがよほど楽しみなのか、いつもより表情が穏やかな春雪に警備兵たちも敬礼しつつ笑みを零した。

「何区に行くご予定ですか?」

馬車が走り出してすぐ春雪は対面に座っているドナに問う。

「北区へ行こうと思います。買い物をするだけであれば南区の方が便利なのですが、面白味はありませんので」

南区は所謂商業区。
多くの商人が軒を並べている。
ただ一般国民の中でも商人は裕福な部類のため、見て回るようなものは大聖堂だったり整備された巨大公園だったりで、普段それより立派な王宮庭園を見慣れている者には面白味がない。

「北区には他の地区にはないキッチンカーと呼ばれる食事処があるのですが、その周辺は春雪さまが学院へ来られた時の祭典のように賑やかだそうですよ」
「祭典。楽しみです」

祭典と聞き期待の膨らむ春雪。
一般国民にとっては日常生活を営んでいるに過ぎないが、王宮地区の中でも最も閑静な宮殿や宿舎で暮らしているドナや春雪にとってはまるで祭りのように感じるだろう。

「行く前に一つ。人前ではニュイとお呼びください」
「え?」
ドナ殿下・・・・と呼ばれては変装した意味がありませんので」
「たしかに」

顔は知られていなくともさすがに名前は知られている。
王子や勇者が来たと騒ぎにならないよう変装したのに、ドナという名前で気付かれてしまうことは避けたい。

「ニュイとはどこから」
「幼少期の祝福名です」
「ああ。乳母ナニーに育てられている間に名乗るという名前ですか」
「はい。ご存知だったのですね」
「講義で少し。王家の方々は祝福名というものがあるとだけ」

講義で教わったというのも嘘ではない。
それより以前にミシェルから聞いて知っていたけれど。

「ではニュイさま、と」
「ニュイとだけで結構ですよ」
「そ、それはさすがに。幾ら幼少期の名前とは言え」

王家の王子を呼び捨てするのは無理。
そんな失礼なことは出来ないと春雪は首を横に振る。
王子どころではない、一国の王を『シエル』と呼び捨てしていることは忘れているのが春雪らしい天然さとも言える。

「残念です」

まあ良い。
もう名乗らない祝福名より俗名のドナと呼んで欲しいから。
困っている様子の春雪を見てドナはくすりと笑った。





馬車に乗り辿り着いた北区。
ここから先は歩いて見て回る。

「お手を」
「ありがとうございます」

先に馬車から降りて手を差し出すドナ。
春雪はその手をとりスカートを踏まないよう押さえて降りた。

「「失礼いたします」」

馬車を降りた二人の元へ来た従者とダフネ。
従者はドナを、ダフネは春雪の衣装を整える。
この後は二人の時間の邪魔をしないよう、従者やダフネや護衛騎士は春雪とドナの少し後ろをついて行くことになる。

「あ、ダフネさん。アレ・・を」
「承知いたしました」

春雪に帽子を被せ直したダフネは魔導鞄アイテムバッグから箱を出す。
開いた長方形の箱の中には揃いの細いバングルが二つ。

「これは?」
「ミシオネールさんから預かりました。魔力を通しておくと万が一のことがあった際に自動で障壁がはられるそうです」

一般国民地区へ行くと知りイヴが用意した装飾品。
魔法に長けたドナや護衛騎士が居れば必要ない気もしたが、念には念で障壁魔法を付与した装飾品を用意した。

「ご確認を。ミシオネール公爵閣下の印章もございます」
「はい」

ダフネが見せる箱の中の装飾品に鑑定をかける従者。
王子への贈り物は全て検閲される決まり。
神眼を持たない彼には付与された魔法の種類までは分からないが、物自体に危険な細工がないかを鑑定してから添えられている紙の印章がイヴの物かを確認する。

「ミシオネール公爵閣下の印章に間違いございません」
「ああ」

セルジュの神眼と違いドナの神眼でも魔法の種類は分からないが、イヴが用意した物とあらばそれだけで信用に値する。
ミシェルが幼い頃から最も傍で仕えてきた忠臣なのだから。

従者はドナの腕に、ダフネは春雪の腕に装飾品をつけ、ドナと春雪は自分の魔力を通す。

「これで安心ですね。過信するのは良くないですが」
「ええ。自分たちでも気を付けなくては」

自分たちでも気を付けることが大前提。
北区は言うほど危険な地区ではないが、王子と勇者である限り気を付けるに越したことはない。

「では参りましょう」
「はい」

隙間をあけたドナの腕にそっと手を添える春雪。
その自然なエスコートと品の良さを見た二人以外の者は、無理に一般国民の普段着にせず正解だったと改めて思う。
もしそうしていたら衣装と気品がチグハグで、どこぞの貴族がお忍びで逢い引きしているのかと逆に目立つところだった。

清潔感のある真っ白い涼しげなドレス姿の春雪を見る人々。
すれ違ってからも少し振り返って見ている人も居る。
舞踏会で着るようなドレスとは違う簡素なワンピースを着ているに関わらず、やはり春雪は目立ってしまう。

何を着せたとて同じこと。
容姿が美しいのだから目立たずに居ることは不可能。
ダフネは改めて周囲に気を付けなくてはと目を配った。


「やはりこの衣装では質が良すぎたようですね」

変装しているため視線に敏感になっているのか通りすがる人が自分たちを見ていることに気付いていた春雪は、片手でドレスを少し摘んで小声で話す。

「私たちが一般国民を装うのは難しいかと」

人々が見ているのは衣装の質が良いからではない。
貴族であっても一般国民地区へ足を運ぶことはあるのだから。
自分が美しいから見られていることには気付いていない春雪の天然さを愛らしいと思いつつ、ドナは小声で答える。

「もし一般国民を装うのであれば基本の所作や言葉遣いから変えなくてはなりません。私へ勇者方とお話しする時のように話せますか?」

言われてみれば無理。
時政たちは異世界から来た庶民同士だから気軽に話しているけれど、ドナは王子と頭にあるのに同じようには話せない。
そこでもまた国王のミシェルに対しては気軽に話していることを忘れている春雪の天然さは中々のものだが。

「その衣装を用意した方は勇者と気付かれない為の衣装を用意したのであって、一般国民に見える衣装を用意したのではないかと。私もそうですが、普段通りに過ごしても違和感のないよう下流貴族くらいに見える質の衣装にしたのだと思います」

一般国民地区に上流貴族の衣装で行くと民に気を使わせる。
下流貴族でも一般国民からすれば貴族さまには違いないが、如何にも上流貴族よりはまだマシだろう。

「下流貴族……なるほど」

自分の衣装を見て納得した春雪は独り言を呟く。
用意したのはイヴとダフネだが、「勇者と分からないよう」とだけで一般国民に見える衣装とは一言も言っていなかった。

勇者と分からないよう変装させただけ。
上流貴族だと民が恐縮してしまうから衣装の質を下げただけ。
一般国民を装うようには言われていない。
王家の王子として作法を叩き込まれているドナが一般国民を装うことなど無理だと、春雪以外の者は分かっていた。

「もし駄目なところがあったら言ってください」
「駄目なところ…美し過ぎて目を離せないところでしょうか」
「……そういうことではなくて」

ほんのり頬を染める春雪。
あらゆる褒め言葉を言われ慣れているだろうに、まだ照れてしまう春雪をドナは愛おしく思う。
照れている時は目を逸らす癖も堪らなく可愛らしい。

今までにも礼儀の一つとして思ってもいない褒め言葉をあらゆる人に対し口にしてきたが、春雪には心からそう思う。
好いた人であれば些細な言動ですらも愛おしくなることを、ドナは春雪に出会って初めて知った。

「朝食は召し上がりましたか?」
「いえ。一緒に食べようとのことでしたので」

今日のデートは丸一日。
朝食も一緒にと言われていたから食べていない。
尤も言われていなくとも朝から支度に大忙しで食べる時間などとれなかっただろうが。

「ニュイさまは召し上がったのですか?」
「いいえ。もし春雪さまが召し上がっていたら順番を変更しようと考えただけで、私もまだです」

空腹で具合が悪くなってはいけないから軽く口にした可能性も考え聞いてみただけで、ドナも食べていない。

「キッチンカーの集まる場所へ最初に参りましょう」
「あ、さきほど馬車で話していた場所ですね。楽しみです」

嬉しそうな表情でドナに答える春雪。
その表情がわかり易くて、ドナも自然に浮かぶ笑みで返した。


歩いて向かうこと数分。
北区最大の広場には多種多様なキッチンカーがずらりと並び、座って食べられるよう用意してあるテーブルでは多くの一般国民が朝食を楽しんでいる。

「凄い数!」

キッチンカーの数も朝食を楽しむ人の数も。
正しく祭りのような賑やかなその光景を興味津々にキョロキョロ見渡す春雪。
ドナはもちろんダフネや従者や護衛騎士も、普段は表情の薄い春雪の子供のような姿を見て和む。

「おすすめは祭典で召し上がったポーグサンドらしいです」
「それが良いです」
「ではそうしましょう」

一般国民の今の流行は祭典でも食べたポーグサンド。
手頃な価格で腹が膨れ忙しい朝でも手で持って食べられるそれが一般国民の生活にぴったりで人気を博しているらしい。

「見る限りポーグサンドのお店だけでも沢山ありますけど、どこのお店にしましょうか」

流行り物だけあってポーグサンドのキッチンカーが多い。
ドナにエスコートされ歩きながらも春雪はキョロキョロ。

「ポーグサンドを開発した方のキッチンカーにしましょう。他の店より少しお値段がはりますが、全ての材料から焼き方一つにもこだわっているそうですので」

同じポーグサンドのキッチンカーでもそれぞれ味の種類や値段で差別化をはかっているらしいが、開発した者の店が一番安心安全で食べられると聞いている。

「よくご存知ですね。来たことがあるのですか?」
「春雪さまに楽しんでいただきたかったので、一般国民地区では何が人気なのかを使用人たちから聞きました。お恥ずかしながら私は基本研究室に引き篭もっていて詳しくないので」

正直に話したドナの顔を見た春雪は、本来王子には無縁の場所だろうに事前にリサーチしてくれたのかと胸が温かくなる。

出会った時から優しかったドナ。
最初は『俺が勇者だから必要に迫られて優しくしてくれているんだろう』とか、いつ見ても笑みのドナを見て『常に笑顔でいないといけない王子の立場も大変だ』と思っていたが、警戒して素っ気なかった俺にも不快な顔一つせず一歩先回りした気遣いをしてくれていた。

勇者としてでなく一人の人間として好意を持ってくれていることを知る前も親しくなった今でも、その優しさは変わらない。
好意を隠すことなく分かり易い言葉と行動で伝えてくれる。
それは孤独に生きてきた俺にとって戸惑うことでもあるけど、嬉しい気持ちの方が大きい。

「この列が目当てのキッチンカーのようです」
「あ、はい」
「?」

キッチンカーに着いて声をかけたドナは、反応が少し遅れた春雪を不思議そうな顔で見る。

「座っておきますか?私が並びますので」
「いえ。むしろド、ニュイさまがおかけになった方が」

王家の王子が一般国民に混ざって列に並ぶ。
普通ならば有り得ないことで、むしろ俺が一人で並ぶべきだ。

「一緒に並びましょう。待ち時間も二人の方が楽しいかと」
「……そうですね」

今日は身分を忘れて楽しもう。
来る前にドナからそう言われていたことを思い出した春雪は笑みを浮かべ、ドナの腕に再び手を添えた。

「あ」
「?」
「護衛の人たちやダフネさんたちの食事はどうするのかと」

並んですぐ気付いた春雪は声を洩らし、小さく首を傾げたドナに口元を隠して耳打ちする。

「ご心配なく。一日食事をしない訳にはいきませんので、私たちに合わせて食事するよう従者に話してありますので」

従者や召使として主人の傍に着いている時は全て終わるまで食事など出来ないが、今日は主人から離れ他人を装っているため何も食べないに関わらずただ食事処に居るのもおかしな話だから、従者や護衛騎士も食事をするよう話してある。

「そうですか。良かった」

召使や護衛騎士の食事を気にするなど貴族ならば有り得ない。
従者や侍女や護衛もそれが自分の仕事だと思っているから、まさか春雪が食事の心配をしているなど思いもしないだろう。

「春雪さまはお優しいですね」
「ただどうするのかと思っただけで、優しいとかでは」
「それを気にすることが優しいと思いますが?」
「それを言うなら先に気付いていたニュイさまの方が」

なんと可愛らしい会話をするご子息とご令嬢なのか。
列に並んでいて声の聞こえてくる客たちは二人の会話に和む。
貴族なのに自分たちで並んでいることも好感度が高い。
まさかそれが王子と勇者などとは頭をかすめもしないが。

「列になるほどですから余程美味しいのでしょうね」
「はい。楽しみですね」
「とても。お連れくださってありがとうございます」

愛らしい満面の笑みでお礼を言う春雪にキュンとするドナ。
キッチンカーに詳しくない私ではこの表情は見られなかった。
教えてくれた使用人たちに改めて感謝しなくては。

列は次々と進み十分弱でドナと春雪の番がくる。
さすが列になるほど人気がある店だけあって、大き目のキッチンカーの中では数名の店員が行列を捌いていた。

「ポーグサンドを二ついただけますか?」

このキッチンカーのポーグサンドは一種類しか味がない。
先にそれを聞いていたドナは店員に二つ注文する。

「申し訳ありませんが貴族さまには売れません」
「貴族には?何故ですか?」
「多いんですよ。人気があると聞いて物珍しさで買いに来ておいて口に合わないと文句を言ってくる方が。そりゃ貴族さまが普段食べてるような高級素材は使ってません」

貴族には売れないとキッパリ言った頑固そうな男性。
並ぶのを嫌がって先頭に割り込み売れと言う貴族や、口に合わず下賎の食べ物と罵り捨てる貴族を見てきた男性には、貴族に対して善い印象がなかった。

「私たちはそのように失礼なことはいたしません」
「これでもポーグサンドを最初に作った誇りがあります。捨てられると分かっているのに売りたくありません。貴族さまは貴族さまらしく高価な物を扱う貴族地区に行ってください。他のお客様のご迷惑になりますのでお引取りを」

この頑固そうな男性がポーグサンドの開発者。
文句を言われたり捨てられたりしているならば貴族に売りたくないとなってしまうのも分からなくはない。

「売ってあげなよ。この長い列に並んでたのに」
「店主が思うような悪い人たちではなさそうだよ。楽しみだって言ってたのに貴族だからって売らないのは可哀想だ」

そう口を挟んだのは春雪たちの後ろに並んでいた客。
従者に並ばせず自分たちで並び、待っている間も文句一つ言うことなく仲の良さが伝わる可愛らしい会話をしていたドナと春雪に貴族特有の傲慢さは感じられず、店主が危惧するようなことを二人はしないだろうと口添えする。

「ありがとうございます。ですが手酷い扱いを受けた経験があるならばお気持ちは理解できますし、自尊心を傷付ける訳に参りませんので私どもが諦めます。口添え感謝申し上げます」

口添えしてくれた客たちへ胸に手をあて感謝を伝えたドナとカーテシーで感謝を伝えた春雪。
それを見ていた人々は、貴族が一般国民の自分たちへ品のある礼儀作法で感謝を伝えたことにギョッとする。

「お気持ちお察しいたします。貴族として恥ずべき言動をとったその者に変わり謝罪いたします」

多くの貴族であれば店主に対して護衛や従者が出て来て責める場面だが、そうなってしまうのも仕方がないと理解して店主にも同じく敬礼とカーテシーで謝罪をした二人。

「お客様に謝って貰っても」
「はい。これは私どもの自己満足であって、恥ずべき言動をしたその者たちの過ちがなかったことにはなりません」

これは……上流階級の方々なのでは。
ドナと春雪の自然で気品溢れる所作を見てそう察した人々。
そうであるなら、店主の言動や二人に頭を下げさせたことは恐らくどこかに居る護衛に粛清されてもおかしくない。
二人からの指示を待っているのだろう。

「お手を煩わせて申し訳ありませんでした。皆さまもお忙しい朝の貴重なお時間を頂戴したことをお詫び申し上げます」

隙間をあけたドナの腕に手を添えた春雪。
変装していてもさすが王家の王子。
貴族の上に立つ王家の者として貴族の無礼を詫び、民の貴重な時間を使わせたことを詫びるドナは立派な王子だ。

いつでも行けるようドナと春雪の指示を待っていた護衛騎士。
二人が指示を出さずキッチンカーを離れるのを見て自分たちも列を抜ける。

「申し訳ありません。楽しみにしてくださっていたのに」
「いいえ。立派でした」
「立派?」
「怒らず騒がず店主の気持ちを何よりも重んじたニュイさまを誇りに思います。カッコよかったですよ」
「それは店主に感謝しなくてはなりませんね」

笑って会話をしながら通り過ぎる二人を見る人々。
この二人は店主が言うような悪い貴族とは思えないのに、貴族という身分だけで判断されて拒否されるとは可哀想にと。
身分で判断するのは貴族がよくやることで、ここの店主もやっていることは変わらないなと列を抜ける人も見られた。

「さて、売っていただけないとなると困りましたね」
「恐れながら貴族さま」

どうしたものかとドナが辺りを見渡すと声をかけられる。

「気安くお声がけして申し訳ございません」
「いえ。どうなさいましたか?」

後ろに居たのは見知らぬ女性。
少し距離をとった位置に立っていてドナが返事を返す。

「今の店主の娘がやっているキッチンカーがございます」
「そうなのですか?」
「もしまだ庶民の食べ物にご興味を持っていただけるのであれば、是非そちらへ」

何か企んでいるのか。
そう思ってドナは少し沈黙する。

「娘さんであれば尚のこと私たちが行くとご迷惑になります。ポーグサンドを開発したのは店主ですので、売る売らないは店主に権利があります。売りたくない相手に何故売ったと親子で揉めて欲しくありません」

そう答えたのは春雪。

「それはありません。キッチンカーを二つに分けて営業しているのではなく、別のお店としてやっておりますので」

店主のキッチンカーと娘のキッチンカーは別の店。
娘のキッチンカーで売ったからと言って店主には関係ない。

「……申し訳ございません。本当は私が娘です」
「え?」

娘の心配をする春雪に胸が痛み事実を話した女性。
実はこの女性が先程の店主の娘。

「元々ポーグサンドは私と父で作り上げた物なんです」
「そうだったのですか」
「父と意見が対立して今は別々にやっておりますが」

ポーグサンドを考えたのは娘。
そのポーグサンドに使う食材の質を考えたのが父親。
親子で完成させたそれを最初は二人で売っていた。

「開発者さまとは知らず御無礼を」
「わ、私のような庶民にそのような!」

カーテシーで詫びを口にした春雪に娘は慌てる。

「私はこの方のポーグサンドをいただきたいと思います」

駄目?と伺うようにドナの顔を見た春雪。
その表情が愛らしくてドナは笑みで応える。

「では貴女のキッチンカーに案内していただけますか?」
「はい!喜んで!」

春雪がそうしたいと言うなら他の選択肢はない。
従者や護衛騎士に視線を送り娘のキッチンカーに向かった。

「おはようパメラ」
「おはよう!」

キッチンカーの中に居た女性と挨拶を交わす娘。
これから開店するのか中に居た女性はパンを切っていた。

「えっと」
「お客さまだよ」
「え?貴族さまが?」

娘と一緒に来たドナと春雪に気付いた女性は驚く。
貴族が庶民のキッチンカーに?と。

「い、幾つご用意いたしますか?」
「幾つ……ああ、六人分でお願いします」
「し、承知しました!」

まだ開店しておらず人の少ないところに従者とダフネと護衛騎士が立っているのだから、ドナや春雪と多少の距離を置いたところで関係者だと気付かれてしまうのも仕方がない。
誤魔化すことはせずドナは四人の分も一緒に注文した。

「出来たらお持ちしますのでおかけになってお待ちください」
「運んでいただけるのですか?」
「はい。私のお店ではそうしています」
「分かりました。ではお言葉に甘えて」

店主のキッチンカーでは並んで購入してから空いてる席を見つけて座って食べる形式をとっているけれど、娘のキッチンカーでは席に座って待っていると運んで来てくれる食堂形式。
もう気付かれてしまっては距離を置く必要もなく、ドナは従者に手招きする。

「申し訳ございません。迂闊でした」

手招きされ早足で来た従者は胸に手を当て深く頭を下げる。
他人を装う手筈になっていたのに人の少ないことを考えず近くに寄り過ぎた。

「問題ない。それより四人も席に。六人分注文しておいた」
「私どもも御一緒させていただくのはさすがに」

従者や護衛騎士が王子や勇者と一緒に座るなど言語道断。
主人の斜め後ろに立って辺りに気を配るのが礼儀。

「私と春雪さま二人では六人分も食べられないが?」
「無理ですね。四人も食べてくださらないと」

苦笑するドナとクスクス笑う春雪。
二人の気遣いを察した従者はまた深く頭を下げた。

「どうぞ春雪さま」
「ありがとう」

従者はドナの座る椅子を、ダフネは春雪の椅子を引く。

「ダフネさんはポーグサンド食べたことある?」
「ございます」
「やっぱりあるんだ?好き?」
「ええ。朝早くから開いているキッチンカーもございますので、急いでいる時には買ってから行く日もございます」
「そうなんだ?美味しいよね」

仲睦まじい様子の春雪とダフネに従者は内心驚く。
勇者さまとそのように気軽に話して大丈夫なのかと。

「君は一般国民なのか?」

二人の会話を聞きダフネに訊いたドナ。
従者ではなく召使のため見かける機会は少ないが、王宮庭園の茶会では春雪さまのお傍に着いていた。

「はい。両親は冒険者をしております」

それは知らなかった。
精霊族の宝である勇者の専属に選ばれたのだから貴族令嬢だろうと思っていたのだが。

「ダフネさんは凄いんですよ?何でも出来るんです」
「そのようなことは」
「本当のことだから。掃除も裁縫も料理も出来るし気も利く。ダフネさんと結婚する人は幸せだろうね」

ベタ褒めされてほんのり頬を染めるダフネ。
身分など関係なく春雪に信頼されているのだとドナにもよく分かった。

「うちの使用人として来ていただけませんかね」
「駄目です」

即ダメ出しした春雪にドナは笑う。
珍しく屈託なく笑うドナのその様子を見た従者は、春雪と出会ってドナが大きく変わったことを改めて実感した。
 
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「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

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