204 / 291
第十一章 深淵
晴天
しおりを挟む豊穣の儀が終わった後そのまま向かったのは軍事医療院。
『英雄さま』
「みんな元気そうだな」
外道屋敷に囚われていた子供たち。
医療師たちの治療のお蔭で全員が動けるまでに回復して遊戯室に集まっていた。
「どうしたの?その衣装。神官みたい」
「みたいじゃなくて神官の祭服だ。英雄のお勤めで祭儀に参列してそのまま来たから」
サーラは神官を知っているらしく祭服姿の俺にきょとん。
「お菓子?」
「グイドにはすっかり俺がお菓子の人になってるな」
しゃがんでいる俺の袖をチョイチョイと引っ張り聞いたグイドを頭を撫でて言うと子供たちは笑う。
「今日が何の日か知ってる人」
「はーい。祈りの日でしょ?」
「正解。さすがみんなの姉さんだけある」
祈りの日を知っていたのは監視に教育を受けたサーラだけ。
他の子たちは左右に首を振って答える。
「祈りの日って、なに?」
「豊穣の神さまに感謝を伝える日」
「ほ、うじょう?」
「穀物が豊かに実ること」
サーラに聞いたリア本人も他の子たちもぽかん。
ずっと窓すらない地下にいた子供たちは外の世界を知らない。
穀物が豊かに実っている光景など見たこともないだろう。
「えーっと、食べ物をくれてありがとうって伝える日かな」
「ありがとう。ありがとう」
うーんと考えて小さな子でもわかるようサーラが教えると、グイドは医療補助士や俺にぺこぺこと頭を下げる。
「ご飯ありがとう。お菓子ありがとう」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
グイドに続いて他の子供たちも。
自分たちに食事やお菓子を用意してくれるのが医療補助士や俺だから感謝を伝えてるのかと気付いて笑い声が洩れる。
「どういたしまして。でも今日は俺たちじゃなくて、パンやお菓子の材料になるものを育ててくれる大地やその大地に力をくれてる月神さまにありがとうって伝えよう。もし月神さまが居なかったら補助士や俺もみんなの食事やお菓子を作れない。食べられなくなったらみんなも困るだろ?」
そう説明すると子供たちは大きく頷く。
食べ物を口にできることが当たり前ではないことを、この子たちは身をもって知っている。
だからこそ食に大きく関係する月神に感謝を伝える今日は子供たちと祈る時間を設けたかった。
「よし、じゃあみんなも座ってくれ。車椅子のサーラとカトリアはそのままでいいぞ」
リハビリ中のサーラと保護された時に衰弱していて集中治療を受けていた11歳の大山猫種の子はまだ車椅子。
他の子たちは俺が床に座るのを見て一緒に座った。
「まずは祈りの手。食事の時にしてるから分かるよな?」
「うん」
「分かる」
両手を組む祈りの手ももう慣れたもの。
子供たちが組んだのを見届けて補助士たちも両手を組む。
「俺が月神さまに感謝の言葉を伝えるから、みんなも心の中で一緒にありがとうございますってお礼を伝えよう」
『はーい』
その子供たちの返事を聞き以前に比べて元気になったことを実感して口許は緩みつつ俺も両手を組む。
「豊穣を司る月の神よ。今年も主の与え給う恵みが私たち生命の血肉となり生きる力を授けてくださいました。飢えることなく食事ができることに感謝を。生かされていることに感謝を。主の恵みに感謝し祈りを捧げます」
教皇が教えてくれた祈りの言葉。
まだ完治していない子供たちにはあまり祈りの言葉が長いと身体の負担になるから簡潔に、と。
大切なのは言葉ではなく心から感謝をこめて祈ることだと言っていた。
瞼を閉じて祈っている子供たち。
子供たちの感謝の心が月神に届きますように。
「感謝は伝えられたか?」
「うん。ありがとうございますした」
「した」
「そうか。ちゃんと感謝を伝えられるみんなは偉い」
自慢げに答えた子供たちに笑いながら頭を撫でる。
いつか外の世界を知ってもこの素直さをなくさないで欲しい。
「じゃあ偉かったみんなに俺から贈り物を」
祈りの日は地球のクリスマスにあたる日。
立ち上がり異空間を開いてクリスマスプレゼントの箱を取り出し、一番小さな子から順番に手渡していく。
「はい。最後はリアとサーラに」
「これはなに?」
「何に使うの?治療?」
子供たちには贈り物というもの自体が分からないのか『箱を渡された』というだけの認識らしく、受け取った箱を上や下から確認しているのを見て笑う。
「箱はただの入れ物だ。みんなもう開けていいぞ」
小さな子たちの箱は補助士や俺が手伝ってリボンを解く。
「わぁ、可愛い」
「衣装?」
「うん。病室で着れる寝衣にした」
子供のクリスマスプレゼントと言えば玩具だろうけど、遊ぶということを知らなかったこの子たちはまだ遊戯室の玩具でさえ手にとることが少ないから、せめて検査の時以外は洒落っ気のない病院着ではない服をと思って寝衣を作って貰った。
「これ、私の?」
「そう。これはリアのもの。みんな一枚ずつな。今は昼寝中のラウたちのぶんもあるから」
「ありがとう」
女の子らしい色や柄の寝衣が気に入ったらしく喜ぶリア。
他の子たちも初めての『自分のもの』に興味津々。
冷たい地下で身を寄せあって生きてきた子供たちが少しずつ表情を取り戻してくれていることが嬉しかった。
・
・
・
「じゃあ忘れずにチキンを出してあげてくれ」
「承知しました。お気を付けて」
「ありがとう」
子供たちと少し遊んだあと医療師から経過報告を聞き、せめてものクリスマスらしい食べ物として作ってきたチキンを夕食で出してくれるよう頼んで軍事医療院を出た。
医療院の横の路地に入り魔祖渡りした先は自分の屋敷の庭園。
「お戻りなさいませ」
「ただいま。フラウエルはもう来てるか?」
「半刻ほど前に」
「そっか。少し遅くなった」
「子供たちになにか」
「子供たちの経過は順調。報告が思ったより長引いただけ」
「左様ですか」
出迎えてくれたのはディーノさん。
祭服の上に羽織っていたケープを渡しながら話す。
「軽く入浴を済ませたらすぐに行くから、俺が出掛けた後は予定通り使用人たちは早くあがらせてやって」
「承知しました」
使用人は祈りの日だろうと問答無用で仕事なのが普通らしいけど、俺の屋敷で仕えてくれてる人は別。
通いの人はもちろん離れに暮らしている使用人も、祈りの日の今日は早くあがって各々の祈りの日を過ごすよう言ってある。
家族と過ごすもよし、友人や恋人と過ごすもよし、一人でのんびり過ごすもよし、どう過ごすも自由だ。
魔祖渡りではなく普通の転移を使って自室に。
普段屋敷の中では歩いているけど今日は時間がないから。
「ただいま」
「シンさま。お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ」
俺の自室に居たのはエドとベルと魔王。
ベルがティーポットからカップに注いでいるところだった。
「待たせてごめん」
「いや。まだ来たばかりだ」
ウイングバックソファに座っていた魔王にチークキスをする。
本当はもっと早く帰って来て魔王が来る前に支度を済ませておくつもりだったんだけど、思っていた以上に時間がかかった。
「子供たちの様子は如何でしたか?」
「みんな経過は順調だったし、プレゼントも渡してきた」
「喜んでましたか?」
「リアは分かり易く喜んでたけど他の子たちは興味津々って感じで見てた。表情が薄かった子供たちが少しずつ表情を見せるようになってきたことが何よりも嬉しい」
そう答えるとエドもベルも表情を綻ばせる。
小さな子供たちはまだ人を怖がるから二人はリアとサーラにしか会ったことがないけど、自分たちも同じ獣人で攫われた経験があるだけに子供たちの変化は喜ばしいことなんだろう。
「エドとベルも支度しなくていいのか?」
「シンさまがお出かけになった後でも充分間に合います」
「ゆっくり支度していいのに」
「主にお仕えすることが私どもの幸せですので」
そう答えたエドに苦笑する。
立場が家令や家政婦長になっても俺の世話を率先してやってくれるところは変わらない。
屋敷のことは最上級のディーノさんたちが居るから安心して任せられているというのも大きいんだろうけど。
「二人は別の予定があるのか」
「うん」
「今日は大切な相手と過ごす日と聞いた記憶があるが、お前よりも大切な相手が出来たということか?」
そう言って魔王は首を傾げる。
「そうじゃない。二人は大切な恩人のところに行くんだ」
「恩人?」
「奴隷商に誘拐されて森で彷徨ってた二人を保護して名前をくれた人。二人にとって今日はその人が名前をくれた大切な日でもあるんだ。どちらが大切なんて比べることじゃない」
「そうだったのか」
今日はルナさまが二人に名前をくれた日。
毎年二人はこの日になると名前を伏せてお礼の花とメッセージを送っていたけど、武闘大会で優勝したことで周りの人の獣人族を見る目も変わってきたから今年は堂々と会いに来るようにとルナさまから個人的な食事会の招待状が届いた。
「もしシンさまがお独りであれば私も姉も迷いなくシンさまに同行いたしました。ですが護衛としてこの上ない方がお傍におりますし、何より、生涯を共にする約束を交わした者同士の祈りの日を邪魔するほど気が利かない訳でもありません」
そう言ってエドは苦笑する。
大切な人は一人じゃない。
俺は半身の魔王と。
エドとベルは命の恩人のルナさまと。
今日は『家族』ではなく『恋人』や『恩人』というまた別の大切な相手と過ごすことにしたというだけ。
「いつもそのくらい気を利かせてくれればいいのだが」
「祈りの日だけです。シンさまは私たちの大切な主でもあるのですからお忘れなきよう」
苦笑で憎まれ口を言う魔王と黒いベルがニョッキリしていてエドと笑った。
・
・
・
軽くシャワーを浴びて着替えたあと、使用人に準備しておいて貰ったものを魔王や俺の異空間に入れて支度完了。
ディーノさんや使用人やエドやベルに見送られて転移で向かった先はガルディアン孤児院の隣にある広場。
「シン兄ちゃん来た!」
「シン兄ちゃん!」
広場からは歩いて孤児院の敷地に入ると外の遊具で遊んでいた子供たちが気付いて走って来る。
「よし、元気そうだな。体調崩してる子は居ないか?」
「大丈夫!みんな元気!」
「そっか。じゃあ安心した」
元気に抱きついてきた子供たちの頭を撫でながら様子を確認してホッと一安心。
「異空間のお兄ちゃん、こんにちは」
『こんにちはー!』
一緒に居る魔王にもカルロに続いて元気に挨拶する子供たち。
すっかり『異空間のお兄ちゃん』が定着している。
「フラウエルだ」
「え?」
「俺の名はフラウエルという」
子供たちに自分の名前を教えた魔王。
今まで何度か荷物を運んでくれたりしたものの、子供たちとは短い単語の返事と微笑する程度で関わることはなかったのに。
「名前で呼んでもいいの?」
「ああ」
驚いたのはカルロたち年長組の子供たち。
年少中組の子供たちには難しいあれこれは分からないけど、ある程度の知識がある年長組の子供たちは司祭さまから賢者と聞かされている魔王が名前を明かしたことに驚いたんだろう。
賢者は姿と名前を偽り生きている。
それが精霊族の常識だから。
「フラウエルお兄ちゃん?」
「ああ」
疑問形で名前を呼んだのは年中組のクロエ。
好奇心旺盛で物怖じしないクロエは魔王を見上げて名前を呼んでニカッと笑う。
「私はクロエ。司祭さまがお名前つけてくれたの」
「そうか」
クロエに続いて次から次に自己紹介する子供たち。
あっという間に子供たちに囲まれ珍しく困惑している様子の魔王を見て笑った。
「院長」
「あ、ユーグ。遅れて悪かった」
「いえ。ご多忙であることは存じておりますので」
孤児院から出て来たのは男性保護師のユーグ。
指導員は保育協会で学び協会から資格を得た人、保護師は指導員の経験を持ちより専門的な知識を学び国から資格を得た人。
領事館や駐屯所を建て最低限の安全を確保したことで、このガルディアン孤児院にも保護師が配属されることになった。
ただ、多少改善されても西区が危険なことには変わりない。
そんな危険な場所と知りながら自分がと名乗りをあげてくれたユーグは、武闘大会の付添人で西区の経理を引き受けてくれたルネの友人でもある。
「保護師さん、もう遊びの時間終わり?」
「いいえ。鐘が鳴るまで遊んでいて大丈夫ですよ」
元々子供が好きで指導員になった人とあって誰に対しての対応も温和で、子供たちもすっかり懐いている。
「じゃあみんな、また後でな」
「保護師さんとお仕事?」
「んー。まあそんな感じ」
「フラウエルお兄ちゃんも?」
「うん。また荷物を運んで貰ってるんだ」
「そっかー。遊びたかったなぁ」
「今度遊んで貰おうな」
「いいの?やったー!」
子供たちと俺の会話に魔王は「え?」と言いたげな顔。
魔界で子供と戯れる機会などない魔王にとっては戸惑いでしかないだろうけど。
孤児院に入って向かったのは食堂。
普段子供たちの食事を作ってくれている職員や指導員が待っていてくれた。
「ここに出して行くから厨房に運ぶのは手分けして頼む」
『はい』
俺の異空間に仕舞ってきたのは料理。
魔王に手伝って貰いながら、前々日に作って仕舞っておいた料理の鍋を床に敷いたシートの上に出していく。
異空間の中なら作って仕舞っておいても傷まないから便利だ。
「こんなに沢山の料理を見たら子供たちは驚きそうですね」
「今日くらいはな」
俺が先に渡しておいたスクロール(メニューや使われている材料を書いたもの)を見ながら言ったユーグにそう答える。
成人すれば一人で世間に出ることになる子供たちの感覚を狂わせないよう普段は常識の範囲内の食事に留めているけど、クリスマスにあたる今日は特別。
「ここに居る子供たちは一般家庭に育った子供よりも辛い思い出を抱えてる子が多い。その辛い過去や記憶をなかったことにはしてやれない変わりに、せめて大人になった時にいい思い出の一つとして思い出せるようなことをしてやりたい」
他の地区の孤児院は両親が何かしらの事情で育てられなくなって一時的に預けられた子供が多いけど、スラムの子供たちは産まれてすぐや物心ついてから捨てられた棄児はもちろん、貧困で食事が出来ず親が亡くなってしまった子や、親が犯罪に巻き込まれ亡くなる瞬間を見てしまった子なども居る。
面談に来てくれる親も居なければ帰る場所もない。
成人後に孤児院を出ても親の顔を一目見ることすら叶わない。
そんな天涯孤独の身でも逞しく生きている子供たちに、一年に一度くらいは贅沢をさせてもバチは当たらないだろう。
「そのお手伝いが出来るよう私も尽力いたします」
「ありがとう。よろしく頼む」
そう話して互いに笑みを浮かべる。
子供たちのことを第一に考えてくれるいい保護師が来てくれて良かった。
子供と職員合わせて数十人ぶんのクリスマス料理を全て異空間から出したあと、厨房へ運ぶのは職員に任せて魔王と再び外に出る。
「あれ?もうお仕事終わったの?」
「いや。今度はこっちでやることがあるんだ」
魔王と俺に気付いてわらわら集まって来た子供たち。
さっきは遊戯室で遊んでたんだろう子供たちも出て来ていて、声をかけてきたカルロと手を繋いでいたカームの頭を撫でる。
「フラウエル。埋める穴を開けるから出してくれるか?」
「ああ」
「危ないからみんな少し離れててくれ」
『はーい』
年長組の子に連れられ子供たちが離れたのを確認してから孤児院の前の土部分に風魔法を使って穴をあけ、魔王の異空間に仕舞っておいた物を出して貰う。
「大きな木!」
「可愛い!飾りがしてある!」
出して貰ったのは王都森林で見つけてきた二本の木。
倒れてこないよう深めに開けた穴へ土台ごと埋めて貰う。
「念のため固定魔法を付与した晶石を埋めておこう」
「え?」
「万が一にも倒れては大変なことになるだろう?」
「ありがとう」
埋めたあと軽く揺らして確認した魔王は自分の腕輪から二つ魔封石(魔界の晶石)をとると固定魔法を付与したそれを埋める。
異世界最強の固定魔法なら大嵐が来ようとも倒れないだろう。
「よし。見てるみんなも手伝ってくれ」
木を埋めた後に出して貰ったのは木箱が五つ。
蓋を開けて様子を見ていた子供たちを呼ぶ。
「なになに?なにをするの?」
「手の届かない上の方は先に飾ってきたから、みんなにはまだ飾ってない下の方を飾り付けて欲しい。こうやって飾りについてる紐で木の枝に引っ掛けられるから」
興味津々に箱を覗く子供たちに飾りを見せながら説明して見本に一つ飾ってみせる。
「やるー!」
「狡い!私もやる!」
「喧嘩しないの。みんなで仲良く飾ろうね」
「みんな一つずつ持って交換で飾ろう」
年少組の子たちが争うのをサッと止めた年長組の子たち。
大人が口を挟まなくても小さな子供たちを纏めてくれる年長組の子たちの成長ぶりが何とも頼もしい。
手の届く範囲に様々な形をした飾りを飾る子供たち。
少し上には俺や魔王が抱っこして飾りつけをさせる。
子供たちがワイワイと楽しそうに飾りつけをしているのを見て俺の頬も自然と綻んだ。
「フラウエル。そっちの木の一番上にこれ飾ってくれるか?」
「この穴に挿せばいいのか?」
「そう。刺したら落ちて来ないよう紐で結んで」
「わかった」
二人で翼を使い飛んで木の天辺に星の形の飾りをつける。
翼で飛ばないと届かない位置に飾るコレだけは子供たちを抱っこして付けさせるには危ないから。
「飾りつけは完了。後は」
パチっとスイッチを入れると電飾に明かりが灯る。
それを見て子供たちは「わあ」っと驚きの声をあげた。
「キレー!」
「凄い!」
大興奮の子供たち。
その反応を見て笑い声が洩れる。
「シン兄ちゃん、これはなに?」
「クリスマスツリー。俺が居た異世界では祈りの日の今日をクリスマスっていうんだけど、こうやってツリーを飾るんだ」
「異世界のものなの!?」
「西区は異世界の文化を取り入れた地区を目指してるからな。これを作るためにたくさんの人が協力してくれた」
この世界には『クリスマス』という行事自体がないんだから、当然ながらクリスマスツリーを飾る文化もない。
でも西区は他にはない異世界の文化を取り入れた地区として発展させていくことになっているから、飾り一つにも商人や技術者の力を借りて一から作って貰った。
「領事館にもこれより大きなツリーを飾ってある。今年の祈りの日は一人でも多くの領民が明るい気持ちで過ごせるように」
普段はまだまだ荒んでいる西区だからこそ。
今日は領事館の隣の建物で西区の領民を対象に食事や衣類の配給をしているから、それを貰いに来た人の心がツリーを見て少しでも癒されてくれたらと。
「シン兄ちゃん、西区の領主になってくれてありがとう」
「ん?」
カルロから言われてツリーを見ていた顔をおろす。
「俺もシン兄ちゃんみたいに誰かを救える人になる」
「ボクもなる。ボクのお名前は英雄のお名前だから」
カルロとカルロの隣に居るカーム。
その言葉とジッと見上げる二人の前にしゃがみ腕におさめる。
「私たちもなるよ!優しい人になる!」
「なる!」
俺の周りに集まって力強く言う子供たちに笑って頭を撫でる。
「ありがとう、みんな」
この子たちがいつか困っている人に手を差し伸べられる優しい大人になってくれると言うのなら、俺が生まれた意味もこの世界に召喚された意味も領主になった意味もあったと言うもの。
俺はこの世界を救う勇者ではなかったけど、この子たちが生きる未来のために『英雄』として力を尽くそう。
「よし。鐘が鳴るまでみんなで遊ぶか」
「フラウエルお兄ちゃんも?」
遊び時間の終わりを報せる鐘が鳴るまでまだ時間がある。
慌ただしくて暫く来れていなかったから久々に遊ぼうと思い提案すると、クロエの問いで子供たちは魔王をジッと見あげる。
「だって。どうする」
「俺は」
期待たっぷりの目で見る子供たちを見た魔王は口を結ぶ。
そのまま数秒の沈黙。
「……分かった」
『やったー!』
子供たちの期待の目に負けた魔王に吹き出して笑う。
異世界最強の魔王も子供の期待の眼差しには弱いようだ。
「何して遊ぶか」
「はいはい!だるまさんがころんだがいい!」
「やるー!」
「好きだなぁ。だるまさんがころんだ」
「みんなで遊べるもん!」
子供たちに『だるまさんがころんだ』を教えたのは俺。
以前は遊具がなかったから外でも遊べるよう教えたんだけど、遊具が増えた今でも子供たちは好んで遊んでいる。
「誰がオニになる?」
「オニ?」
「あ。先に遊び方教えてあげるね!」
元は異世界の遊びだから魔王は当然知らない。
クロエがオニになり数人が子になって見本を見せる。
この孤児院では子供たちの年齢がばらばらだから「切った」の後にオニが動ける歩数を変えて遊んでいる。
「できそう?」
「オニのいう最後のだで止まり、誰かが子に触れたら逃げる」
「そうそう。転移で逃げるのは禁止な」
「そんな大人げないことはしない」
「いや。ちょくちょく大人げないから」
魔王と俺の会話で子供たちは笑う。
笑ってるけど、このお兄さんは割と大人げないです。
「じゃあ最初のオニは俺がやるね」
「うん!」
最初のオニはカルロ。
年少組や年中組の子たちは『子』の方が好きなのを知っていて率先して『オニ』になるカルロは頼もしい。
「始めるよ!」
『はーい!』
「はじめのいーっぽ!」
孤児院の庭に響く子供たちの元気な笑い声。
その楽しそうな笑い声に俺も釣られて笑みが零れる。
辛い経験をした子供たちが笑ってくれるのは嬉しい。
「切った!」
先に捕まっていた子に他の子がタッチすると、年長組の子は年少組の子と手を繋いで逃げ、魔王と俺はハンデとして年少組の子を両腕に抱っこしてスタート地点に向かって走り出す。
「ストップ!」
みんな小さい子が一緒だからあまり遠くまで走れない。
カルロの足でも充分タッチできる範囲だ。
一人(一組)を除いて。
「いやフラウエル兄ちゃん遠すぎ!」
「転移は使っていない」
「子供が相手なんだから手加減して!?」
「だから言っただろ。あのお兄さん大人げないんだって」
二人の子供を両腕に抱いたまま全力で逃げた魔王の位置の遠さに驚いて指摘するカルロと、なぜ指摘されてるのか理解できないらしい首を傾げる魔王と、魔王の両腕に抱っこされたままキョトンとしている子を見て子供たちと笑い声をあげた。
魔族を率いる魔王と戦に巻き込まれることになる子供たち。
天地戦では間接的にでも危険に晒す者と危険に晒される者の立場になる両者が一緒に遊んでいる光景は皮肉ではある。
でも、魔王がフラウエルじゃなければ今の平和はなかった。
変わり者のフラウエルじゃなく言い伝え通りの血も涙もない魔王だったら今頃は天地戦の真っ只中で、こうして楽しそうな子供たちの笑い声など聞ける状況ではなかっただろう。
この平和は勇者が覚醒するまでの一時のもの。
ずっと続くものではないと分かっているけど、一日でも一秒でも長く続いてくれることを願わずにはいられない。
「タッチ!次はシン兄ちゃんがオニね!」
「よし。世の中の厳しさをオニの俺がしっかり教えてやる」
「人のこと言えないくらいシン兄ちゃんも大人げない!」
雲一つない晴れた空。
子供たちの笑い声が響き渡る。
いつか来るその日まで子供たちが笑顔で居られるように。
魔王や国王であっても止められないその日が来るまで。
23
あなたにおすすめの小説
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
《作者からのお知らせ!》
※2025/11月中旬、 辺境領主の3巻が刊行となります。
今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。
【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん!
※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる