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第十一章 深淵
報告会議
しおりを挟む『では数日こちらへは戻れないということか』
「そうなる」
部屋に戻ってから真っ先に報告したのは国王のおっさん。
ブークリエ国の中で俺の訪問理由がアルク国王の治療だと知っているのは国王のおっさんだけだから、誰も通さず直接報告できるよう魔王が以前渡してあった水晶を使っている。
「そういう訳で治療の目処がつくまでの公務は中止したい」
『それは構わない。人命が優先だ』
「ありがとう。そう言って貰えると助かる」
英雄という立場も決して暇ではない。
特にこの年の瀬は細々した公務の予定が入っていたけど、アルク国王の治療を含め国民の生活にも悪影響を及ぼす負の気の浄化などを優先したい。
「こっちに居る間はあえて俺が国民の前に出ることで国王が健在だってアピールするつもり。まさか国民も国王の体調が悪いなか英雄の俺が公務を続けるとは思わないだろうから、少なくとも俺に対応できる程度には元気になったと思うだろうし」
今回俺は正式に訪問しているアルク国の公賓。
俺が来た時点で公賓を迎えられるくらい回復したのだろうと思っている人が多いだろうけど、念のため。
『大丈夫なのか?』
「なにが?」
『貴殿は人前に好んで出る性格ではないだろう。それでなくとも治療で魔力を大量に使うだろうに体調を崩しそうだ』
治療方法が閨とはさすがに国王のおっさんにも言えないから魔力譲渡と恩恵を使うと話したけど、治療で大量の魔力を使うのに公務もやって大丈夫なのかと心配してくれたようだ。
「心配してくれてありがとう。でも優先するのは治療と浄化で他の公務は目くらまし程度に入れるだけだから大丈夫。あんま来る機会がないアルク国を見て回る感覚で気楽にやる」
『無理はしないようにな』
「ありがとう」
まるで親。
心配してくれることに感謝しつつ、アルク国王の体調の様子を見てまた報告することを話して通信を切った。
説明することを纏めていると部屋に食事が運ばれてきて、城の来賓を饗すボーイやメイドがテーブルの上をセットする。
「お食事の支度が整いました」
「ありがとう。後は自分でやるから下がっていい」
「承知いたしました」
支度をしてる最中も俺がずっと書き物をしていたからか、必要最低限の話だけして品よく頭を下げると部屋を出て行った。
「あ。エドにも連絡しないと」
纏めていたスクロールを伏せてエドに通信する。
国王のおっさんに報告して終わったつもりになっていたけど、領主の仕事はまた別の話。
『はい。お待たせしました』
「周りに人は?」
『地下の酒庫におりますのでご安心を』
それを聞いて映像も繋げる。
「悪いな。確認中だったか」
『私の方は時間がありますので大丈夫です』
エドが居たのは屋敷の地下にある酒庫。
ワインなど酒類の熟成度や残り量、樽やコルクが傷んでいないかを毎日チェックするのも執事のエドの役目。
「アルク国王のことだけど、ひとまず危機は脱した」
『星の樹の実や枝の効果があったのですね』
「うん。ただ、根本的な原因を治療しないと再発する」
『え?』
「その治療のために数日アルク国に滞在することになるから仕事の予定を調整してほしい」
今回は治ったけど原因はまだそのまま。
国王のおっさんに話した時と同じく本当の治療方法はごまかしたけど、魔力過多の原因になっている病を治療するためアルク国に滞在することを説明する。
『滞在が長くなるのでしたら私も従者として参りますか?』
「いや。エドやディーノさんには領主の仕事を頼みたい。二人が代理できるもの以外の予定は全部キャンセルで」
『代理やキャンセルの理由はどうしますか?』
「アルク国で急遽公務が入ったってことにしてくれ。英雄の公務が優先なことはみんなが知ってることだから」
『承知しました』
英雄の仕事はブークリエ国を代表しての国務。
領主の仕事よりも優先順位が高いことは一般国民でも知っていることだから、早々文句は言わないだろう。
国あっての領地だから。
『ベルをそちらに向かわせますか?』
「ううん。来てる理由が理由だからベルまで墓に持っていく話に巻き込むことになる。食事や着替えはアルク国側が配慮して従者を寄越してくれてるし、このまま一人で大丈夫」
俺は生粋の貴族と違って身の回りのことは自分で出来る。
誰かに来て貰って口外を禁ずる契約をまかれる方が困る。
『承知しました。従者が必要になった際は教えてください』
「うん。その時は連絡する」
『どうぞお体に気をつけて、ご無理はなさいませんよう』
「ありがとう」
俺の可愛いエドは執事としても有能。
領主の仕事に関してはエドやディーノさんにお願いして通信を切った。
「よし。後は食事しながら纏めるか」
行儀が悪いけど時間がないから仕方ない。
スクロールとペンを手に、美味しそうな食事が並んでいるテーブルにようやくついた。
・
・
・
食事を終えてから三・四十分ほど。
空いた食器を片付けに来たメイドが煎れてくれた珈琲を飲みつつ纏めた内容を確認していると騎士が呼びに来て、再びアルク国王の寝室に向かった。
今日のアルク城の中は以前来た時に比べて人が少ない。
万が一にも国王の体調が外部に漏れないよう今は使用人の数も極力減らしているんだろう。
騎士が空けてくれた扉から入ると既に揃っていて、俺の姿を見ると椅子から立ち上がり胸に手をあて敬礼をする。
王妃の三人はもちろん王太子や第二王子、宰相や師団長や騎士団長や魔導師長や随行医たちの他にも数名が集まっていた。
俺が椅子に座ると早速報告会議が始まる。
主要人が集まっての会議だから進行はアルク国の宰相。
見知らぬ数名も国の重役らしく簡単に紹介を受けた。
「報告の前にまずはこちらの誓約書にサインを」
「今回の誓約は英雄の秘密保持義務も含まれる。元より英雄の能力や私生活に関して遵守することは保護法にて全ての精霊族に課された義務だが、改めてここで誓約を交わして貰う」
アルク国王が念を押して宰相が一人ずつ誓約書を配る。
「英雄公爵閣下にも内容を確認していただくためお渡しいたしますが、サインは不要にございます」
「ん?確認するだけ?」
俺も渡されたもののサインは要らないと聞いて首を傾げる。
「公務として訪問している貴殿には国へ報告する義務がある。その義務を果たせる形の内容で後日誓約を交わそう」
「承知いたしました。ご配慮感謝申し上げます」
たしかに報告の義務を果たせないのは困る。
もうアルク国王の容態については口頭で報告した後だけど、公務として来てる限り報告書を提出する必要があるから。
そう納得して誓約書に目を通す。
要約すると、これから聞く報告の内容の口外を禁ずるもの。
いわゆる秘密保持誓約書。
アルク国では誓約書を交わすのは珍しくないのか、誰一人疑問を口にすることなくサラサラとサインしていた。
「誓約が揃いましたので陛下よりご説明願います」
「ああ。私はまだこのように床に伏せる身。円滑に進むようこの後の会議での発言許可は不要とする」
全員の誓約書が揃って早速本題に。
アルク国王が体を起こしてベッドに座ると宰相が肩にストールをかける。
「魔力過多の原因だが、魔力神経硬化症という病だった」
「病名が判明したというのですか?」
「ああ。英雄の魔法検査で判明した」
発言許可は不要と言われていたから最初からザワザワ。
早速問いかけたのは見知らぬ人の中の一人。
見知らぬ人と言っても他国人の俺が初めて見た人なだけで、アルク国王の叔父でこの国の政治にも携わる重鎮らしいけど。
「今まで何者の魔法検査を以ってしても魔力過多としか出なかったと記憶しておりますが、病名は確実なのでしょうか」
「私が偽りを語っていると考えての発言か?」
「滅相もございません。そういう意図での発言ではなく、私どもは実際この目で見た訳ではございませんので、前例になかったことを容易く受け入れることは難しいということです」
アルク国王とその人の会話でピリッとした空気になる。
この二人、あまり仲がよくなさそう。
「それは英雄公爵閣下への失言ともとられますが?」
「構わない。ルリジオン公の今の発言は未知のことに懐疑を抱いたに過ぎない。仮に誤診ならば治療が意味をなさないことにもなり兼ねないのだから確信がほしいのも理解できる」
第一妃が俺を気遣ってフォローしてくれたけど、偉い人の言葉なら無条件で信じてしまうよりいい。
患者が一国の王とあればなおさら疑うくらいで丁度いい。
「陛下。ルリジオン公だけでなくみなが信用できるよう、再度この場で魔法検査を行う許可をいただきたく存じます」
俺を見たアルク国王は溜息をつく。
「英雄の能力はおいそれと実践してみせるようなものではないのだが……。仕方ない。許可しよう。手間をとらせる」
「では」
椅子から立ち上がってアルク国王の居るベッドの傍まで行くと王妃たちや王太子や第二王子から頭を下げられる。
人前で能力を使わせてしまうことの謝罪だろうと受け取り笑みだけで応えた。
「先ほど誓約書は交わしましたが、この場に居るみなに陛下の詳細な検査結果を公開してもよろしいのでしょうか」
「構わない。誓約にはそれも含まれる」
「承知いたしました」
みんなが見れるなら話が早い。
まずはアルク国王の病名はこれと実際に見せて全員に納得して貰ってからじゃないと治療の話に入れないから。
「詳細な検査には多少の時間を要する」
「事実を証明していただけるならば幾らでもお待ちします」
「そうか。では数時間ほど待って貰うとするか」
みんなを待たせることになるから先に検査魔法をかけつつも説明した俺に即答したルリジオン公へ皮肉で返す。
医療院での簡易魔法検査なら十分ほど、詳細な魔法検査でも三十分ほどで終わるから数時間なんて有り得ないけど。
「冗談だ。数分で終わる」
噛みつかれたぶんは噛みつき返す。
ルリジオン公の失言とも捉えらる発言を構わないと言ったのは前例のない話を聞いただけでは信じられなくても当然だと思ったからで、俺自身に噛みついていいとは言っていない。
例えアルク国王の叔父であろうと国民階級は俺の方が上。
両国王に次ぐ権力を与えられている英雄として、この手の相手には身分差をハッキリさせておく必要がある。
俺が扱い易い奴ように思われては利用されることになるし、俺に強い権力を与えた両国王の面目も潰すことになるから。
この場で俺に命令できるのはアルク国王だけ。
この場でなくとも両国の王だけ。
見せて貰えることが当然だと思われては困る。
「結果が出ました」
「うむ。やはり英雄の魔法だと結果が出るのが早いな」
「検査も魔法である限り個人の能力値に左右されますので」
所要時間もどれだけ詳細に調べられるかも能力値で変わる。
それプラス俺の場合は魔法検査にも特殊鑑定が反映されているから、他の人では調べきれないことでも検査結果に出る。
「みなに見えるよう画面を拡大して見せよう」
検査結果の画面を会議で使うスクリーンのように拡大する。
ちなみに画面を拡大できることを知ったのは今日。
クルトが継承能力がなくなっていないことを魔王や俺に見せるために拡大したことで知った。
「英雄公爵閣下。恐れながらこちらの線が引かれた人型のものとホースのような管は一体」
三枚拡大した画面の二枚は体内の魔力神経を表すもの。
魔導師長は初めて見るそれにまず疑問を持ったようだ。
「それは陛下の体内の魔力神経の位置と状態を表している。私が居た異世界ではX線写真や解剖図といわれているものだ」
「体を開かずとも体内をこのように見ることが可能とは。これを魔法医療師も使えれば患者の体への負担が減るのですが」
たしかに体内が目視できるなら手術の時にいざ開いて『ここじゃなかった』ということもなくなる。
真っ先に患者の負担が減ることが思い浮かぶとは、ブークリエ国の魔導師長はアルク国の魔導師長を見習った方がいい。
「それについてだが、知識の違いではないだろうか」
「と申しますと?」
「異界人の私は検査を受けたことがあり、そのための医療機器があることも知っている。だがこの世界にはない。魔法とは想像力で左右されるもの。魔法医療師に医療機器の知識がないことが私以外この検査を行えない理由ではないかと推測する」
俺の推測を聞いて魔導師長だけでなく随行医たちも「有り得る」と話して色めき立つ。
「魔力の消費が多いため魔力量の数値が高い者に限定されてしまうだろうが、試してみたいならば私が知識を与えよう」
「よ、よろしいのですか?異世界の貴重な知識では」
「私が知識を独占したところで使いどころは限られている。医療に携わる者たちが怪我や病に苦しむ患者を一人でも多く救えるよう正しく能力を使ってくれるのならば喜んで教えよう」
「何たる慈愛の心。英雄公爵閣下へ心より感謝を」
いや、祈らなくていいから。
みんなから祈られて目が合ったアルク国王と苦笑する。
「医療の発展に繋がる重要なそれについては別に話し合いの場を設けよう。医療協会にも話を通さねばならないからな」
「承知いたしました」
祈られる俺の気持ちを察してくれたらしく、アルク国王が助け舟を出してくれてホッとする。
「では改めて私から魔法検査の結果についてご説明を」
「よろしく頼む」
画面に載っているのはアルク国王の現在の身体状況。
年齢や身長や体重といった基本情報から、歯の治療歴や手術歴についても出ている。
「これを見て貰えばわかるように、私がここに来てまず行った検査で出た魔力過多や魔腐食は治療で完治したため項目から消えている。それが理由で一時的に落ちた体力や筋力もじきに回復するだろう。問題はここに書かれた魔力神経硬化症だ」
今日の今日まで伏せっていたんだから体力が筋力が落ちているのは当然で、そこは徐々に回復する。
だから問題は残りの『魔力神経硬化症』という病だけ。
「聞かれる前に話しておくが、今まで誰も分からなかった初見の病名がなぜ私の魔法検査には出るのかは分からない。そこはみなのステータス画面が神より賜ったものとしか分からないのと同じく神のみぞ知ることとしか説明しようがない」
ルリジオン公から突っ込まれる前に説明する。
そこを聞かれても俺自身も『そういう能力だから』としか答えられない。
「ひとまず事実の証明にはなっただろうか」
「ええ。実際に書かれているのですから。ですが、病名で魔力神経が硬化していることは分かっても治療法までは載っておりませんね。肝心のそこはいかがなさるおつもりですか?」
治療法は魔王から教わりました。
なんて説明は当然できない。
どうごまかすか。
【ピコン(音)!鑑定で魔力神経硬化症を検索できます】
『え?検索で出るってこと?』
【はい。病名が判明した時点で検索できます】
マジか!
特殊鑑定はもちろん教えてくれた中の人も有能すぎる。
お蔭で星の樹の枝や実の時のように英雄の権力を行使して聞くなとせずに済んだ。
「先程から無礼であろう。英雄に対する態度ではない」
「私はただ、病名が判明しても治療法は不明では治療計画の立てようがないと事実を申しているだけにございます」
「陛下、お体に触ります」
遠回しに嫌味をいうルリジオン公にアルク国王が深く眉根を寄せ怒りの声をあげるのを見て肩にストールをかけ直す。
「そこは心配要らない。私は特殊鑑定という特殊能力を持っていてな。その鑑定は名前さえ分かれば詳細を調べられる機能が備わっていて、魔力神経硬化症の治療法も既に調べて判明している。諸君に集まって貰ったのは一緒に治療法を考えるためではなく、どのような治療を行うかを報告するためだ」
見知らぬ病の治療法を考えろとは言っていない。
一国の王の治療を人知れずやる訳にはいかないから報告するために集まって貰っただけで。
「だが、誰もが己の身を守るために知ることを避ける私の能力についてこれほど深掘りする者が居るとは思わなかった。よほど多くの秘匿情報を保持して墓場に行きたいのだろう。変わった趣味で自分の欲を満たすのは結構だが、聞きたくなかった者も貴殿の趣味に巻き込まれて知ることになるとは可哀想に」
特殊鑑定については秘匿中の秘匿。
俺が属するブークリエの中でさえ極一部の人しか知らない。
例え酔ってぽろりと話してしまったんだとしても秘匿情報を漏らしたということで断頭台まっしぐらだと言うのに。
「見るか?私の特殊鑑定の画面を。異世界の情報も含まれる鑑定結果を。私を誘導して勇者も居た世界の情報を吐き出させたとあらば両国から監視対象になるだろうな。ブークリエ国の国王陛下ですら私の特殊鑑定画面を見たことがないのだから」
ルリジオン公の背後に回って耳元の近くで囁く。
何かと突っ込んでくる理由は恐らくアルク国王にある。
あまり仲がよくないことは最初に分かったけど、ルリジオン公はアルク国王が病にかかっていることを喜んでいる。
神妙な顔の裏ではアルク国王が病にかかっていることを痛快に思っていることをルリジオン公の言葉の節々に感じる。
殺意のようなドス黒い感情ではない。
子供が「ざまあみろ!」と舌を出すような陳腐な感情。
くだらない感情ではあるけど、アルク国王を嘲笑いたいがために俺や俺の能力を利用したことはいただけない。
「私は陛下が患った病を理解して貰うために必要な能力以外は見せるつもりがない。秘匿情報とされる私の能力を知ったぶんの重責を背負わせてしまうことになるからな。だから貴殿にだけ見せよう。治療計画を立てるために必要なのだろう?」
そう話してルリジオン公の顔の前で鑑定画面を開く。
「結構。治療法が分かっているならそれで構いません」
「そうか。この鑑定画面はただの空白だったのだが」
顔を逸らしたルリジオン公から離れて画面を閉じる。
これだけ忠告しておけば少しは黙って説明を聞くだろう。
「ここに集まった者の多くが知りたいのは、陛下の御身を蝕むものの正体と治すことができるかどうかだろう。これから治療について話すが、話を聞いたうえで疑問に思うことや不安に思うことがあれば聞いてほしい。私に分かる範囲で答えよう」
アルク国王の傍に出したままの画面まで戻ってそう話す。
自分が気持ちよくなりたいがための幼稚な質問以外は聞く。
「まずは魔力神経硬化症とは何かを説明する」
「英雄公爵閣下。スクロールに記録してよろしいですか?」
「病気に関してと治療法を記録するだけであれば構わない。後ほど宰相や師団に内容を検閲して貰ってくれ」
「承知しました」
手をあげた随行医に答えると他にも数人スクロールを出す。
今回の集まりは名目上会議と言っても重鎮だけで書記官がいないから、忘れないようメモをとるのも分かる。
「魔力神経は魔力を全身に行き渡らせる役目を担う重要な管。通常ならば体が成長したり魔法を使うことで管の中心部に空いている隙間も拡がる仕組みになっている。正常に拡がっていれば空気中から取り込んだ魔素を必要な分だけ魔力に変換して不要な分は排出することが出来るが、魔力神経硬化症の患者は神経が硬く拡がり難いため、上手く全身に魔力を行き渡らせることや正常に魔素を変換することができず体内に蓄積される」
真剣に聞く重鎮たち。
俺も話すことを纏めたスクロールを見ながらであるものの説明を続ける。
「陛下が体調を崩されたのも必要以上の魔素が体内に蓄積されていたから。それでも例年通りの魔素であれば例え蓄積されても魔力過多の症状で済んだだろうが、今年は魔素に負の気が多く含まれていたために魔腐食までも起こしてしまった」
そこまで話すと今まで聞こえていたペンの音が止まって顔をあげる。
「ここまでの内容に疑問があれば答えよう」
「お伺いしたく存じます」
「許可する」
軽く手をあげたのは師団長。
「今年は負の気が多いとの事ですが、陛下が体調を崩されたのは豊穣の儀の翌日。蓄積されていたという事は浄化する以前の負の気の魔素の影響だと考えればよろしいのでしょうか」
予想はしていたけど負の気の話。
異世界人の俺が聞いたことがなかっただけでこの世界の人に負の気というものの存在は常識らしいから、人々にあらゆる悪影響を与えるそれが浄化されているかどうかは重要なこと。
「陛下からも同じ質問をされお答えしたのだが、結論から言うとアルク国の負の気はまだ浄化されていない」
それを聞いてみんなザワザワする。
豊穣の儀が終わって既に負の気も浄化されたものと思っていたのにまだと聞けば騒がしくなるのも当然だ。
それほどの影響があるということ。
「残りの負の気の浄化には私も協力する」
「英雄公爵閣下が?」
俺が浄化に協力することを話すと話し合っていた声がピタリと止む。
「今年はブークリエでも豊穣の儀で行った一度の祈りでは浄化できず、夜になりそれに逸早く気付いたプソム教皇が己の生命力を削り祈りを捧げ始めた。偶然その場に居合わせた私も恩恵を使い共に祈りを捧げて漸く全ての負の気を浄化することができたが、今年はそれほどに負の気が多かったということだ」
「なんと。プソム教皇でさえ浄化できなかったとは」
浄化において名高い教皇を以てしても浄化できなかった。
その事実はアルク国も浄化できていないことを表している。
「私は今回アルク国の教会で月神に祈りを捧げる名目で訪問している。その名目通り教会へ出向けば負の気が残っていることを民に知られることなく浄化を行えることは幸いだった。アルク国の民が安心して新星の月を迎えられるよう尽力しよう」
「どうぞお願いします。英雄公爵閣下へ心からの感謝を」
豊穣の儀から数日遅れの祈り。
その名目が役に立つとは俺の訪問理由を考えた人も思っていなかっただろうけど。
「話を戻すが、浄化されていなかった負の気が最後の後押しとなって陛下のお体を蝕んだ。それが今回の全貌だ。今後再発させないためにも魔力神経硬化症の治療を行う必要がある」
負の気を浄化しても魔力過多にはなる。
一国の王が体調を崩して寝込むという事態を避けるには根本のそれを治すしかない。
「魔力神経硬化症を治す方法は魔力神経を拡げてやること。魔力神経硬化症の患者が成長途中の幼い者であれば、魔力を持つ者の血をティースプーン一杯ほどの少量だけ飲み物や食事に混ぜるなりして摂取させるか、魔力譲渡を行い魔力神経へと緩やかに魔力を流してやることで拡げることが出来る」
再びカリカリとメモをとる重鎮たち。
この部分は魔力神経硬化症の予防策や治療法としてしっかり書き残して後世に役立ててほしい。
「魔力神経硬化症はまだ成長途中の幼い頃に治療をすることが最重要となる。魔力神経が柔らかい幼い頃であれば今話した方法で痛みを伴うことなく予防や治療できるが、魔力神経が硬くなってからの大人の治療はそうもいかない。つまり既に大人になっている陛下の治療は苦行とも言えるものとなる」
痛いのは治療を始めたばかりの最初の内だけで、主には『本当は男と知っている相手との閨』という苦行になるんだけど。
「お待ちを。陛下の治療はそんなにも大変なのですか?」
そう声をあげたのは第一妃。
その心配や不安の入り交じった表情を見て申し訳ない気分になるけど、やって体液を与えるという事実を話す方が王妃たちには、いや、アルク国王や俺にもダメージがでかい。
「陛下の治療は私の恩恵と魔力譲渡を使い数日かけて行う。既に硬くなっている神経に魔力を通して強引に拡げるのだから楽な治療にはならない。陛下もそのことは理解したうえで、今後も生きて民を導くためにと治療を受けるご決断なさった」
俯く第一妃の背中に第二妃と第三妃が手を添える。
みんなも深刻な表情で押し黙っていて胸が痛い。
「どのような手段であれ治療を受けないという選択はない。王位も能力も生きて王太子に継承したいのでな。その時が来て王太子の継承が済むまで民を守ることが国王の私の務めだ」
治療法は偽りでも、その言葉は本物。
蓄積した魔素に体や精神を振り回されていない時のアルク国王は民や国を思う立派な国王。
「承知しました。私たち妃は陛下をお支えします」
いい伴侶を持ってアルク国王は幸せだな。
国や民だけでなく王妃や子供たちのためにも治療をして元気になって貰わないと。
「その治療は英雄公爵閣下でなければ出来ないのですか?」
空気を壊すように質問したのはルリジオン公。
「数日かかるということは、それでなくともお忙しい英雄公爵閣下の公務予定を中止していただくことになります。魔力譲渡であれば賢者にも可能ですし、恩恵も同じものを持った者が居るかも知れません。自国のことは自国で片付けるべきでは」
うん。やっぱり嫌味臭いけど言ってることは分かる。
自国で出来る事は自国でやろうと思うのは間違いじゃない。
俺もアルク国内で条件に合う女性賢者が居ればそうして貰うつもりだったし。
「ルリジオン公。少し体験をさせてやろう」
再びルリジオン公の所に行って肩に手を置く。
「な、なにを………っ!?」
一気に魔力を流すと飛び跳ねるように椅子から落ちそうになったルリジオン公の体を支える。
「痛かっただろう?今私が魔力を流したのはほんの一瞬。しかも正常な魔力神経でその痛みだ。硬くなった陛下の魔力神経に魔力を流すということは今の激痛を味わうということ。じわじわと時間をかけ流し続けることで強引にこじ開けるのだ。痛みを緩和する私の恩恵を併用せずただ魔力譲渡を行えば、陛下はルリジオン公が一瞬のことでも椅子から転がり落ちそうになったほどの痛み以上の激痛を何時間も堪えることになる」
そう話して椅子に座らせて上着を整える。
「この治療を行う者の条件はまず魔力譲渡が出来る賢者であること。二つ目は魔力譲渡を連続で長時間行える魔力量を持っていること。三つ目に魔力神経に干渉できるだけの高い魔力値を持っていること。四つ目は痛みを緩和させることのできる私と同じ恩恵を持っていること。この条件を満たせる者は居ないと断言する。何故なら私の恩恵は私にしかない」
体液治療ができる異性賢者が居ない時点で他の人には無理。
もし本当に魔力譲渡で治療をしようものならアルク国王は耐えられない痛みで発狂することになる。
「訓練を受けた者は分かるだろうが、魔力を感じとれるよう他者へ魔力を送り教えてやる際には極微量しか送らない。まだ魔力神経がしっかりと拡がっていない者へ一気に流せば体調を崩し、酷ければ失神してしまうからだ。だから幼い頃に魔力硬化症の治療を魔力譲渡で行う際にも緩やかにという点には充分配慮せねばならない。詳細は後ほど調べて教えよう」
「ありがとう存じます」
説明を聞いてメモをとる重鎮たち。
俺がルリジオン公にしたことのお咎めはないようだ。
誰かしらは『他国の重役になにをしてくれているのか』と表情に出すくらいはするかと思っていたけど。
「陛下にもお伝えしたが改めて諸君にも話しておく。私の人種は人族であるが、能力を使う相手を種族や身分で選んだりはしない。公務についても中止にしたところで命を落とす不幸な者はいない。陛下の治療にしても浄化にしても、目の前に私にしか出来ないことがあるのならばそれを優先することが私の生き方。アルク国内でなんとかしなければという気遣いは不要。私がそうすると決めてここに居るのだから責任も私にある」
ルリジオン公の発言で〝英雄の公務を中止させる〟という事実に気付いて気にする人も居るかも知れない。
だからそれだけは話しておきたかった。
「英雄。貴殿には迷惑をかけるがよろしく頼む」
「勿体ないお言葉を。アルク国でもみなが平穏な新星の月を迎えられるよう尽力いたします」
アルク国王に向かって胸に手をあて頭を下げた。
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病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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