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第十一章 深淵
密か事
しおりを挟む「シン」
名前を呼ぶ声が聞こえて瞼をあげる。
「……陛下?」
間近に居るのはアルク国王。
どうしてアルク国王がと思った一瞬あとに思い出す。
「失礼しました。寝ていたようで御無礼を」
「無礼なことをされた記憶はないが」
慌てて飛び起きると体をガシッと捕まれベッドに戻される。
うん、国王が使う枕の柔らかさと気持ちよさは異常。
「慌てずとも公務のない今は私が呼ぶまで誰も来ない。貴殿は今日浄化を行うのだからもう少しこのまま体を休めるといい」
「お心遣い感謝申し上げます」
今は何より体力を回復することが優先だから起こしてしまわないようアルク国王の方から呼ぶまで誰も来ないんだろう。
「とは言え私の方は国王の寝室で一夜を過ごしたなど不敬だとあらゆる方面の方々から怒られそうですが」
「治療のため私の寝室に一夜いることが不敬だと言うなら随行医たちはもう何度罪に問われていることか」
ああ、たしかに。
俺がアルク国に来る前には深夜早朝問わず交換で延命治療をしていただろうから、一夜どころの話ではない随行医や魔法医療師はとっくに牢屋へ入れられている。
「譲渡治療の後で私が発熱したために回復治療を追加で行いつつ経過を観察するためここで仮眠をとって貰ったと話す。それでもまだ不敬などと言う者が居れば私がその者を罪に問おう」
話をしながら額に口付けられる。
肉体関係を持った相手という事実があるからか、息をするくらい当たり前のようにそんな行為をされるようになるとは。
でもまあヤった後に興味を失って雑に扱う男より誠実か。
まだしばらくは閨を共にする必要があるんだし、お互い治療がやり易いようこの距離感を保っておくのも悪いことじゃない。
「今回は発熱していないようですね」
「ああ。熱もなければ体調もいい」
あの後も致したけど今のところ熱はない。
一度熱が出てしまえばその後はヤっても出ないということか。
初回治療のあれ一度きりで今後は出ないのか、今回は出なかっただけなのか、そこは続けてみないと分からないけど。
【ピコン(音)!数日は発熱が起こると思われます】
『吃驚した。おはよう中の人』
【おはようございます】
考えているとピコンと音がして中の人に挨拶をする。
しっかり挨拶を返す中の人は律儀。
『少なくともヤる度に出る訳じゃなさそうだけど』
【一度治療を行い魔力神経が軟化している状態の数時間は体液に含まれる魔力量程度では発熱いたしません】
『柔らかくなってたから二度目は熱が出なかったのか』
【はい。魔力神経が拡がった状態が保たれるまで少なくとも数日を要しますので、安定するまで発熱が起きると思われます】
『なるほど。納得した。教えてくれてありがとう』
【お役に立ちましたなら幸いです】
発熱の理由は硬い神経が軟化して体が異常と判断したから。
二度目は既に軟化した状態だったから、体液に含まれる程度の魔力量では発熱を起こすほどの異常とは捉えられなかったと。
それなら軟化状態から戻らない内に体液を与えた方が体(魔力神経)の負担が少なくて済みそうだけど……体力が持たないな。
一度ヤるだけでも体力を使うことはご存知の通り。
体力が落ちているアルク国王には特に。
「陛下。治療についてなのですが」
「ん?」
横になったまま俺の体に腕を置いて寛いでいるアルク国王。
体調はいいと言っていたけど少し怠そうにも見える。
「神経が柔らかい状態が安定するまでの数日はまた発熱を起こすと思われます。ですので先ほどお話しになった治療後の経過観察を実際に行おうと思うのですが、この寝室に近い部屋を治療後の数時間だけ空けていただくことは可能でしょうか」
「部屋を?」
「陛下には治療後ゆっくりとお休みいただいて、私も翌日の予定に備え別室で仮眠を取りつつ時々こちらまで確認に伺おうかと。ただ仮眠をとるだけですので小さな部屋で構いません」
数日間は熱が出ると分かっているなら、治療後から朝までの数時間この寝室に近い部屋を空けて貰えれば確認に来る俺も楽。
今滞在している貴賓室からこの寝室まで距離があるから。
翌日公務があるし、移動時間を短縮して少しでも多く寝たい。
「今日のようにこの寝室で眠るのでは駄目なのか?」
「国王の寝室で寝泊まりをするのですか?」
「安定するまでの数日間は治療後に何かあってもすぐに対応できるよう近くに居ることにするということだろう?」
「はい」
「それならここを使え。私も異変があった時には起こせる」
国王の寝室で寝るってアリなのか?
人間が一番無防備になるのが寝ている時なのに。
「さすがにそれは。私が暗殺者だったらどうするのですか」
「その時は躊躇せずひと思いにやってくれ」
「やりませんけど!」
全力で否定した俺にアルク国王は笑う。
「私は王家に生まれ育った者。今まで暗殺を企てられたことも一度や二度ではない。今の貴殿のようにこうして無防備な姿を晒しつつ喉元にナイフを突きつける者も居た。慣れている」
「そのようなことに慣れないでください」
「王家に生まれた者の宿命だ」
何かと恨みを買う王家が命を狙われやすいことは知ってるけど、そんなことを笑いながら話すほど慣れているんだろう。
「貴殿には情けない姿を見せただけでなく付き合いの長い正妃にすら話していない胸の内まで聞かせてしまった。それほど素を見せた相手から暗殺されるのであれば本望だ」
アルク国王にとって俺はちょうどいい相手なんだろう。
治療の間は親密になって様々なことを話しても治療が終われば自国に帰って顔を合わせる機会も減るし、俺自身も英雄保護法に守られていて秘匿情報を漏らすことがどんな結末になるかをよく理解しているから口外しないと分かっている。
為政者の言動はそれがどんなものでも価値を見出す人が居る。
魔王がお嬢にお役目を作って与えただけの些細なことが勘違いを生んで半身候補の騒ぎにまで発展したように。
俺ですら英雄として国民の前に出る時は好嫌の感情を表に出さないよう注意されるくらいだから、安易な一言が国を揺るがすことになり兼ねない国王とあらば弱音一つも気軽に言えない。
それが例え伴侶の王妃にであろうとも。
相手の話を聞いて「ああ、分かる」と共感できる立場に居る者同士だからこそ話せる本音。
俺自身が両国王に次ぐ身分の高さに居る英雄だけに為政者側の大変さや苦悩を実際に経験していて、例えアルク国王が弱音を漏らそうと国王らしくを強要しないと分かっているから、本音を話したり素を見せる相手としてちょうど良いんだろう。
「承知しました。ではお言葉に甘えて」
「言葉に甘えて暗殺するということか?」
「いやそこじゃない!」
思わずつっこむとアルク国王は笑う。
「御無礼を。言葉遣いが乱れました」
「ようやく素を見せたな。それでいい。これで私は他国の国王への不敬な言動という貴殿の弱みを握り、貴殿は国王の情けない姿という私の弱みを握った。共犯者とは他の誰にも言えないことを共有してこそだろう?弱みを握り合ったのだからもっと気安くいてくれ。その方が私も気兼ねなく素で居られる」
そう言われて苦笑する。
まさかアルク国王と秘密を共有する日がくるとは。
堅苦しいのが大の苦手な俺からしても常に行動や言葉遣いに気をつけておく必要がなくなるのはありがたいけど。
いや、俺もそうできるよう理由を用意してくれたのか。
「分かりました。二人の時には国王と英雄ではなくカミロとシンという共犯者として肩の力を抜くということで」
「ああ。そうしよう」
アルク国王には素を見せられる相手が居ないんだろう。
エルフ族の王家に生まれながら魔力値が低いという悩み、家族から王家の恥とも言われた辛い経験、短命という運命すらも受け入れ、誰の前でも弱音を吐かず国王であろうとした。
立派ではあるけど心を蝕む諸刃の剣を抱えているのと同じ。
弱音一つ言えない環境など苦しくて息が詰まる。
それも王家や国王の宿命ではあるんだろうけど。
「陛下は三人の王妃殿下を愛してますか?」
「急だな」
「気安くていいとのことでしたので遠慮なく聞きました」
本来なら国王に質問していい内容ではない。
愛してるかどうかなんて完全にプライベートな話だから。
「王家に生まれた者の成婚相手は恋や愛といった個人的な感情ではなく国や民のためになるかどうかで選ばれる。貴族も似たようなもので、上流階級の貴族家であるほど一族や領地のためになる相手を選ぶ。貴殿もそれは分かっているだろう?」
わかる。
悲しいけどそれが王家や上流貴族の現実。
恋愛感情で相手を選べるのは自由がある一般国民だけ。
中には国王のおっさんのように好きな人と結婚できた人も居るけど、それは選ばれた人の中に愛せる人が居たというだけ。
「国王の私も三人の王妃たちも互いに利するところがあって成婚した。それは恋でもなければ愛でもない。だがな、例え愛ではなくとも情はある。もし居なくなれば胸が痛むだろう。苦しくなるだろう。私の伴侶はあの三人しか考えられない」
それを聞いて笑みが浮かぶ。
抱く感情が愛である必要はない。
言わば大切なパートナー。
愛ではなくとも三人を大切に思っていることは伝わった。
「なぜそのようなことを?」
「私にも他人事ではないので」
「……成婚の予定が?」
「いえ。まだ婚約者もおりませんのですぐに成婚するということではありませんが、公爵となり屋敷を構えた限り婚約や成婚を視野に入れなければならないと思っています」
成婚予定なんてものは一切ない。
そもそも婚約者すら居ないんだから。
ただこの国の第二妃から長官を娶るよう話を持ちかけられたこともあって、本格的に腹を括らないといけない時がきている。
もちろん第二妃とそんな話をしたことは言わないけど。
「私は国政の対象となっている地区の領主としての勤めもありますし、英雄としての公務もあります。その状況では貴族の務めの一つでもある茶会や夜会などを開くことも難しい状況ですので、本来その役割を担ってくれる女主人の存在が必要です」
俺には半身の魔王が居るから結婚する必要がない。
でも地上で独り身を貫けば貴族としての務めを果たせない。
お金を使って経済を回すことも貴族の大切な役割。
何より後世に英雄公爵家を遺せるよう努めなければいけない。
「誰かを選んだとなれば荒れるな」
気怠そうに体を起こしたアルク国王は前髪をかきあげながらボソリと呟く。
「陛下?」
「ああ、すまない。唐突な話だったんでな」
独り言だったのか考える様子を見せるアルク国王の肩に寝衣をかけながら声をかけるとそんな返事が返る。
「貴殿にとっては不快な話になってすまないが、英雄とは全ての精霊族の守護者。民からすれば英雄はみんなのものだ。仮に貴殿が人族の中から婚約者や伴侶という特別な存在を作ろうものなら均衡が崩れたことにエルフ族や獣人族は猛反発するだろう。英雄は全ての精霊族に平等で居てくれなくては困ると」
その時のことを考えただけでも頭が痛いのか、こめかみを押さえつつ話す。
「確かに貴族としての役目を果たすためには誰かしらと成婚する必要があるだろうが、その役目を果たすのならば貴殿は全ての種族から伴侶となる者を選ばなければならない」
知ってる。
それがまた腹を括るというほどの覚悟を必要とする理由。
一生結婚しないと思ってた奴が公爵家の初代として役目を果たすためには三人と結婚しないといけないのだから、そのくらいの覚悟になってしまうことも分かってほしい。
「成婚を考えていることをブークリエ国王には話したのか?」
「いえ、まだ」
「そうか。だから私の耳に入っていないのだな」
何かを納得したようにアルク国王は頷く。
「もしブークリエ国王が先に話を聞いていたらアルク国王の私にも報告が入っただろう。英雄の婚約や成婚とはそれほど国という枠を越え全ての種族に大きな影響を及ぼすことなのだ。我が国の王子レオナルドと王女ルナの成婚話とは比にならない」
「え?そこまで?」
素で驚いた俺にアルク国王は苦笑する。
「申したであろう。貴殿への民の支持は国王以上だと。貴殿の特徴色である白銀色を使った家具は家内安全を願う護りとして売り切れるほど。白銀色を身につければ幸せになれると布や糸や衣装や小物も飛ぶように売れている。冒険者も無事に生きて帰れるよう願いをこめ白銀の物を身につけている。中には貴殿を地上に降り立った神の一柱と信じ崇め奉る者も居るほどだ」
あー……そういえば月祭で俺の特徴色の品が売られていた。
あの店主は今の白銀色のブームに乗っかって、より俺の特徴色に近い色を作り出して売ってた訳か。
英雄色とは名乗ってないけど誰もが英雄色だと思う色を。
あの店主……思っていた以上にやり手だ。
「貴殿が英雄の権力を行使して悪事を働くような者ではないと分かった今となっては、ブークリエ国だけでなくこの国にとっても貴殿の影響力が大きくなることは喜ばしいことだ。民は自分たちに強い守護者が居ることで大きな安心感を得られる。下世話なことを言えば、商人が次々と新たな商品を作り飛ぶように売れることで結果として国の経済も潤ってくれる」
そこは確かに。
俺が何かする訳じゃないけど国の経済が潤うのはいいこと。
そのお金で国が出来ることも増えるんだから民のためになる。
「ただ、その影響力の大きさが貴殿の枷にもなってしまうことはすまないと思う。婚約や成婚など大切なことですら自分の意思だけでは決められない事態にさせてしまうのだから」
そう言ってアルク国王は俺の頭をくしゃりと撫でる。
申し訳ないと伝わる表情で。
「今の状況に不満がないと言えば嘘になります。私はそもそもみんなが期待するような立派な人間などではなくて、楽に生きたい、何物にも縛られず自由に生きたい、好みの相手であれば据え膳はいただきたいと思っているようなクズですから、理想の英雄像からは最も遠い人物であることは間違いありません」
英雄と持て囃されてもその中身はただのクズ。
ご立派なのは肩書きだけ。
そう話すとアルク国王は短い笑い声を洩らす。
「貞操観念は狂ってますし、子供を作れない体ですし、秘密ばかりだし、そんな私と結婚した相手が可哀想だと思います」
「待て。なんと言った?」
突然腕を捕まれて首を傾げて見せる。
本音をぶっちゃけ過ぎて怒らせた?
「相手が可哀想?」
「そこではなく、子供を作れない体と言わなかったか?」
「ああ、はい。この世界では何と呼ばれているか分かりませんが、私は無精子症ですので子宝に恵まれることはありません」
「ブークリエ国王もそれを知っているのか?」
「いえ。そういう話になる機会もありませんので」
俺が無精子症だと知ってるのはこの国の第二妃と長官。
それと自分に魔法検査を使ってみた時に一緒に居た魔王。
結婚云々の話にでもならない限りわざわざ話題にしない。
「貴殿の血を引く子孫は遺せないということか」
「そういうことです」
「あ、いや、配慮が足りなかったな。すまない」
「お気遣いなく。私本人は全く気にしていませんから」
「辛くないと?」
「むしろ良かったと思っています。子供だけは絶対に作らないと決めてたので。仮に無精子症ではなかったとしても、他のことは譲れてもそこだけは自分の意思を貫き通したと思います」
紋章分け目当てにゴリ押しされるようになってから、もし結婚しないといけないとしても子供だけは作らないと決めていた。
結婚しないという考えから結婚したとしてもという考えに変化はしたけど、子供は作らないということだけは変わらない。
「なぜ頑なに」
「不幸にしてしまうので」
「ん?」
「私は恋愛感情が欠けた人間なんです。異世界に居た時は告白された相手が好みのタイプで付き合ったことも何度かありましたが、今思えばあれも恋愛感情での好意だったのか分かりません。この人は好きこの人は嫌いという感情はあるんですが」
俺にも好き嫌いはあって好みのタイプとなら付き合ったりもしたけど、いざ付き合ってみても恋人同士が抱く『好き大好き』という甘ったるい感情にならず知人と居る時と変わらない。
どうやら俺は人を恋愛感情では愛せないらしい。
そのことに自分でも気付いていたから、俺の欠けた感情の犠牲になってしまう子供だけは作らないと決めていた。
「親同士は同意の上であればいいと思いますが、子供の目には母親を愛せない父親というのはどう映るんでしょうか。自分の父親が母親を愛していないことを知って、そんな父親の子供として生まれたことに傷つくのではないでしょうか」
愛のない結婚をした人には耳の痛い話かも知れない。
ただ、王家や貴族家に生まれた子供は周りに居る人も似たようなものだけに「そういうもの」と受け入れやすい環境にはあるし、例え夫婦の間にあるものが情だったとしても子供に対しては惜しみなく愛情を注ぐならまた話は変わってくると思う。
だから愛のない結婚をした夫婦を責める意図はない。
もっと単純に俺が嫌なだけ。
自分が幼い頃に両親を亡くして愛を知らず生きてきたから、自分の子供には愛のない俺の姿を見せたくないだけ。
傷つけてしまうんじゃないかと怖い。
「私は記憶にない幼い頃に両親を亡くして、育ててくれていた祖母も失踪して一人で残されました。子供だったので発見されるまでに何日かかったか覚えていませんが、空腹に耐えられず雨水だろうと泥水だろうと飲みましたし、腐った物だろうと食べました。そうして何とか生き延びることは出来ましたが、そんな経験をして孤児になった私がまともに生きれるはずもありません。生きるために自分の身を売って他人すらも利用して、人を殺めること以外は何でもしてきた正真正銘のクズです」
食事や寝床を提供してくれる人には喜んで買われたし、金を得るためなら言われるがままに仕事をした。
俺にとっては『人を殺めること』だけが超えてはいけない境界線で、それ以外のことはなんだってした。
「環境のせいにして仕方ないじゃないかと言い訳するのは弱さでしかありません。どんな環境に置かれても真面目に育つ人は居ますから。でも私にはそれができなかった。自分が死ぬとしても正しさを貫ける心の強さもなかった。そんな私が幸せにはできないと分かっている子供を作るなど考えられません」
そもそも俺は天地戦に敗北した方と最期を共にする。
例え天地戦が起きなくても魔王の半身として魔界に行く。
それはさすがに話せないけど、仮に子供を作れる体だったとしてもいつか離れる地上で子供を作ることだけはなかった。
「耳の痛い話だな」
やっぱりアルク国王にも耳の痛い話だったらしく苦笑するのを見てくすりと笑う。
「貴殿が本当に気にしていないのであればそれでいい」
「全く気にしてないことが事実です」
「うむ。表情を見るに無理をしているようには見えないが」
だって本当に気にしてないから。
魔法検査で分かった時も「え?そうだったの?」と驚きはしたけど、知らなかったから驚いただけでショックではなかった。
むしろホッとしたことが事実。
「本人が気にしていないならば言葉を選ばず話すが、伴侶捜しとは別に後継者を捜しには特殊縁組制度を利用するといい」
「特殊縁組制度?」
初めて聞いた制度の名前に首を傾げる。
「子宝に恵まれない、または実子が後継者となれない理由がある貴族家では、孤児院から身寄りのない赤子や幼子を引き取り養子にして帝王学を学ばせるのが通例だが、特殊縁組は貴族家に生まれ才能はありながらも継承権の低い庶子を預かり後継者として育成する。何よりの特徴は、養子縁組と違い後継者として正式に届出をするまで自分の子供という扱いにはならない」
貴族としての教育を既に受けている子供が対象ということか。
名前どころかそんな制度があることすら初めて知った。
これでも孤児院の院長をやってるから養子縁組のことなら勉強したんだけど。
「特殊縁組を交わした者同士の関係は生徒と学長のようなものと言えば分かり易いだろうか。特殊縁組の期間を使い候補者は既に学んだこと以上の知識や教養や剣や魔法などを学び、当主はその期間で為人も含め候補者が後継者として相応しいかを見極める。訓練校などと同じく他人の子供を一時的に預かり生家に代わり教育を受けさせているだけで、後継者としてお眼鏡にかなわなければ養子縁組せず終わりだ。仮にお眼鏡にかなう者が居れば正式に養子縁組を行い英雄公爵家のことを学ばせる」
なるほど分かり易い。
貴族家の庶子なら基本的なことは既に学んでいるだろうけど、後継者ともなれば基本以上の知識や能力が求められる。
特殊縁組の間はそのプラス部分を学ばせつつ為人も含め後継者として相応しい人物かを判断して、結果継がせられないと思えば生家にお返しして(卒業させて)、この子ならと思う人が居ればそこで初めて養子縁組をして俺の養子として認められると。
「お恥ずかしながらそのような制度は初めて耳にしました」
「誰でも受けられる制度ではないからな」
「そうなのですか?」
「通常の縁組は条件を満たしていれば結べるため独自で後継者育成を行っている貴族家はあるが、特殊縁組制度として国が介入するとなると誰でもとはいかない。制度を受けられるのはその家門がなくなることが国の損失にも繋がると判断された貴族家のみ。貴殿の場合は英雄公爵なのだから言わずもがな」
随分と範囲の狭い制度。
だから今まで誰からも聞いたことがなかったのか。
知っていても実際に利用している人は少ないだろうから。
「まず制度を利用する者に候補者となりうる庶子を紹介するところから始まるのだが、当然おかしな者は紹介できない。先に対象者の素性や一族の構成や犯罪歴等を調べるのはもちろん、訓練校等の成績や病歴や健康状態や周囲からの評判なども一人一人調べた上で両親に候補者の話を持ちかけ承諾を得る。その時点でも大変な時間と労力がかかるため誰でもとはいかない」
なるほど。
制度を受けられる人が限られてしまうのも納得。
たくさん制度を受ける人が居て各々の家門に見合う庶子を一人一人調べて紹介するとなるととんでもないことになる。
「数年前に異世界から来たばかりの私は他の貴族家のことに詳しくありませんので国が厳選して紹介してくれることは助かりますが、それ以外にも何か協力していただけるのですか?」
「候補者のリストアップ、調査、紹介。制度を受ける者がリストの中から目星をつけた候補者との面接にも立ち会う。迎え入れが決定すれば候補者の生家まで迎えに行って貴殿に引き渡すまで行い、以降も常に貴殿と候補者の貴族家の仲介役となる。他には各家庭教師の紹介、ふた月に一度の面談などもある」
「いや国側の役割多いな」
つらつらと出てくる『国側の役割』の多さに思わずつっこむとアルク国王からくすりと笑われる。
「だから制度を受けられる者が限られてしまう。後継者選びというのはその一族にとって大きな問題。制度を受ける者の幅を広げたことで一人一人にかけられる時間が減り問題のある者を紹介するようでは取り返しがつかないことになり兼ねない」
「たしかにそうですね」
そこまで至れり尽くせりの支援を多くの人にやるのは無理。
それを貴族たちも分かっているから、必要な人は縁組だけ結んで自分たちで後継者の育成を行っているんだろう。
「貴殿はまず候補者が暮らす住居を用意する必要がある」
「私の屋敷では駄目なんですか?」
「貴殿が暮らしているのは以前ブークリエ国王が所有していた王宮地区にある屋敷だったな。あの広さならば敷地内に専用の別邸を建て警備を付けた上で住まわせるのはいいが、本邸に住まわせるのは辞めておけ。英雄公爵家は秘匿情報の塊。貴殿に近付くため、弱味を握るため、親族が庶子を利用しないとも限らない。候補者の時点ではまだ他人であることを忘れるな」
ご尤も。
候補者と俺は養子縁組をするまで赤の他人。
幾ら国が調査をして紹介してくれた貴族家や庶子だからと言って上手く隠された裏の顔がないとは限らない。
嫌々従わされる可哀想な庶子だって出てくるかも知れない。
特殊縁組期間はそれを見定めるための期間でもあるのだから、俺が暮らす本邸を宿舎にするのは辞めろと言われるのも当然。
「貴殿がすることは候補者が学べる環境を用意すること。候補者が暮らす宿舎と毎日の食事といった人が生きるために必要な生活の保証。訓練校や魔導校では一般国民の生徒のために宿舎を用意しているが、それと同じことを貴殿もして後は見守ればいい。もっとも為人を見極めるためには学長と学生以上の接触が必要になるがな。信用し過ぎず疑い過ぎずの関係が理想だ」
「承知しました」
後継者問題は伴侶や婚約者とはまた別に避けられない話。
何かあっても俺一人が困れば済む問題ならいいけど、強い権力を握ることになる伴侶はもちろん、領地にも携わる後継者に誰がなるかというのは俺の領地に暮らしている領民にとっても無関係じゃないから慎重にならなくてはいけない。
「英雄の成婚か……今思えば有り得る話だが、私個人の身勝手な本音を言えば貴殿には独り身を貫いてほしかった」
「ひと騒動になりそうだからですか?」
「私も民と同じく貴殿はみんなのものであるとどこか思っていたのだろう。種族や身分で差別せず、誰かを救うためならどのような危険にも立ち向かう。それは正しく英雄に他ならない」
そう言ってアルク国王は苦笑する。
「幼い頃に憧れた強き英雄が特定の誰かの者となってしまうような複雑な心境だ。貴殿は英雄なのだから貴族の役割などどうでもいいではないかと、成婚以外にも手段はあるだろうと、身勝手なことを考えてしまう。私もヒトだったということだな」
手の甲に口付けたアルク国王。
国王としてではない一人のヒトとしての本音なんだろう。
「複雑な心境ではあるが、命の恩人でもある貴殿がそうすると決めたならば嘴を挟むのも野暮というもの。困ったことがあればいつでも言うといい。私に出来ることは手を貸そう」
「ありがとうございます」
じゃあ結婚しなくても堂々と貴族家からの娘ゴリ押しを回避できるよう〝英雄は結婚禁止〟って法律でも作ってください。
そもそも俺が今までなあなあにしてきた成婚話を本格的な話にしたのは貴方の伴侶である第二王妃です。
なんて言えるはずもない切なる願いと事実は当然口にすることもなく感謝の言葉だけを返した。
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腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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