ホスト異世界へ行く

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第十一章 深淵

月の恵み(第四覚醒)

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キャリッジの中で待って十分ほど(体感)。
ノックする音が聞こえて窓を開く。

「ラウロにございます。お待たせして申し訳ございません。まだカーテンはそのままに願います」

声の主はラウロさん。
カーテンは開けるなってことはまだ話がまとまってないのか。

「副隊長から先に報告を受けたと思いますが、どうやら大教会側は信徒も居る中で典礼を行うつもりのようです。私どもは昨晩の時点で教団員と英雄エロー公爵閣下のみで行うと聞いて警備人数や配置を決めたのですが、教皇は礼拝を望む信徒を蔑ろには出来ないと申しているので王宮に早馬を送りました」

黙って報告を聞いて溜息をつく。
教団側のエルマー枢機卿と軍人のラウロさんたちが同じ内容を聞いているんだから、互いの話が上手く伝わってなかった訳ではなく急遽そうすることにしたんだろう。

「私はアルク国のためになるのであればと浄化の協力を申し出ただけで、教団の都合で見世物になるつもりはないのだがな」

そう本音を洩らすとラウロさんは少し沈黙する。
最初から信徒も居る予定だったならいいけど、既に決まっていたことを勝手に変更して見世物に使われるのは気分が悪い。
俺は浄化に来たんであって教団の都合のいい見世物じゃない。

英雄エロー公爵閣下にお願いする立場にありながらこのようなことになり申し訳ございません。今もなおダンテが教皇と話しておりますが、早馬が戻り次第再度ご報告に参ります」
「承知した。今のは大教会に対しての本音であって軍や国からの謝罪を求める意図を含んだ発言ではない。すまなかった」
「お心遣い感謝申しあげます」

早馬(使者)が向かったのはアルク城だろう。
現状の説明とどうするのかを聞きに行かせたんだと思う。
教団側とも話し合いをしたのにこうなったんだから、国(師団)やラウロさんに謝って貰う必要はないんだけど。

浄化に来たつもりが厄介なことに。
窓が閉まったことを確認してからまた大きな溜息をついた。


それからまた数十分。
カーテンを開けて外を眺めることも出来ず暇を持て余していると三度目のノックが聞こえて窓を開ける。

「お待たせしました。早馬が戻りましたのでご報告を。状況から鑑みて大教会側は英雄エロー公爵閣下の協力を不要と判断したと看做し撤退命令が出ました。ただいまより帰城いたします」

やっぱりそうなったか。
ラウロさんの声が聞こえて予想通りだった答えに溜息をつく。
俺がただ移動するだけでも何十人の軍人が警備に付いて警戒しているんだから、勝手に予定を変更されて万全な警備にはならない状況で英雄の俺を行かせる判断はしないだろう。

「浄化せずに帰城すると?」
英雄エロー公爵閣下の御身の安全が第一にございます」
「気遣いはありがたいが、国が優先するのは民でなければ。二度の祈りを捧げてもまだ浄化できていない教皇と神職者たちだけであと幾度繰り返せば浄化できるのだろうか。新星ノヴァの祝儀も迫っているというのに魔力を無駄にはできないだろう」

悪いけどそれが本音。
教団の中でも特に能力が高いはずの教皇が二度祈りを捧げても駄目だったなら、少なくとも浄化に関してはあまり得意ではないんだと思う。

「……二度?」
「豊穣の儀の後に教皇が一人で神殿に篭もって祈りを捧げたらしい。教団の頂点である教皇になっているのだから他の能力は高いのだろうが、浄化はあまり得意ではないと見受けられる」

神職者の能力が求められるのは浄化だけじゃない。
浄化と等しく重要な結界はもちろん、怪我した人を回復ヒールで癒したり信徒の話を聞いたり懺悔を聞いたりするのも重要な役目。
恐らくそういう面では才能のある人だから教皇になれたんだろうと思うけど、浄化能力に関してだけは信用できない。

「私はこの聖地アルク国でも民が安心して新星ノヴァの月を迎えられるよう尽力すると陛下にお約束した。陛下も民のために頼むと私に申された。浄化をせずに帰城する選択肢はない。すぐに警備の配置を。全ての責任は私がとる」

早馬を受けて師団は撤退命令を出したんだから、それに従わずなにかあっても全ての責任は俺にある。
そうなるとしても浄化をせずに帰城する選択肢はない。
アルク国王と約束したんだから。

英雄エロー公爵閣下」
「なんだ」
「アルク国軍の軍人として、警備が手薄になる状況では撤退命令が妥当だと確信しております」

それは分かってる。
俺も師団の判断は正しいと思う。
大教会がしたことは国への反抗ともとれるし、警備の薄い中に英雄を行かせて何かあれば種族間の問題になりかねないから。

「ただ、私個人として……ありがとうございます」

そんな言葉に苦笑する。
ラウロさんは軍人でもあるけど、この国で生きるアルク国民の一人でもある。
国や民のためにありがとう。そういうことだろう。

「兵を配置いたしますのでお時間をちょうだいします」
「よろしく頼む」

それだけ話して窓を閉めた。


英雄エロー公爵閣下。配置整いました」
「では行こう」

兵を配置すると話してまた三十分ほど。
キャリッジの扉が開くとワッと大勢の声が聞こえる。

「お足元にお気をつけください」
「ああ」

ダンテさんから差し出された手を借り、もう片手では裾を踏まないよう持って地面に敷かれている絨毯に降りる。
すぐに先程の少年が来て後ろを持ってくれたことを確認してから顔を上げると一瞬にして静かになった。

なんだ?急に。
今の今まで熱狂的に声をあげていたのに。
そう思ってふと思い出す。
ああ、祭服の種類で驚いたのかと。

教皇と国王だけが着る祭服を着ていたら驚くのも当然。
後ろを持った少年とは別の少年が来て祭服を整えてくれるなかそれに気づき静かになっている人々に笑みを浮かべると、止まっていた時間が動き出したかのように大歓声があがった。

英雄エロー!」

あちらこちらから聞こえる声に笑みで応える。
周りは王宮魔導師や騎士たちが囲んで目を光らせているし、障壁も二重にかけられているけれど。

「これは外でやらなくては駄目なのか?」

ダンテさんが祭服をなおす少年に近付いて問う。

「お着きになり次第典礼を開始できるよう教会の準備は整っておりますので、お支度を済ませてからお通しするようにと」

そう説明する少年の表情はうかない。
人がたくさん居る、ある意味狙い放題とも言えるここで英雄の俺の支度をするのはおかしいと少年も分かっているんだろう。
でもまだ見習いの少年が上の人の指示に逆らえるはずもない。

わざわざ見に来た人々にはゆっくり見れる幸運な状況。
軍人には一切気が抜けない緊迫した状況。
俺には標準装備の笑みを振りまくサービスタイムな状況。

この教団はよほど俺を人寄せパンダにしたいらしい。
それが俺にとっては命を狙われる危険性と背中合わせの行為だと知りながらこうして利用するんだから大したタマだ。

笑みを振りまいていると大歓声に混ざって聞こえた声。
子供の泣き声が聞こえて辺りを見渡すと小さな子供が俺ではなく辺りを見渡しながら泣いていて、周りに居る大人がどうしたのかというように子供に声をかけている。

「お父さん!お母さん!」

迷子になったか。
離れていて気付いていない人たちの歓声に紛れて聞こえてきた声でそれに気付く。

「少し待ってくれ。ラウロさん障壁を一度解いてほしい」
「保護でしたら我々が」
「いや。私の都合で配置を崩させたくない」

祭服を整える少年を止めラウロさんに障壁を解いて貰う。

「すまないが歩くぞ」
「は、はい!」

後ろを持ってくれている少年にも声をかけて子供の居る群衆の元に行き、大人たちに囲まれた中でまだ大泣きしている子供に両手を伸ばして抱き上げた。

英雄エローご衣装が!」
「衣装など洗えばいいだけだろう?違うか?」
「い、いえ!その通りです!」

子供の靴が俺の衣装について汚れることを気にした群衆の一人に笑って答える。

「お父さんやお母さんとはぐれたか」
「う、うん」
「そうか。怖かったな。捜してやるからもう大丈夫だ」

涙でグズグズになっている少年の顔をハンカチで拭う。
周りは背の高い大人ばかりで圧迫感があっただろうし、両親の姿を見つけることも出来ず怖かっただろう。

「「アーサー!」」

聞こえてきたその声で俺の胸に顔を俯せてグズグズと泣いていた少年はパッと顔をあげる。

「お父さん!お母さん!」

群衆から引っ張り出したことで両親の目にも留まったらしく、慌てた様子の男女に周りの人たちは道をあける。

「買い物に来ていたのか」
「「……英雄エロー?」」
「人混みで迷子になったようだ」

父親だろう男性が両手で抱えていたバッグ。
閉まらないほどに買ったらしいバッグからは料理に使うんだろう野菜類が見えていて、両親が俺を見て驚いたことも含め、この家族は偶然この辺りの店に買い物に来ていてはぐれてしまったんだろうと察しつつ事情を話して母親の腕に少年を渡す。

「私の突然の訪問が原因で怖い思いをさせてすまなかった」

母親の腕に抱かれている少年の顔をもう一度ハンカチで拭いながら謝ってそのままハンカチを渡す。

「両親も。買い物に来ていたのに巻き込んですまなかった」
「め、滅相もない、です!いや、ありません!」
「保護してくださってありがとうございました!」

胸に手をあてて謝った俺に言葉が乱れる父親と大きな声で感謝を口にした母親の慌てようにくすりとする。

「では失礼する。神の御加護があらんことを」
「「ありがとうございました!」」

今日は祭服を着ていることもあって最後にそう付け加え、頭を下げてお礼を言う両親と手を振る子供に笑みで軽く手を振り返して後ろに居る少年にも目で合図を送り大聖堂の前に戻る。

「手を止めさせてすまなかった。以降は大人しくしよう」

支度を中断させてしまった見習いの少年に謝ると俺をジッと見上げてくる。

「リフレッシュをかける許可をいただけますか?」
「その歳でもうリフレッシュを使えるのか。ならば頼もう」
「失礼いたします」

障壁をかけ直すのを待って貰ってリフレッシュをかけて貰う。
まだ子供なのにもう浄化系スキルを使えるとは。
この歳で使えるということは光属性の適性があるんだろう。

「最初からリフレッシュをかけた方が早かったのでは」

ダンテさんへ人差し指を唇にあてジェスチャーして見せる。
それは俺もすぐに気付いたけど、この少年も上の人からリフレッシュを使わず支度をするように言われたんだろうから。
この場で見世物になる時間を長引かせるために。

「ありがとう。お蔭でシワまで消えて綺麗になった」
「……申し訳ごさいません」

うかない顔でボソリと謝った少年の頭を軽く撫でる。
少年が謝る必要はない。
大人(教団)の企みに振り回されただけなんだから。

「では参ろうか」
「はっ!」

ようやく大聖堂の中に。
王宮騎士や魔導師に左右を守られ歩き出すと支度をした少年も後ろに周り二人で裾を持ってくれて、群衆はまた耳が痛くなるほどの大歓声をあげて見送ってくれた。

英雄エロー公爵閣下」

階段を上がった先の扉の前で待っていたエルマー枢機卿の目や表情があらゆる感情を訴えていてふっと笑みで応える。
知らされていなかった枢機卿が心を痛める必要はない。
申し訳ないと伝わるその気遣いの心だけで充分だ。

エルマー枢機卿が右側に付いてくれて儀式用に準備されている祭壇に向かってまっすぐ赤い絨毯を歩く。
大聖堂の中にも信徒だろうたくさんの人が座っているけど、場所が場所だからなのか静まり返っていた。

英雄エロー公爵閣下へご挨拶申しあげます。聖地アルク大教会教皇メダルド・オベルティと申します。アルク大聖堂へご訪問いただきありがとうございます」

挨拶をした教皇にニコリと口元だけで応える。
騎士や魔導師が離れ警備につくとエルマー枢機卿も他の枢機卿たちが居る場所に移動して、最後に少年二人も俺の紋章がしっかりと見えるようカズラの裾を広げるとすぐに離れた。

「本日は月神に豊穣の祈りを捧げてくださるということで」

それを聞いて教皇を見る。
豊穣の祈りは豊穣の儀の最初に行う祈りで月の祈りとは別。
それは豊穣の儀を最初からやり直すということか?
浄化のために来たんであって最初からやり直すとは聞かされてないけど。

ニコニコと人のよさそうな笑みで俺を見る教皇。
大聖堂の中には大勢の信徒が居るから『浄化を行うから神職者たちは月の祈りを』と言ってもいいのか迷う。
事情を知らない人からすれば『豊穣の儀で既に浄化したはずなのになぜまた浄化を?』と不思議に思うだろう。

国や俺を舐めているのか。
それとも浄化できていなかったことが信徒にバレるのが嫌だから月の祈りをやりたくないのか、俺に浄化させたくないのか。
もしくは負の気が残っていること自体を信じてないのか。

信徒にバレたくないからという理由なら知ったことではない。
最初の予定通り午後の礼拝を中止すれば良かっただけだから。
俺に浄化させたくないなら「なんで?」だし、負の気が残ってると信じていないから月の祈りはやらないというなら無能。
エルマー枢機卿も負の気が残っている可能性を話して俺も同じことを言ってるんだから、それが国や民に悪影響を与えることである限り万が一を考えてやるべきだ。

沈黙したまま理由を考えて長い長い溜息をつく。

「私が訪問した目的が誤って伝わっているようだな」

そう口を開くと信徒たちが初めてザワつく。

「勘違いをされては困る。今回行う浄化の主軸を担うのはこの私だ。貴殿たち神職者が行う浄化を私が手伝うのではなく、私が行う浄化を貴殿たち神職者が手伝うのだ。どこで貴殿たち神職者が浄化を行う行わないを選ぶ側の立場だと勘違いした?」

ここまで利用されてもまだ教団の面子を優先してやるほど俺は出来た人間じゃない。

「私は英雄エローだ。アルク国とアルク大教会の間でなら通ることでも個の存在である私にもそれが通ると思うな」

勇者と英雄は国王とは別にの権力を持つ。
例え国王であろうと勇者や英雄を好きには出来ないように。
人寄せパンダに付き合ってやるのももうおしまい。

「ブークリエ国特級国民の権限に基づき、英雄エローの名において教皇並びにこの場に居る全ての神職者たちへ命ずる」

そこまで話すと王宮騎士と魔導師がすぐにその場に跪き、それに続いて枢機卿や神官たち神職者も跪いたのを見て信徒たちも椅子から降りて跪いた。

「アルク国に生きる多くの民のために祈れない教皇など今この場には必要ない。即刻去れ。民のため祈る気持ちがある神職者はこの場に残り月神へ月の祈りを捧げる準備をせよ」
『はっ!』

騎士と魔導師に左右から捕まれ連れられて行く教皇。
他国だから穏便に済ませようと大人しく人寄せパンダになってあげてたけど、何も言わないからって調子に乗りすぎだ。

「信徒諸君」

枢機卿たちが月の祈りを行う準備を始めたのを見てザワついている信徒に声をかける。

「ここまで足を運んでくれたというのに突然のことで驚かせてすまなかった。本来であれば民には不安を与えないよう神職者と私だけで結界内に残っている負の気の浄化を行う予定だったのだが、どうやら大切なそこが誤って伝わっていたようだ」

解放して信徒を入れてしまった限りもう秘密にはできない。
だから国も大教会側との話し合い神職者と俺だけで浄化を行うということで合意したんだろうに、理由は分からないままだけど教皇の企みのせいで信徒にも話すしかなくなってしまった。

「あ、あの、豊穣の儀で浄化は済んだのでは」
「たしかに豊穣の儀で浄化は行われた。ただ、今回は普段より負の気の量が多かったために全て浄化することができず結界内にまだ残っている。ブークリエ国でも二度の浄化を行った」

年配の男性から聞かれて正直に答えると、信徒たちは驚いた顔をしてそれぞれ隣の人たちとヒソヒソと話す。

「勘違いしないで貰いたいが、この教会の神職者が力不足だから浄化に失敗した訳ではない。例年通りであれば問題なく浄化されただろう。教会が悪いのではなく今年は地上全体で負の気が多かっただけのこと。ブークリエ国でもそうしたように、アルク国でも残りの負の気を浄化するため私はここに来た」

本当はアルク国王の治療が目的で来て、あとからこの国でも負の気が残っていると知って浄化することになったんだけど。

「安心して新星ノヴァの月を迎えられるよう、諸君も共に祈りを捧げてほしい。自分のため、大切な者のため、隣人のために」
『はい』

信徒たちの祈りは魔力を使って祈る神職者とは違うけど、だからといって意味がない無駄なものじゃない。
ブークリエ国の豊穣の儀でも多くの信徒たちが祈りを捧げている時は篝火が大きく揺れ動いていた。
みんなの心からの祈りはきっと俺の中に居る月神に届く。

英雄エロー公爵閣下」

準備はどうかと祭壇の方を向くとエルマー枢機卿と水色の髪の男性が一緒に歩いてきて声をかけられる。

「ご挨拶申しあげます。聖地アルク大教会枢機卿アマデオと申します。月の祈りは主文を唱える者が必要ですので今回は教皇の代理を私が務めようと思うのですが、よろしいでしょうか」
「よろしく頼む。教皇に考えを改めさせるためといえ、貴殿たち神職者が私を手伝う立場などと言ってすまなかった。予定通りに進めてくれたら余計なことは言わなかったんだが」

眼鏡をかけた真面目そうな枢機卿に謝りつつ握手を交わす。

「お心遣い感謝します。ですが私も実はエルマー枢機卿と同じく何も聞かされていなかった側でして。英雄エロー公爵閣下がご到着になる前に教皇へ国と交わした予定はこうだったと進言したところ、お怒りを買って大聖堂より追い出されておりました」

なるほど。
予定を間違ってるのかと思って説明したら追い出されたと。
聞かされていた人と聞かされていなかった人が居るということは恐らく教団の中でも派閥のようなものがあって、みんながみんな教皇と一枚岩という訳ではなさそうだ。

「すまないな。尊敬する教皇をこの場から追い出して。だが私にとって大切なのは大教会や教皇の面子ではなく民の安全だ。面子のために民を見捨て浄化をしない選択肢は選べない」

少し緩んでいた髪紐を結び直しながらエルマー枢機卿に話す。
素晴らしい御方と言っていた教皇を信徒の前で英雄権限を使ってまで追い出したんだから恨まれても仕方がない。
好みのタイプに恨まれるのは不本意ではあるけど、あのまま何も言わず教皇に従っていたら浄化できなかったかも知れない。

「貴殿たち神職者が仕えているのは教皇ではなく神だろう?教皇もまた神に仕える者の一人だと忘れてはならない。教皇が神よりも己の私欲を優先するのならば誰かが戒めなければ」

もちろん無欲になれとは言わない。
ヒトはみんな欲深い生き物だし、欲が生きる糧にもなる。
自分たちの手で生命を創り見守り続けてきた創造主俺の両親はそんなこと承知だろうし、小さな存在のヒトが欲を持とうと度が過ぎていない限り目くじらを立てるほど心の狭い人たちじゃない。

万物を創り出してしまう大きな存在の創造主俺の両親からすれば、ヒトの欲なんて赤子がぐずる程度の可愛いものだろう。
魔神は時々おとなげないけど((ボソッ…

「心に刻みます」
「そのように真剣な話ではないがな。私の戯言だ」

俺の話を真剣に聞いて頷いたエルマー枢機卿にくすりと笑ってしっかりと紐を結んだ。

英雄エロー公爵閣下。支度が整いました」
「ありがとう。では早速月の祈りを。私も共に祈る」
「はい」

別の枢機卿が準備が出来たことを教えに来てくれて近くで待っていた少年二人に裾を持ってくれるよう指をさして教え、エルマー枢機卿に誘導して貰い一足先に祭壇の前に居たアマデオ枢機卿の隣に行って並ぶ。

「生命に恵みを与え給う神に感謝を。みなで月の神に祈りを」

少年二人が離れたあと今回の浄化の主軸を担う俺が祈り手を組み口を開くとアマデオ枢機卿が月の祈りの主文を唱え始め、神官が祭壇の上にある大きな蝋燭に火を灯していく。
全て灯し終わる頃には他の神職者たちも月の祈りを唱え、蝋燭の炎も風一つないのに右へ左へとゆらゆら揺れていた。

さて、恩恵を使った後も無事に立っていられるかどうか。
プソム教皇たちと祈りを捧げた時のことを思い出しながらも恩恵の月の恵みを使う。

【ピコン(音)!特殊恩恵〝神力しんりき〟の効果により全パラメータのリミット制御を解除、限界突破リミットブレイク。特殊恩恵〝月の導き〟により浄化能力が上昇】

ですよねー。
あの時の再来に独り苦笑する。

【不足分は術者シン・ユウナギの生命力を】

ん?
途中で中の人の声が止まる。
いつもならどんな状況でもマシンガントークで最後まで言い切るのに初めてのこと。

『中の人?どうした?』

声をかけても返事がない。
まさかこんな重要な時に能力がなくなった?

【系譜大召喚。月の使者を召喚します】

……え?
中の人の声がやっと聞こえたかと思えば初耳の召喚。
しかも召喚されるのが月の使者ときた。
魔王と同じ形の角を持つあの巨大な神だ。

蝋燭の炎がスっと消えると大聖堂に召喚陣が描かれる。
それと同時に体内が焼けるように熱くなり、背中からはあの時と同じようにまた勝手に大きな翼が生えた。

信徒が座っている後ろから驚きの声が洩れ、隣のアマデオ枢機卿が月の祈りを続けつつ目を開け俺を見て驚いた表情をする。
それでも祈りは続けるんだからさすが枢機卿。

召喚陣から姿を現したのはやっぱりあの時の神。
大聖堂の天井すら通り抜けるほどの巨大な体で漆黒の翼をバサリと動かすと、見上げている俺に向かって身をかがめ大きな手で俺の体を掴んだ。

「!?」

魂が抜けるような感覚がしたと同時に月の使者の手でズルリと引きずり出されたのは月神。
何が起きてるのか俺にもさっぱり分からないけど、引きずり出して自分の大きな手のひらに乗せた月神を見る月の使者は見えている口元に笑みを浮かべる。

嬉しそう。
眠っているのかピクリとも動かない小さな月神に月の使者がそっと口付けると目をくらませるほどの眩い光が辺りを包み、俺の心臓が大きく一度脈を打ち勝手に涙が溢れて零れる。

俺以外の誰にも見えていない二人。
アマデオ枢機卿が見ているのは俺で、召喚された月の使者や引きずり出された月神の方は一切見ていない。
それが俺以外には見えていない証拠。

月の使者の大きな手のひらの上で少しだけ大きくなった月神は体を起こすと白と黒の翼を揺らし月の使者に両手を伸ばす。
そして月の使者から再び顔を近づけて口付けを交わした。

ああ、ようやく会えた。
胸を締め付ける痛みを感じながらそう思う。
月の使者は口元しか見えていないし、月神は背中しか見えていないけれど、二人が喜んでいることが俺にも伝わってくる。

どうしてなのか分からない。
でも俺まであの月の使者を愛おしく思う。
胸の痛みを伴うほどに。

【ピコン!(音)神魔シン・ユウナギ第四覚醒。特殊恩恵〝系譜〟を手に入れました。これによりが解放。特殊恩恵〝系譜〟〝賢者様の寵愛児〟〝魔王様の寵愛児〟が融合進化。新たな特殊恩恵〝神子〟を手に入れました】

中の人が覚醒したことを知らせてくれると月神が振り返る。
やっぱり口元しか見えていないけど幸せそうに微笑んで。

【ただいまより月の恵みによる浄化を行います】

寄り添い合う月神と月の使者と俺を中心に光が広がる。
締め付ける胸の痛みと焼け付くような熱と共に。
確実に生命力が削りとられていることを感じているのに死ぬことの恐怖はなく、ただただ会えて良かったとそれだけ。
これで死ぬのならそれでもいいかと。

【ピコン(音)!神魔特殊召喚。星の大妖精エトワール、闇の大妖精オプスキュリテを召喚します】

中の人の声と同時に大聖堂の床に召喚陣が描かれる。
月神や月の使者とは違ってその召喚陣はみんなにも見えているらしく、信徒たちは大きく動揺して声をあげる。

白と黒の二つの召喚陣から姿を現したのは二人。
俺が知る星の大妖精妖精女王と見知らぬ大妖精。
白と黒で色が違うだけでそっくりな二人の女王。

『我らが創造主クレアトゥール

その美しい二人の女王の顕現で大聖堂は静まり返る。

『それ以上はなりません。どうぞ我をお使いください』

黒の女王は俺に背後に付くと絡みつくように両腕を回す。

『どういう意味だ』
『我ら創造主クレアトゥールのお力を分け与えられ生まれた者。生命力の代わりに我を取り込みお使いください』

星の大妖精にそっくりなのにどこかエロスを感じる黒の女王。
闇の大妖精らしいけど、愛神エロスと言われた方が納得できる。

『俺が取り込んだら闇の大妖精はどうなる』
創造主クレアトゥールと一つになれます』
『そうじゃなくて消滅するんじゃないのか?』

取り込むと聞くと消滅するんじゃないかと思ってしまう。
俺の生命力の代わりに自分闇の大妖精を代償に使えと。

『我ら創造主クレアトゥールのお役に立てることが何よりの喜び』
『駄目だ。消滅するなら駄目だ』

星の大妖精と同じく闇の大妖精にも役目があるはず。
それが失われたら星の均衡が崩れてしまう。
何より自分のために他人大妖精を代償にするなんて出来ない。

『このまま俺の生命力を使って人々に月の恵みを』

そう願って祈りの形に組んでいた両手に力をこめると焼け付くような熱も引き裂かれるような痛みも増す。
アルク国の民が安心して新星ノヴァの月を迎えられるように。

徐々に薄れる意識。
せめて浄化が終わるまではもってくれ。
そう思いながら祈りを捧げ続けると月の使者の手が動き、俺の体に指を突き刺した。

「…………」

突き刺した。
たしかに突き刺さっている。
大きな指が俺の体を貫通しているというのが正しい。
それなのに……なんともない。

「!?」

体を焦がす灼熱。
それでも俺の体は焦げていないし痛くもない。
むしろ心地よくて体が楽になっている。

『私の**』

聞こえてきたその声。
以前も聞いたそれは月の使者の声だ。

『もうどこへも行かせはしない』

俺に言ってるのか?
言っている意味は分からないけど、月の使者の手のひらから降りてきた月神は目の前に来て覗き込むように顔を近付けると口付けて俺の中へと消えて行った。

【ピコン!(音)結界内の浄化が完了しました】

最後に聞こえたのは中の人の声。
それを聞き届けてすぐに意識が薄れた。
 
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「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

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