ホスト異世界へ行く

REON

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第十二章 邂逅

講義後半

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前半の魔導科と訓練科に分かれての実技講義が終わって、後半の合同練習試合の前に三十分の休憩に入った。

「兄さまと合流しましょう」
「はい」

あのあと訓練科の実技講義の見学に行ったレオポルトと再び合流しようと話すアリアネ嬢に返事をする。

「白銀の髪のご令嬢、少しよろしいかな」

スっと近寄ってきた男性。
制服姿の若い子と一緒に居るから体験入学者の両親だろう。

「なんでしょうか」
「君は英雄エロー公のご兄妹だろうか」

濁すこともなくハッキリ聞かれる。
今までは遠巻きに眺めるだけだった人たちも、一人(ひと家族)が声をかけたことをきっかけに『今だ』とでもいうように集まって来て囲まれてしまった。

「いいえ。違います」

兄妹じゃなくて本人だから嘘は言ってない。

「だが髪と瞳の色が」
ワタクシの存在が原因で誤解を招いて多くの方にご迷惑をおかけする訳には参りませんので違うということだけはお答えいたしましたが、そもそもファミリーネームや爵位名を隠す決まりになっている体験入学でその質問をするのはご法度なのでは?」

そう話すと男性は口を結ぶ。

「体験入学者はファーストネームで名乗る決まりがあるのは、みなが身分に左右されることなく見学が出来るようにという訓練校側の配慮でしょう。体験入学は今後入学を考えている御令息や御令嬢のために行われているもの。両親が繋がりを作り親睦を深めるため開かれた夜会ではないことをお忘れなく」

気になる気持ちはわかるけど、若者が殆どの在校生や体験入学者本人が聞いてくるならまだしも付き添いで来ている両親が体験入学の決まりルールを破って堂々と聞いてくるなんて愚の骨頂。
親が率先して決まりを破ってどうする。

「生意気を申しましたことをお詫び申し上げます。待ち合わせをしておりますので失礼いたします」

スカートを摘みカーテシーで謝罪と挨拶をしてからアリアネ嬢の手を掴み、モーセが海を割ったかのように空いた場所を通って集団から抜けた。

「申し訳ありません。私と居たせいで囲まれてしまって」
「大丈夫です。私もあの質問はルールに反すると思いましたからメテオールがはっきりと言ってくれてスッキリしました」

歩きながら謝った俺にアリアネ嬢は笑う。

「そう言っていただけると。ありがとうございます」

巻き込んでしまったのに笑って済ませてくれてありがたい。
レオポルトにしてもアリアネ嬢にしても心優しい兄妹だ。


「アリアネ、レオポルトさま。行きたい場所がありますので少し別行動をいたします」

グラウンドの半分を使っていた訓練科のところに行ってレオポルトと合流したあと二人にそう声をかける。

「一人で大丈夫か?」
「一緒に行きますよ?」
化粧室パウダールームに。男性の前で言うのは恥ずかしいので一人で」

アリアネ嬢にひそりと耳打ちする。

「あ。じゃあ後ほど」
「はい。後半の練習試合に間に合うよう戻ります」
「分かりました」

すぐに納得してくれたアリアネ嬢を見てレオポルトも察したのかそれ以上は言わず、軽くカーテシーをして離れた。

アリアネ嬢と一緒に行くよう言われなくて良かった。
今は雌性体だけど中身は男だからさすがに女子トイレは。
かと言ってこの姿で男子トイレに入ったら痴女でしかないし、構内図で見た共同トイレ(日本の多目的トイレ)に行くつもりだから一旦二人とは別行動をすることにした。

共同トイレの場所は学校の中。
一度靴からスリッパに履き替えてトイレに向かう。
相変わらず物珍しいものを見るように立ち止まったり振り返る生徒たちは多かったけど、声をかけられることはなかった。

スッキリしてトイレを出る。
生徒や講師の素の様子を見るために雌性体でくることを決めたのは自分だけど、トイレに関しては面倒だと少し後悔した。

「結構かかったな」

生徒の行き来が少ない学長室に近い共同トイレまで来たからグラウンドからは距離があって時間がかかった。
短い休み時間でも三十分はあるからさすがに後半の練習試合に間に合わないことはないけど。

再び靴に履き替えグラウンドに戻る最中にチャイムが鳴る。
授業開始十分前を報せる一度目のチャイムだ。
尤も体験入学者は授業中だろうと関係なく好きな場所に行って見学するから開始に間に合わなくても関係ないんだけど。

ただ合同で行う練習試合は見たい。
むしろエルフ族の生徒たちが実際に戦う姿が見れるそれが今回の視察の目玉とも言える。
後で雄性に戻って英雄エローの姿で校内を回ることにはなってるけど(あくまで公務だから)、せめて練習試合までは煩わしい身分はさて置きで素の生徒たちの実力を見学したい。

グラウンドに戻ると付き添いで来た大人は観戦席(グラウンドの周りをぐるりと囲むようにある段差)に座らされていて、後半は練習試合だからわらわら居て生徒たちの試合の邪魔にならないよう子供とは別にされたのかと納得した。

まだ開始前とあって生徒は座って休憩したり会話をしたり。
手すりを掴んで階段を降りながらレオポルトとアリアネ嬢はどこに居るのかと見渡す。

「ん?」

二人の髪の色で気付いたものの体操服姿の生徒たちと居る。
初等科の時の友人だろうか。
カフェテリアで会った同級生と違って話をしているだけのようだし、友人と話しているのを邪魔するのも悪いかと思っているとアリアネ嬢が顔を上げて俺に気付いたらしくレオポルトにこちらを指さす。

すぐに二人は友人から離れると俺の方に歩いてきてレオポルトだけが階段を駆け上がって来る。

「ご友人と談笑中でしたか?邪魔をして申し訳ありません」
「邪魔などしていない。私の級友ではあるが友人という関係性ではないからな。メテオール嬢のことを聞かれただけだ」
「私のことを?」

エスコートしてくれるつもりなのか手を出したレオポルトの手をとって階段を降りる。
うーん。ごく自然にエスコートする辺り紳士。

「おかえりなさい」
「ただいま戻りました」

階段の下で待っていたアリアネ嬢に軽くカーテシーで返す。

「良かった。また囲まれてしまったのかと」
「ご心配をおかけしました。校内まで行って空いているところを探していたら思った以上に遅くなってしまいました」
「校内に行って正解です。グラウンド近くは混んでました」

アリアネ嬢はグラウンド近くのトイレに行ったのか混んでいたらしく耳打ちして教えてくれて苦笑する。
男子トイレより女子トイレの方が混雑するのはこの世界でも変わらないらしい。

「ところで私のことと言うのは」
英雄エロー公の妹様かと。違うと否定しておいたが、やはり白銀色は英雄色の印象が強いだけに気になるのだろうな」

まあ気になるだろうことは確か。
俺自身も髪と虹彩の色で目立つことは承知で来てるし。
ただ二人にこれ以上迷惑をかけるのは申し訳ないから、この練習試合が終わったら元の姿に戻ってするか。

「私と居るためにご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「迷惑なんて。メテオールと見学できて楽しいです」
「そもそも一人では危険だから一緒に見学するよう言ったのは私だ。自分が言ったことで迷惑などと思うはずもない」

本当に人のいい兄弟だ。
正体を隠していることが申し訳ないくらいに。
正体を偽っているからこその出会いではあったけど。

「行こう。時間だ」
「はい」

二度目のチャイムが鳴って整列する在校生の後ろに体験入学生も集まると、前半と同じく講師が指揮台に上がる。

「予定通り講義の後半は合同で練習試合を行う。講師が各々の実力で判断した訓練科の生徒と魔導科の生徒二人一組で組んで貰ったが、試合を挑む相手は指名制とする。自分たちの力量を考えた上で試合を申し込むように」

訓練科から一人、魔導科から一人の二人一組ってことか。
指名制なのは相手の力量を判断できるか試すためだろうか。

講師の話が終わってすぐに在校生は二人一組で試合をしたい相手のところに行って話をしている。
みんな驚きもせずすぐに行動に移したってことは指名制の練習試合には慣れてるんだろう。

「そちらの白銀色のご令嬢」

oh……お前居たの?
体験入学者の集団の方に歩いてきて俺に声をかけたのはカフェテリアで会ったあの三人の中の一人。
あの時この青年だけは椅子に座ったまま俺に近付こうとはしなかったから一番印象が薄いけど。

「練習試合を申し込む」
ワタクシは体験入学者ですが?」
「体験入学者も参加自由。受けるかはご令嬢の自由だが、体験入学者に申し込んではいけないとは言われていない」

たしかに。
参加するも見学するも自由。
在校生同士でとは講師も言ってなかった。

「女性に試合を申し込むと?」
「能力で組分けされた中には女生徒も居るというのに何かおかしいか?心配ならばレオポルトが組んでお守りすればいい」

ああ、俺じゃなくてレオポルトが目的か。
カフェテリアで俺の前に立って庇う様子を見たから、俺に申し込めばレオポルトも断れないと思ったんだろう。

ワタクシは構いません」
「メテオール辞めた方が。あの方ああ見えてお強いんです」

耳打ちしたアリアネ嬢の「ああ見えて」に笑う。
たしかにスラッとした青年だけに見た目だけならあまり強そうには見えないけど、それを言うなら今の俺も同じだろう。

「申し込まれた試合をお断りするほど野暮ではございません。お声がけありがとうございます。お受けいたします」
「感謝する」

カーテシーをした俺にボウアンドスクレープで応える男。
レオポルトが目的とは言ってもみんなが見ている前で堂々と試合を申し込んできたんだから断る理由はない。
強いらしいから実力も見てみたいし。

「ご令嬢は受けてくださったがどうする?守れる自信がないのならば腕に自信のある他の体験入学者に任せた方がいい」
「受けよう。そのためにメテオール嬢へ試合を申し込んだのだろうに白々しい。無関係の令嬢を巻き込むとは呆れる」

レオポルトもそれは分かっていたらしく溜息をつく。
級友だっただけあって男の方もレオポルトの性格を知っているのか笑みで口元を歪めた。

「メテオール嬢すまない。私たちの諍いに巻き込んで」
「すみません」
「先にお受けしたのは私ですよ?」

謝る二人にくすりと笑う。
あの男はアリアネ嬢の実力を知っているからそちらは避けて俺を選んだのか、カフェテリアで物申した俺のことも気に入らないから選んだのか分からないけど、どちらにせよルールに沿って正式に申し込まれた限りは受ける。

「申し遅れました。訓練科中級ジェレミー・ルセと申します」
「メテオールと申します。ご丁寧なご挨拶をいただきましたのに姓を名乗れないご無礼をお許しください」
「体験入学の規則だと承知しております」

わざわざ体験入学者の中に入ってきて胸に手をあて挨拶をした青年にカーテシーで挨拶を返す。
どうやらこのジェレミーという青年は上流貴族のようだ。
ボウアンドスクレープに慣れていて品がある。

「講師に報告いたしますのでご同行願います」
「分かりました」

心配するアリアネ嬢に大丈夫と伝えてレオポルトと体験入学者の集まりから出て青年の後を着いて行った。

「お待たせしました」

まっすぐ講師のところに行くかと思えば青年は数人で話していた男の一人に声をかける。

「君がレオポルト君か」
「はい」
「私は魔導科上級シスト・ボナ。ジェレミーの元級友で剣技が優れていると聞いた。試合を受けてくれて感謝する」
「よろしくお願いします」

つまりこの青年がジェレミーのチームメイトと。
組分けは講師が生徒の実力で決めたようだから、ジェレミーが上級生と組むレベルの実力があるか、上級生の方が中級科レベルの実力しかないかのどちらか。
まあ前者だろうな。

「ところで」

シストの視線が俺の方に向く。

「ここに共に居るということは、レオポルト君のチームメイトはこちらのご令嬢ということかな?」
「はい。ジェレミーが試合を申し込んだのは彼女です」
「メテオールと申します。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく頼む」

挨拶をした俺にシストも挨拶を返す。

「ジェレミー。つい先ほど魔導科の実技に白銀色の髪と瞳を持つご令嬢が居たことを話したが、それが彼女だ」
「はい。他に白銀色を持つご令嬢はおりませんので」

思えばシストの方は魔導科らしいから、さっきの実技で俺が魔法を使ったところを見ていてもおかしくない。
魔力点で魔力の消費量が変わるかを知りたかったから七属性の中で魔力消費量が多い聖属性魔法を選んだけど、基本四属性の何かを極めてそのあと術式を覚えてからようやく教わる(人族とエルフ族の場合は)聖属性を使ったのは失敗だったか。

「分かっていながらなぜ彼女に申し込んだ。既に聖属性を発現しているご令嬢なのだから実力が違い過ぎるだろう。まだ若いのだから恩恵適性のヒーラー型だろうと思ったのか?彼女は正真正銘アタッカー型の聖属性を発現している」

聖女や神官のように特殊恩恵が聖の人がヒーラー型。
この人たちはそもそも特殊恩恵が聖属性に特化してるから、基本の四属性の何かしらを極めてから教わるということをしなくても問答無用で聖魔法が使えるようになる。
若くして聖属性を発現できて回復(浄化等も含む)は得意な代わりに攻撃魔法としての聖魔法はイマイチ。

聖女や神官ではなく聖適性を単体で持つ人がアタッカー型。
基本四属性の何かしらを極めてから教わるから発現が遅く回復はイマイチな代わりに、攻撃魔法としての聖魔法は強い。
もちろん同じヒーラー型やアタッカー型でも個人の能力値で威力は変わるけど、基本的にはこれが当てはまる。

そのどちらにも当てはまらないのが賢者。
個人の能力値で威力の差はあっても回復も攻撃魔法も得意。
全魔法特化型の賢者は特異な存在。

「ヒーラー型だろうと甘くみて申し込んだのではありません。むしろ強いと聞いて試合を申し込みました。レオポルトも同じく元級友ですので剣の腕は知っています。強い相手ならば怪我をさせないようにと手を抜く必要がないですし、試合に勝っても負けても学ぶことが多いと思います」

なんか思ってたのと違う。
カフェテリアで突っかかってきた三人組の一人だから、弱そうな俺を試合に立たせることで俺を守るだろうレオポルトをボコボコにする企みでもしてるのかと思ったのに。

「分かった。実力差を承知で申し込んだならいい。上級の生徒は何度も練習試合をして負ける経験もしているが、中級の生徒は負けて心が折れる者も少なくない。指名制にしているのは自分の実力を判断できているかを知るためでもあるが、挑んだ相手に負けても折れない精神力をつけさせるためでもある」

なるほど。
実力を判断できているかという単純な理由だけじゃなく、精神力を鍛えるためでもあったのか。
たしかにエルフ族はプライドが高い人が多いから自分が試合を申し込んだ相手に負けたら悔しくて堪らないだろう。
ポキッと心が折れてもおかしくない。

「ん?ここは体験入学者に試合を申し込んだのか?」
「彼は初等科の時の級友で実力を知っていますので」
「……そうか。合意を得ているならいい」

講義の最初に指揮台に上がっていた体育教師っぽいガタイの男性講師が来て、ジェレミーから話を聞いたあと俺を見る。
この講師は俺の正体を知ってるようだ。

「在校生、名前を」
「魔導科上級シスト・ボナです」
「訓練科中級ジェレミー・ルセです」

講師は在校生の二人の名前を聞いてスクロールに書き込む。

「体験入学者、名前を」
「レオポルトです」
「メテオールと申します」

レオポルトと俺の名前も書いた講師はもう一度チラリと俺を見てきて、合意の上だから大丈夫だと笑みで返した。

「よろしい。諸君の試合は最後に行う。二人とも首席として恥じることのない試合を期待する」
「「はい」」
「体験入学者は怪我のないよう」
「「はい」」

指先に集めた魔力でスクロールに赤い横線を引いた講師はシストにスクロールを渡すと次の生徒の方に歩いて行った。

「中級科の首席になったのか」
「ああ。とは言えレオポルトも以前より強くなっているのだろう?今更棄権するなどとは言うなよ?」
「言わないが」

上級科の首席と中級科の首席ということか。
アリアネ嬢が『ああ見えて強い』と言ったのも納得。
どちらもエルフ族らしくスラッと細身であまり強そうには見えないけど実力はあるようだ。

「練習試合ではみな木剣を持つ。まずは選びに行こう」
「「はい」」

魔導科の生徒も木剣を持つのか。
そう思いながらもシストの案内で木剣が用意されている場所に向かった。

「メテオール嬢。その細腕で剣を持てるのか?」
「え?」
「ここに初等科女子用の木剣はない。一番短く軽いものでも中等科女子の木剣になってしまうがどうするか」
「重すぎるなら魔法だけにして貰えるよう講師に話そう」

そんなに孅く見えてんの?
レオポルトに続いてジェレミーやシストも俺を見たあと並んでいる木剣を見ながら口々にそんなことを言う。
確かに雌性体の俺は人族の女性の中でも背が低い方だけど。

「大丈夫です。持てます」
「一番短くて軽いのはこちらです」
「ありがとうございます」

ジェレミーから渡された木剣を受け取る。

「……あれ?」
「「「駄目か」」」

しょせん練習用の木剣。
持てないはずがないと思いながら受け取るとズシリと重くて木剣の先が地面に落ち、三人から同じ感想を呟かれる。

「この木剣……重力系の魔法でもかかってますか?」

そう聞くと三人から首を横に振られる。
嘘だろ?雌性体の時は多少筋力が落ちることは確かだけど刀なら持ててるのに、どうしてこの木剣はこんなに重いんだ。

【ピコン(音)!筋力が落ちています】
『は!?なんで!?』
【閨の影響を受けています】
『治療の?』

教えてくれたのは中の人。
魔力譲渡治療の影響らしい。
ゆるゆるの性欲の他にも影響が出るのかよ。

「メテオール嬢?」
「あ、すみません」
「そのように落ち込まずともこの小さな身体では持てずとも仕方がない。講師に話して魔法だけにして貰おう」

木剣を持ったまま黙ってたから(中の人とは会話してたけど)落ち込んでると思われたらしく、レオポルトは俺の手から木剣をとってフォローしてくれる。

「あの、皆さまもどうぞご自身に合う木剣を選んでください。私も持てそうな木剣がないか探してみます」
「無理をしなくても」
「ルールを変えて貰うのは嫌なのでもう少し探してみます」

そう言い訳して三人から離れて木剣を選ぶフリをする。

『治療の影響ってどういうことだ?』
【治療ではなく閨です。魔力治療に問題はありませんが肉体に疲労が蓄積されて一時的に筋力が落ちています】
『……つまりヤリ過ぎ』
【はい】

キッパリ。
身に覚えがあり過ぎる。
多少魔力神経が柔らかくなって身体の調子が良かったらしい昨晩のアルク国王は絶好調だった。
某ゲームの宿屋の主人から「ゆうべはおたのしみでしたね」と言われるだろうレベルで朝までヤッてたんだから。

『体力はあるはずなのに』
【雌性体の際は雄性体より体力値が落ちます】
『雌性体でフラウエルとやっても筋力は落ちないけど?』
【今回は睡眠不足で能力値が回復できていません】
『ああ……納得』

アルク国王よりバケモノ性欲の魔王の時でも筋力が落ちたことなんてないのにと思えば、寝不足で回復できてないからか。

『魔力は?』
【問題ありません】
『このあと雄性に戻って英雄のお仕事する予定なんだけど』
【本体は雌性体より能力値が高いですので問題ありません】
『あ、そうなんだ。今は雌性体だからってことか』
【はい。ただ、本体も怠さを感じるほどではなくとも数値は減っていますので、治療前に就寝するようおすすめします】
『了解。ありがとう』
【ご自愛ください】

ご自愛くださいなんて初めて言われた。
俺の能力が解放される度に中の人も進化してると感じた。

「持てそうな木剣はございましたか?」

しゃがんで木剣を眺めていた俺の隣に来たジェレミーはしゃがんで片膝をつく。

「試合を申し込んだ時のように話してくださって構いません。ジェレミーさまは上流貴族でしょうから」

挨拶をした後からは敬語。
上流貴族だろうから礼儀正しく育てられてるんだろうけど、俺は正体を明かしていないんだから自分より下の身分の可能性もある俺に言葉を気遣う必要はない。

「メテオール嬢とお呼びしても?」
「はい」
「ではお言葉に甘えて」

王宮師団がつけた偽名で悪いけど。

「メテオール嬢は魔法が得意とのことだが強化魔法は使えないのだろうか。使えるならば木剣を持てると思うが」
「あ」

たしかに。
木剣を持つ程度で強化魔法なんて思い浮かばなかったけど、言われてみればそれなら持てる。

「助言ありがとうございます。自分の非力さに絶望してどうしたものかと強化魔法のことまで思い浮かびませんでした」
「試合開始の直前にかけるといい。それまで私がメテオール嬢の木剣も持っておこう」

いや紳士だな!
カフェテリアのあれはなんだったんだ!
……いや、ジェレミーはほぼ座ってただけだな。
改めて思い返せばコロっと態度を変えて俺の方に来ようとしたところをレオポルトから止められたのは他の二人。

お前の席ねーからはもう一人の青年。
レオポルトたちを下賎貴族と侮辱したのは令嬢。
ジェレミーは……「ご兄妹ではないか?」の一言だけ。
振り返りそれだけ言って後は座ってただけ。

「……メテオール嬢?」
「ゴホン」

わざとらしく咳払いしたシストとレオポルトがジェレミーの後ろに立つ。

「邪魔をしてすまないが持てる木剣はあっただろうか」
「失礼しました。考えごとをしてぼんやりしておりました」
「いや。構わない」

あの時を思い返しながらガン見してしまったことを謝ると先に立ち上がったジェレミーは俺に手を差し出してきて、その手を借りて立ち上がる。

レオポルトもジェレミーも紳士。
人族の貴族令息よりも紳士が多いんだろうか。
プライドが高いぶん恥をかくことがないよう幼い頃から厳しく礼儀を叩き込まれているのかも知れない。

「今ジェレミーさまから助言をいただきまして、試合の際には強化魔法を使って持つことにしました」
「ああ、たしかに女生徒の中には強化魔法を使用して木剣を使っている者が居る。使えるならばそれがいい」

レオポルトに話すと見たことがあるらしく納得する。
問題は筋力が落ちた状態でどこまで動けるかだけど、無理そうなら魔法でレオポルトを援護しよう。

「決まったところで戻ろう。既に試合は始まってるだろう」
「「「はい」」」

シストに答えて観戦席(付き添いの大人が居る場所じゃなく)グラウンド内にある観戦席。

「二試合同時に行うのですね」
「人族の訓練校では違うのか?」
「訓練校に通っておりませんので存じ上げません」
家庭教師ガヴァネスから学んだのか」
「はい」

シストも『訓練校に通っていない=家庭教師から学んだ』という発想らしい。
それほどエルフ族には訓練校や魔導校に通うことが当たり前なんだろう。
女師匠から教えて貰ったから女家庭教師ガヴァネスでも間違いではなく否定はしなかった。

「盛大に外したな」
「中級の生徒だろう。試合では割と見かける」

魔法を盛大に外した生徒を見るレオポルトとジェレミー。
やっぱりこの二人は仲が悪いようには見えない。
ジェレミーはレオポルトにライバル心があるようだけど、ライバル心があるからと言って仲が悪いとは限らない。

手前で練習試合をしている生徒たちは真剣。
武闘本大会ではエルフ族の代表騎士からお遊戯会を見せられたけど、意外にも学生たちは真剣に取り組んでいる。
魔導科の生徒も前半の実技で見た生徒たちと違って芯のある魔法を使えているし、訓練科の生徒も動きをよく見て怯むことなく相手に向かって行ってる。

学生はこうなのに代表騎士のアレは何だったのか。
大人になると天狗になって堕落した結果だろうか。
アレの印象が強くて少しは面白い試合が見れたらいいけど程度の期待しかしてなかったけど、考えを改めないと。
学生たちはしっかり地に足つけて頑張ってる。

「あ、惜しい」

魔法の発動速度が少し遅れたことで訓練科の生徒から突っ込まれて止められてしまった。
今のはかなりいい具合の魔力量を使った水魔法だったのに。
発動速度を鍛えたらいい魔法士になりそうだ。

「連続魔法」
「右は上級科の生徒だ。魔力点が手のひらに近いんだろう」
「同じ連続でも魔力点の位置で速度に結構な差が出ますね」
「ああ。威力で言えばやはり魔力をしっかり練る方がいいが、素早い者の行動を止めたい時や敵の数が多い時には有用だ」
「なるほど」

さすが上級科の首席。
講義の内容よりも一歩すすんだことを教えてくれるから勉強になる。

「魔力点が手のひらのご令嬢には無粋な話だったな」
「よく私の魔力点をご存知ですね」
「先程の実技で見た。一斉に十本の光の矢を撃ったようなあの速度は魔力点が手のひらの者にしかできない」

さっきも『手のひらに近いんだろう』と言っていたけど、今の生徒もかなりの速度だったのにかの微妙な速度の違いを判断できるのは凄い。

「シストさまは将来王宮魔導師になっていそうですね」
「それが私の夢だ。兄が第一魔導師団の団長を務めている」
「……え?」

それって……

「ラウロさん?」
「兄を知っているのか?」

やっぱりぃぃぃぃいいいい!!
まさかの弟!まさかの縁!
つい昨日ぶっ倒れてご迷惑をおかけしたばかりですっっ!

「武闘本大会の王都同士の試合を観戦に行って」
「メテオール嬢もあの日の会場に居たのか。私たち家族もあの日観戦に行っていた。残念ながらブークリエ国の王都代表には適わなかったが、全精霊族の憧れである尊き英雄エロー公からまた手合わせしたいとのお言葉を賜った兄を誇りに思う」

ごめんそれ俺!
今君の隣に居る俺!
自分の発言を人から聞くのクソ恥ず!

「あの武闘本大会は私にとっても変換点になりました」
「多くのエルフ族にとってそうだろう。あれから訓練校の方針も大きく変化して、生徒も憧れの英雄エロー公に少しでも近付こうと真剣に取り組む者が増えた。英雄エロー公のお陰で自分たちが愚かだったことに気付くことが出来たのだから感謝しなければ」

いやなんなの君、本当に学生?
考え方が大人すぎない?
なにそのイケメンな発言。
さすがラウロさんの弟。

俺が本人だと知らず英雄エローの話題で盛り上がる三人に恥ずかしいの半分、嬉しいの半分で苦笑した。
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「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

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