ホスト異世界へ行く

REON

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第十二章 邂逅

面白家族

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「ヴィオラ嬢。こちらに」
「はい」

治療の様子が見えるよう置いた椅子に座って貰って、左肩から外した外套ペリースを女子生徒の膝にかける。
これなら脚を持ち上げてスカートの中が見えたとか中を覗いたなんてイチャモンをつけられることもないだろう。

「御父君に体験していただいた時にも話したが、流す魔法の威力が弱くて済むよう魔力神経までの距離が近い方が好ましい。魔力神経は人体の奥深くにあるため指先をぐっと押し込むことになるが、その方がヴィオラ嬢も激しい痛みを伴わずに済む。まずはそれを承知してくれるだろうか」

触るというレベルじゃなくて押す。
指圧のように治療する部分を指で押して雷魔法を流す。

「今まで何人もの医療師に診ていただいても原因は分かりませんでした。恩恵適性も魔力もあって流せてもいるのに何故と辛かったですし、家族にもたくさん心配をかけてきました。悩みだったその原因が分かって治療も出来るのですからお断りするはずがありません。全て英雄エローにお任せします」
「承知した。私も最善を尽くそう」

長らく原因が分からなかった悩みを解決するために。

「まずは脹脛の位置にある魔力神経から」
「靴下は脱いだ方がいいですか?」
「いや。対象操作を使うからこのままでいい」

普通に魔法を使ったら衣装も焦げてしまうけど、俺が魔力を当てるのは硬化した部分の魔力神経だけ。
女子生徒の前に片膝をついてしゃがみ、人体図の赤い印がついた場所を確認しながら脚を自分の膝の上に乗せる。

「ご衣装が汚れてしまいます」
「構わない。衣装など洗えばいいだけだ」

この辺りだろうと思われる脹脛の部分を指でぐっと押す。
少し痛いのか女子生徒は眉を顰めたもののそれを口にはしなかった。

「では治療を行う」
「よろしくお願いします」

まずは微量から。
硬化部分にのみ当てる想像をしながら魔法を流す。
対象操作を使えば衣装はもちろん皮膚や体内の骨や筋肉などに電気(雷)が伝わってしまう心配もない。

生徒も治療を真剣に見ていて研究室の中は静か。
お蔭で俺も治療に集中できる。
威力をあげすぎないよう細心の注意を払いながら。
魔法検査も同時に行いながら魔力神経を傷つけてしまわないように。

【ピコン(音)!脹脛部の魔力神経の柔化が完了しました】
『柔化後の拡大図を観せてくれ』

わずか数分ほど。
左脹脛の位置にある魔力神経の硬化部分は柔らかくなったことを中の人が教えてくれて、その部分の拡大図を見せて貰う。

『……拡がってないけど、これでいいのか?』
【右腹部の柔化が完了したあと魔力を循環させてください】
『本人に魔力を流して貰うってこと?』
【はい】
『分かった。引き続き魔法検査を頼む』
【承知しました】

拡大図ではまだくびれになってるから聞くと後の対処法まで教えてくれる。

「左脹脛にある硬化部分の治療は終わった」
「……え?もう?」
「ああ。次いで右腹部にある硬化部分の治療に入る」
「お、お願いします」

膝に乗せていた女子生徒の脚を下ろして、また人体図で確認しながらもう一ヶ所の硬化部分と思われる場所を探す。

「また押すぞ。少し痛いだろうが耐えてくれ」
「大丈夫です」

背中に左手を添えて右手で臍の3センチほど右側を押す。
魔力神経は触診で確認できないから人体図を見ながらの勘になるけど、女子生徒が激痛を味わなくて済むよう雷の威力を最小限に出来るように患部に近い方がいい。

魔力神経にだけ。
硬化部分にだけ。
じわりじわりと雷魔法を流す。

この子の未来のために。
未来にこの子から救われる人が居ると信じて。

それからまた数分。

【ピコン(音)!完了しました。魔力を循環させてください】
『早かったな。治療するのは今回だけで大丈夫か?』
【はい。治療後の一週間ほど魔力神経に魔力を循環させることで柔化状態をクセづけることが出来ます】
『分かった。魔力を循環させたあとの魔法検査も頼む』
【承知しました】

脹脛の部分で多少流す量に慣れたからか、腹部の方は脹脛の方より早く終わった。

「こちらも終わった。普段通り魔力を循環してみてくれ」
「え、早。分かりました」

速さに驚いた様子を見せたものの女子生徒は深呼吸をすると落ち着いて魔力を循環させる。

「…………え?」
「どうした?」
「いつもと違うんです。魔力の流れが早い」

それを聞いて腰に帯刀していた刀で自分の指先を切る。

「試しに回復ヒールを使ってみてくれ。傷を塞ぐイメージで」
「は、はい!」

女子生徒は俺の手を両手で持つと瞼を閉じて心を落ち着かせるために深呼吸をした。

「いきます」

そう一言。
血が出ていた俺の指先の傷は綺麗に塞がった。

「……な、治せた」
「ああ。治ったな」

自分で治して驚いた女子生徒に笑うと感極まったらしく俺に抱きついてくる。

「ありがとうございます!本当にありがとうございます!」
「おめでとう。力になれて良かった」

軽く背中を叩いて祝福の言葉を伝えると、今まで静かだった研究室は一気に歓喜の声で賑やかに。

「ヴィオラ良かったね!」
「うん!ありがとう!」

友人たちとも抱き合って号泣。
同じ薬学科の生徒たちからも祝いの言葉がかけられ、婚約者とも両手を繋いで喜びを伝え合う。

「お父さま、お母さま、お兄さま、お姉さま」

最後は家族のところに行って。

「私、治りました!魔法が使えるようになりました!」
『おめでとう』

一人一人に抱きついて喜びあう。
本人はもちろん家族にとっても原因が分からず心配だっただろう悩みが解消されて良かった。

「喜んでいるところに水を差すようですまないが、先に治療後の魔法検査の結果と注意点を話しておきたい」
「はい!」

一頻り喜ぶ時間はあげたあと、今の間に終わった魔法検査の結果を見て貰うために再度座って貰う。

「見て貰えば分かるように病名が出ていた項目から魔力神経硬化症の文字は消えた。こちらの人体図にももう異常を知らせる赤い印はない。そして柔化後に魔力を循環させたことで狭まっていた魔力神経が拡がったことも拡大図で見て取れる」

治療前と治療後の拡大図を見せて説明する。
キュッとくびれになっていた部分がしっかりと拡がっていることに家族や生徒も驚く。

「治療はこれで終わりだが注意点が一つ。今の柔化状態をクセづけるために、治療後の一週間は魔法を使う機会がなくとも魔力を循環させること。それだけは忘れずに行ってくれ」
「分かりました。他にも気を付けることはありますか?」
「ない。手術をした訳ではないから入浴や運動も出来る。魔力を循環させる以外は通常通りの生活をして構わない」
「はい!本当にありがとうございました!」
「どういたしまして」

明るい表情で元気にお礼を言った女子生徒に笑って答える。
人の笑顔を見ると自分も幸せな気分になる。
まだ若いということが幸いして大変な治療を受けずに済んで本当に良かった。

英雄エロー公爵閣下。異界の貴重な知識と尊い能力を使いヴィオラの治療を行ってくださったことに心より感謝申し上げます。お蔭様で娘が明るく笑う姿を見ることが出来ました。この御恩をどうお返しすれば良いのか。何なりとお申し付けください」

説明が終わったあと椅子からおりた家族は女子生徒も含め俺の前に跪く。

「恩返しなど望んでいない。強いて言うならヴィオラ嬢とは解放された力を使っていつの日か誰かを救ってくれるよう約束したがな。それで充分だ。私の力が役に立って良かった」

治してやりたいと思ったからやったこと。
自分のその欲は満たされた。
恩返しなんて必要ない。

「なんという無償の愛」
「器が違いますわ」
「お姿だけでなくお心も美しいとは」
「美の神とだけではなく慈愛の神でもあったか」
「存在そのものが奇跡っ」
「お父さま!お母さま!お兄さま!お姉さまー!」

グフッとしてよろめく家族とそれを見て焦る女子生徒。
公爵の顔と色々と駄目な感じの落差が激しい家族に笑った。


見学していた生徒は解散。
女子生徒と女子生徒の家族と婚約者と女性講師、そして俺と学長と護衛のダンテさんとラウロさんは学長室に移動した。

「改めて英雄エロー公爵閣下へ感謝申し上げます」

俺が座った後ろには護衛の二人がついて、立派なテーブルの対面には女子生徒の家族が座って改めて頭を下げられる。

「感謝の心は受け取ろう。だが私は信念のまま行動しただけのこと。勇気を出して私に相談した娘を褒めてやってくれ」

勝負が終わって誰もが気になりながらも声をかけられなかっただろうあの状況で声をかけるのは勇気が必要だっただろう。
尤もあの時は俺が治せると思ってのことじゃなくて、同じ回復魔法を使う俺からコツを聞いて自分が魔法を使えない理由が少しでも分かればと、その程度の感覚だったと思うけど。

「あの時は必死で。一度で複数名に回復ヒール上級回復ハイヒールをかけられる方など英雄エローしかおりません。回復魔法を使う全ての術士の頂点であり憧れでもある方が幸運にも声の届く距離におられる今を逃したら二度とお話を聞ける機会はないと」

そう話して恥ずかしそうにする女子生徒にくすりとする。

「たしかに範囲回復エリアヒールは私にしか使えない」
範囲回復エリアヒールという魔法なのですか」
「ああ。因みに私の師匠は賢者だが使えなかった。膨大な魔力が必要で、最初に使えた時は化け物かと呆れられたほどだ」

あの時のエミーの目は忘れない。
女子生徒が家族を虚無の目で見るのと同じく、俺もエミーから虚無の目で見られた。

「魔法特化の賢者が使えなかったのだから他の者は尚更無理だろう。だが回復魔法とは祈りによっても効果が左右する。私の場合は重症者を治癒する時に両手を組み神へ祈りの言葉を捧げている。傷ついたこの者を助けてください、そのための力を貸してくださいと。大切なのは助けたいという思いの強さだ」

思いが強いほど治癒効果が上がる。
軽傷の怪我を治す程度なら何の言葉も口にせず祈りの手も組まずただ回復魔法を使うけど、治癒が困難な重症者の場合は祈りの形に手を組み神への言葉を口にしてかけている。

「それは初めて聞きました」
「私が自分で気付いただけだからな。教わらないだろう」
「え?」
「この世界の人にとって回復魔法も魔法の一つ。魔法は術者の属性レベルや魔力値や使用魔力量で威力が変わる。その常識で育ったのだから他の要素に気付かなくともおかしくない」

学校では教わらないこと。
もちろんそれに気付いている人も居るかも知れないけど、学校で教わるのは使という基本だから。

「魔法を使う際に重要なのはイメージ。賢者でなくともイメージ次第で魔法の形を整えるくらいは出来るように、回復魔法も属性レベルや魔力値や魔力量という基本プラス祈りの強さで回復量が変わる。絶対にこの人を死なせたくないと強く思うような辛い場面を幾度も経験してきてそのことに気付いた」

学校でも教わらないし実践経験の少ない人では気付かない。
他人も自分も傷ついて辛くて苦しくて悲しくて、そんな状況を繰り返すことで『普段使う時と違う』と気付いた。
火事場の馬鹿力というのか、絶対にこの人を助ける、死なせないという思いの強さが魔法にも影響するんだと。

「君は恩恵適性だけに魔力が循環したら回復魔法が使えた。回復魔法を使える術者が増えれば救われる者が増えるのだから喜ばしいことだが、どうせならその一歩先を目指して欲しい」
「一歩先?」

神に祈らなくても回復魔法は使える。
極端な話、内心では面倒だなって思っている時でも術者が使った魔力量と基本の能力値ぶんの治癒は出来る。
回復魔法を使える人は多くないからそれでも充分感謝されるだろうけど、俺が関わった人には一歩先を目指して欲しい。

「ただ金のため名誉のために義務や惰性で回復魔法を使って怪我を治す回復士ではなく、絶対に患者を救ってみせるという強い信念を持って命を救う回復士になってくれたらと思う。医療師を目指している婚約者と共に力を合わせればきっと、病や怪我に苦しむ者たちが君たちに救いを求めて門を叩くだろう」

それが俺のいう
能力分の回復魔法を使って『はい、終わり』という医療師や魔法医療師じゃなくて、治癒困難な患者でも簡単に諦めず何としても治してあげたいと思う心ある医療師や魔法医療師に。

「無償で治療をしろという意味ではないぞ?患者ではなく金や名誉を第一に考え回復魔法を使うような強欲な医療師や魔法医療師にはなって欲しくないと言うことだ。医療に携わる者が人を救った代価に治療費を貰うのは当然のこと。そこを歪めては結果として失業した同業者を殺めることにもなりかねない」

治療費や医療費は正当な報酬。
俺は医療師や魔法医療師じゃないからお金は取らないけど、もし医療師や魔法医療師を名乗る人が無償で治療をすれば市井の均衡が崩れておかしなことになってしまう。

「……英雄エロー英雄エローなのですね」
「ん?」
「心まで英雄エローなんだと思って」

女子生徒の言葉の意味が分からず首を傾げる。

「英雄とは最強の者に与えられる称号。先代英雄でもあった勇者の冒険譚を読み育って漠然とそう思ってきました。もちろん英雄エローがお強いことも事実ですが、今回拝謁する機会を賜り病を治して貰っただけでなくお話も聞くことが出来て、戦う力や救う力だけでなく誰かを救いたいと強く願う慈愛の心もお持ちなのを知って衝撃を受けました。この方はただ英雄勲章や称号を賜った方というだけではなく存在そのものが英雄なんだと」

そう真剣な顔で話す女子生徒。

「もしこの先私が誰かに英雄とは何かと聞かれる時があれば、英雄エロー公爵閣下であると答えます。人々を救う強い力と救ってみせるという強い心を兼ね備えたあの御方こそが英雄そのものであると。誰よりその称号を名乗るに相応しい御方だと。称号を爵位名にしたブークリエ国の陛下の判断は正しかったと」

女子生徒の話を聞いて家族も大きく頷く。
勲章や称号をそのまま爵位名にすることに反対意見もあったようだけど(後の世にも英雄が誕生するかも知れないから)、国王のおっさんが押し通したことは後からエミーに聞いた。
有識者の反対意見を跳ね除けて俺に英雄の爵位名を与えた国王のおっさんも喜ぶだろう。

「その通り。だからこそ私はまだ納得していないのですが」

口を開いたのは総領(家督を継ぐ長子のこと)。
透き通る深いブルーの目を動かして見たのは女性講師。

「エレーン講師。事の顛末を見届けた今、貴女はどうお考えですか?妹の将来を案じてと申されましたが、私が思うに貴女は未婚女性が異性と触れ合うことを汚らわしいと考えていて、生徒が性被害にあうという思い込みで騒ぎ立てたようにしか思えないのですが。閣下が実際に触れた僅か数分足らずの治療は貴女から見て性被害に当たるような不埒な行為でしたか?」

口調は柔らかくても女性講師を見るその目は厳しい。

「こういう状況を世間では何と言うかご存知ですか?です。当事者のヴィオラが拒んでいたのに英雄エロー公が強引に迫っていたならば身を呈して妹を守ろうとしてくれたのだと感謝いたしますが、本人が嫌がっていないのに、むしろ治療を切望しているのに、当事者ではない貴女が正当な医療行為を性被害かのように騒ぎたて生徒本人の意思を蔑ろにしたことが本当に生徒を守りたい講師としての行動だったと言えますか?」

さすが公爵家の跡継ぎとして教育を受けてきた総領。
品がありながらもその姿には迫力がある。
グフッとなって胸を押さえる姿の印象も拭えないけど。

「私はただ……」
「ただ?」
「ヴィオラさんの婚約や成婚に悪影響が出たらと」
「婚約者のアクセルが問題ないと話したと聞きましたが」
「あくまで婚約しているだけで後で気持ちが変わることも」
「その時はアクセルがその程度の男だと言うだけでは?」
「ですからそうなる可能性がない方が」

女性講師はゴニョゴニョ。
総領の方はずっと女性講師を見ているのに、女性講師の方は俯き目も合わせずモジモジしながらゴニョゴニョ話している。

「アクセル。君はよほど信用ならない男のようだ」
「心外です。ヴィオラが医療行為を受けただけで婚約を破棄するような理不尽な男ではありません」

不快感を露わにする婚約者。
その表情と返事を聞いて総領はくすりと笑う。

「エレーン講師はどうやら古い考えをお持ちなようですね。ああ、それ自体は悪いとは申しませんよ?初めて自分に触れる男性は伴侶となる者でなくてはならないとご自身に課すことは個人の自由ですので。古き時代の方は女性が異性の医療師に肌を晒すことすら良い顔をされなかったと言いますから、その時代であればエレーン講師の行動も賞賛されたことでしょう」

この異世界も地球の昔と似た状況の頃があったと。
今でも人族やエルフ族の女性(特に貴族)はなるべく肌を晒さないようにしてるけど、診察を受ける時に妻や恋人が肌を晒すことに不快感を表すような男の話は聞いたことがない。
居たとしてもだろう。

「閣下は私どもとは器が違いますのでエレーン講師の時代錯誤な愚行をお赦しになりましたが、尊き御方でありながら一人の生徒のため国で秘匿とされる能力を使い救ってくださろうとした精霊族の宝を、まるで女性に不埒な行為をしようとしている不届き者かのように騒ぎ立てた講師が居る事実を学長は如何お考えですか?両国の陛下にお伝えして裁くことはしないにしても、問題を蔑ろにせず懲戒会議は行なわれて然るべきかと」

表情は柔らかい笑顔だけど内心では笑っていない。
見事なもんだなと総領を眺める。

「私も懲戒会議に賛成だ。エレーン講師の言動は治療に必要だから触れるというだけの行為を偏見の目で見て英雄エロー公を侮辱しただけでなく、私たち部外者に報せる状況を作り大事にしたことで御身の危険を増やしたということに他ならない。幾ら英雄エロー公がお強いと言っても危険な状況を作っていい訳ではない」

総領の意見に賛成したのは父親。

「承知しております。懲戒会議を行うとお約束いたします」
「そんな!私はただ生徒の将来のために!」

懲戒会議(問題を起こした講師の処分を話し合う会議)を行うことを約束した学長に女性講師は強く反発する。

「黙りなさい。君は生徒本人が治療を受けると言っても、私が今はそのようなことを問題視する家庭など稀だと話しても、生徒の婚約者自身が問題視しないと断言してもなお耳を貸さず、でもだってと自分の意見を曲げなかったではないか。生徒の婚約や成婚に響かせてはならないという正義感から英雄エロー公爵閣下に意見したことが事実であれば、君以外は誰一人問題視していないことが分かったそこで何故意見を変えなかった?」

大きな溜息をつく学長。

「私は先に、治療すれば魔法が使えるようになると聞き涙まで流した生徒の未来を君の偏見で邪魔するのは辞めなさいと忠告したはずだ。それでも君は変わらず生徒の意思を無視し自身の意見を押し通そうとしていた。周りで見学していた生徒すら呆れるほどに。その時点で懲戒会議を行うことは決めていた」

言ってたな。
両親に連絡して許可を貰ってくれるよう頼む前に。
あの時点で少なくとも何かしらの処分を科すことは決めていたと言うことか。

「それが本当に生徒のためにならないことだったのなら講師として止めない方が問題だ。だが今回のことは誰が聞いても医療行為の接触でしかないのに関わらず君だけが穿った見方をしていた。生徒の長年の悩みが解決することを喜ぶどころか自分の意見を英雄エロー公爵閣下や生徒に押し付け未来の可能性を潰そうとする講師を学長として処分するのは当然のこと」

まあ医療行為を男女の接触と捉えるのは「え?」ではある。
確かに性別で見れば男と女だし、中には不埒な感情を持った医療師が居るかも知れないことは否定しないけど、それはその医療師が悪いのであって医療師全てがそうじゃない。

患者が痛みを訴えれば『どこがどのくらい痛むのか』、『体内に何かできていないか』、予想される病名を考え触診する。
レントゲンなどのように体内を調べられる機械がない世界ならなおさら触診も重要な診断材料の一つになるだろうし。
それを異性だからという理由で下心で触ろうとしてると思われたら医療師は堪らない。

「私だからというのもあるのではないか?」
英雄エローだから?」
「どうやら私の数々の浮名が知れ渡っているようだからな。陛下の耳にも入るほどに。だからエレーン講師は私がヴィオラ嬢に手を出そうとしてると勘違いしたのかも知れない」

首を傾げた女子生徒に話して笑う。
俺が容易いビッチなのは事実。
ただ大半の浮名が事実無根であることも事実。
親しそうに会話していたとか、楽しそうに会話をしていたというだけのことでも『そういう仲』と思われて噂が広がる。

「エレーン講師は私に嫌悪感を抱いていて近付いて欲しくないのではないか?同時に自分の周囲の人たちにも近付いて欲しくない。多くの異性と艶聞が囁かれる危険人物から近付かれてはいつ手を出されるか分からないと。実際には噂されるほど来る者拒まずではないのだがな。好みの者からの誘いであれば容易いことは事実だが。危機感があって何よりだ」

笑いながら言った俺から女性講師は目を逸らす。
全く的外れな予想ではなかったようだ。

「生徒の可能性を潰そうとしたことの懲戒会議は必要だろう。当事者のヴィオラ嬢はもちろん他の生徒や今後入学する生徒のためにも講師のあり方をしっかり話し合って欲しい。ただ、無自覚かは分からないが私を侮辱したことの罰は学長や保護者から厳しく注意されたことで既に果たしたということにする」

危機感があって何より。
英雄を侮辱しただ何だの罪はみんなから厳しく注意を受けたということで終わり。

「なんという寛大なご配慮」
「やはり器が違う」
「大海原より深く広い慈愛の心」
「確かに危険ですわ。ワタクシたちの心臓が止まるという意味で」
「もはや美の究極体」

グフっとした家族を虚無の目で見る女子生徒。
ほんとこの家族はコロッと変わるから面白い。

「しかし自分が正しいと思い込んでいる者が声を大にして語る偏見ほど恐ろしいものはないな。よくも王宮軍人の前で英雄エロー公を侮辱したものだ。仮に英雄エロー公がお怒りの様子を見せていたら君は彼ら王宮軍人から英雄侮辱罪で粛清されていただろう。そうなるところを英雄エロー公の器の大きさで救われたのだから懲戒会議は受け入れるように。これは娘の保護者としてではなく王都校の出資者として私とミランからの命令だ」

……え?出資者って言った?
ブークリエ国でも学校の最初の設立は国で後の出資は貴族。
大貴族が何名かで出資している話は聞いたことがあるけど、アルク国でも同じやり方をしてるんだとしたら、俺が予想していた以上にこの家族は大富豪の貴族家と言うことになる。

「……承知しました」

権限でくだされた命令なら逆らえない。
出資者は学校の運営に口を挟む権利があるから。
不服そうだった女性講師もさすがに折れて口を結んだ。

処分内容は懲戒会議まで延期になったことで女性講師が学長室を出て行ったあと、やっと終わったかと息をつく。

「総領も出資者の一人だとは驚かされた。まだ自身も若いというのに若者の才能を伸ばす大切な場所である訓練校に出資をするとは。素晴らしい人格者と出会えたことを嬉しく思う」
「うっ……神々しい笑みが……もう死んでも悔いはない」
「お兄さま!」

胸を押さえる総領。
保護者ならまだしも(保護者だとしても凄いことだけど)、まだ家督を継ぐ前でありながら父親と共に学校に出資してるとか人格者なんだなと感心しただけなんだけど。

「私も含め家族でご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「ヴィオラ嬢も含め迷惑などかけられていない。公爵家らしい威厳ある姿を見せたと思えば、色々と心配になる駄目な感じの姿も見られて面白い。人間味に溢れていて私は好きだ」
『……好き?』
「お父さま!お母さま!お兄さま!お姉さまー!」

失神寸前の家族と慌てる女子生徒を見て笑う。
この家族のキャラの濃さよ。
アルク国に来てこんなに笑わされるとは思わなかった。

「大丈夫ですか?」
「ああ。久しぶりに大笑いさせられた」

一頻り笑ったあとダンテさんから聞かれて、笑い過ぎて滲んだ涙を拭いながら答える。

「お恥ずかしい姿をお見せした後ですが改めて感謝を。閣下は不要と申されましたが、やはりヴィオラを治療していただいたお礼だけはさせていだだきたく存じます」
「本当に不要なのだが」
「閣下の貴重な能力で娘をお救いいただきながら何もお返しをしないなど貴族の礼儀に反することになります。どうぞ私たち一族への慈悲ということでお受け取りください」

そうか。
俺が娘を治療したことを多くの生徒が知ってるんだから、家に帰って家族などに話して多くの人が知るところになる。
それなのにお礼をしてないとなると立場が悪くなるか。

「何でもいいのか?」
「私どもに出来ることでしたら何なりと」
「では後日私をプリエール公爵邸に招いてくれないか?念のためヴィオラ嬢の治療後の経過を見せて貰いたい」
『…………』

治療は終わったけど念の為に。
もし魔力の循環が出来ない日があったら再び硬化してしまう可能性もないとは言えないから、治ったことを確信したい。
そう思って提案すると全員が石化したように固まる。

「無理か?」
「……閣下が私どもの邸宅に」
「ああ。迷惑であれば断って構わない」

そう話すと家族はまた胸を押さえる。

英雄エローが我が家に……なんたる至福、なんたる誉れ」
「あなた冷静になってください。屋敷を建て直しましょう」
「そうだ。そうしよう」
「それではお迎えするまでに時間がかかってしまいます」
「くっ……先に建て直しておくべきだった!不覚!」
「お美しい英雄エローをお迎えする家が美しくないなど」
「ですからワタクシは早く建て直すよう申しましたのに」

どうやら迷惑だとは思われてないようだ。
訪問が屋敷を建て直す発想になるのが意味不明だけど。

「邸宅は人を招ける状態にないのか?」
「いえ。曾祖父の代からある屋敷ですので造り自体は古くはありますが、整備はしっかりしておりますので」
「ではなぜ建て直しの話が?」
「お美しい英雄エローをお迎えするのは新しく美しい屋敷でなくてはならないという斜め上を行く発想かと。申し訳ありません。本当に英雄エローが大好き過ぎる家族で」

虚無の目で家族を見ている女子生徒に聞くと、そう答えて恥ずかしそうに両手で顔を隠す。
隣に居る婚約者は苦笑して女子生徒の肩を叩き慰めていて、俺と学長とダンテさんとラウロさんも漏れなく苦笑。

「歴史ある邸宅では私の美しさが霞むとでも?」
「滅相もございません!」
「だろう?ならばわざわざ建て直す必要はないと思わないか?どこに居ても私の美しさが失われる訳ではないのだから」
『たしかに』

女子生徒が不憫で助け舟を出すと家族はハッとして頷く。
段々この家族の扱い方が分かって来た。

「まあそれは冗談だが、仰々しい迎え入れは必要ない。私と交流する機会だとでも思って気楽に招待してくれると嬉しい」

笑って言うとまた家族はグフッとなる。
いつまでも慣れてくれない家族に苦笑した。
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「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

現代社会とダンジョンの共生~華の無いダンジョン生活

シン
ファンタジー
 世界中に色々な歪みを引き起こした第二次世界大戦。  大日本帝国は敗戦国となり、国際的な制約を受けながらも復興に勤しんだ。  GHQの占領統治が終了した直後、高度経済成長に呼応するかのように全国にダンジョンが誕生した。  ダンジョンにはモンスターと呼ばれる魔物が生息しており危険な場所だが、貴重な鉱物やモンスター由来の素材や食材が入手出来る、夢の様な場所でもあった。  そのダンジョンからモンスターと戦い、資源を持ち帰る者を探索者と呼ばれ、当時は一攫千金を目論む卑しい職業と呼ばれていたが、現代では国と国民のお腹とサイフを支える立派な職業に昇華した。  探索者は極稀にダンジョン内で発見されるスキルオーブから特殊な能力を得る者が居たが、基本的には身一つの状態でダンジョン探索をするのが普通だ。  そんなダンジョンの探索や、たまにご飯、たまに揉め事などの、華の無いダンジョン探索者のお話しです。  たまに有り得ない方向に話が飛びます。    一話短めです。

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