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第十三章 進化
情報収集
しおりを挟む「調べる必要があるな。商業地区での営業妨害の件」
「一度や二度、一人や二人という話ではなさそうでしたね」
「うん。ただ、自分たちの生活より果物園の設備に金をかけてる家族が故意に傷物を混ぜて売るような小狡い真似をするとは思えないし、苦情が出てるのに営業が出来なくなるほど傷物を見落とすような適当な仕事をしてるとも思えない」
果樹園を出て乗合馬車の停留所に向かいながらエドと話す。
「質の高い果物でしたから同業者潰しでしょうか」
「その可能性もあるし、家族の中の誰かに私怨がある奴の可能性や商人貴族が気に入らない誰かの可能性もある」
ベルが言うように自分たちより質の高い果物を生産する家族が邪魔で貶めたい同業者の可能性もあるし、家族の誰かが気に入らなくて嫌がらせをした可能性もあれば、エルフ族は嫌がるらしい商人貴族だから妨害行為をされた可能性もある。
「苦情を言いに来るのが毎回同じ人ならどんな確率でハズレを引いてるんだって話だから難癖なのは明らかだし、元財政官僚の祖父母が居る侯爵家がそれに気付かないほど馬鹿じゃないと思う。それなのに営業権を取り上げられたってことは複数人から複数回の苦情が入ってるはず」
騎士爵は領地を与えられないからコーレイン家はアルシュ侯爵から土地を借りて果樹園や商会を営んでいる状況。
商業地区にある店も同じく侯爵から借りてる店だけに何度も問題を起こせば営業権を取り上げられてしまう。
「契約する可能性がある限りキナ臭い話は事前に片付けておきたい。目的によっては契約を結んだ俺にも影響する」
今までの妨害で終わりならいい。
商業地区の店の営業権を取り上げられたのは災難だったけど、あの質の高さなら俺と契約しなかったとしても自分たちで他領地やブークリエに販路を広げたりとやりようはあるから。
ただ目的が果樹園を潰すことやコーレイン家を貶めたいというようなことなら今後も続く。
「商業地区を回りながら得られそうな情報も集めよう」
「「はい」」
まずは商業地区での情報収集。
深く調べる時にはあらゆる貴族をもてなしてきてエルフ族の裏事情も知るディーノさんたち最上級の力も借りる必要があるけど、ひとまずすることはコーレイン家と同じ商業地区で店を出してる商人から話を聞くこと。
来た時とは違う御者の乗合馬車に乗って商業地区に。
やっぱりこちらは人が多くて別の街に来た気分になる。
「先程は軽く通り過ぎただけでしたのでよく見ておりませんでしたが、様々な種類の商店が混ざっていますね」
「うん。区間で分かれてる南区の商業地区を見慣れてるから肉屋の隣の店で武器や防具が売られてたりするのが変な感じ」
ベルが言うように店舗型の商店で売られてる物は様々。
ブークリエ国の王都にある商業地区(南区)だと、八百屋や肉屋や魚屋などの食べ物(食材)を扱う店の区間、武器防具の店や衣類等の日常品を扱う店の区間と分かれて軒を連ねている。
でもヴェールでは武器屋の隣に肉屋があったりと纏まりなく軒を連ねている印象。
「短期の外商人も受け入れてるのかと」
「ん?」
「領民が営む商店は特産品が中心なのでどのような品を扱う商店が多いのか分かりますが、他で仕入れた物を売る外商人が扱う品は様々。短期契約なら入れ替わりも早いです。そうなると食品かそれ以外かのどちらか一方に偏ることもありますので、片方の区間の店舗は空いているのに貸せないという状況にならないよう区間分けしていないのだと思います」
「なるほど」
エドの話を聞いて納得。
領主は商人に店舗を貸すことで収入(賃料+利益の数%)を得られるんだから空き店舗を作りたくないのは分かる。
「王都の商業地区でも外商人は多いけど、むしろ店舗の空き待ちだから区間分けしても成り立つんだろうな」
「はい。暮らしている人の数も別の領地から観光や買い物に来る人の数も多い王都が一番確実に稼げますので」
店舗を借りて営業するのは王都も同じ。
国民の生活を支える店が軒を連ねる商業地区の南区は全て国の所有地だから、外商人(王都国民以外の商人)内商人(王都国民の商人)問わず国に申請をして店舗(出店型は短期)を借りる。
アルク国はどうなのか知らないけど。
「よし。とりあえず色んな店を見て回ろう」
「「はい」」
あくまで観光客を振舞って。
そう話して乗合馬車の停留所から近い場所から店を見て回ることにした。
・
・
・
「まさかの収穫なしか」
「ただ買い物をしただけになってしまいましたね」
カフェテリアの椅子に座って溜息をつく。
一時間以上様々な店で買い物をしながらそれとなく情報を集めて以前コーレイン家が果物を販売していた店舗まで突き止めたけど、既に装飾品を販売する店に変わっていたその店の店主は外商人でコーレイン家のことすら知らなかった。
「観光客は多いけど警備も数が居て治安がいいし、執拗に難癖をつけてくるような客が居る雰囲気の街でもなかったな」
「はい。商人も商売慣れしていて愛想がいいですし」
結論を言うと活気があって治安もいい商業地区。
もしオラついてるような奴が居れば警備が即座に連行してくれるだろう。
「コーレイン家の印象も悪い話は聞きませんでしたね」
「うん。少なくとも話してくれた人からの印象は良かった」
回った店の中にはヴェールに暮らしている内商人も居て、買い物をしたあと雑談混じりに『以前観光に来た時に買った果物を今日も買いたかったんだけど、ランコントル商会はなくなってしまったのか』と質問すると、商業地区にはないけど住居地区に商会があると気軽な感じで教えてくれた。
親子で果樹園をやっていて真面目な家族。
貴族だけど話し易くて人のいい家族。
ランコントル商会の果物は質が高くて美味しい。
等々、ヴェールの住人の内商人からの評判は良かった。
「営業権を取り上げられた割には誰もそれを知らなさそうだったのが気になる。苦情が多かったならコーレイン家について濁したり悪い噂をする人が居てもおかしくないのに」
問題があって営業権を取り上げられたなら店がなくなった理由を濁す人も居るだろうし、噂好きならその話題に触れたりしそうなものだけど、みんなコーレイン家が自分たちの意思で商業地区での販売を辞めたかのように普通に話してくれていた。
「つまり大事になったことがないということでしょうね」
「ってことだろうな。出店型の店で客が大声で苦情を言ったり店の人と揉めてたら誰かしら聞いてるはず」
コーレイン家がやっていた店は出店型。
店舗型のように壁に囲まれた店内じゃないから声が筒抜け。
揉めていれば誰かしらが聞いていておかしくないのに誰も知らなさそうだったのが不可解。
果実水を飲みながらエドと話して首を傾げる。
新しい商人が商売をしてるということは営業権を失ったのは間違いないけど、店先で揉めて周りの店にも迷惑をかけて営業権を取り上げられたということはなさそう。
「周りに聞こえる声で揉めたなら警備が間に入るでしょうから客が言わずとも領主の耳にも届きますが、揉めていないのに領主の耳にも届いたということは客が直接ランコントル商会が傷んだ果物を販売したと報告に行ったということですよね?」
「うん。苦情を言いに来た客とコーレイン家しか知らないんだからそういうことになる」
ベルが言いたいことは分かる。
揉め事になれば警備が報告するから領主の耳にも入るけど、揉め事になっていないなら知ってるのは客と店主だけ。
コーレイン家が毎回律儀に報告へ行っていたんじゃないなら領主に話したのは店まで苦情を言いに来た客。
偶然ハズレを引いてしまっただけの客がみんな直接領主へ言いに行くとは考え難い。
「なんか気持ち悪い」
「具合が悪いのですか?」
「そうじゃなくて、苦情を言いに来た客がみんな領主へ報告してることが。ヴェールには店への苦情を領主にも報告しなきゃいけない決まりでもあんのか?みんな店では大事にしないけど領主には報告するって同じ行動をしてるのが気持ち悪い」
傷んでたのが事実でも大抵は店と客が話し合って終わり。
コーレイン家も自分の店の果物じゃない保証が出来ない限り返金なり交換なりしただろうに、店では大事にせず領主には報告するという同じ行動をみんながしてることが気持ち悪い。
「誰かに頼まれたのか金で雇われたのか分からないけど、どちらにせよ客を装って購入した品を傷物の粗悪品に入れ替えて難癖をつけることでコーレイン家が商業地区で営業できないようにしたかったんじゃないかってのが俺の意見」
苦情を言いに来てたのが同じ人なら俺たちに話を聞かせてくれたレオポルトが言ってるだろうし、明らかに難癖だと分かるそれを言わなかったということは別々の人だったということ。
別々の人なのに示し合わせたかのようにみんな同じ行動をしているのがおかしい。
「探りますか?」
「うーん」
「あ」
考えていると隣でベルが小さな声を洩らしてどうしたのかと顔をあげる。
「あの三人も商業地区に来てたのか」
ベルが見ていた先に居たのはまたレアンドルたち。
三人も商業地区に来ていたようだ。
「先程も思ったのですが、ルセ子息だけ毛色が違いますね」
「毛色?」
「他の二人はルセ子息と親しげにしてますが、ルセ子息の方は二人と親しそうには見えなくて」
「ああ、うん」
ベルが言ったそれは俺も思う。
パストルとアメリアは一緒に特別講義に参加していたから親しそうだけどレアンドルは参加せず見学していたし、最初にカフェテリアで会った時も、さっき会った時も、レオポルトやアリアネ嬢に嫌味を言っていたのはパストルとアメリアだけでレアンドルは何も言わなかった。
「二人と一人って感じ」
今も声は聞こえないもののパストルとアメリアは会話してるようだけど、レアンドルは前を向いて二人の方を見ていない。
いつ見ても三人で居るのにレアンドルだけは一人で居るかのような振る舞い。
「無口なだけで仲がいい人たちも居ますが、あの三人の場合は他の二人がルセ子息に着いて回っているだけのような」
「多分そう」
レアンドルの熱量が異常に低いというか、いちいち断るのも面倒だから何も言わないだけに見える。
「双子の弟のジェレミーは紳士な好青年なんだけどな」
「双子なのですか」
「うん。弟の方とは訓練校の練習試合で戦った。その弟は中等科の首席で優秀だし評判もいいのに兄の評判は悪い」
顔はそっくりだけど中身は対照的な双子。
弟が光なら兄は闇というように真逆の評価をされている。
「ただ、聞いてたほど悪い奴には見えない。ろくに話したこともないから俺には分からないだけかも知れないけど」
少なくともあの二人とは違って嫌味を言う奴じゃない。
むしろ嫌味を言うために口を開くのも面倒なんじゃないかと思うほどに無口。
そんな話をしている間にもこちらに歩いて来た三人。
前を向いて歩いていたレアンドルと最初に目が合ったかと思えばアメリアがすぐに気付いてベルと同じように「あ」と短い声を洩らす。
「またお会いしましたね。商業地区でお買い物ですか?」
「はい。今は休憩をしておりました」
さっきエドとベルから近付くなと言われたからか、今回は一定の距離を置いて声をかけられ返事をする。
「私たちも休憩に来たんです。このお店は飲み物の種類が多くて味もいいので人気があるんです」
「そうでしたか。私は偶然立ち寄っただけですが、たしかに飲み物は美味しいです」
たしかに客の数は多いし味もいい。
それはさて置き、レオポルトたちに嫌味を言っていたのを聞かれてたのに平然と話しかけるアメリアのメンタルが凄い。
パストルは気まずいのか黙ってるのに。
「よろしければこちらの席をお使いください。私はもう行きますので」
さっさと撤収しようと思って席を立つ。
話しかけてきたのはアメリアの方だけど、無言で気まずそうにしてるパストルが若干不憫だ。
「ああ。人目を気にして隠したのか」
「え?」
なんの話?
突然レアンドルが言ったそれに首を傾げる。
「先程はフードを被っていなかった」
「はい。レオポルトさまとアリアネだけでしたので」
「違和感があると思えば」
え?無言でそれを考えてたってこと?
考えないと思い出せないほど違いが分からないってこと?
人を視界の隅くらいにしか見てないの?
「私に興味がなさ過ぎでは?」
「そういう訳ではないが、興味を持たれても困るだろうに」
話を聞いてレアンドルの前に行くと見下ろされる。
「何をしているんだ?」
「見えていない訳ではないのですね」
手を伸ばして顔の前で手を軽く振って確認すると不思議そうに聞かれて答える。
「もしかして視界の一部が欠けていたりしますか?」
「いや。見えている」
「ぼやけたりは?涙が出にくかったり痛みがあったり」
「ない」
「そうですか。じゃあ良かった」
考えないと違和感に気付けないなら目に疾患があるんじゃないかと思ったけど、そういう訳ではないようでホッとした。
「人の姿を覚えるのに時間がかかるだけだ」
「レアンドル、早く飲みもの買いに行こ?」
会話を遮るようにレアンドルの腕を組んだアメリア。
焦ったということは秘密にしないといけないことなのか?
腕を組まれたレアンドルの方にはその気がないらしく、アメリアの行動には無反応で変わらず俺をジッと見下ろしている。
「いつからですか?時間がかかるようになったのは」
「昔からだ」
「顔の表情や感情は読み取れますか?」
「ああ」
「誰の顔を見ても知らない人に見えたりは?」
「覚えたら分かる」
軽度の相貌失認か?
ジッと見ているのは覚えようとしてるからなんだろう。
「カフェテリアに来て最初に目が合ったのはレアンドルさまでしたが、あの時は私だと気付いていなかったのですか?」
「アメリアが声をかけて声や姿形でご令嬢だと分かったが、一番の特徴の髪を隠していたから違和感があった」
つまり目が合った時点では誰か分からなかったということ。
特徴で覚えてるなら軽度ではなさそう。
「レアンドルさまは人の顔をあまり見ませんよね?」
「いま見ているが?」
「普段です。隣に友人が居ても顔は見ない」
「パストルとアメリアの顔はもう覚えている」
「覚えたら見ないのですか?」
「見る必要がない」
これは相貌失認なのか別の何かか。
それとも相貌失認と何かが混ざってるのか。
「レアンドル」
「二人で行っていい。邪魔をしないでくれ」
邪魔をされたと感じたらしいレアンドルは俺から目を離すことはせずアメリアの腕を解く。
おい、腕を解かれてショックな顔してるぞ。
「レアンドルさま。私を覚えようとしてくださるのはありがたいのですが、一度座りませんか?目立っているので」
「分かった」
立ったままジッと見つめ合っているだけの状況の人たちが居れば気になって見てしまうのも当然。
周囲の人には姿を覚えてる最中なんて分からないから。
レアンドルは無言のまま俺の方に来ると椅子を引く。
座れるよう椅子を引いてくれるとは紳士。
「ありがとうございます」
お礼を言って椅子に座りなおす。
探る様子もなく椅子に触れたということは目が見えていることは確かで、本当に【人の顔(姿)】を覚えることだけに時間がかかるんだろう。
向かい合わせた椅子に座ったレアンドルはまた俺を見る。
ショックそうなアメリアと気まずそうなパストルが不憫になったのか、エドとベルは二人へ椅子に座るよう促して自分たちは俺の後ろに立った。
「触ってもいいか?」
「え?」
「顔に」
「異性の顔に触るなんて駄目だよ」
「そうか。触った方が分かりやすいんだが」
アメリアから止められてすんなり諦めたレアンドル。
親しい仲でもない異性に触ることが失礼なのは自分でも分かっているからだろう。
「触るのでしたら場所を変えましょう」
「場所を?」
「領主のご子息が人目の多い場所で異性に触れていてはおかしな噂をたてられて困るのでは?それにレアンドルさまとゆっくりお話しもしてみたかったのでよろしければ」
ここまで来たら乗り掛かった船。
ということプラス、領主の子息から何かしらの情報を得られないかという考えもある。
「二人にはお買い物の続きをお願いしてもいい?私はレアンドルさまからヴェールのお話しを聞きたいから」
「「承知いたしました」」
振り返ってエドとベルを見ると二人は頷く。
俺は領主側の情報を聞けそうなレアンドルから話を聞くから二人はこのまま商業地区で情報収集をして欲しいという意図を即座に察してくれるんだから有能。
「レアンドルさま、人目の少ない場所はご存知ですか?」
「どこでもいいのか?」
「ええ。お任せします」
「着いて来てくれ」
先に立ち上がったレアンドルは俺に手を差し出し、その手に手を添えて俺も立ち上がる。
「私の屋敷へ行こう」
「御屋敷に招待してくださるのですか?」
「その方が護衛の二人にも居場所が分かって安心だろう」
別行動をするエドとベルにも分かるように領主屋敷という分かりやすい場所を選んでくれたのか。
「私の屋敷の場所は御者が知っている。用事が済んだらそこに来てくれ。それまで責任を持ってご令嬢をお預かりする」
「私どもへもご配慮ありがとうございます」
「感謝申しあげます」
胸に手をあてたエドと簡易的なカーテシーでお礼するベル。
従者に対しても配慮ができるレアンドルはやっぱり話に聞いていたほど我儘放題な坊ちゃんには見えない。
「私は先に帰る」
「一緒に行くよ」
「二人は買い物をすると言っていただろう?いつも言っているが私の行動に合わせる必要はない」
アメリアに断りを入れたレアンドルは俺の手を軽く引くとさっさと歩き出し、俺もエドとベルに通信手段になる自分の腕輪を見せアイコンタクトをとり歩き出した。
「ご友人も一緒でなくて良かったのですか?」
「あの二人は婚約している。二人にさせた方がいい」
「そうだったのですか」
一緒に来たそうだったのに少し可哀想だと思えば。
アメリアの方は腕を組んだり腕を解かれてショックそうだったりとレアンドルに気がありそうな様子だったのに。
「こちらの馬車でも住居地区に行くのですか?」
「この馬車は商業地区内を回るだけだ」
「御屋敷に招待してくださるのでは」
「私の屋敷は商業地区内にある」
「え?住居地区の御屋敷の他にもあるのですか」
「住居地区にある屋敷は祖父母が暮らす別邸だ。私の屋敷と御者に伝えれば分かるから安心していい」
近くにあった馬車の停留所に着くとレアンドルはそう説明しながら俺をエスコートして馬車に乗せる。
「私の屋敷へ」
「承知いたしました」
御者に声をかけレアンドルも俺の隣に座ると馬車は他の人を待つこともなく走り出した。
「後でこちらのご令嬢の従者二名から声をかけられるだろう。失礼のないよう私の屋敷まで送り届けてくれ」
「二名ですね?承知いたしました」
それだけ御者に話したレアンドルは無言で景色を眺める。
屋敷に戻るまではジッと見て覚えることはしないようだ。
ヤダヤダする我儘坊ちゃんにはやっぱり見えないけど、我が道を行く性格なのは間違いなさそう。
「御屋敷は近いのですか?」
「商業地区の外れにある」
声をかけるとこちらを向いて答えたレアンドル。
しっかり顔は見てるし目も合ってるけどそれでもなお覚えられないんだろうか。
「私の顔は見えていますよね?」
「ああ」
「もし今離れたらどこに行ったか分からなくなりますか?」
「今という話なら、馬車には私たち二人しか居ないのだから分かる。ただ、馬車を降りて人混みに混ざられるとその中のどれがご令嬢なのか見分けがつかなくなるだろう」
なるほど、そういう感じか。
やっぱり人の顔が見分けられない相貌失認っぽい。
「いつもさっきのようにジッと見て覚えるのですか?」
「いや。声や香りや背丈などの特徴を覚えて判断している。不躾に顔を見ていては不快にさせるからな」
「私は不快にならないとでも?」
「実際に不快になっていなかっただろう?不快な様子を見せず真っ直ぐに見返してくる者とは初めて会った」
そう言ってレアンドルはクスッと少しだけ笑う。
俺が不快に思わなかったのは事実だけど。
見られ慣れてるし。
「やはり英雄公と同色だと見られるのか」
「ええ。私はこの色を気に入ってますが」
「それはそうだろう。美しい色なのだから」
当然のことのように言ったレアンドルはフードの中に手を入れると俺の髪を少し出して毛先に口付ける。
「レアンドルさまは異性との距離感がおかしいですね」
「どこまでしたら不快そうな顔を見せるのか気になった」
「不快そうな顔を見たがるなんて悪趣味では?」
「たしかにそうだ」
意外にも話しやすいレアンドル。
エドやベルに気配りをしていたし、顔を覚えられないというリスクを抱えていながら普段は人を不快にさせないよう気を付けているようだし、話に聞いていた人物像とは印象が違う。
「住居地区でお会いした時に、見えているものだけを見ればそうなんだろうと言ってましたね。どういう意味ですか?」
「まだそれが気になるのか」
「レアンドルさまだからこそ見えているものがあるのかと」
領主の子息だからこそ見える街のこと。
あれはヴェールに来た観光客の誰もが思うだろう『活気もあって治安もいい街』という表の顔には裏があるという発言。
「知らない方がいいこともある」
それだけ言うと俺のフードを軽く引っ張り目元を隠す。
「知らない方がよさそうなご令嬢がどこまですれば不快そうな顔を見せるのかと気になっている私も同じか」
唇に触りながら言われてフードをあげると苦笑される。
「不思議なご令嬢だ。一緒に居ると妙な気分になる」
「妙な?」
「妙な。それ以外の言葉では表現できそうもない」
言うだけ言うとまたレアンドルは景色を眺める。
これ以上は聞いても無駄だと行動で示されて口を結び、俺も反対側の街の景色を眺めた。
・
・
・
「お戻りなさいませ」
「ああ」
乗合馬車から降りて数分足らずで着いたのは大きな屋敷。
門の左右には同じ制服を着た門番が二人立っていて、レアンドルを見ると胸に手をあて挨拶をする。
「ごきげんよう」
誰?というように二人から見られてカーテシーで挨拶すると、二人もまた胸に手をあて深く頭を下げて返してきた。
「後程ご令嬢の従者と侍女が来る。お通ししてくれ」
「「承知しました」」
門番に軽く話したレアンドルは俺の手を掴むと開いた門から中に入った。
「白を基調とした御屋敷なのですね」
大きな白い屋敷に白いタイルで舗装された道。
舗装されたその道の左右に咲き乱れる花々も白ばかり。
真冬の寒い時期によくこれだけの数の花を集めたものだ。
空から見たらこの屋敷だけ雪が降ったように見えそう。
「母の名のネージュを現している」
「それで御屋敷も白で統一されてるのですか」
「中身は白とは正反対だと言うのにな」
立ち止まり説明してくれたレアンドルは鼻で笑う。
随分と棘があるけど母親が好きではないんだろうか。
「ご令嬢の肌の方がよほど雪のように白い」
目の前で咲いていた白薔薇を一本手折ったレアンドルは俺の顔の横にその白薔薇を近付けて苦笑する。
「せっかく綺麗に咲いて、痛っ」
レアンドルが手に持っている白薔薇の茎に触ると指先に棘が刺さり、パッと手を引いて確認するとぷくりと血が滲んだ。
「不用意に触るから」
ポケットから白いハンカチを出したレアンドルは血が滲んでいる俺の指先をそれで押さえる。
「申し訳ありません。ハンカチ買ってお返ししますね」
「その必要はない」
「ですが」
「私がご令嬢の手が届く距離に近付けた所為で怪我をしたのだから悪いのは私の方だ。すまなかった」
血は洗っても落ちないから買って返すことを言うとそんな気遣いの言葉が返ってくる。
「レアンドルさまはお優しいのですね」
顔は無表情だから冷たく見えるけど気遣いの心は持ってる。
顔が怖いから中身も怖いと思われがちな魔王のようで、指を押さえてくれている手元を眺めながらくすりと笑いが洩れた。
「他人を簡単に信用しない方がいい」
顔を持ち上げられて軽く口付けられる。
触れたかどうかと迷うくらいのほんの一瞬だけ。
「不敬罪で訴えられるだろうか」
「いいえ?」
ハッキリ否定した俺に笑い声を洩らすレアンドル。
「私に好意がある訳でもないのに口付けても不快そうな顔をしないとは。表情に出さないようご両親から躾られたのか?」
「逆にもう少し隠せと言われます」
両親じゃないけど師団長とかエミーとか。
嫌な時はすぐ表情に出るから標準装備の笑顔で隠している。
今は別に不快じゃなかったから不快な顔をしなかっただけだけど、そもそも元ホストの俺にとってフレンチキスなど些細な戯れ程度のことでしかない。
「私も人のことは言えないが、ご令嬢も変わっているな」
「メテオールと申します」
「ん?」
「私の名前です。ご挨拶をしたか忘れてしまいました」
ずっと『ご令嬢』と呼んでることは気付いてたけど、思い返してみるとレアンドルにはまだ挨拶をしてなかった気がして改めて名前を教える。
「どうだったか。私も忘れたが、流星とは好奇心で身を滅ぼしてしまいそうなご令嬢に相応しい名だな」
「消えてしまうから貴重なのです。ご存知ですか?流れ星が消える前に三回願い事を言えたら叶うのですよ?」
「ではメテオール嬢が居る間に三度願えば叶うのだろうか」
「どうでしょう。試してみては?」
笑いながら指先を押さえていた手を離したレアンドルは俺のフードを軽く後ろに引っ張って額に口付ける。
「私の願いは一つだけ。本当に願いを叶えてくれるのならば命を捧げてもいいが、多くの者から愛されているだろうご令嬢に聞かせるような願いではないから辞めておこう」
命を捧げてもいいと思うほどの願いか。
深層を探ろうとするとのらりくらりとかわされるから何を考えているのか分からないけど、奥深くに何かしらの薄暗い塊を抱えているのは間違いない。
「血は止まった。後は消毒をしよう」
「ありがとうございます」
再びフードを深く被せ直したレアンドルは俺の手を掴むと屋敷に向かってまた舗装された道を歩き出した。
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行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
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当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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