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第十四章 変化
極秘裁判
しおりを挟む慌ただしく過ごして二月も後半。
アルク国最大の裁判所では両国の国王と極一部の関係者だけが集う極秘裁判が行われる。
極秘と言っても英雄保護法に違反した者を裁く貴族裁判。
通常の裁判とは違い被害者の英雄も裁判に加わり被告人の罪を明らかにして、結審から判決までが一日で行われる。
法廷の右側には被告人のアルシュ侯爵家の六人と弁護官、左側には英雄と検事官、中央の法壇には両国王が着席した。
まず検事官がこの日までに集めた被告人の罪を読み上げる。
先代アルシュ侯爵の罪状は最も重罪になる英雄に対しての傷害から始まり、裏カジノや裏オークション、元財政官という権力を利用して行った数々の隠蔽行為や恐喝脅迫行為などがスクロール一枚では収まらないほどに読み上げられる。
先代アルシュ侯爵夫人も同様に、英雄に暴行をした傷害罪以外は共同正犯(共犯)として罪が読み上げられた。
アルシュ侯爵夫人は父母の罪の幾つかに加担していた共同正犯という他にも英雄を暴行して傷を負わせたことやその際に魔法を使っていたことで、保護法違反と魔法規定違反も加わる。
それ以外にも人を使い女性を襲わせたり自ら暴行したりと数十件の暴行傷害事件を起こしていたことも明かされ、これについても祖父母が隠蔽工作に協力していたことが判明した。
検事官の口から明らかにされる犯行の数は呆れるほど。
中にはアルシュ侯やアルシュ侯の生家家族に対する暴行傷害行為や脅迫行為なども含まれていて、それを聞いてジェレミーが以前先代に『父上の時のように』と怒鳴っていたことを思い出して『このことか』と納得した。
次はアルシュ侯爵。
本人は一切関与していなかったものの、妻や妻の祖父母が行った幾つかの罪を知りながら今まで通報しなかったことに対しての罪を問われた。
最後はレアンドルとジェレミー。
二人も母や祖父母の幾つかの罪を知っていたものの、孫や子の立場では権力を持つ祖父母や祖父母が甘やかしている母に逆らうことは難しく罪に問えないだろうという判断に留まった。
「以上です」
被告人が六人も居て一気に裁くとあって、検事官の起訴状の朗読だけでも長い時間が費やされた。
「被告人と弁護官は意見陳述を」
「はい」
起訴状の朗読の後は意見陳述。
弁護官は被告人の罪を概ね認めつつ一部は否認して、被告人は英雄だとは知らずに暴行をしたという点と、今までの功績を話すことで減刑を狙う。
狙うというよりそれしか出来ない。
英雄保護法に違反した時点で反逆罪が適用されるのだから。
極刑になる反逆罪で無罪を訴えれば心証が悪くなるだけ。
減刑以外の道はない。
意見陳述は早々に終了。
そこで一旦休憩時間が挟まれた。
「お疲れ」
「閣下」
レアンドルとジェレミーが居る被告人控え室に行くと二人の弁護官たちが立ち上がって頭を下げる。
「両陛下から許可を貰って来てるから安心してくれ」
「左様ですか。承知いたしました」
裁判中の今は被告人と被害者の立場。
本来なら裁判が終わるまで接触しないけど、レアンドルとジェレミーは個人の罪を問われておらず後は連座でどうなるかという結審待ちだから許可を貰えた。
「女性の姿での軍衣もお似合いですね」
「被告人が被害者へ最初に話すことがそれって」
雌性の姿の時に起きた事件だから今日も雌性の姿で来ている俺を見て褒めたレアンドルにジェレミーは呆れ顔。
「連座で被告人の立場になっているが、今日の裁判の争点は先代アルシュ侯と先代夫人とアルシュ侯とネージュ夫人の罪。二人はあくまで形式上の被告人でしかない」
二人は何の罪もない無罪。
ただ今回の裁判が保護法違反という重罪を中心に行われているから連座で二人も被告人として扱われている。
「……父も重い処罰になるのでしょうか」
ジェレミーが口にしたのは父親のこと。
祖父母や妻の犯罪行為を知りながら隠していたことが罪として読み上げられたから。
「問われて蔵匿罪や隠避罪。それも免除の可能性が高い」
「え?」
「たしかにアルシュ侯は妻や妻の父母が犯罪行為をしていることを知っていて警備隊に通報しなかったが、共同正犯でもなければ幇助犯や教唆犯にもあたらなかった。先代に全権を握られたままの入婿という弱い立場も考慮されるだろう」
孫や子の二人が祖父母に逆らうことは難しいと判断されたように、大きな権力を持つ先代が全権を握ったままの入婿のアルシュ侯も逆らうことは難しいと判断される可能性が高い。
「二人へ先に謝っておく。このあと私も証言台にあがることになるが、数々の罪を犯していた先代と先代夫人とネージュ夫人に関しては重い刑罰が課されても救うことは出来ない」
俺が二人に会いに来たのはそれを話すため。
検事官が朗読した犯罪行為があまりにも多かったし、内容も聞くに堪えない酷いものも多かった。
「今回の裁判で最も重罪にあたる罪に対して私が温情ある裁定を希望してしまえば、性被害や暴行被害にも温情が含まれた判決になってしまう。手酷い仕打ちを受けた被害者が泣き寝入りするようなことは私には出来ない。例え二人から恨まれようとも三人には法律に則った適正な刑罰で罪を償って貰う」
情状酌量を希望すれば被害者の心に凝りが残る。
罪状を聞くまでは温情を希望するつもりで居たけど、被害者の多さや罪の重さを知った今は被害者や被害者家族を泣き寝入りさせるようなことはしたくない。
「閣下を恨むなど有り得ません。祖父母や母は過去の栄光や権力に溺れて多くの人を傷つけてきた。罪は償わなければ。家族の私たちも連座で課される刑罰を受け入れて罪を償います」
俺をまっすぐに見てハッキリ答えたレアンドル。
隣でジェレミーも大きく一度頷く。
二人とも覚悟は決まっているようだ。
「その言葉を聞けて良かった。私も腹を決めよう」
それだけ伝えて被告人控え室を出た。
・
・
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「被告人に判決を申し渡す」
長かった裁判の判決が出たのは夕方。
早朝から始まってそこまでの時間がかかった。
「被告モーリス・ルセ・アルシュ、アンブラ・ルセ・アルシュ、ネージュ・ルセ・アルシュの三名は国家反逆罪等の重刑罪により死罪。シリル・ルセ・アルシュ、レアンドル・ルセ・アルシュ、ジェレミー・ルセ・アルシュの三名は無罪。なお本日をもってアルシュ侯爵家の爵位は奪爵、私財没収とする」
予想していた通りの判決。
ホスト国のアルク国王が申し渡したそれを聞いて先代侯爵夫人は泣き崩れる。
「死罪なんてイヤよ!どうして私たちが死刑でシリルたちは無罪なの!英雄に忖度した判決なんて卑怯よ!」
怒り任せに声を上げたのはネージュ夫人。
すぐに警備隊から取り押さえられる。
「忖度?特級国民の人権や生命を守る保護法は数百年前に制定された法律だが。中でも英雄や勇者に危害を加えれば例え国王であっても死罪だと一般国民でも知っている。その法に則った判決の何が忖度なのか。しかも裏カジノや裏オークションに手を染めて国家も欺いていたのだから情状酌量の余地もない」
アルク国王はそうキッパリ。
今回の極秘裁判は通常の貴族裁判とは違って判事は貴族ではなく普段から法廷で裁判を行っている裁判官。
裁判長の両国王と裁判官(判事)が話し合って判決を出しているから、通常の貴族裁判のように貴族家の感情で判決が左右されることはない。
「元は国に仕えていた財政官僚がその時の情報や権力を悪用して犯罪行為を行うなど到底許される行為ではない。本来ならば公開裁判を行い国家反逆者として人々から激しい批難を受けながら断頭台にあがり公開処刑となっていた。多くの者の心身を傷付けたことを悔い改めながら命を以て罪を償うように」
泣いても喚いても判決は変わらない。
両国の法に則ってくだされた判決だから。
現実を受け入れられず声をあげる先代と先代夫人とネージュ夫人の三人は法廷から連れ出されて、アルシュ侯とレアンドルとジェレミーの三名が残される。
「諸君の判決は無罪ではあったが、国家反逆罪を犯した者の家族ということで爵位を剥奪され私財も没収され一般国民となった。今までの生活は出来ないことや失ったものの多さを思えば完全無罪とは言えないだろう。そのことはどう考えている」
静かになった法廷で三人に問いかけたアルク国王。
「爵位は失いましたが心は穏やかになりました。もう領民を苦しませずに済みますので。息子たちと一からやり直します」
晴れやかな表情で答えたアルシュ侯。
伯爵家の両親や兄弟を盾にとられてネージュ夫人と成婚したアルシュ侯にとってはむしろ解放された気分だろう。
随分と酷い扱いを受けていたアルシュ侯も先代夫妻やネージュ夫人の被害者の一人だと言える。
「二人はどうだ?」
「自分の祖父母や母が傷付けた人たちへの贖罪の心は忘れず、これからは父や兄と協力して生きて行こうと思います」
そう答えたのはジェレミー。
真面目で心優しいジェレミーらしい答えだ。
「レアンドル子息は?」
「……今はまだ、漸く終わったという気持ちです」
少し間を空けてレアンドルはそう答える。
「他は何も考えられないということか」
「はい。祖父母や母の悪行を知ってからというもの証拠を集めることや被害者に少しでも救済をと奔走してきました。被害者が居るのに不謹慎な発言ではありますが、ある意味そうしていることが私の生きる意味にもなっていたのだと思います」
でもその生きる意味は終わった。
何年もそうしてきたからこそ生き甲斐を失くした今は抜け殻になったような気分なんだろう。
「レアンドル子息。今回の裁判では君が事細かに調べて書き留めていた事件内容や証拠の数々が大いに役立ってくれた。私としては暫く休めと言いたいところだが、残念ながら君はもちろん父君も弟のジェレミー子息もこれからが人生の正念場だ。生きる意味など考える余裕もないほど次々にやることが舞い込むだろう。君たちを保護するのは英雄なのだから」
そうレアンドルに言ったのは国王のおっさん。
それを聞いてアルク国王もフッと笑う。
「少々同情してしまうな。好奇心旺盛で突拍子もないことをする手網の取れない英雄に保護されてしまったことに」
苦笑したり笑いを堪えたりの検事官や弁護士たち。
みんなからそう思われてるのかと嫌な顔をする俺に国王の二人は笑う。
「今までの日常を失ったこの先の人生でも辛い時や苦しい時はあるだろう。だがお前たちは一人ではない。支え合える家族も居れば、英雄という心強い存在も傍に居るのだからな」
「君たち家族に幸あらんことを」
アルク国王と国王のおっさんに深く頭を下げる三人。
三人の第二の人生はこれから始まる。
「これにて閉廷する」
ホスト国のアルク国王の言葉で極秘裁判は終わった。
・
・
・
裁判所を出て戻った先はレアンドルの屋敷。
一旦着替えのために解散して応接室に再び集まる。
「元の姿に戻らなかったのか」
「このあと用があって少し出掛けるので」
ベルに着替えを手伝って貰って応接室に行くと既に三人は着替えを済ませて集まっていて、雌性のまま私服にだけ着替えた俺に聞いたレアンドルへ答えながら応接椅子に座る。
「エド、書類をアルシュ侯、いえ、シリルさまに」
「はい」
エドは封筒から出した書類を俺の対面側に座っているアルシュ侯の前に置く。
「先に目を通してください」
「拝見します」
裁判前に纏めておいたそれに目を通して貰う。
そのあいだにベルが人数分の珈琲やお菓子をワゴンで運んで来てテーブルに用意してくれた。
「……閣下、これは」
二枚の書類に目を通して顔を上げたアルシュ侯は驚いた顔。
「今までアルシュ領だった地は全て私に下賜されました。そこでシリルさまには引き続きアルシュ領を管理して貰います」
書類を見ていなかったレアンドルとジェレミーも驚く。
「し、しかし私はもう侯爵では」
「侯爵ではなくとも私の部下です。領主として領地のことをよく知る頼もしい部下に管理を任せることに何の問題が?」
そう答えてベルが淹れてくれた珈琲を一口飲む。
「アルシュ侯爵家の私財は私以外の被害者への損害賠償と領地の発展に使用して領民に還元して行きますが、シリルさまとレアンドル名義で稼いだ私財は私の慰謝料にあてられました。つまりシリルさまが成婚時の支度金を使い建築して現在はレアンドルが所有していたこの屋敷も家財も全て私の物です。自分の物になった屋敷をそのまま部下の住居として使うというだけのことで、驚くような内容のことではありません」
アルシュ領を下賜された時から決めていたこと。
裁判が終わって正式に俺の物になったから、先に用意しておいた書類を今日アルシュ侯に渡した。
「私は王都屋敷でも異世界流のやり方をしていて、使用人には住居を用意するか住居手当てを出しています。他にも給料の他に家族手当てや出産育児手当てなども払っていますし、有給休暇の制度もあります。詳しくは別紙で確認してください」
俺が言うとエドがまた別の書類をアルシュ侯に渡す。
「その雇用条件に納得が出来れば捺印をしてください」
またアルシュ侯が確認している間は無言。
俺をチラリと見たジェレミーにニコっと笑って返す。
「英雄公爵邸はこのように待遇がいいのですか?」
「この星では高待遇なのかも知れませんが、異世界人の私にとっては当たり前の待遇です。英雄に仕えるということは口外できないことも増えれば身の危険もある。それを承知で仕えてくれる人には私に出来る形で応えたいというだけです」
大変で危険だからこその待遇。
苦労だけさせて待遇は悪いなんてブラック企業みたいな真似はしない。
「この屋敷からならレアンドルやジェレミーさまも今まで通り訓練校に通えます。学費もその給金なら払えるでしょう」
「え、訓練校に通っていいのですか?」
「もちろん。通っては駄目だと思っていたのですか?」
驚いたジェレミーに首を傾げる。
「私も働くのかと」
「なるほど。では学生のジェレミーさまにして貰う仕事は、訓練校で知識や技術を学んだ後に英雄公爵家の家臣としてそれらを役立てて貰うということにしましょう。それと口調」
「す、すまない。驚いて」
「やはり普段から使って慣れていただかないと」
「……普段から使って慣れる必要性を実感した」
申し訳なさそうなジェレミーにエドとベルと俺は笑う。
雌性の時は咄嗟にでも口調を変えられるよう普段から使って慣れろと言っていた理由が分かったようで何より。
「私も訓練校に通わなければ駄目か?」
「ん?通いたくないのですか?」
「ブークリエの屋敷で仕えさせて欲しい。雑用でもいい」
「どうして訓練校を辞めてまで」
「そんなにも私たちと暮らすのが嫌なのか?」
驚くジェレミーと眉根を顰め書類を置いたアルシュ侯にレアンドルは首を横に振って答える。
「ヴェールの領民や訓練校の講師や生徒は私とジェレミーが双子だということを知っている。以前の姿とは別人のようになった双子の片割れの私を穢れ者だと言う者も居るだろう」
先代夫妻や夫人も言ってた迷信。
あの時レアンドルは眠っていたから聞いていなかったけど、実際に言っている人が居たということは他にも言う人が居てもおかしくはない。
「私が好奇の目で見られるだけならいい。だが私と双子だと知られているジェレミーも好奇の目で見られるかも知れない。父上も同じく穢れ者の親と思われては領地の管理に支障が出てしまうだろう。家族や領民のためにならないことは避けたい」
「レアンドルは私の大切な息子だ。穢れ者などではない」
「そんな時代遅れのことを言う奴は放っておけばいい」
自分を抱きしめるアルシュ侯や涙を手の甲で拭うジェレミーの方は見ず俺を真っ直ぐに見ているレアンドル。
領民や家族のことを思ってこの地を離れることにしたそれはもう揺らぎそうにない。
「レアンドルが卒業するまで待つつもりでしたが、そういうことなら早めてしまいましょう」
顔を上げたアルシュ侯とジェレミーは、椅子から立ち上がって床に跪いた俺を何事かというように見る。
「シリルさま。レアンドルを私の伴侶にください」
「「……え?」」
「レアンドルが卒業してからお願いするつもりでしたが、シリルさまやジェレミーさまを大切にしているレアンドルがお二人の為を思って決めたのでしたら卒業を待つ必要もないかと」
学生だから卒業まで待って婚約しようと思ってたけど、レアンドル自身が訓練校を辞めてこの地を離れると決断したなら婚約を申し込むタイミングも今だろう。
「こ、恋人というのは嘘だったのでは」
「申し訳ございません。それは嘘でした」
「ではなぜ」
「そのあと運命だと確信したからです」
「……運命?」
驚きを隠せないアルシュ侯とすっかり涙も止まって唖然としているジェレミーの隣から立ち上がったレアンドルは俺の隣に来ると床に片膝を付く。
「父上。私は家族の縁を切りたくてブークリエ国に行きたいと言ったのではありません。父上が閣下の元で働くのですからいつでも会うことは出来ます。ただ、私の第二の人生はメテオールの、英雄の伴侶として自分に出来ることをして支えていきたいのです。最後の我儘を言わせてください」
真剣な表情でアルシュ侯に言ったレアンドルは頭を下げた。
「……最後なんて悲しいことを言うな。私はレアンドルとジェレミーの父親なんだから、これからも我儘くらい聞くさ」
顔を上げたレアンドルに苦笑したアルシュ侯は俺を見る。
「どうぞ息子を、レアンドルをよろしくお願いします」
「はい。ありがとうございます」
椅子から降りてレアンドルをまた抱きしめるアルシュ侯とおめでとうと言って泣くジェレミー。
家族の邪魔はしないよう静かに立ってエドとベルの隣に行って笑みを交わす。
レアンドルが言う通りいつでも会える。
距離のある別邸に暮らすことになるというだけで、家族仲を裂くつもりもないから自由に会って構わない。
むしろ凝りがなくなったこの先の人生の方が心を許し合える家族になれるんじゃないかと思う。
「お待たせして申し訳ありません」
「いいえ」
数分ほど三人で会話を交わしたアルシュ侯はハッとしたように言って席に戻り、レアンドルとジェレミーも座りなおす。
「閣下の温かいご厚情に甘えて捺印させていただきます。この御恩は誠心誠意お仕えすることで必ずお返しいたしますので、レアンドルともどもよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げたアルシュ侯は書類に名前を書いて、エドが軽く針を刺した人差し指で血判を押した。
「レアンドル。この屋敷の使用人はそのまま雇えますか?」
「いいのか?入れ替えなくて」
「形式上ここも持ち主が私ということになるので王都屋敷と同じ雇用条件に変更しますが、有能な使用人を入れ替えるのは惜しいですから退職を希望する人以外はそのまま勤めて貰いましょう。その上で代理主人をシリルさまに任命します」
俺がアルシュ侯に屋敷を貸した(住居提供した)形に。
一般国民が住居や店舗(土地)を領主から借りるのと同じく賃貸契約を結ぶ。
「ちなみに代理主人で居て貰うのはレアンドルと私の婚約満了日まで。成婚した後に行う伴侶への生前贈与でこの屋敷を下賜しますから、レアンドルから正式に譲り受けてください」
「生前贈与?そこまでしてくれるのか」
そう言ったレアンドルにくすりと笑う。
「レアンドル。私は英雄ですよ?精霊族の中で王家に次ぎ身の危険の伴う者の伴侶になるのですから屋敷の一つや二つ貰えて当然では?命の価値に比べればむしろ割に合わないのですから屋敷以外にも欲しい物を言ってくれていいんですよ?」
使用人にもそうしているように伴侶も同じ。
俺の伴侶になれば使用人以上に命を狙われる危険性が増えるんだから、普通の貴族と結婚するより多く渡すのが当然。
それも伴侶になってくれる相手への誠意だと思う。
「私はメテオールの傍に居られたらそれでいい」
「まあ。素敵」
レアンドルの言葉に反応したのはベル。
エドは嬉しそうにニコニコしていて、アルシュ侯とジェレミーは真顔のままのレアンドルに苦笑。
「それは望まなくとも成婚すればそうなりますから」
「成婚など紙切れ一つの曖昧な契約に過ぎない。神前で誓おうとも様々な理由で離縁する者は居る。私が欲しいのはどちらかの命が尽きて分かつ時まで傍に居ていい権利だ」
神魔族だった頃の影響か今のレアンドルの性格か。
どちらにせよ俺への執着心は強そうだ。
「分かりました。では望み通り、私がこの地上で生きている限り傍に居る権利を与えましょう」
そう答えた俺にレアンドルは満足したのか表情を緩める。
俺は天地戦で敗北した方と同じ末路を辿るから、それまで。
「一番贅沢な欲しい物を言ったな。英雄の傍に居る権利など多くの人が望んでも手に入らない物だと分かっていて」
「欲しい物を言っていいと言われたから最も贅沢な希望を伝えただけだ。正体を知らずに好意を持った相手が偉大な英雄だったのだから、誰から狡いと思われようとも言質はとる」
苦笑するジェレミーとくすりと笑うレアンドル。
ん?と首を傾げる俺にアルシュ侯は苦笑してエドとベルはくすくす笑う。
「シンさまは御自身の価値を正しく理解しておられませんが、形は様々でもシンさまと繋がりを持ちたい者は大勢居ます。その者たちが望んでも手に入らないそれをレアンドルさまは欲していて、死が二人を分かつ時まで続く言質をとったのです」
「うん。うん?」
ますます意味が分からなくなって首を傾げる。
たしかに死ぬまで続く約束をしたけど。
「つまり英雄の権力をもってしても死ぬまでレアンドルさまに離縁を申し渡すことは出来ないという言質をとったのです」
「言質なんてとらなくても離縁しないのに」
「そこはシンさまが命令すれば何とでもなる権力を持つ英雄だからかと。レアンドルさまの死ぬまで傍に居たいという強欲な願いにシンさまはまんまと乗ってしまったということです」
なるほど。
強い権力を持つ俺だからこそ簡単に約束を反故できないようこの場で言質をとられたのか。
「例え口頭でも自分の御家族やシンさまの従者の私やベルという証言者が居る状況でとった言質ならば法的にも有効です」
「シンさまの伴侶になる方が中々の策士で頼もしいです」
あれ?エドとベルはレアンドルの味方?
まあ言質をとられた俺の負けだけども。
「英雄だから言質をとらせて貰ったことは事実だが、英雄だと知ったから傍に居たいと言ったのではない。英雄だと知る前からその美しい容姿と好奇心旺盛で心優さも強さも持つ為人に惹かれていた。ミラン卿の婚約者なのだからと自制しなければ止められないほどに。例え英雄ではなくなる日が来ても私と交わした約束を忘れないでほしい。命が尽きる時まで傍に居る」
真剣な顔で言ったレアンドル。
俺が英雄だから言った訳じゃないことは分かってるのに。
そう思いつつもあまりにも真剣で、つい笑い声が洩れる。
「分かっています。今言質をとられた約束も以前交わした約束も守るとお約束します」
レアンドルの気持ちは充分に伝わった。
神魔族だった頃のレアンドルの気持ちも今のレアンドルの気持ちもしっかりと。
「……レアンドルが恥ずかしげもなく好意を言葉にする奴だと思わなかった。どんな女性にも興味がなさそうだったのに」
「縁談を薦められても断るばかりだったからな」
「自分と同じ顔の双子の兄が言っているのを聞くとこっちまで恥ずかしくなってくる。せめて二人きりの時にしてほしい」
自分が言った訳でもないのに恥ずかしそうに顔を両手で隠しているジェレミーにアルシュ侯は苦笑してエドとベルは笑う。
レアンドルの髪や虹彩の色が変化しようとも顔や身体の造りは変わらずそっくりな双子だけに複雑な心境なんだろう。
「そうだ。訓練校に残ってる武器や荷物はどうする?容姿を気にしてるなら自分で取りに行きたくないだろう?」
話題を変えたかったのかジェレミーは隠していた手をパッと離して顔を上げレアンドルに質問する。
「そのことですが、私は反対です」
「え?」
「あ、退学することが反対と言っているのではなく、今の姿を隠してアルシュ領から去ることは賛成しません」
レアンドルの気持ちは分かる。
でもそのことには賛成できない。
「シリルさまやジェレミーさまや領民のためというレアンドルさまのお気持ちは分かりますが、私と婚約するのなら婚約発表には今の姿で立つことになります。今隠して去ったところで後で知られることになるのですから意味がありません」
どちらにせよ後でバレる。
俺と婚約しないならアルシュ領に来ないようにするだけで隠せるけど。
「事情説明と退学届けを出す際に四人で行きましょう」
「四人……閣下も一緒にということですか?」
「はい。裁判が終わりましたので明日正式に御三方の身元引受人手続きを行います。ですから私も一緒に行って学長や講師にご挨拶をしておかないと。父親のシリルさまが英雄の私直属の臣下になったことや、レアンドルやジェレミーさまの身柄を保護しているのが私だということが知れ渡るように。昔話を信じて穢れ者の父親や兄弟などと言う愚か者の口を塞ぐために」
隠していた方が疚しいことがあるように思われる。
領主が俺になった時点でアルシュ侯爵家が廃爵になったことは貴族はもちろん一般国民にも知れ渡ることになるんだから、バレる前に自分たちからバラした方がいい。
「約束しましたよね?私が貴方と貴方の家族を守ると。何も悪いことをしていないレアンドルが逃げるように去る必要はありません。婚約者や婚約者の家族を守るのは私の役目です」
今の姿を隠して去ればもう領地には来れない。
父親や弟が居る場所に来れなくなる選択肢は選ばせない。
「レアンドル。貴方は精霊族の守護者という重要な役割を両陛下から賜った英雄の伴侶になる者です。英雄の私がそうであるように、レアンドルも毅然としていなければいけないのです。家族が弱点と看做されては逆にお二人の身が危険ですから」
レアンドルやレアンドルの家族は俺が守る。
だけどレアンドルも二人を守りたいなら英雄の伴侶になる者としての覚悟と自覚が必要。
「……確かにそうだ。祖父母や母が咎人となり一般国民となった二人を守るには私が毅然としていなければならない」
「はい。私は婚約期間が満了するまで身元引受人として、成婚後は伴侶と伴侶の姻族として御三方を守ります。ですからレアンドルも英雄の婚約者や伴侶として今の姿を隠すことなく依然とした態度で居てください」
今の姿を隠さず堂々としていれば付け入る隙もない。
悪い奴は隠していることほど暴いてそれを脅しに使うから。
「シリルさまとジェレミーさまも。生前贈与をするまで英雄屋敷の扱いのこの屋敷には警備兵を、お二人にも念のため護衛の数を増やします。ただ、ご自身でも悪事を企む者から身を守る手段の一つとして英雄直属の臣下や英雄が身元引受人という立場を上手く利用してください。それでも喧嘩を売る者には英雄公爵家に喧嘩を売ったと看做して当主の私が対応します」
俺に保護されているという立場は身を守る術になる。
逆に命を狙う者や利用しようとする命知らずも現れるけど、大抵の人は英雄の俺に喧嘩を売るような真似はしない。
そのためにアルク国王や国王のおっさんに頼んで身元引受人になることにしたんだから、その立場を上手く利用して自分たちの身を守ってほしい。
「承知しました。お心遣い感謝します」
胸に手をあて頭を下げたアルシュ候とジェレミー。
「レアンドルも一緒に行って退学届けを出してから荷物を纏めて持ち帰るということでいいですか?」
「ああ。と言っても持ち帰るのは使い慣れた武器くらいだが。訓練校の講義で使うような教本はもう必要がないしな」
「訓練校は辞めても教本を使って勉学は出来ますよ」
訓練校に通わなくても教本(教科書)で勉学はできる。
辞めてもそこは続けてほしい。
そう話して四人でこれからのことを話し合った。
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神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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