ホスト異世界へ行く

REON

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第十四章 変化

希望

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屋敷に着いて御者が開けた扉から先にエドが降りたあと、不毛な攻防戦に敗北して(力負けして)ぐったりする俺を抱いて馬車を降りた魔王。

「フラウエルさま」

そう声をあげたのはディーノさん。
一緒に出迎えてくれていた使用人たちも『あ』という驚いた表情を見せた。

「お変わりなくご健勝のことと存じます」
「そちらも変わりないようで何よりだ」

ディーノさんが胸に手をあて丁寧に挨拶をするのを見て、屋敷の使用人たちも魔王をよく知ってるんだと改めて思う。

「挨拶はさて置き、夕凪真が水に落ちた子供を救助してずぶ濡れになった。身体を温められるよう湯浴みの支度を」
「承知いたしました」

魔王の話を聞いたディーノさんはメイドに指示をして、メイドの数名はすぐに風呂の準備に行く。
当然のように魔王の指示で動いた使用人たちを見ているとまるでこの屋敷のもう一人の主人のように思えてくる。

「なんだ。まだ拗ねているのか」
「拗ねてないし」

軽々と右腕で抱き上げられているまま魔王の顔を見ているとそんなことを言ってくすりと笑われる。

「子供二人を助けたのだから体力を使って疲れただろう。浴室まで連れて行ってやるからこのまま大人しくしておけ」
「……うん」

名前を聞いても思い出せない人。
実際に顔を見ても思い出せない人。
それなのに重なる体温で安心するから不思議だ。

まるで子供だな。
自分でもそう思ったけど、魔王の腕の中は温かくて頼もしく感じた。





「我が家のように寛いでるなあ……」

風呂から上がると俺の自室のソファで寛いでいた魔王。
魔王と一緒に居たエドや俺の風呂の世話をしてくれたベルはくすくすと笑う。

「隣に座れ。髪を乾かしてやる」
「うん。ありがとう」

普段はエドが乾かしてくれるけど今日は魔王が。
隣に座った俺の髪に温かい風を送ってくれる。

「シンさま、フラウエルさま。食事は如何がなさいますか」
「昼食は食べた?」
「いや。昼食時間には早かったからな」

ベルから聞かれて昼食時間を過ぎていることに気付いて少し振り返って聞くと、魔王もまだ食べていないらしい。

「じゃあ二人分をここに運んでくれるか?エドも俺の外出に付き添ってくれてまだだから、ゆっくり食事してくれ」
「ではお言葉に甘えて」

朝から医療院に出かけたからエドも昼食はまだ。
温かい紅茶を淹れてくれてから二人は部屋を出て行った。

「医療院に通っているらしいな」
「え?何で知ってるんだ?」
「クルトに話しただろう?」
「ああ、その人から聞いたのか」

1ヶ月音沙汰がなかったのに何故と思えば。
まさか鳥に変身した人だとは思わず他の人には聞かせられない弱音を聞いて貰ってたから、その人から聞いてある程度の事情は知っているようだ。

「能力が使えなくなったのは事実のようだな」
「うん。異世界人に与えられた言語能力とステータス画面パネルを開く能力以外は使えなくなった」

能力が使えていたら救助に苦戦していない。
回復魔法を使えることだって仲のいい恋人なら知ってるだろうから、傷だらけになった手を治していない時点で能力を使えないことに気付いただろう。

「何が起きているのか分からないが、使者のゴーストバットも映像を残すことが出来ず俺からはお前の姿を見れなかった」
「ゴーストバット?……あ、魔界の魔物だってエドが」
「それも忘れているのか」
「うん。魔王に関わることを全部忘れてるんだと思う」

俺の知識に残ってる魔界は地上で聞いた内容だけ。
魔王についてもエミーから聞かされたことだけで実際に会うまではどんな恐ろしい見た目の人なのかと思ってたし、まさかこんなに美形の話し易い人だとは思いもしなかった。

「俺が頭が痛くなった時に一緒に居たのはほんと?」
「ああ。それまで神魔族の少年の話や俺も神魔族なんじゃないかと話していたと思えば、突然頭を押さえて痛がりだした」

レアンドルが神魔族だと知ってるのか。
アルク国王にしか話していないそれを話すほど親しい仲となると、あの日一緒に居たという話もきっと事実だろう。

「何かが原因で魔王の俺を含む魔族関連の記憶を失い、記憶を失ったことで能力も失った。能力を失ったからお前が中の人と呼んでいる口語機能も使えなくなり、両親の主神とも交信ができなくなった。そう考えるのが妥当か」

紅茶を飲んで身体を温める俺の髪に櫛を通す魔王。
多分それで間違いないと思う。

「神魔族のレアンドルの話や魔王も神魔族じゃないかって話をしてた時の俺に変わった様子はあった?」
「話している最中と言うことか?普段通りだったが」
「その話の他に俺と魔王が喧嘩したりは?」
「していない。喧嘩になるような話でもなかったからな」
「そっか。じゃあ何か強いショックを受けて記憶を失ったって訳ではなさそうだな」

身体(病や怪我)が原因じゃないことは確かだから記憶を失う程の深い心の傷を負うような何かがあったのかと思ったけど、ただ会話をしていただけで様子も普段通りだったというのが事実なら、その時のことは関係なさそう。

「両親が主神だと覚えているということは自分が神族だということも覚えているのだろう?」
「うん。忘れてるのは魔王や魔族に関することだけ。この星に召喚された時から今までに起きたことの記憶はある。ただ時々この時は何をしてたんだろうって思い出せない部分があって、多分その部分が魔王や魔族に関することなんだと思う」

記憶が完全じゃないことは自分でも気付いていた。
精神医療院(地球の精神病院)に通ってカウンセリングを受けてるから過去の記憶を辿ることをしてるけど、誰が居たかとか何をしたとか空白になってる部分があった。

「……俺が原因なんだろうか」
「え?」
「俺に関わることだけを忘れているんだろう?忘れたいほどに俺のことが嫌いになったと言うことでは」

櫛を置いて座り直した魔王は深刻な表情。

「身に覚えが?」
「ない。あの日はまず二人でアルク国の王都に行って、一旦分かれて俺は土産の装飾品を買いに。お前は国王夫妻の離縁に関する立て札と民の様子の確認に行った。そのあと再び合流してお前に髪飾りの贈り物したあと食事をした」

ああ、本当に一緒に行動してる。
順を追ってあの日のことを思い返してみると俺にもと一緒に行ってと食事をした記憶がある。

「あの日身に付けてた物の中に白銀製の髪飾りがあった。雌性体の俺の衣装や装飾品はベルが用意してくれた物も少なくないから気にしてなかったけど、もしかしてそれが贈り物?」
「俺が贈った物で間違いない。白銀製と見て真っ先にお前が思い浮かんで購入したからな。合流後に髪に付けてやった」

公爵の俺の衣装や装飾品は釦一つでも紛失しないよう管理されるから、退院する時に『医療院へ緊急搬送された際に身に付けていたもの』ということで全て返還された。
あの日着ていた衣装で間違いなかったから特に意識してなかったけど、確かに白銀製のかんざし(ヘアコーム)があった。

「プレゼントしてくれた物なのに忘れてごめん」
「それは構わない。お前の白銀の美しい髪に似合うだろうと思って購入しただけの物だ」

苦笑した魔王は俺の髪を少し摘んで口付ける。
魔王にとっては深い意味のない気軽な気持ちでの贈り物だったのかもしれないけど、恋人からの贈り物を他の装飾品と同じ扱いにはできない。

「その後はヴェールという街の果樹園の契約に付き添い、商店で果物を購入したところで火災を報せる警鐘が鳴った」

俺の髪を撫でながら順を追って話してくれる魔王。
一緒に火災現場の屋敷へ行ったこと、救助した時のことや消火活動のこと、そのあと俺が範囲上級回復エリアハイヒールで治療をしたこと、魔族の魔回復ダークヒールが効く神魔族のレアンドルには魔王も協力してくれたこと、アメリア嬢やアメリア嬢の両親との諍いも全て。

「綺麗に魔王が関わった部分だけ忘れてる。他のことは覚えてるのに、一緒に居たことや一緒にしたことが思い出せない」

話してくれた内容(行った場所や起きた出来事)自体は俺の記憶と相違ないから一緒に居たことはもう間違いないのに、魔王が関わってる部分のことだけが一切思い出せない。

「なあ、半身。俺が好きか?」
「え?」

突然そんなことを聞かれてパッと魔王を見ると、ティーカップを俺の手からとった魔王はソーサーにそれを置いて俺を腕におさめる。

「お前は俺の大切なたった一人の半身だ。あの日はもちろん今までも忘れられてしまうほど傷付けた記憶はないし、関われないよう制限されたかのように繋がれなくなった原因も分からないが、これは神族のお前による力が働いてのことだと思う」

俺の?
神族の俺自身が原因ってこと?

「魔物は変わらず通れるのだから魔層に異変はない。魔王固有能力を持つ俺は魔層を使わずとも魔祖渡りという魔法で半身が居る地上に来れるはずが、それも使えなかった。魔晶石を媒体にして魔力を流せば姿が映り会話も出来るはずの魔法も使えなかった。つまり神族のお前が俺との接触を拒んだために、俺も含め俺と深い関わりを持つ四天魔や魔王の半身の補佐官も神が創造した魔層を使えなくなり、能力も制限されたのだろう」

それを聞いて身体を動かし魔王の顔を見る。

「俺の所為ってこと?」
「誰の所為と言えば俺の所為だろう。神の能力を持つ神族のお前に拒絶されるような何かをした結果なのだろうからな」

本当にそうなんだろうか。
魔王は俺に何かした覚えはないようだし、俺も魔王と会ってみても嫌悪感もなければ怒りや憎しみのような感情もない。
むしろ話し易いし優しいし頼りになるし、イイ人だと思う。

「魔王との記憶は確かにないけど、もし俺が拒絶するほどの強い負の感情を抱いたことが全ての原因なら、こうして目の前に居る今も何かしらの負の感情が芽生えてると思う。それなのに今の俺は負の感情どころか安心感すらあるし、話し易い人だなとか優しい人だなとか思ってるし、もっと知りたいって」

少なくとも今の俺には負の感情がないことを伝えたくて魔王の目を見ながら次々に自分の感情を話すと、言葉を遮られるように口で口を塞がれる。

「……つまり俺が好きと言うことか?」

え、そう受け取る?
え?いや、それで合ってるのか?

「…………」

自分の感情を言葉にされて少し顔が熱くなる。
そう思って言ってた訳じゃないけど、拒絶していないことを必死に説明するほど誤解されたくなかったってことだ。

「今の俺にとって魔王はまだ知り合ったばかりの人と同じ感覚だから、恋人に対する好意かと言われたら断言できない。でも誤解をされたくないって感情があることも間違いない」

今の俺にとって魔王は知り合ったばかりの人。
話し易い人とかイイ人とか好意的に思っていることは確かだけど、それが恋愛感情での好意かと言われると違う。
ただ、知り合ったばかりの人への感情とだけでもなくて、誤解をされたくないのは例え記憶から消えていてもの感情が心のどこかに残っているからなのかもしれない。

「忘れてごめん。酷い恋人でごめん」

魔王にとっては酷い話。
付き合っていた相手から存在ごと忘れられているんだから。
長い付き合いなら思い出もたくさんあるだろうに、その全てを忘れられて関係をリセットされてしまった惨い状況。

「確かに酷い話だな」
「うん。本当にごめん」

俺が逆の立場なら傷付く。
傷付いて関係を終わらせるかもしれない。
忘れてしまったならお互いのために別れた方がいいと。

「覚えてない俺から言うのも変だけど別れよう。一緒に居ても俺の記憶がないことで何度も辛い思いをさせると思うから」

二人で行った場所や出来事や会話の一つでも、俺の記憶にないことを思い知る機会が多々あると思う。
その度に傷付けてしまうことは目に見えているから、もうこれ以上傷を抉ってしまわないよう別れた方がいい。

「魂の契約はどちらか死ぬまで破棄されない」
「……え?」
「例え別れようとも魂は繋がったままだ」
「どういうこと?魂が繋がってるって比喩じゃなくて?」
「実際に繋がっている。目には見えないがな」
「目に見えないのに何で繋がってるって断言できるんだ?」

目に見えるならまだしも見えないなら比喩じゃないのか。
ロマンチストが語る『運命の相手』という言葉と同じく。

「魔族の魂の契約は精霊族の成婚とは違って神前で誓いをして紙で契約を交わせば成立するものではなく、命懸けの試練を乗り越えることが出来て始めて結ばれる。お前は俺との契約が結ばれるまでにひと月の間、高熱を出したまま眠り続けた」
「ひと月も!?」
「ああ。あの頃のお前と俺はまだ力に差があったからな。力差がある者と契約を結ぶ時は試練の反動も大きい」

そういうことなら魔王と契約を結んだ俺は相当だろう。
むしろよく生きてたな。

「試練を乗り越えられず死ぬ者も居るのが魂の契約だ。そこまでして契約を結ぶことが出来た者同士は多少の差はあれど肉体や精神に変化が起きる。半身の能力や性質に釣られると言えば分かるか?お前は魔王の俺と魂が繋がったことで魔素耐性や能力値が上がり、俺はお前に釣られて考えや性格が変化した」
「実際に肉体や精神に影響するってことか」

そう聞くと確かに精霊族の結婚とは違う。
一緒に居る内に考えや行動が似てきたりすることはあるけど、結婚したところで相手の能力に釣られて自分の能力値が上がるなんてことはない。

「何より魔族は魂の契約を結んだ半身としか子を成せない」
「え?」
「精霊族は成婚しているか関係なく性交によって子を成すことが出来るが、魔族は魂が繋がった半身とだけ互いの魔力を使い子を成すことが出来る種族だ。比喩などではなく実際に魂が繋がらなければ幾ら好き合った者同士だろうと子は出来ない」

精霊族の結婚は行為だけど、魔族の契約は魂を繋げる行為と言うことか。

「待った。つまり魔王は俺としか子供が出来ないって事?」
「ああ」

別れたらおしまいとだけで済む話じゃなかった。
どちらか死ぬまで契約は破棄できないのが本当なら、例え別れたところで魔王には跡取りを作れない問題が残り続ける。

「あ。他の人とも契約を結べばいいんじゃないか?」
「契約を結べるのは一人だけだ。どちらかが死んで契約が解かれない限り他の者とは契約できない」

魔族の契約(結婚)、重すぎだろ。
契約するも別れるも気軽に出来る代物じゃない。

「魔王が他の人と契約するには俺を殺すしかないのか」

忘れられたからと言って『じゃあ次』とも出来ないと。
傷付くとしても俺と別れられないとか罪悪感が凄い。
そんな一生ものの激重契約を結んでおいてすっかり忘れている俺が一番のろくでなしだった。

「言っておくが、お前を殺して魂の契約を終わらせるどころか別れるつもりもない。俺は今まで三百年以上の年月を魔族の繁栄のためだけに費やし生きてきた。その俺が唯一自分のために選んだ半身がお前だったのだから他の者など考えられない」

そう言って抱き締められる。
痛いほどの強さで。

「契約を結んだ半身だから別れられないのではない。半身にしたいと初めて思えた相手だから別れたくない。お前は俺を忘れたから居なくなったところで何の未練もないのだろうが、お前との記憶が残っている俺は違う。簡単に別れようと言われるのも他の者と契約すればいいと言われるのも辛い」

ああ、そうか。
一緒に居たら傷付けてしまうだろうし、魔族の王さまが跡取りを遺せないのは大問題だろうから言ったことだったけど、それまでは仲が良かったはずの恋人から記憶を失った途端に別れようなんて言われるのはたまったもんじゃないよな。

「ごめん。俺としては傷付けたくないって気持ちで言ったことだったけど、魔王の気持ちを無視した軽率な発言だった」

記憶も恋心も失った俺は別れることで『忘れて申し訳ない』という罪悪感から解放されるけど、仲のいい恋人だった間の記憶がある魔王からすればただ別れればいいという話じゃない。
まだ俺を好きならどちらを選んでも辛い思いをする。

「忘れたならまた教えよう。魔族のことも俺のことも。俺がどれほど半身のお前を愛おしく思っているかも。最初から」

ソファに押し倒されて口付けられる。
不思議と嫌悪感は一切なくて、代わりに胸が痛む。
重い契約を結んでおきながら忘れてしまう薄情な奴なんてさっさと殺して他の人と契約を結び直した方が簡単なのに、そうはせず最初から教える方を選ぶなんてイイ奴過ぎるだろうと。

「魔王」
「フラウエルだ。またそう呼べ」

口付けの合間に呼んだ俺にそう言って微笑む魔王。
その表情が優しくてますます胸が痛い。

「どうして記憶を忘れた酷い俺に優しくしてくれるんだ?」
「好きだからという以外に理由が必要か?」
「でも、魔王の半身?が役立たずなのはまずいだろ?精霊族の王妃もそうなように。能力を失った俺じゃ役に立てない」
「魔族が魔王の半身に望むのは子を成すことだけだ」

次々に質問する俺に真顔で淡々と答える魔王。

「それ!魔族は魔力で子供を作るのに俺には魔力がない」
「あるが?」
「え?」
「お前の魔力は変わっていない」
「え!?自分では魔力を感じな、痛っ!」

驚いて飛び起きようとして額をぶつける。
目の前に魔王の顔があるのにどうして飛び起きようとした。

「忙しない奴だ。回復をかけてやろう」
「……思い切りぶつけたのになんで平然としてるんだ」
「全く痛くなかった」
「……頑丈すぎ」
「精霊族より魔族の方が身体が頑丈なのは確かだ」

額を押さえて痛がる俺に回復をかけてくれる魔王。
魔王が特別なんじゃなくて魔族が頑丈ということか。

「手を退けてみろ」
「うん」
「よし、赤くなってないな。痛みも治まったか?」
「大丈夫。ありがとう」

あっという間に痛みがなくなったかと思えば、ぶつかったそこを確認して口付けられる。

「魔力があるってほんと?」
「そうか。俺を忘れたから分からないのか」
「ん?」
「魔王の俺には人の魂色が見えている」
「魂色?」

玉の色?
なんの玉?

「その者の魂の色だ。魂色は種族によって違いがあるだけでなく、賢者のように特殊な性質を持つ者の色というのもある。後は悪巧みをしている者や悩みや迷いのある者の魂色は濁って見える。生まれ持った魂色は隠すことも偽ることも出来ない」
「え、すご」

さすが魔族の王さまと言えばいいのか。
とんでもない能力を持ってるな。

「ただ、お前の魂色は初めて見る魂色だった。だから出会った時に勇者なのかと訪ねた。俺が見たことのない魂色の人族と言えば異世界から来た勇者しか思い当たらなかったからな」
「そうなんだ」

どこでどんな風に出会ったのか記憶にないけど、知らない色を見て異世界人の勇者かと真っ先に聞くくらいには色んな種族の色を知ってるってことなんだろう。

「お前の魂色は他に居ない七色で美しい。俺が今まで見てきた誰よりも。それを見てお前が欲しいと思った。俺の半身はこの者しか居ないと思ったんだ。だから魂の契約をした」

つまり一目惚れってこと?
しかも容姿じゃなく魂の色に惹かれて?
今までに容姿で一目惚れされることはあったけど、生まれ持った魂の色を一目惚れされたのは初めての経験だ。

「魔族は魂の繋がった半身の魔力を感じ取ることが出来る。感じ取れなくなるのは魔力の源の魔素が不安定な地に居る時と死んで契約が解かれた時のみ。地上に来れない間もお前の魔力は感じ取れていたし、こう見ても魂色は七色で美しいまま変わっていない。魔力がない者とある者の違いも魂色で分かる。だから断言出来る。お前の魔力はなくなっていない」

そう断言されて涙が滲む。
また使えるようになると励まされても、心のどこかで『地球に居た時みたいに魔力がなくなったんじゃないか』と不安が拭えなかったけど、魂の色が見えていて俺の魔力も感じ取れる魔王がそう言うならまた戻れると信じてもいいんじゃないかと。

「今まで会いに来ることが出来ず、すぐに教えてやることが出来なくてすまなかった。半身が不安になっているのに安心させてやることすら出来なかった自分が情けない」

謝る魔王にますます涙腺が緩み、抱き締めて涙が零れる。
会いたくなかったんじゃなくて来たくても来れなかっただけなのに、どうして自分が悪いことをしたように謝るのか。

「俺の方がごめん。記憶はないけど神族の俺が拒んだから今まで会えなかったならごめん。魔層を通れなくなったのも能力を制限されたのも俺の所為なら迷惑をかけてごめん」

拒んだ記憶はないけど、それが理由なら悪いのは俺だ。
交信しようとしても出来ず、会いに来てくれようとしても魔法を使えず魔層も通れなかった魔王が謝ることじゃない。

「なあ、半身。お前が願うなら能力を取り戻せるよう幾らでも協力しよう。だがこれだけは忘れないでくれ。能力を取り戻そうと取り戻せずとも、お前は変わらず俺の愛しいたった一人の半身だ。まだ異世界人でしかなかったお前と魂の契約を結んだ俺は、今後お前が何者になろうとも生涯変わらない半身だ」

今まで溜め込んでいた分が解放されるように涙が落ちる。
富も名声もない異世界人の俺を好きになってくれた人。
例え能力が戻らずとも変わらない居場所を作ってくれた人。
もし元に戻れなくても俺の心が壊れてしまわないように。

「ありがとう、フラウエル。迷惑をかけてごめん」
「魔族は半身を何よりも愛し命懸けで守る種族。お前は俺と魂を分けた唯一の半身なのだから迷惑などとは思っていない」

俺の顔を見てくすりと笑った魔王はまた口付ける。
自分を忘れてしまった恋人でも変わらず愛してくれる魔王は器が大きくて優しい。

されるがまま口付けを受け入れているとノックの音がする。

「あ、昼食」

部屋に運んでくれるよう頼んだことを思い出して言った俺の言葉を遮るように軽いキスを繰り返す魔王。

「運んで来てく」

最後まで聞いて。
口付けを繰り返す魔王の口元を手で塞いで止める。

「折角作ってくれた食事が冷めるから。一緒に食べよ?」
「そうしおらしく言われては断れないじゃないか」

渋々ながら魔王が離れたあと入室を許可すると、従僕やメイドがカートを押して入って来て昼食を用意してくれた。

「いただきます」
「いただきます」

オムレツやステーキやパンやサラダが一通り並ぶテーブルに移動して俺が手を合わせると魔王も手を合わせる。
日本人の食事の挨拶をする何気ないその姿を見て『それを知ってるってことは本当に俺の知り合いなんだ』とまた思う。
自分の記憶にはない人なのに相手は自分を知っていることの証明のような部分が垣間見えるのが不思議な気分だ。

「食事で思い出したが、カフェは上手くいってるのか?」
「うん。今のところは問題なく」
「商業施設の建築は?」
「それも滞りなく。完成にはまだかかるけど」
「完成までには年単位と言っていたからな。お前が心配していた妨害行為や犯罪行為が起きていないなら何よりだ」

そういうことも知ってるのか。
もう魔王は俺のあらゆることを知っていると思って間違いなさそうだ。

「領地には顔を出してるのか?」
「今は西区だけ。精神医療院に通院してて長く王都を離れられないから他の領地のことは手を付けられてない」

耕作地はまだ用途を決めてないし、ヴェールは元領主のシリルに任せてあるから問題ないけど、元トロン領は手付かず。
ブークリエとアルクの国境にある防衛ラインだけに本当はすぐに行って体制を整える必要があるけど、療養中の今はアルク国王が任命して総領が代理で管理をしてくれている。

「食事のあと鍛錬するか?魔力の流れを見てやろう」
「え?」
「能力を取り戻せるよう協力すると言っただろう?」
「あ、ありがとう」

口先じゃなく本当に協力しようとしてくれてるのが嬉しい。
能力を失ってからというもの『魔力を感じ取る』という初歩中の初歩の鍛錬を繰り返してきたけど全く感じ取れず、無力な自分への苛立ちと絶望感で打ち拉がれることも多かった。

「今まではエドワードやベルティーユと鍛錬してたのか?」
「半月くらいは」
「半月?後は誰と?」
「一人で。家令や家政婦長の二人は仕事が多いのに俺の個人的なことでも時間を取らせるのは申し訳ないから」

もちろんエドやベルは鍛錬に付き添ってくれてたけど、いつまで経っても魔力すら感じ取れない自分が日に日に情けなくなって最近は『一人で鍛錬できるから』と断るようになった。

「婚約者たちは?魔法特化の賢者も二人居るだろう?」
「断ってる。エミーも総領も忙しいから」
「会いに来るのを断ってるのか?」
「いや、会うのは会ってる。エミーは軍とギルドの仕事で忙しいのに仕事後に来てくれるし、総領も自分の商会やアルク国の俺の領地を代理で管理してて忙しいから来なくていいって言ってもわざわざ転移の術式を使って会いに来てくれてるから」

断ってるのは鍛錬で、会うことは断ってない。
エミーは自分の仕事が終わって疲れてるのに夜や深夜に様子を見に来てくれてるし、総領もやることが満載なのにわざわざ転移の術式を使って会いに来てくれてる。

「移動手段が馬車しかない長官とレアンドルも数日おきに手紙をくれるし、長官は総領と一緒に元トロン領の管理を、レアンドルはシリルと一緒にヴェールも含む元アルシュ領の管理をしてくれてる。そうやって婚約者のみんなが協力してくれるから助かってるに、俺個人のことで時間を遣わせたくないんだ」

四人は十二分に婚約者の役目を果たしてくれてる。
お蔭で領民を困らせずに済んでるのに、自分の鍛錬という個人的な時間に付き合わせるのは申し訳ないから断ってる。

「そうか。いい婚約者たちに恵まれたな」
「本当にそう思う。だから四人に英雄の婚約者になったことを後悔させないためにも早く能力を取り戻さないと」

いつの間にか人を守ることは俺の存在証明になっていた。
英雄の自分が最期まで戦場に立ち続けて守らなければと。
でも能力を失って守られる側になったら、如何に自分が周りの人から大切にされている恵まれた環境に居るかを知った。
分かっていたつもりだったけど、改めてそう思った。

「では忙しい婚約者たちには頼りたくない鍛錬の部分は半身の俺が責任を持って協力しよう。ただし優しくないぞ?」
「エミーとどっちが厳しい?」
「さあな。自分の身をもって確認するといい」

そう答えた魔王に笑う。
能力を取り戻せる希望を与えてくれてありがとう。
恋人を忘れた酷い俺に親切にしてくれてありがとう。

「ありがとう、フラウエル。よろしくお願いします」

例え記憶が戻らなくともまた俺は魔王を好きになると思う。
そんな予感がした。
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「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

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