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二章
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しおりを挟む「……待った。俺とんでもないこと言った気がする」
「とんでもないこと?」
自分が言ったことを振り返って肌が粟立つ。
「濱名さんを虐めた奴が生き残ってることを無意識に教えてた。省吾が虐めてた奴らは死んだって話したらお兄さん泣きながら笑ってたのに。まだ居たって知ってどう思ったんだろう」
お兄さんを怒らせて泣かせたのは生き残りだけじゃない。
それを話してしまった俺もだ。
「どうしよう。お兄さんを怒らせて泣かせた」
「お兄さんが怒ったのはあの子にだろ」
「俺が言わなかったら怒らなかったし泣かなかった」
どうしてお兄さんの前で言ってしまったのか。
今更になって気付いて怖くなった。
「謝らないと」
「落ち着け。向こうはまだ連絡ができる状況じゃない」
制服からスマホを出そうとして省吾に止められる。
俺たちは焼香までしかいられなかったけど、お兄さんは遺族だから火葬やその後も続いて俺と連絡などしていられる場合ではないだろう。
言われて気づいて落ち着けと自分に言い聞かせる。
話を聞いたお兄さんがどう思ったのか分からない。
でもお兄さんが今は連絡など見ないのは確かだから、後で時間が取れる時に話したいとメッセージを送ろう。
「大丈夫?呼吸が変。ゆっくり呼吸して」
「……ごめん」
「俺たちには謝らなくて良い」
「2:1だぞ。1吸って2吐く」
背中を摩られながらゆっくり息をはく。
自分たちも呼吸をして速さを誘導してくれる3人に合わせて。
過換気症候群の症状が出たのは久しぶりだった。
「痺れてるか?」
「大丈夫」
「目眩は?」
「ない」
腕時計を見ながら脈拍を取る省吾に答える。
「大分落ち着いたな」
「うん。ありがとう。久々に出た」
初めて症状が出たのは中学1年の時。
家のことで色々とあった時になった。
今はもう家庭のそれにも慣れて少なくとも1年は出ていなかったんだけど。
「病院に行かなくて平気?」
「平気。そこまでじゃない」
以前はうつも同時に診断されて薬を飲んでたけど今はもう何ともない。
「ただごめん。久々にハーハーさせて」
「冷静に考えると周りから見たら変な集団だよな」
「症状が出てる時に口で言って出来るかボケって、つい」
「俺もそう。論より証拠。あれ?何か違う?」
そう話して4人で笑う。
そういう症状が出ることも薬を飲んでいたことも知っている3人は、症状が出た時に居合わせるといつもさっきのように対応してくれていた。
「お兄さんには後で連絡して謝る。焦りすぎた」
「先に連絡できるか訊けよ?」
「先にメッセージで話せる時にって送るつもり」
「その方が良い。落ち着いたら連絡くれるだろ」
「うん」
お兄さんに今すぐ謝りたい気持ちはある。
でも俺の感情で焦って連絡したらお兄さんに迷惑をかけるところだった。
「遊べるのも後少しだし、今の内に目一杯気晴らししよう」
「先に気晴らししても無駄。辛い時だから意味がある」
「そういうこと言うなよ!高校生活中に女の子と笑ってイチャイチャしてられるのも今の内なんだからな!」
優弥と省吾の会話で笑う。
どちらの意見も尤も。
「ツトムも落ち着いたし不健全な気晴らしに行こう!」
「制服で?」
「制服なのに?」
「え?お前らどんな不健全を想像してんの?いやらしい」
「優弥のことだからナンパでもする気かと思った」
「ナンパ。うん。一理あるな」
「いや、ねえよ」
元気な3人。
その気晴らしが久々に症状が出た俺を気遣ってだと分かっているから、その気持ちが申し訳なくもあり嬉しくもあった。
俺はミルクから連絡が来るまでの約束で久々に4人で遊びに行くことにして、着替えるために一度解散して家に帰る。
「ツトム」
「ただいま。帰ってたんだ」
「自分の家に帰って来たら悪いの?」
「そんなこと言ってないけど」
玄関で靴を脱いでいると母親が来て早速の小言。
いつも居ないから言っただけなのに。
顔を見たのは何日ぶりだろうか。
「勉強しなさいよ」
「約束があるから少し出かけて来る。帰ったらやる」
「そんなことだと大学に落ちるわよ!父さんみたいな男になりたいの!?寝る間も惜しんで勉強するのが受験生でしょ!」
しまった。
ヒステリーの導火線に火をつけてしまった。
「勉強は寝る間も惜しんでやれば良い訳じゃないよ」
「ああ!言い訳ばっかり!父さんそっくり!」
「言い訳じゃなくて本当のことなんだけど」
「煩い!早く部屋に行きなさい!」
「自分が目の前に立って止めてた癖に」
隣を通り過ぎて階段を上がる。
若作りの派手な服と化粧をしていたから出かけるんだろうか。
制服を脱ぎながら溜息が洩れる。
もう家は何年も家族として機能していない。
それなのに離婚しないんだから、あの人たちが考えていることはよく分からない。
「あの人と喧嘩でもしたのか?」
母親は夜の仕事の男に部屋を与えてほぼそこに居る。
何度か家に来たことがあるから顔を見たことがあるけど、整った顔をした男前な人だった。
父親はW不倫。
相手は会社の部下で既婚の女性。
その人も何度か家に来たことがあるけど、見た目だけ見れば不倫してるなんて想像出来ない真面目そうな人。
両親とも好きにすれば良いし家に連れて来ようが何をしていようが関係ないし、2人が相手に恨まれようが刺されようが俺にはどうでも良いけど、父親の不倫相手だけは嫌い。
父親の不倫相手が俺の初体験の相手。
今でも覚えている。
あの人にされたことを。
まあ初体験だけでなく今でも続いているけど。
何も知らない父親が平気で連れてくるから。
あの人もここに来てまるで本当の妻のように料理をしたりするんだから神経を疑う。
でももう慣れた。
両親とも不倫相手が居て、お互いにそれを知っていて、平気で自宅に連れこむのが俺の家族。
一時間後の約束だったから急いでシャワーを浴びて用意しておいた服に着替える。
スマホを確認すれば時間に間に合いそうでホッとしてバスルームから出た。
廊下を歩いていて聞こえた母親の声。
男の声も聞こえてきて出かけるのではなく来させたのかと思いながら声のする部屋の前を通る。
「ツトム!」
「なに」
すりガラスになっているから影で気付いたのか母親から呼ばれて返事をしながら開ける。
「なんで開けるのよ!」
「呼んだの自分じゃん」
ソファの上で上半身裸の男と一緒にこちらを見た母親も裸体。
どうやらお楽しみ中だったようだ。
呼ばれたから開けただけなんだけど。
「お酒持って来なさい!ほんと気が利かない!」
「種類を言ってよ。呑まないんだから知らない」
「役立たず!黙って持って来れば良いのよ!」
「変なもの投げないでくれる?」
「な」
息子に下着を投げる母親とはどうなのか。
気持ち悪くてサッと避けると男は笑い声をあげる。
「未華子さん。払えない分の代金は息子で良いよ」
「ツトム?なんの役にもたたないわよ?」
「そう?でも良いよ。この子で」
「それで良いなら私は良いけど」
なんの話をしているのか。
男は俺を見上げて口元を上へと歪ませる。
「今日からこの子は未華子さんに預けてる子だから」
「連れて行くんじゃないの?」
「まさか。好きな時に連れ出すだけ。借金の代わりに俺が貰ったんだから、もし傷つけたら借金と同額の請求するから」
借金の〝カタ〟と言うことだろうか。
まあ今更ひとつ役割が増えたところで驚きもないけど。
うちの親はどちらもろくでなしだから。
「全額払うか今の条件を飲むか。どうする?」
「怪我をさせなければ良いのね」
「心もだよ。さっきみたいにこの子に怒鳴らないように」
うちの母親にとってその条件は難しいだろう。
俺の方が身体が大きくなってからは手を出さなくなったから怪我をさせないという条件は問題ないだろうけど、怒鳴る方に関しては顔を合わせればヒスってるから。
「簡単だよ。未華子さんは今まで通り学費や食費なんかの親の義務を果たしてあげるだけで良い。後は放っておけば良いだけだから。ここに居させれば未華子さんのご近所さんからの面子は保てる。未華子さんのために連れて行かないんだよ?」
この男だけは何度会ってもよく分からない。
ただ、今までは会っても微笑したりするだけで俺には関わって来なかったんだけど。
「要は話さなければ良いのよね。それなら何とか」
「さすが未華子さん。話が早い」
男は息子の前で堂々と母親にキスをする。
仕事とはいえ年の離れたおばさんとよくやるなと見ていると目だけでこちらを見た男はその目を細めた。
「じゃあ早速連れてくよ」
「帰っちゃうの?」
母親にサインと判子を押させた男はソファから立ち上がるとシャツを羽織って俺の腰に腕を絡める。
「上に話を通さないといけないから。またね」
「連絡してよ?」
「もちろん。この子を預けてるんだから毎日連絡するよ」
「あ、そうね」
母親の嬉しそうな顔。
俺をここに居させればこの男から毎日連絡が来るんだと北叟笑んだんだろう。
何も言わずシャツを着ながら歩く男の後を付いて行くと駐車場に高級そうな車が止まっていた。
「助手席に乗って」
言われるまま助手席に回って車に乗る。
「明日じゃ駄目ですか?」
「ん?」
「友達と約束してて。明日なら臓器でも命でもお好きに」
省吾たちとの待ち合わせまでもう少し。
その後ミルクとも約束しているから明日。
そう頼むと男は笑い声をあげる。
「俺をアンダーグラウンドな職の人とでも思ってる?」
「刺青してたので」
「それで。その半端な純粋さ良いね。いい買い物した」
今の言い方だと違うということだろうか。
「俺は白でもないけど黒でもない。グレーだ」
「グレー」
「黒と白の中間」
そう言って男は煙草に火をつけた。
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