41 / 46
二章
4
しおりを挟む明くる日は午前だけの予定で大学に顔を出しに行った。
午後には優香が帰って来るから午前だけ。
「優一」
二時限まで出て帰ろうとすると声をかけられる。
「白銀さん」
「ん?もう忘れた?」
「忘れた?」
「名前」
今日も人の輪の中にいた彼は一人で抜けて来ると、白銀さんと呼んだ俺に指摘して講義机を指先でトントンと叩く。
「あ、シロ」
「酷いなー。昨日呼んでって言ったばっかなのに」
「すみません」
「冗談。ゆっくり慣れてよ。呼んで欲しいから」
「はい」
昨日のことを忘れていた。
優香のことで頭がいっぱいだったから。
「一緒に学食に行かない?」
「あ、えっと」
「ん?」
帰ろうとしてたんだけど。
母から朝渡された弁当は持って来ているけれど、食欲もないから持って帰るつもりだった。
どうしよう。
折角誘ってくれたのに断るのも悪い。
優香が帰って来るまではまだ時間があるし、ここは行くべきだろうか。
「学食は嫌い?」
「あの、食べられない物が多くて」
「偏食?」
「はい。アレルギーが」
考えてる間に再度問われて答える。
正確にはアレルギーだったから偏食になった。
昔はアレルギーが酷くて食べられない物が数あったものの今はもうほぼ平気になったのに、その頃のトラウマが残っているからか未だに食べるのを躊躇してしまうものが少なくない。
「それで」
「それで?」
「いつも弁当だから」
「ああ、はい。今日も持って来てはいるんですけど」
食べている姿を見かけたことがあったのか、弁当自体は持って来ていることを話す。
「じゃあ優一は弁当。僕は定食を食べるから一緒に行こ?」
「……はい」
子供みたいな期待の眼差しで見られたら断れない。
何よりこんなに親しく話しかけてくれる人は居ないから断るに断れなかった。
「白銀どこ行くの?」
「秘密!」
「えー。外にランチ行かないの?」
「今日は優一と食べる約束してたから。また今度ね」
彼と食事に行くつもりだった女性たちはブーイング。
そんなブーイングもあっさり笑みで躱す彼の後を着いて行く。
「約束してたんじゃないんですか?」
「してないよ?普段もしてない。誘われたら行くだけ」
「今日も誘われたんじゃ」
「断った。優一と食べようと思ったから」
「大丈夫なんですか?断っても」
「なんで?約束してないんだから断るのも自由だよね」
言われてみれば。
約束していたなら約束を破ったことになってしまうけれど、違うのなら断るのも自由。
人付き合いの苦手な俺はどう断れば良いのか悩むけれど。
置いて行かれないよう着いて行った学食は混んでいる。
普段俺は中庭などで食べているから学食の人混みには慣れていない。
「A定ハンバーグかぁ」
A定食はハンバーグ。
B定食はカレーライス。
C定食はラーメンと書いてある。
俺が食べられるのはC定食のラーメンだけ。
豚肉が苦手だから。
「C定にしよ」
「え?」
「ん?」
「あ、いえ」
A定食の話をしていたのにタイミングよく彼がC定食を選んだから少し驚いてしまった。
「白銀。今日は食堂なんだ?」
「うん。たまには」
食券を買ってる間も彼の周りには人が来る。
彼は彼で人懐こく答えていて、俺とは正反対の人だと少し離れて眺めていた。
「優一行くよ」
「はい」
「一緒に食べようよ」
「また今度。今日は優一と話があるから」
常に彼の周りに人が居るのも納得。
話しかけずとも周りが寄ってくる。
彼の人気は凄い。
「あの、俺とじゃ」
「あ、クロ」
俺と食べるより他の人と食べた方がと話そうとすると彼は俺の手を掴んで有無を言わさず歩いて行く。
「クロも今日はここでご飯?」
「気安く話しかけないでくれるかな」
「冷たいなぁ」
彼が向かった先にいた女性。
見た事があると思えば変人と言われている有名な女性だった。
長い黒髪と大きな目の綺麗な人。
この人のどの辺りが変人なのか。
教授からは優秀な人だと聞いたけれど。
「優一ここで食べよ?席が空いてるから」
「えっと、はい。俺もお邪魔して良いのなら」
「空いてるんだから座って大丈夫だよ。指定席じゃないし」
そういう意味ではなかったのだけど。
親しそうだったから俺も一緒に食事をさせて貰っても良いのかと思って。
「食券交換してくるから座ってて」
「え?」
一陣の風のよう。
話したことがない人と残されてどうすれば良いのか。
「座れば?変人と居るって言われても嫌じゃないなら」
「それは、あの、ありがとうございます」
「なにが?」
「え?同席させていただいて」
お礼を言って座ると笑われる。
何か笑われるようなことを言っただろうか。
「良いの?変人と仲間だと思われても」
「どう変人なのか分からないですけど思われても特に問題は」
「変わってるね。さすが」
「さすが?」
「何でもない。悪いことじゃないから気にしないで」
「?……はい」
なにがさすがなのか分からない。
でも〝もう話は終わった〟と言いたげに魚の煮付けを食べ始めたから訊かなかった。
「クロの周りはいつも空いてて良いね」
「うるせ」
C定食のラーメンを持って戻って来た彼は彼女と話しながら俺の隣に座る。
「優一、ちょうどクロが居て良かったね。無事に座れた」
それはどう答えたら良いのか。
はいと答えたら失礼になってしまう。
彼は全く気にしていないようだけれど。
「クロクロ言ってるけど濱名君は僕のこと知ってるの?」
「え?知らない?」
「黒峰さんですよね?」
「知ってるって」
「ふーん。変人って話で?」
「教授から優秀な方だと聞いたことがあります」
彼女の名前は黒峰 律。
俺とは学部も学年も違うけれど、変人だとも首席入学した人だとも聞いたことがある。
こうして話してみてもやはり俺にはどう変人なのかが分からないけれど。
「ちなみに僕は変人じゃないから」
「はい」
「変猫だよ」
「え?」
「そこは間違わないで。人じゃなくて猫」
「……はい」
どういうことなのか。
今のは彼女なりの冗談だったとか?
笑わなくてはいけない場面だったのだろうか。
「優一お弁当食べないの?」
「食べます」
彼女が少し変わっている人だというのは間違いないようだ。
ただそれに負けないくらい彼も変わっているけれど。
「じゃあね。お先」
「もう行っちゃうの?」
「生憎僕は君と違って暇じゃないんだ」
「僕だって忙しいよ」
食事中に話していたのは彼だけ。
彼女は無言のまま早々に食べ終え鼻で笑って行ってしまった。
「僕と優一はゆっくり食べようね」
「はい」
「って言って全然食べてないけど」
食欲がなく箸が止まりがちなことを指摘される。
昨晩も母が用意してくれた夕食を食べられなかった。
「なにかあった?」
「いえ。なにも」
何も知らない彼に話すことではない。
それだけ答えて口に箸を運ぶ。
「風邪でもひいてる?ラーメンのスープ飲む?」
「ラーメンのスープを?」
「スープならお腹に入るかなって」
塩分の多いラーメンのスープはあまり飲む物ではないけど。
気を遣ってくれたことは伝わったから差し出されたレンゲを借りて少しだけ貰う。
「ごめんね。食欲がないのに無理に誘って」
「いえ。無理にじゃないですから」
嫌々着れて来られた訳じゃない。
誘われて一緒に食べようと決めたのは俺自身。
「寝不足?」
隣から伸ばされた手で下瞼に触れられる。
彼のその指先は冷たい。
「昨晩は時間を忘れて勉強してしまって」
本当は優香のことを考えていた。
まさかとの思いが消えなくて。
「ちゃんと寝ないと。体調管理も大事だよ」
「はい。今日は寝ます」
冷たい指先がゆるりと下瞼を撫でる。
彼はパーソナルスペースが狭い。
他の人と居る姿を見てそう思っていたけれど、俺に対しても変わらないようだ。
「やっと触れた」
「え?」
「ずっとずっとこの時を待ってた」
「待ってた?」
俺を見る目は優しい。
でも言っている意味は分からない。
昨日も言っていたけれど、目立たない俺と話すタイミングをそんなにも前から伺っていたのだろうか。
「し・ろ・が・ね」
「んー?」
疑問のまま彼はまた背後から女性に抱きつかれ、一緒にいた数人も集まってきて賑やかになる。
「珍しい組み合わせだね」
「そう?」
常に周りに人がいる彼と独りでいる俺。
珍しい組み合わせだと言われるのも分かる。
そのくらい彼と俺は接点がない。
「優一もうそれ食べないの?」
「はい。今日はもう」
弁当に蓋をすると話しながらも見ていたらしく訊かれて頷く。
作ってくれた母には申し訳ないけどやはり食欲はない。
「濱名君って少食?」
「いえ。そんなことは」
「体調が良くないみたい。これから送って行く約束なんだ」
「白銀が?」
「うん。僕ももう帰るから一緒に。優一帰ろ?」
「え?はい」
この後予定があるのか、俺と帰ることを理由にして体よく話題を終わらせたのかと思いながら袋に入れた弁当をバッグに押し込む。
「お大事にね?」
「ありがとうございます」
丼を乗せたトレイを片手に持って先に立ち上がった彼に続いて立つと女性の1人から言われてお礼を伝える。
「優一。行くよ」
「はい」
背中に添えられた手で早くと訴えているかのように軽く押されて、女性たちに「バイバイ、またね」と明るく声をかけた彼の後を着いて行った。
「ごめんね。忙しなくて」
「いえ。大丈夫です」
もう俺も帰ろうと思っていたから。
父と母は葬儀の手配などがあって外に出ているから俺が優香を迎えることになっている。
「送るよ」
「え?予定があったんじゃないんですか?」
「ないよ?優一を送るって予定はあるけど」
本気で送るつもりだったらしくトレイを返却口に置いて歩き出した彼の後をまた着いて行く。
キャンパスを出るまで彼は色々な人と挨拶を交わしていた。
見たことのない人も多く性別や年齢も様々で、学部が違う人たちも居たのだと思う。
どれだけ顔が広いのか。
みんなに〝白銀〟と呼ばれて人懐こく笑っていた彼は俺とは正反対の人。
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる