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第三話「基地を襲撃された際の迎撃方法について」

格納庫での一抹

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 鋼鉄の巨人が膝をついて頭を垂れ、ずらりと並んでいる第一格納庫。そこにあるTkー7のいずれにも、緑のツナギを着た整備士が数人張り付いていた。破壊あるいは抜き取られた部位をどうにかできないかと努力を試みているのだ。

 それを眺める小さい三人の姿があった。

「出番ないままやられちゃう軍隊の役って、こんな感じなのかなぁ」

「縁起でもない事言うな、いざとなったら戦車で出るぞ俺は」

「それ……典型的なやられ役……」

「そもそも志度も僕らも一人乗りの脳波操縦の戦車しか乗れないじゃないか、そんな珍品置いてないよここ」

 搭乗すべき機体がなく、その作業を遠巻きに見ているしかないのは、黒い操縦服を身に着けた比乃、志度、心視だった。
 比乃と志度は並んで適当な機材に座って足をぷらぷらさせながら作業を観察している。その隣で、心視がツインテールを解いて前掛けのように編み直した(比乃にやってもらった)自身の髪を撫でている。

 そこから少し離れた所では、同じような格好をした機士達が、小隊規模で固まってもどかしそうに整備士を見ている。または、それぞれの自機に整備士と一緒にくっ付いて、なんとかしようと頭を捻っていたりしていた。

 AMWの整備に関する工学的知識を基礎の基礎しか持ち得ていない比乃らは、前者の側だった。
 そも、勉強をしていると言っても三人揃って中卒。操縦に必要なこと以外の専門知識、AMWの整備などに必要とされる、理工大学以上の工学知識は、正直ちんぷんかんぷんであった。

 少なくとも機体に取り付いている機士が「代わりにシャー芯を挟んでみたらどうだ?」などと言って、自信満々にそれを試そうしていることを理解するような知識はない。
 何をどうやって黒鉛が伝達物質の代わりに成りうるかなど知りようがなかった。

 そんな三人に、大柄な男性が近寄ってきた。

「日々野坊、お前らもここにいたか」

 シャープペンシルがTk-7の胴体に飲み込まれていくのを眺めていた比乃に声をかけたのは、背が高く、がっしりとした体躯に、ツナギの上からジャケットを着込んだ男性、この格納庫を仕切る整備主任だった。

 比乃は慌てて立ち上がって敬礼する。AMW乗りからすれば足を向けて眠れない相手である。それに加え、後ろで暢気に座っている二人とは違い、比乃は昔から世話になっていた相手だ。

「主任、お疲れ様です。Tk-7、どうですか?」

「正直厳しいな、ご丁寧に全部同じ部品を潰してニコイチも出来なくされてら……だもんで、お前ら第二格納庫に来い、部隊長からの御達しだ」

 第二格納庫と聞いて、比乃は「うげ」と明らかに嫌そうな声を上げた。余程嫌なことがあるのか、苦虫を噛み潰したような顔をする。
 この駐屯地における第二格納庫と言えば、比較的おっ広げになっている第一格納庫とは違い、厳重な警備と管理が成されている、物理的に大きな機密物の宝庫である。

 その厳重さは以前、どうしても与党の支持率が落ちないことに業を煮やして、自衛隊のスキャンダルを無理矢理にでも手に入れようと侵入したマスコミ数人が、運悪くそれが何とも知らずに第二格納庫へと侵入しようとして、無警告で射殺された程である。
 せめて現地の市民団体が工作して開けたフェンスの周辺で捕縛されていれば、命まで落とすことはなかっただろうに、誠に運が悪いとしか言いようがなかった。

 閑話休題。その機密物の内の一つ、自分用に調整された次期主力試作機を、比乃はどうしても好きになれなかった。

「Tk-9ですか……大味すぎるんですよね、あれ」

 整備主任が何か言う前に、比乃が嫌そうに言う。
 同じ小隊に所属する他の四人に比べて、まだ一般的な操縦技量の比乃からすれば、あの新型は様々な部分がぶっ飛んでいて扱い難い。Tkー9は所謂ピーキーと呼ばれる機体だった。

 どれほど扱い難いかと言えば、以前、その機体の動作テストを行った際。登場席から降りた比乃は目を回したようにふらつきながら、集まった技術者たちに向けて「こんなの正式配備された日には、機士の定員が半分以下になりますよ」と言った程だ。その報告を受けた開発者らも苦笑しながらそれに同意している。

 しかし、そんな比乃の反応は承知の上とばかりに、整備主任は手に持った資料をひらひらさせて

「まぁお前があれに苦手意識持ってるのは知ってるけどよ、ここであれ使えるのはお前らの小隊だけだし、今動かせるのあれくらいしかねーんだわ」

 チェックはもう済ましといたからよ、急ぎで乗ってくれやと、逞しい腕で比乃の髪の毛をぐしぐし掻き回す。そして持っていた一枚の資料と、USB……整備項目やら使用装備の状態、作戦地域の簡略的なマッピングデータも入っているそれを比乃、志度、心視にそれぞれ配った。

 整備主任は「それじゃあ確かに言ったかんな」と言って、不純物を押し込まれて「ぶすんっ」と黒煙を上げたTk-7に取り付いている作業員に混ざっていった。

「主任の態度が孫とか子供にやるそれだよな」

「比乃……愛され……系?」

「うっさいよ……それより行こう、ちょっと急がないと拙そうだ」

 資料に軽く目を通した比乃が、深刻そうな顔で言って、足早に歩き出す。
 歩きながら渡された資料――現在駐屯地に向かってきている敵の、現在自衛隊が知り得る数少ない情報。それとTk-9投入における事務的なあれこれが簡潔に記されたそれと「TanK-X9」「機密」と彫られた真っ黒で無骨なUSBメモリを見て、ぽつりと呟く。

「……化け物の相手は化け物で、か」

 そして、後ろを歩く同僚二人と自分を比較して、自身のことを「まるでエース対決に巻き込まれる一般兵ヤラレヤクみたいだな」と、比乃は内心で毒ついたのだった。
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