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第六話「イベント会場における警備と護衛について」

逆転の一手

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 突如として攻防戦に乱入してきたAMWに、蹴り飛ばされたり踏み潰されたり徹甲弾で消し飛ばされそうになったテロリストの一団は、その巨体が現れた時点で、武器を捨てて両手を高く上げていた。
 比乃は容赦なく短筒を向けたが、王女の護衛らの「流れ弾が怖すぎるからやめてくれ」という必死の英語による説得もあって、一先ず、テロリストらは全員後ろ手に縛られて、倉庫の一角に転がされた。

 しかし、生身のテロリストを消しとばしたなどと、安久や宇佐美が知ったらどう思うだろうか……などとは、全く考えていなかった。子供の成長は、大人が考えるよりも早いのかもしれない……閑話休題。

 機体を屈ませた比乃は、まず護衛たちに、テロリストが埠頭の出口でAMWを展開して待ち構えていることを告げた。
 その情報を聞いて、護衛の内の指示役らしい人物が話し合いを始める。そして僅か一分で結論を出すと、指示役の一人が、苦渋を舐めるように顔を歪めて、悔し涙すら流しそうな顔で、比乃に言った。

「我々では、王女殿下をお救いすることが出来ない……頼む」

 そう言って、英国の精鋭である近衛兵と義勇兵からなる護衛部隊は、外国の協力者に頭を下げた。

 祈る様に一斉に下げた彼らの装備では、いくら考えても状況を打開する手段が浮かばなかったであろう。拳銃と小火器くらいしか所持していない、支援も絶望的。

 その上、人数も足りず、負傷者まで居る自分達が、どうやって複数のAMWと歩兵部隊を有する敵が待ち構えている、ボトルネック帯と化した埠頭口を突破できるというのか?

 自分達の力不足で任を達成できない近衛兵と義勇兵らの心中は、想像に絶する。その心中を察した比乃は、機体を敬礼させて、それにはっきりと答えてみせた。

『了解致しました。第三師団機士科日比野三等陸曹、王女殿下の脱出。必ず遂行してみせます!』


 それから、比乃は意識を取り戻して、毅然とした態度で佇んでいる王女の前に機体を跪かせた。ハッチを解放して降り、王女の前で自分も膝をついた。芝居かかった動きではあったが、それでも一応、さまにはなっていた。

「日本陸上自衛隊、第三師団機士科所属、日比野 比乃陸曹です。不慣れ故、無礼な振る舞いが有りましたら平にご容赦を」

 しかし、さまになっていたのはポーズだけで、口から出たのは英語でとってつけた様な台詞だった。これは流石に可笑しかったのか、王女は尊厳な表情を崩してクスクスと笑う。

「そんなに畏まらなくて結構ですよ、可愛らしいパイロットさん。先ほどは有難う御座いました」

 と日本語で返されてきょとんとする比乃に、メアリは頭を下げた。比乃は慌てる。階級だとか、そういうのとは関係ないレベルの目上の相手にそういった態度を取られるのは困るのだ。
 それに、比乃はこういうタイプの相手と接するのも始めてなのである。人生経験が足りないと言わざるを得ない。

 混乱している比乃の後ろ、戦闘中の気絶からやっと息を吹き返したアイヴィーがTkー7の座席から頭だけ出して声をかける。

「二人とも仲良くお話してないでさ、早いとこ脱出しようよ……それで、どういう手筈になってるの?」

 気絶してる間に行われた護衛たちと比乃の間で行われた作戦会議の内容について、アイヴィーが説明を求めた。

 比乃は作戦を説明する。と言っても、かなりシンプルかつ強引な方法であった。
 まず、義勇兵や近衛兵がそこかしこで『脱出をしようとして失敗したような騒ぎ』を起こす。そして、その間に比乃のTkー7がスラスターを使って通せんぼをしている敵集団を強引に突破する。その際にどれだけの戦力が分散するかは、相手さんの機嫌と運次第。

 これだけだった。本当にこれだけで、現在の包囲状態を突破しようという話になった。側から見たら馬鹿みたいな作戦だが、時間との勝負なので致し方ない。

 もしもここか、別の何処かに閉じ籠ったりしても、AMWを有する敵からすれば無意味に等しい。そして、機動戦が取れる環境ならともかく、五機を相手に籠城戦など自殺行為に近いのだ。米軍製の重装甲な機体であればまだしも、Tkー7の装甲など、一般的なAMWの携行火器からすれば紙切れ同然だ。そのような最悪な事態に陥る前に、脱出する必要がある。

 孤島から出てしまえば、そのまま味方の自衛隊、心視や志度らがいる東京ビックサイトまで逃げて合流してしまえる。そうなればもう勝ったも同然だ、追いかけてくるなり足を止めるなりした敵集団を一蹴してしまえば良い。

「要するに、籠城戦も正面戦闘も自殺行為だから、急いで脱出しようってことだね」

「そういうことですね」

 作戦内容の説明を受けて、アイヴィーは「なるほど」と頷いてから「けどさ」と言って

「一つ問題があると思うんだ、メアリ王女は」

「あら、貴方はいつから私のことをそんな風に呼ぶようになったのかしら?」

 会話を遮るように王女から投げかけられた言葉にアイヴィーは一瞬硬直して一度比乃を見てから、ため息をついて、言い直した。これだけで二人がどのような関係なのか、比乃には判った。

「……メアリは、どこに乗るの?」

 言われて、比乃は「あっ」と間抜けな声を出した。根本的なことなのに、完全に盲点であった。Tkー7は二人乗りである。まさかアイヴィーを置いていくわけにはいかないし(護衛達はそれを前提に話を進めていたかもしれないが)、予備の耐Gスーツとヘルメットはまだ一セットあるが、王女が座る座席がない。

「ええっと、それは……どうしましょう」

 困って頭を抱えた比乃に、王女は何を悩んでいるのか不思議だという顔で言ってのけた。

「あら、空いてるじゃないですか、貴方のお膝が」

 その提案に二人が「はい?」と固まるのを無視して、もう一度言う。

「ですから、貴方の膝に乗せてくださいと言っているんです。日比野軍曹殿?」

 機外で服の上から耐Gスーツを着せて、念のために即効性の酔い止めを飲んだ王女の手を取って、比乃は気を使いながら機体を登る。まず比乃がコクピットに入ってから、王女の手を引いて、慎重に中に招き入れた。

「すいません、窮屈ですが、身体の固定はしっかりできますから」

「無理を強いているのはこちらです。気にしないで大丈夫ですよ? それに、とても面白そう」

 くすりと笑って、比乃が作業をし易いように身体を浮かせる彼女を、補助用のシートベルトと固定ベルトを、耐Gスーツのアタッチメントに止めてがっちりと固定し、最後にヘルメットを被らせる。そして「ど、どうぞ」と緊張気味に自身の片膝を開ける。

「ありがとう、見た目の割に固いんですね」

 などと、余裕綽々な態度の王女が、必要もないのに比乃の首に手を回して、びくりとしたのを見て、意地悪そうにくすくす笑う。

「ごめんなさい、でも正直なことを言うと不安なんです……私と友達を、助けてくれますか?」

 その一瞬だけ、比乃の目には王女メアリー三世ではく、一人の、今の状況に怯える少女に見えた。
 比乃は、おどおどしていた自分が馬鹿らしく、そして情けなくなった。

 目の前に居る同い年くらいの彼女は、王女と言うだけで、守らなければならない、不安にさせてはいけない、護衛対象であることには変わりないのだ――

「――お任せください。これでも日本屈指の第三師団所属の機士ですから!」

 そう安心させるように自信満々に言って、比乃は機体をゆっくりと立ち上がらせた。
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