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第九話「里帰りと米国からの来訪者について」

格の違い

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(初手から格闘戦!)

 これは予想していたことだった。それは、安久が射撃が下手くそだとか、比乃が射撃が上手いからだとか、そういう理由ではない。むしろ、射撃による応酬になったら、一方的な勝負になってしまうからだ。要は、手が抜き難いのである。

 手抜きはできないと言ったくせに、比乃はふっと頬を吊り上げる。

 正確にして無慈悲、その戦闘は正に精密機械のようであると称される安久の技量による射撃は、昔から幾度となく戦い慣れている比乃であっても、避けきれるのは精々一マガジン使い切るまでで、再装填される前に被撃破判定をもらってしまう。

 しかし、近接格闘戦ならまだ勝ちの目はあった。こちらは安久だけでなく、宇佐美からも技術を叩き込まれている、何より、比乃自身もは、射撃よりこっちの方が得意だった。
 それに、AMWの技量において最も戦闘技術が強く現れるのは、近接武器を用いた格闘戦だ。安久が比乃の技量を見るには、これほど打って付けの条件はない。

 疾走する安久機の手に握られたのと同じ得物ナイフを、比乃は空いている左腕で取り出して構えた。

 猛然と突き出された突きを、横合いに弾いてそのまま切返す。それを屈んで避けたTkー7が、下から伸びるように斬り上げててくる、これを後ろに転がって避ける。
 その際に片手で握った短筒を発砲、当然のように避けられた。このくらいでなんとかなる相手だったら、比乃は安久を上司としてなんて扱わない。

 機体の姿勢が受けから攻めになる、今度は比乃から仕掛けた。鞭のような動きでウレタンナイフが舞う、安久機は右手のナイフで簡単にいなして見せる。

 まだだ――比乃機の足が相手の胴体を打ち据えようと飛ぶ、安久機はこれは受けられないと機体を逸らしてその横蹴りを回避、掠ったつま先と胴体の装甲が小さく火花を散らす。

 まだまだ――一息も付かせないとばかりに、今度は逆の足が二段蹴りの二段目となって飛ぶ。
 しかしそれは予見した安久が交差させるように構えた腕に防がれた。後ろに飛んで衝撃を殺した相手に、追撃を入れようと比乃のTkー7がぐんっと踏み込む。

 まだまだまだ――訓練用のナイフが舞う、突き、薙ぎ、蹴り、拳、銃撃が立て続けに安久機に襲い掛かる。だが、安久機はそれを全て紙一重のぎりぎりで、最小限の動きで避けてみせた。

 並みの技量の相手だったらここまでに何回か死んでいる程の猛攻を、比乃の上司は至極冷静に対応してみせている。
 突きを避けた相手が『もっとだ、もっと力を見せてみろ』まるでTkー7の目に見えない口からそう言ってきているように思えた。攻防の間に垣間見える安久の余裕が、比乃にそう錯覚させた。

(流石に強い……!)

 第三師団の中でも、いや、もしかしたら全機士で比べても最強かもしれない自衛官。その安久から直々に戦闘術を仕込まれた比乃だが、未だに己の師を超える域には達していない。その壁は、安久本人を表すように、余りにも高く、そして強固だ。

 正に格が違う。比乃はそれを痛感したが、それでもまだ負ける気はない。

 ナイフによる突きを見舞うが、すでにそこにTkー7の白い機体はもういなかった。見失ったと気付くまでの一瞬。その一瞬が戦場では致命傷になることを思い出して、比乃が機体を後ろに飛ばそうとしたが、その足を安久のTkー7が片足で掬い上げた。

「わっ……!」

 足払い――小さく悲鳴をあげる。転ぶ、転んだらやられる……一瞬で思考が加速、脊髄反射に近い速度で頭に思い浮かべた動きを、DLSが瞬時に拾い上げ、正しく反映した。

 送受信指数九十の機士というのは、これが出来るか否かで平均値の機士との違いがある。

 比乃のTkー7が頭から地面に落ちると思われた直前、短筒を手放した手とナイフを掴んだままの手で着地。そのまま回転の勢いと膂力を持って後ろへとバク転して、振り下ろされたナイフの一撃を避けた。

 並みの機士なら、これで終わっている所だった。安久は自機の中で「ほう」と感嘆の声をあげながら、半回転して着地した比乃機に照準、発砲。

 無慈悲な追撃も横っ飛びで避けて、ウェポンラックからもう一本のナイフを取り出し、比乃は再び疾風と化した。悠然と受けの構えを取った安久に一発くらいは食らわせてやると言わんばかりに、再度、怒涛の連撃を繰り出した。

 ***

 日本の領空に入った米国の大型輸送機「C-5 ギャラクシー」は、特に何の問題も無く、予定の空路を飛んでいた。パイロット同士でやり取りをしている操縦席の後ろにある搭乗員スペースでは、整備スタッフが数十名と、AMWパイロットが二人座っている。そして、その内の女性二人は“試合観戦”を行なっていた。

 モニターの中で、細身の機体が相手の機体に猛攻を仕掛けている。それは第三世代同士の模擬戦闘。比乃と安久の模擬戦を、上空から偵察用ドローンで撮影している映像だった。

 それを、メイヴィスは興味深そうに、リアは興味なさげに見ていた。副官のハンス・アッカーは、この輸送機に積まれている荷物の側にいたので、この場にいるのはこの二人と、座席の後ろの方に固まっている、ナイスガイとタフガイを集めた様なむさい整備スタッフだけだ。

 なお、彼らは「スシー」「テンプラー」「ミミガー」「メンソーレー」などと、パンフレットを片手に何やら盛り上がっている。

 座席に備え付けられている折り畳み机に置かれたノートパソコンでその映像を見ていた二人だが、リアが我慢の限界とばかりにメイヴィスに文句を言い始めた。

「少佐ー、これつまんないんだけどー、こんなのなんの役に立つってゆーのー?」

「そう言わずによく見ておきなさいリア、この元気が良い方には貴方と一歳差のパイロットが乗ってるのよ。多分、あの人が紹介したいって言ってた子じゃないかしら、動きが若々しくていいわねぇ」

「……へー、それにしては」

 センスがないなぁ、とリアが呟いたのを聞こえなかったのか、それともあえて無視したのか、メイヴィスはノートパソコンに画面に向けて「いけっ、そこよそこ、あーおしい!」と、小さい声で声援を送っていた。

 それを横目に見ながら、リアは改めて、画面の中の機体を見る、ぱっと見た感じでは、その攻撃もがむしゃらに武器や手足を振り回している様にしか見えない。子供が駄々をこねているようだ……と、リアの目には写った。

 やっぱりつまらない、『整備スタッフのところに言って一緒にパンフレットでも見ようかな』とリアが思い立った時、模擬戦観戦に熱中していたメイヴィスの端末に通信が入った。
 輸送機の後部、貨物室にいるハンスからだった。メイヴィスが「もう、いいところだったのに」と言って通話に出る。

『隊長、用意ができました。間も無く予定時刻ですので、格納スペースまでお越しください』

「わかったわハンス。いつも悪いわね、面倒なことばかりやってもらって」

『お気になさらず、それが私の役目です。リアもそこですか』

「そうよ、一緒に試合観戦してたの、すぐに行くから」

『了解です。では』

 通信を切ったメイヴィスはノートパソコンを閉じると、高校生のリアよりも余程似合う、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

「それじゃあ、腕の見せ所よ、リア……張り切っていきましょ!」

  ぐっと握り拳を作った彼女は、観戦していた模擬戦の熱にほだされたように、やる気満々になっていた。
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