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第十四話「襲来する驚異について」

襲撃者の力

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 トレーヴォは自衛隊の動きなどまったく気にすることなく、一切の躊躇もなしに、手にしていたマシンガンを発砲した。訓練生たちを庇った二人の機体が被弾。

 両腕をクロスさせて、胴体への直撃を防いだ心視の機体が衝撃で倒れ、脚部に被弾した志度の機体が膝をつく。撃たれたのが小口径の銃器だったのが幸いして、数発は関節や装甲を抜いたが、機士が負傷するほどの致命傷にはなっていない。

「心視、志度!」

『……大丈夫、直撃じゃ、ない』

『こっちもだ、それよりお前ら格納庫まで下がれ! 邪魔だ!』

 志度が叫ぶように指示する。橙色の訓練機達は、その声で機体の動かし方をやっと思い出したように、格納庫へ向けて慌てて駆け出して行く。

(お願いだから転んだりしないでくれよ……!)

 唯一被弾をま逃れた比乃が、訓練生達と損傷して満足に動けない二機を守るように前に出て、両腕のスラッシャーを展開して構えた。トレーヴォはそれ以上何をするでもなく、訓練機の退避を見逃す。目的は訓練生ではないのか、と比乃が逡巡した間に、敵機はサブマシンガンを放り捨て、腰から大振りのナイフを取り出した。

 通常型の高振動ナイフではなかった。鋭い刃を持ったアーミーナイフ型の武器、比乃も始めてみる型だった。一般的に流通している装備ではない。つまり、相手はただの市民団体やチンピラではない。油断する要素は一切なくなった。

「訓練用リミッター解除」

 《了解 リミッター解除 出力上昇》

 その一言で、訓練用に抑えられていた関節の出力が解き放たれ、機体が戦闘用にセッティングされる。相手は見慣れない武器を持っていると言っても、旧世代の機体だ。それでも、比乃は油断することなく、じりじりと間合いを詰めつつ相手の出方を伺う。

 トレーヴォもナイフを構えたまま、こちらの隙を伺うように動く。砂煙が立ち昇る。そして数秒経ち――比乃から仕掛けた。
 Tkー7が小さく振りかぶり、左のワイヤーアンカーを飛ばした。高速で撃ち出された矛が銃弾のように敵機に迫る。Tkー7は徒手空拳でも内蔵兵装による一定以上の戦闘能力を持つ。手持ちの火器がなくても、充分に戦闘は可能だ。

 相手の胴体目掛けて高速で飛ぶスラッシャー、しかし、トレーヴォはその一撃を、上半身を横に動かすだけで避けて見せた。そのままの流れで、ワイヤー部分をマニピュレータで掴み取った。次の瞬間、アーミーナイフが一閃。伸びきったスラッシャーのワイヤーが切断された。

 一瞬で武装を一つ潰された。穂先を失ったワイヤーが虚しく巻き戻る。

「なんと!」

 始めてやられた対処法に、思わず比乃は狼狽した。今のはそれほどの神業だ――その一瞬の隙を逃さず、トレーヴォが土煙を上げながら猛然と突進してくる。

 旧世代とは思えないスピード。比乃はこのトレーヴォは特殊なチェーンアップが施されているのではと予想したが、実際はそうではない。

 搭乗者。熟練兵であるオーケアノスの技量が、機体性能を限界まで引き出しているのだ。

 一瞬で間を詰められ、またアーミーナイフが一閃。思わず後ろに跳んだTkー7の白い装甲に、薄っすらと裂傷が走った。比乃は戦慄する。もし咄嗟に跳んでいなければ、今の一撃でコクピットブロックを破壊されていただろう。

「なんてやつっ!」

 悪態を吐きながら即座に反撃。今度はスラッシャーを射出せず、着地と同時に地を蹴って近接戦闘に持ち込んだ。

 先程のトレーヴォと同等の速度で距離を詰め直し、竜手のように展開したスラッシャーを突き出す。難なく避けられた。手強い。比乃の頬を冷たい汗が垂れる。
 避けた姿勢から流れるように繰り出された斬撃を、その軌道の下を潜るようにして回避。今度は空いた左腕で掴んだ、訓練用の“塗料を含んだウレタンの穂先”を、相手の頭部に叩きつけようと横薙ぎに振るった。

 まさか訓練用の装備で攻撃してくるとは思わなかったらしいトレーヴォは、一瞬、反応が遅れた動きで上半身を反らしてそれを避けた。頭部カメラにその穂先を掠める。そして、今のが何だとばかりにTkー7に蹴りを放ち、距離を取ってから、それに気づいた。




「……ほぉ」

 トレーヴォの搭乗者、オーケアノスは、“視界の左半分真っ黒になった”コクピットの中で、感心した様に呟いた。ウレタンに含まれた塗料による目潰し。確かに、メインカメラを損傷したに近い状態に陥れば、こちらは圧倒的に不利となるだろう。相手のパイロットも、能無しではないらしい。

「機転は中々効くようだな、だが」

 視界が半分になっただけではな――自身に向けて右腕を構えて突撃してくるTkー7、ターゲットの繰る機体。それを眼を細めて楽しそうに見ながら、オーケアノスは機体を後ろに倒した。



 自分で倒れるようにして突きを回避したトレーヴォが、素早い逆立ちの要領でTkー7の両腕を蹴り上げた。比乃は今度こそ驚愕で一瞬、思考が固まる。爆転するようにして地に足をつけたトレーヴォが、Tk-7のそれより鋭い動きで突きを放って来る。

 胴体への直撃コース。スローモーションになる景色、極限の集中で引き伸ばされた時間の中、比乃はほぼ反射的に、先程のオーケアノスの動きを真似るように、機体を後ろに倒すように、上半身を反り返えさせた。

 膝と腰を限界近く曲げて逸らされた胴体の表面を、ナイフが掠めてまた裂傷を作る。それに構わず、そのままバレリーナのように、左足を強引に振り上げる――トレーヴォが握っていたアーミーナイフが、宙を舞った。

 トレーヴォが武器を無くして一瞬、信じられないように自身のマニピュレータを見る。その外部スピーカーから、落ち着きのある、壮年の男性の声が響いた。

『……見事だ。侮って悪かったな』

 バランスを崩して尻餅を着いたTkー7の中で「え?」と比乃が呟いた間に、トレーヴォは市街地へ向けて駆け出していた。追跡しなければならない。

 慌てて立ち上がろうとしたTkー7が、股関節から嫌な音を経ててまたバランスを崩して倒れた。どうやら、先程の動きが過負荷になったらしい。コンソールモニターを見ると『左股関節損傷』の文字が表示されていた。

 もし、あのトレーヴォがまだ武装を隠し持っていたら……否、“こちらを見逃さなかったら”どうなっていたかが頭に浮かんで、比乃の心中に悔しさが込み上げてきた。これでは自分の負けだ。

「……くそっ!」

 胸に十字傷をつけられたTkー7の中で、少年の小さい拳が悔しげにコンソールを叩いた音が、コクピットに響いた。

 数時間後、トレーヴォが発見されたのは駐屯地から数キロ離れた廃工場で、発見された時には、すでに無人であったという。爆薬が仕掛けられていなかったのは、不幸中の幸いだったと言えよう。
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