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第十六話「テロリストについて」

新天地

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 比乃が目を覚まして最初に視界に入ったのは、知らない天井だった。

「…………」

 状況確認。寝そべったまま、首だけを動かして部屋を見渡す。
 コンクリートが剥き出しになっている、灰色の部屋。比乃から見て右に鉄格子が入った窓。左には頑丈そうなドアが見えた。

 寝かされているのは簡易ベッドのようだった、無駄に清潔感のあるシーツの肌触りを感じる。
 腕を使って起き上がって見みると、そこは独房と言った部屋らしく、在るものといえば、質素な机と個室トイレ。比乃が座っているベッドだけであった。

 次に自分の状態を確認する。と言っても、手錠などは外されており、両足の義足がないこと以外には、特に何かされた形跡は見当たらない。寝起きのせいか、少し頭がぼんやりしているが、それも頭を振ると薄れていく気がした。脱出が不可能であるということ以外は、問題なさそうだ。

「お目覚めか」

 ドアの外から、聞き覚えのある声がした。オーケアノスだった。

「おかげさまでぐっすりですよ」

 皮肉を込めて言う。しかしオーケアノスは「それだけの口がきければ問題なさそうだな」とだけ言って受け流した。そして。ドアを開けて室内に入ってきて、後ろ手に扉を閉めた。護衛などはつけていないらしく、一人だった。

(今の状態の僕なら、一人でも問題ないってことか)

 随分と侮られていると、比乃がオーケアノスをじろっと睨む。睨まれた方は肩をすくめてみせた。

「投薬の影響は問題なさそうだな」

 投薬。頭がぼうっとしていたのはそれのせいか、比乃はまだ少しぼんやりする頭を振って「何をしたんですか」と聞くと、オーケアノスは「俺は難しいことはしらんが、鎮静剤やら睡眠薬やら……そういう物らしい」そうしれっと言った。比乃は呆れた。

「気を失ってる相手に睡眠剤を投与するなんて、厳重を通り越してる用心深さじゃないですか」

 そういうと、オーケアノスは「過小評価が過ぎるな」とサングラスを少しずらして、比乃の顔を覗き込むように見た。その目は、猛禽類のような鋭さを宿している。

「お前の経歴と得意分野を知っていれば当然だ。やろうと思えば、上半身だけで這い回り、歯でこちらの喉笛を掻っ捌いてみせることくらい、やってのけるだろう?」

 ふっと笑ってから顔を逸らして「そういう訓練もしていたはずだ」というオーケアノスに、比乃は驚いたと目をパチクリさせた。言われた通り、比乃は隙があれば武器でも奪い、それを使って逆襲の一つでもしてやろうかと思っていた。それは両足がなくても出来た。そういう訓練をしていたからだ。

 ナイフでもあれば、喉笛は無理でも目の前の男の脇腹辺りに、致命的な刺突を食らわせてやるくらいは出来ただろう。どこでそれを知ったのか、比乃が義足を付けるまでに行なっていた訓練の一環をこの男は知っているらしかった。

 割と本気でやってやろうと思っていたそれを、見透かされたことが悔しかったので、比乃は「ふん」鼻を鳴らす。ベッドに倒れ込んで、話題を逸らすように聞いた。

「それより、僕の脚はどこへ?   そろそろ返してくれてもいいと思うんですけど」

「ああ、その件だが……」

 ここに来て初めて、オーケアノスは何か言いづらそうな、困ったような仕草をして「一つ謝っておこう」と前置きしてから、

「お前の義足は持ってこれなかった」

「……あれがないと歩けないんですけど、どうしてだか理由を聞いても?」

「俺の予想した以上に、お前の同僚二人が強かったというだけだ。あと一歩でお前を奪い返される所だった上に、俺の一番弟子の伸び切った鼻をへし折ってくれた……後者に関しては、正直なところ礼を言いたいくらいだがな、奴にはいい薬だ」

 言ってから、窓から外を眺めて「本題だが」と切り出した。

「この後、お前には俺と共にハワイまで来てもらう。もちろん観光ではなく、俺の仕事の都合でだがな。そこで脳からマイクロチップの摘出を行う。ここの設備ではそこまでは出来ないらしくてな」

 要件を伝え終わるとに背を向けて歩き、ドアに手をかけた。どうやら、それを言うためにこの部屋に来たらしい。しかし、次の行き先がハワイとは――

(飛行機でも使うのか?)

 だとすれば、次の自分の行き先へは貨物室にでも放り込まれるのだろうか、比乃は少し憂鬱になる。それよりも早く救助が来てくれればいいのだが。そう考えていると、ふと潮風の匂いがした。

 そういえば、ここはいったいどこなのだろう。そんなに時間が経っていなければ、まだ日本国内のどこかの港のはずだ。推測するならば、近くに空港がある場所。
 しかし、設備というからにはテロリストの拠点の一つなのだろうか?  日本国内にそんな場所があったのか。自分がいる場所を一つ一つ絞り込みながら、駄目元で、部屋から出ようとしているオーケアノスの背に尋ねた。

「ここがどこかくらいは教えてくれてもいいんじゃないですか?」

 何か理由をつけて、教えてくれないだろうなと予想した。しかし、何気無く聞いた比乃の言葉に、意外にもオーケアノスは足を止めて、背を向けたまま答えた。

「ここか?  ここは――」

 それを聞いた時、比乃は己が置かれた状況の悪さに、一瞬意識が遠のきそうになるほどのショックを受けた。いったいどれだけの時間眠らされていたのかという疑問。そして、こんなところまで救助は来てくれるかどうかの疑問。かなり難しいだろう。

(ごめん、志度、心視……自力で帰るのは無理そうだ)

 さっきまであったなけなしの強気は何処へやら、比乃は思わず、泣き出したくなった。
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