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第二十四話「客人と試験について」

胸騒ぎ

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 翌日。ビル群が建ち並ぶ演習場では、三機の第三世代AMWと、一機の第四世代AMWの模擬戦闘が行われていた。

 ビルの隙間を縫うようにして疾走するTkー11に、ペーチルがライフルを向ける。その銃口から、亜音速でペイント弾が飛び出した。これはAMWの演習でよく用いられる弾丸で、被弾箇所が視覚的にわかり易く、電子制御で、当たった部位は被弾判定として機能を停止させる。実戦に近い環境を得られる点から、自衛隊や他国の軍隊でも広く採用されている。
 欠点は、当たった部位にこびり付いた特殊塗料を洗い流すのが大変だということだが、それは些細な事だろう。

 Tkー11は小刻みに機体を左右に振り、ビルを盾にしてペイント弾の雨霰から身を守った。そのままの勢いで、ビルの影から飛び出す。背中の片翼の先端がペーチルに向き、一斉射。一機目のペーチルはあっと言う間にピンク色に染まり、機能を停止した。

 続いて、別のペーチルからの攻撃を跳躍して回避し、ビルの上へと飛び移る。そこから飛び降りるように身を投げたTkー11に銃撃が襲いかかるが、白い機体は背中の羽根を羽ばたかせて、その射線から逃れた。

 羽ばたいて再上昇した頂点で、背中の羽根が可変する。二門の砲口からペイント弾が放たれ、もう一機のペーチルの頭部と胴体に特殊塗料が塗りつけられた。

 降下、着地した次の瞬間、駆け出した機体は背中の羽根を加速に使った突進で最後の一機に迫る。至近距離で羽根の先端を突きつけ、返り血に似た塗料を顔面に浴びた。

「こちらchild1、プログラム終了。帰投します」

 二人乗りの手狭なコクピットの中、比乃は淡々とした口調で報告を終えると、動かなくなったペーチルを置いて、格納庫の方へと機体を歩かせる。その中、後ろにいた心視と同時に、同じ言葉を呟いた。

「「……呆気ない」」

 それが、テストに参加した当事者の率直な感想であった。海外のPMCと言うから気合いを入れたのに、見事に空振ってしまった。

「楠木博士、ご立腹だろうなぁ、きっと」

 ***

 Tkー11がペーチルを相手にした模擬戦闘を行った、その結果は見た博士は、図らずとも比乃の予想した通りの心境であった。

「これは、これはどういうことだね。エンサーくん?」

 博士は不機嫌そうに、片眉をピクピクさせながら、傍らで「あらあら」などと言っている女性に聞いた。聞かれた方は顔色も変えない。

「マシントラブル……でしょうか?  不幸な事もあることですわね」

 言い訳にしても苦しい。後ろにいた矢代が溜息を吐いて、やれやれとかぶりを振った。その態度は、テストが一方的な結果に終わってしまったことに対する物か、PMCなどに頼るから、という意味を含んでか、そのどちらもか。

 たった一機、新機軸の機構を取り入れてるとは言え、たった一機を相手に、中身は本国仕様と同じと謳われたペーチルは、いとも容易く、撃破判定を受けて全滅してしまった。

 これでは、動かぬ標的を使ったテストと何ら変わりない。博士は内心で憤りながらも、出来るだけ冷静に、平静を保ちつつ、隣にいるPMCの班長に再度聞いた。

「エンサーくん。これでは、これではまだ自動標的を数用意した方が、余程、余程マシというものなのだが?」

「私共としましても、そちらの用意した新型機が想像以上の性能だったとしか言えませんわね。用意したペーチルでは手に余りますわ」

「高い、高い報酬を支払ってこれでは、困るのだがね?」

 咎めるような目線を、エンサーは涼しげに受け流し「それでは、提案なのですが」と口を開いた。

「あちらの格納庫にある、確かTkー10と言うあの新型の同型機。我々に……いえ、私に一度預けては貰えませんでしょうか?」

 突然、機密であるはずのTkー10の名前を出されて、博士は目を丸くした。あれもTkー11と同様、最高機密の機体だ。その存在が、国外の武装組織に漏れている。博士の顔から笑みが消え失せ、目の前の女性への不信感を露わにする。

「……何故、あの機体のことを知っている?  それに、それに使わせろだと?」

 しかも、その得体の知れないPMCに、国家機密の機体を使わせろと言われては、流石にこの博士にも、警戒心が芽生える。

「蛇の道は蛇という物ですわ、私達も独自のネットワークと言う物を持っていますの……それはさて置いて、同型機であれば、性能差などありませんし、私、こう見えても腕には自信があるんですのよ?」

 どうでしょう?  と妖艶に笑みを浮かべる彼女の提案に、博士は「むぅ……」と唸った。
 フォトンウィングなどの革新的な技術も搭載しておらず、コンペに落ちるであろう機体とは言えど、Tkー10もTkー11と同じく最重要機密の機体である。それを、完全な部外者であるPMCの手に委ねても良いものだろうか。否、普通に考えれば有り得ない選択だ。

 しかし、このままでは安くはない資金を使って、PMCまで呼び込んだ事自体が、無駄になってしまう。何より、博士自身も、このテスト結果には不満を覚えていた。自分の最高傑作を試す機会には、とてもではないが物足りない。それに、あの忌々しい機体を、自分の最高傑作で真っ当に叩き伏せて見せる機会がやってきたとも言える。
 博士の私情と責務が、天秤に乗って揺れる。

「……話は、話は判った。が、向こうの開発主任と話を、話をつけてからだ」

 そう言いながら、懐から携帯端末を取り出し、忌々しげな表情で番号を打ち込み、目的の相手へ通話を掛ける。

「……もしもし。私、私だ、楠木だ……話は聞いているとは思うので、単刀直入に、単刀直入に言おう。Tkー10をPMCに使わせて、Tkー11の戦闘試験を行いたい。無理な話だとは思うが……何、構わないだと?」

 通話相手、博士をTkー10の設計開発から追い出した張本人であるTkー10の開発主任からの、まさかの返答──即答での承諾を聞いた博士は、電話口にも関わらず驚きを隠せなかった。通話を後ろで聞いていた矢代一尉も驚いている。ただ一人、側に立っているエンサーだけが、笑みを浮かべていた。

「良いのか、良いのか?  仮にも最高機密だぞ……すでに起動準備も昨夜終わらせている……?  貴様、まさか事前に……いや、なんでもない。わかった、わかった。では、有り難く使わせて貰う……では、では」

 通話を終えた博士が疑ぐりの目線を、自身の握っている携帯端末越しにTkー10の開発主任と、そしてエンサーに向けて、しかし、それ以上は追求しなかった。

 もしも、彼女とTkー10の開発主任が、裏で繋がっていたとして、その目的はなんだ?  精々思い付くのは、すでにコンペションで決着のついているTkー11とTkー10を、テストという形でぶつけることくらいだ。

「……Tkー10のプロジェクトチームからの許可は下りた。起動準備は済んでいるらしいし、好きに、好きにしたまえ」

「まぁ、好きにして良いだなんて、気前が良いですわね。それでは、第二ラウンドと行きましょう」

 言って、エンサーは格納庫の奥、Tkー10が格納されている区画へと歩いて行った。それを見送った楠木博士は、後ろに控えていた矢代一尉に目配せした。

「万が一の時は……頼りに、頼りにしているよ。矢代くん」

「……もしもの時は、破壊しても宜しいので?」

 “もしもの時”という言葉に、博士は自嘲するようにふんと鼻で笑った。

「そのようなこと、ない事を、ない事を願うがね」

 その時、跳躍して戻ってきたTkー11を見上げて、博士はそう呟いた。
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