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第二十六話「上官二人と休暇について」

泥酔と混沌

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 仁義無き牛乳の好み争いは「みんな違ってみんな良い」という、良くあるハッピーエンドな結論に落ち着いた。そうして、三人はマッサージチェアを堪能していた保護者二人と合流した。

「ちょっと早いけど、お夕飯にしましょうか。ここ食事もとれるみたいだし」

 宇佐美の一声に全員が賛同し、五人は食堂も兼ねている休憩室へと向かうことになった。休憩室は広々とした座敷になっており、そこら辺で他の利用客が食事をしたり、早めの晩酌をしていたり、座布団を枕にして横になったりしていた。

 五人は入り口で定食を注文し、適当な所に腰掛ける。しばらく待つと、料理が運ばれて来た。手を合わせて、各々で食事を始める。定食の内容は、魚を中心とした定番の和食で、飲み物も付いていたのだが、

「むっ」

「あらあら、サービス良いわねぇ」

 大人二人のみ、飲み物がビールになっていた。注がれている容器も中身もよく冷えているらしく、大ジョッキの表面には水滴が付き、泡がしゅわしゅわと心地よい音を立てている。
 宇佐美は何も気にせず、ジョッキに口をつけて、ごくごくと喉を鳴らして飲んでいるが、安久は対面に座る比乃達の方を見て遠慮していた。部下の手前か、それとも未成年の前だからか、ビールに口をつけようとしない。

「僕らは気にしなくて良いよ剛、別に車で移動してるわけじゃないんだし」

「そうそう、疲れを取りに来たんだから、酒も飲まなきゃ損だぜ」

「だから……気にせず、飲んで」

 部下三人に勧められて、少し躊躇いがちにジョッキを見たが、更に「さぁさぁ」と催促され、安久は折れた。ジョッキを手にとって、乾杯代わりに持ち上げる。

「うむ、では、いただこう」

 冷えたビールを一気に飲み干し、深く息を吐いた。安久がビールを実に美味そうに飲んだので、見ていた志度と心視がごくりと喉を鳴らした。どうやら飲酒に興味があるらしい。それを見ていた宇佐美が「良い飲みっぷりねぇ」とぱちぱち拍手した。

「どうせだから、お代わり頼んじゃいましょ。今夜は飲むわよー!  店員さーん!」

「飲み過ぎで動けなくなるのはやめてくださいよ」

 比乃にそう言われても、宇佐美は「へーきへーき、私、お酒強いのよー」と、やってきた店員にビール瓶二本を追加で注文して、やってきた追加のビールを早速ジョッキに注いで飲み干す。酒についてよく知らない比乃から見ても、それは結構なハイペースに見えた。

「大丈夫かなぁ……」

 そういえば、この二人がどれくらい酒飲めるか知らないな、と比乃は焼き魚を突きながら思ったりした。駐屯地で、というよりは、自分たち年少組の前で、この二人は滅多に酒を飲もうとしないのだ。今回のようなことは珍しい。

「なぁなぁ比乃、ビールって美味いのかな」

「興味、ある」

「知らないよ、飲んだことないし……というか未成年飲酒は駄目だからね。お酒は二十歳になってから」

 比乃に釘を刺された二人は「ちぇー」と揃って不満そうにしながら、自分達のコップに注がれたよく冷えた麦茶を一気に飲んだ。



 食事を終えて、しばらく比乃たち三人は畳の上でごろごろして、宇佐美と安久は追加でつまみも頼んで、飲酒を楽しんでいた。

 そんな時、ふと比乃は、入り口に土産コーナーがあったことを思い出した。東京ご当地ストラップだとか、温泉饅頭だとか、そういうのが売っていたはずだ。
 どうせだから、隣人のジャックや、メアリたちアパート住民らに、何か土産を買って帰るのも良いだろうと思い立った。思い立ったらすぐ行動。まずは、ごろごろしている二人に声をかける。

「ちょっとお土産見て来るけど、来る?」

「俺はいいや」

「私も……良い」

 普段であれば、こういう時は二人とも付いて来るのだが、珍しいことに寝転んだまま動こうとしなかった。比乃は別段それを不思議にも思わなかった。

「そっか、それじゃあちょっと行ってくるね」

 そう言って立ち上がると、出入り口の襖を開けて土産コーナーへと去って行った。その後ろ姿を見送った二人の目線が、保護者不在でフリーになったビール瓶に注がれていることにも気付かずに――



 十分程経って、

「いやぁ、買った買った」

 比乃は、両手に温泉饅頭(ここは温泉ではないのだが、何故か売っていた)が詰まったビニール袋を下げて、休憩室の入り口まで戻って来た。
 ついつい買い込んでしまった。ロッカーに預けてある大型犬ぬいぐるみも相まって、結構な大荷物になってしまうが、まぁ良いか、志度と心視に持たせれば、と行き当たりばったりな輸送計画を脳内で立てていた。そして、襖を開けて、一歩足を踏み出そうとして、

「うぉぉぉぉぉぉぉん!  比乃ぉぉぉぉぉおお!」

 こちらに突撃してきた巨漢が見えて、つい反射的に襖を閉めた。どすんと音がして、襖に何かぶつかる音がしたかと思うと、今度は嗚咽が聞こえて来た。
 比乃は物凄く、物凄く襖を開けたくなかったが、このままここに立っているわけにもいかないので、意を決して襖を開けた。

 そこには、蹲って涙を流している第三師団機士科所属の一等陸尉、安久 剛の姿があった。

「うわぁ……あ、声に出ちゃった」

 思わず出た言葉に口元を抑える比乃を、安久が「比乃ぉ!」とがっしり抱きしめる。かなり、酒臭い。泥酔とまでは行かないが、相当酔っていることは間違いない。

「どうしたの剛、何か僕に用事?」

「お前の、お前の姿が見えんから、また攫われたのかと……!」

「そんな簡単に拉致されないから僕は……あー、もう、ほら離れて、麦茶飲んで」

 ひとまず酔っ払いを引っぺがした比乃は、涙を流し呻く安久を座らせて、麦茶を飲ませて落ち着かせようとした。しかし、安久は麦茶が入ったコップではなく、隣のビールが入っていたコップを掴み、それを一気に飲んだ。今にも泣きそうな顔をして、比乃に詰め寄る。

「俺はお前のことが心配で心配で……それなのに、部隊長も宇佐美も楽観過ぎる!  俺がいつも沖縄でどんな思いでいるか!」

 そして「おろろーん」と遂に泣き出して机に突っ伏した。比乃は、もうこれは手に負えないと見て、もう一人の保護者である宇佐美を探そうとして、ふと違和感に気付いた。
 何故、ジョッキではなく、コップにビールが入っていたのだろうか?

「……まさか」

 その答えはすぐ横に迫って来ていた。突然、がっしりと両腕を左右から捕まれ、引っ張られた。

 左右を交互に見れば、顔を真っ赤にした志度と心視が居て、至近距離でこちらを見る目は座っていた。比乃は物凄く嫌な予感がしたが、がっちり掴まれた腕は抜けそうにない。足ならば、義足をすっぽ抜けば良かった物を――

「比乃は、私の」

「いいや、俺んだ!」

「ちょっちょっちょっ?!」

 次の瞬間。明らかに酔っ払っている二人が全力で比乃の腕を引っ張った。とんでもない膂力で行われる綱引きの綱にされた比乃が「痛い痛い痛いギブギブギブ!」と悲鳴をあげる。
 それを見た宇佐美が、どこからか持ってきたビール瓶を抱えたままゲラゲラ笑う。

「大岡裁きねぇ、やれやれー!」

「「なにそれ」」

「すごい簡単に言うと、先に手を離した方が比乃をゲットできるのよ!」

「「?!」」

 それを聞いた瞬間、反応速度の差か、先に手を離したのは志度だった。急に反対側の力が無くなった比乃と心視が縺れ合って畳の上に転げる。

「いてて……」

 咄嗟に心視を庇って、自分を下敷きにするように倒れた比乃が起き上がろうとするが、上に乗った心視が動こうとしない。それどころか、比乃の肩をがっちり掴んで「んー」と顔を近づけてくる。

「あーずりぃぞ心視!  先に手を離したのは俺だぞ!」

「実効支配してるのは……私」

 言いながら、尚も顔を近づけくる心視、その唇が比乃のそれに触れそうになった所で、

「はいはい公然の場で不純異性交遊は厳禁よー、そういうのは個室で二人きりの時にしなさい」

 いつの間にか接近してきていた宇佐美が心視のツインテールを掴んでぐいっと引っ張った。引っ張られた心視が「あう」と悲鳴をあげて、比乃の上からこてんと床に転げる。

「助かりました宇佐美さん……というかどうしてこいつら酒飲んでるんです?」

「私が飲ませたの、面白いと思って」

「あんたのせいかよ!」

 質問からノータイムで白状した宇佐美に、比乃が渾身の突っ込みを入れた所で、再度、両腕が掴まれた。もはや見るまでもない、先ほどとは違い、若干殺気混じりの視線を交わし合っている志度と心視である。

「あらあら、二度目の大岡裁きと行くかしらね」

 呑気に言って、瓶のままビールをラッパ飲みし始めた宇佐美の前で、再度、比乃の悲鳴が響いた。
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