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第二十七話「唐突な再会と長距離出張について」
軍港での一幕
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強い日差しの下。比乃は暑さにほだされたように、ぼけっと、彼方で運ばれて行く機材たちをただ眺めていた。申し訳程度に被っている、日除けの麦わら帽子の下の顔は、疲労感と徒労感に染まっており、彼が現在の状況に対してどう思っているかが伺えた。
そんな彼の後ろから、アッシュブロンドの髪を揺らしながら、一人の少女が駆け寄って来た。疲れた顔の比乃とは対照的に、通りすがった人々が思わず振り返るような、魅力的な笑顔を浮かべている。片手で手を振りながら、もう片方の手には料理が入ったランチバスケットを持っていた。
「せんぱーい、お昼買って来たよー! 一緒に食べよー!」
「ああ……ありがとう」
そんな美少女にランチに誘われても元気がない少年の背中を、少女――リア・ブラッドバーン伍長は、振っていた手でばしっと叩いた。衝撃で体を揺らしても反応が薄い。そんな彼の気も知らない彼女は、何がそんなに嬉しいのか、満面の笑みを浮かべている。
「もう、先輩もいい加減現実を受け入れたら? いくら悲観したって日本には帰れないんだよ? グルメバーガーでも食べて元気だしなよ!」
そう言って、バスケットから取り出した紙に包まれたハンバーガーを「はい!」と差し出すリア。比乃はそれを素直に受け取ってもなお、暗い顔のままであった。
「ありがと……いや、任務が終わったらちゃんと日本に帰るけど……なんだか急に凄い所に来ちゃったなぁって思ってね」
「そうでしょそうでしょ凄いでしょ! アメリカ軍、入りたくなったでしょ?!」
「や、それはないかな……僕、自衛隊と日本のが合ってるし」
「えー、先輩の適応力ならすぐアメリカにも慣れるよ! ていうか先輩テンション低ーい、つまんなーい!」
「いやぁ、突然こんな所に出向させられて、元気いっぱいでいられる人も中々……いるか、志度とか心視とか、宇佐美さんとか」
「他のちびっ子二人と保護者のことは置いといてさ、後で和食が美味しいレストランも紹介するからさ、元気出してよー、せんぱーい」
拗ねたように美しい形の眉を顰めて、横から比乃の肩を掴んでがくがく揺らすリア。比乃は一瞬、彼女に視線を向けたが、すぐに空母へと運び込まれている機材、Tkー7改とTkー11に視線を戻す。愛機を遠目に眺めて、深い溜息を吐いた。
そう、ここは日本ではなく、アメリカ西海岸。そこにあるサンディエゴ海軍基地。米軍の二つある軍港の内の片方であり、米軍のハワイ攻略戦における足掛かりとなっている、大規模拠点であった。
何故、こんなところに比乃が居て、日本の機密の塊とも言える最新鋭機のTkー11が米軍の空母に運び込まれているのか、事の発端は数日前にまで遡る。
***
数日前、日本。夏休みに入り、比乃と志度、心視の三人は、第八師団で訓練と教導を行う一方で、護衛の建前で森羅やメアリ、晃達と一緒に色々な所へ出かけていた。海や山へ行ったり、遊園地へ行ったりして、夏休み前半を年相応に楽しんでいた。
そして夏休み後半、八月に入ったある日のこと、比乃はいつもの様にノートパソコンを立ち上げると、アメリカにいるリアから送られて来たメールを読んでいた。
彼女からのメールには、学校であった出来事だとか、訓練で嫌な事があっただとか、でも少佐に褒められて嬉しかっただとか、そう言った内容が並んでいる。比乃はそれを微笑ましく読んでいたのだが、最後に書かれていた一文が、頭に引っ掛かった。
『今度、会える日を楽しみにしています。訓練の成果も見せるからね!』
その一文を見た比乃は、またリアたち米軍が、何かの任務で日本へやってくるのだろうかと予想をつけた。実際、そうでもなければ、こんな内容をメールに書かないだろう。「今度」とあるからには、そう遠くない内に来日するのだろうか?
「……でも、何しに来るんだろう」
日本に米軍が来る用事などあっただろうか……パソコンの前で、比乃は怪訝そうに首を傾げた。そのとき、部屋の固定電話が鳴り響いた。これが鳴ったということは、電話の主は決まっている。比乃はスリーコールで受話器を取った。
「はい、もしもし」
『もしもし、比乃か、久しぶりだな。元気してたか』
「ええ、夏休みを満喫させてもらってますよ。最近は大きなテロもないですし」
『そいつは良かった。送られてきた報告書は読んだが、直接それが聞きたくてな……まるで夏休みの日記みたいな報告書だったがな』
「とは言いましても、報告するような大事も殆どありませんでしたし」
ここ最近、第八師団に代わって比乃たちが出動するような大規模テロなども無く、、東京は久方ぶりの平和日和であった。そんな彼らのスケジュールと言えば、平日は朝から夕方まで、教育隊を扱き倒し、休日には、護衛の名目で遊びに行く森羅やメアリに着いて行くことが主だ。
「それで、今回の連絡は一体何用です、また沖縄に戻って何か任務ですか」
『ああいや、またちょっと遠出して貰うことになってな。夏季休暇満喫中の所を悪いんだが』
「いえ、別に構いませんよ」
言いながら、比乃はちらりとカレンダーに目をやる。書かれている内容には、花火大会だとか、森羅と晃主催の合同勉強会、という名の夏休みの宿題ヘルプ会などが記されている。これらは、志度と心視が残念がるくらいで、断っても特に問題ないだろう。
「それで、今度はどこに行くんです?」
カレンダーからその隣に、なんとなくインテリア目的で貼り付けられた日本地図に目をやる。最近暑いし、北海道とかだと良いなぁ、などと思いながら、部隊長からの返事を待つ。
部隊長はごほんと態とらしく咳をすると、その目的地を言った。
『今度の行き先はアメリカ西海岸、サンディエゴだ』
「……は?」
一瞬、聞き間違えかと思った比乃だったが、部隊長は『なんだ、聞こえなかったのか?』と怪訝そうに言ってから、繰り返して言った。
『アメリカの、サンディエゴ海軍基地だ。そこに行って、米軍のハワイ島奪還作戦の支援をしてきて欲しい』
二度、そう言われたので、比乃は嫌でも現実を受け入れるしかなかった。アメリカ西海岸と言えば、アメリカでも対テロ戦闘の最前線である。何故そんな所に自衛隊が、というより自分達が派遣されねばならない。
「あの、その理由とか聞いていいですか」
『ラムスって俺の知り合いに、そろそろ借りを返してくれと迫られてな。どうも今度の作戦、新型機を導入するにしても数が足りなくて旗色が悪いらしい。そこで、第三師団虎の子の第一小隊を貸し出すことになったというわけだ。ちなみに、公式には、自衛隊数年ぶりの海外派遣として発表される。詳細は非公開だがな』
また部隊長の個人的案件か、と比乃はこめかみを抑えた。なんとか、口から愚痴を漏らしそうになったのを堪える。
「一応、また非公式じゃないということだけ聞いて安心しました。それで、いつからですか」
『ああ、それなんだがな。作戦は一週間後だそうだ』
「……え?」
『また聞こえんかったのか? 一週間後だ。急で悪いが、すぐに荷物を纏めて、パスポートを持って飛んでくれ。足ならすでに用意してあるから……そろそろ到着するだろう』
「そろそろって、あの、部隊長?」
縋るような比乃の声を無視して、部隊長は『では、幸運を祈る』と締め括って、通話を切った。ツーツーと音を出す受話器を片手に、呆然としていた比乃であったが、状況は待ってはくれない。突然、玄関のドアがノックと共に開かれた。そちらを見ると、玄関口に制服姿の自衛官が二人立っている。
「日比野三曹。お迎えにあがりました。フライトの準備が整っていますので、お早く」
がたいの良い、制服をぱんぱんに膨らませた自衛官。階級章から見るに士長の二人は、揃って顔をむっつりさせたまま部屋に入って来て、比乃の前で休めの体制で止まった。比乃は、呆然と彼らを見上げてから、出来る限り冷静に言った。
「……とりあえず三十分くらい待って貰えます? 同僚がまだ帰って来てなくて、準備も出来てないし」
そう言って時間を稼ごうとしたが、タイミングが良いのか悪いのか、聞き慣れた二人の「ただいまー」の声が聞こえてきた。比乃は二人になんと説明したものか、頭を抱えたのだった。
そんな彼の後ろから、アッシュブロンドの髪を揺らしながら、一人の少女が駆け寄って来た。疲れた顔の比乃とは対照的に、通りすがった人々が思わず振り返るような、魅力的な笑顔を浮かべている。片手で手を振りながら、もう片方の手には料理が入ったランチバスケットを持っていた。
「せんぱーい、お昼買って来たよー! 一緒に食べよー!」
「ああ……ありがとう」
そんな美少女にランチに誘われても元気がない少年の背中を、少女――リア・ブラッドバーン伍長は、振っていた手でばしっと叩いた。衝撃で体を揺らしても反応が薄い。そんな彼の気も知らない彼女は、何がそんなに嬉しいのか、満面の笑みを浮かべている。
「もう、先輩もいい加減現実を受け入れたら? いくら悲観したって日本には帰れないんだよ? グルメバーガーでも食べて元気だしなよ!」
そう言って、バスケットから取り出した紙に包まれたハンバーガーを「はい!」と差し出すリア。比乃はそれを素直に受け取ってもなお、暗い顔のままであった。
「ありがと……いや、任務が終わったらちゃんと日本に帰るけど……なんだか急に凄い所に来ちゃったなぁって思ってね」
「そうでしょそうでしょ凄いでしょ! アメリカ軍、入りたくなったでしょ?!」
「や、それはないかな……僕、自衛隊と日本のが合ってるし」
「えー、先輩の適応力ならすぐアメリカにも慣れるよ! ていうか先輩テンション低ーい、つまんなーい!」
「いやぁ、突然こんな所に出向させられて、元気いっぱいでいられる人も中々……いるか、志度とか心視とか、宇佐美さんとか」
「他のちびっ子二人と保護者のことは置いといてさ、後で和食が美味しいレストランも紹介するからさ、元気出してよー、せんぱーい」
拗ねたように美しい形の眉を顰めて、横から比乃の肩を掴んでがくがく揺らすリア。比乃は一瞬、彼女に視線を向けたが、すぐに空母へと運び込まれている機材、Tkー7改とTkー11に視線を戻す。愛機を遠目に眺めて、深い溜息を吐いた。
そう、ここは日本ではなく、アメリカ西海岸。そこにあるサンディエゴ海軍基地。米軍の二つある軍港の内の片方であり、米軍のハワイ攻略戦における足掛かりとなっている、大規模拠点であった。
何故、こんなところに比乃が居て、日本の機密の塊とも言える最新鋭機のTkー11が米軍の空母に運び込まれているのか、事の発端は数日前にまで遡る。
***
数日前、日本。夏休みに入り、比乃と志度、心視の三人は、第八師団で訓練と教導を行う一方で、護衛の建前で森羅やメアリ、晃達と一緒に色々な所へ出かけていた。海や山へ行ったり、遊園地へ行ったりして、夏休み前半を年相応に楽しんでいた。
そして夏休み後半、八月に入ったある日のこと、比乃はいつもの様にノートパソコンを立ち上げると、アメリカにいるリアから送られて来たメールを読んでいた。
彼女からのメールには、学校であった出来事だとか、訓練で嫌な事があっただとか、でも少佐に褒められて嬉しかっただとか、そう言った内容が並んでいる。比乃はそれを微笑ましく読んでいたのだが、最後に書かれていた一文が、頭に引っ掛かった。
『今度、会える日を楽しみにしています。訓練の成果も見せるからね!』
その一文を見た比乃は、またリアたち米軍が、何かの任務で日本へやってくるのだろうかと予想をつけた。実際、そうでもなければ、こんな内容をメールに書かないだろう。「今度」とあるからには、そう遠くない内に来日するのだろうか?
「……でも、何しに来るんだろう」
日本に米軍が来る用事などあっただろうか……パソコンの前で、比乃は怪訝そうに首を傾げた。そのとき、部屋の固定電話が鳴り響いた。これが鳴ったということは、電話の主は決まっている。比乃はスリーコールで受話器を取った。
「はい、もしもし」
『もしもし、比乃か、久しぶりだな。元気してたか』
「ええ、夏休みを満喫させてもらってますよ。最近は大きなテロもないですし」
『そいつは良かった。送られてきた報告書は読んだが、直接それが聞きたくてな……まるで夏休みの日記みたいな報告書だったがな』
「とは言いましても、報告するような大事も殆どありませんでしたし」
ここ最近、第八師団に代わって比乃たちが出動するような大規模テロなども無く、、東京は久方ぶりの平和日和であった。そんな彼らのスケジュールと言えば、平日は朝から夕方まで、教育隊を扱き倒し、休日には、護衛の名目で遊びに行く森羅やメアリに着いて行くことが主だ。
「それで、今回の連絡は一体何用です、また沖縄に戻って何か任務ですか」
『ああいや、またちょっと遠出して貰うことになってな。夏季休暇満喫中の所を悪いんだが』
「いえ、別に構いませんよ」
言いながら、比乃はちらりとカレンダーに目をやる。書かれている内容には、花火大会だとか、森羅と晃主催の合同勉強会、という名の夏休みの宿題ヘルプ会などが記されている。これらは、志度と心視が残念がるくらいで、断っても特に問題ないだろう。
「それで、今度はどこに行くんです?」
カレンダーからその隣に、なんとなくインテリア目的で貼り付けられた日本地図に目をやる。最近暑いし、北海道とかだと良いなぁ、などと思いながら、部隊長からの返事を待つ。
部隊長はごほんと態とらしく咳をすると、その目的地を言った。
『今度の行き先はアメリカ西海岸、サンディエゴだ』
「……は?」
一瞬、聞き間違えかと思った比乃だったが、部隊長は『なんだ、聞こえなかったのか?』と怪訝そうに言ってから、繰り返して言った。
『アメリカの、サンディエゴ海軍基地だ。そこに行って、米軍のハワイ島奪還作戦の支援をしてきて欲しい』
二度、そう言われたので、比乃は嫌でも現実を受け入れるしかなかった。アメリカ西海岸と言えば、アメリカでも対テロ戦闘の最前線である。何故そんな所に自衛隊が、というより自分達が派遣されねばならない。
「あの、その理由とか聞いていいですか」
『ラムスって俺の知り合いに、そろそろ借りを返してくれと迫られてな。どうも今度の作戦、新型機を導入するにしても数が足りなくて旗色が悪いらしい。そこで、第三師団虎の子の第一小隊を貸し出すことになったというわけだ。ちなみに、公式には、自衛隊数年ぶりの海外派遣として発表される。詳細は非公開だがな』
また部隊長の個人的案件か、と比乃はこめかみを抑えた。なんとか、口から愚痴を漏らしそうになったのを堪える。
「一応、また非公式じゃないということだけ聞いて安心しました。それで、いつからですか」
『ああ、それなんだがな。作戦は一週間後だそうだ』
「……え?」
『また聞こえんかったのか? 一週間後だ。急で悪いが、すぐに荷物を纏めて、パスポートを持って飛んでくれ。足ならすでに用意してあるから……そろそろ到着するだろう』
「そろそろって、あの、部隊長?」
縋るような比乃の声を無視して、部隊長は『では、幸運を祈る』と締め括って、通話を切った。ツーツーと音を出す受話器を片手に、呆然としていた比乃であったが、状況は待ってはくれない。突然、玄関のドアがノックと共に開かれた。そちらを見ると、玄関口に制服姿の自衛官が二人立っている。
「日比野三曹。お迎えにあがりました。フライトの準備が整っていますので、お早く」
がたいの良い、制服をぱんぱんに膨らませた自衛官。階級章から見るに士長の二人は、揃って顔をむっつりさせたまま部屋に入って来て、比乃の前で休めの体制で止まった。比乃は、呆然と彼らを見上げてから、出来る限り冷静に言った。
「……とりあえず三十分くらい待って貰えます? 同僚がまだ帰って来てなくて、準備も出来てないし」
そう言って時間を稼ごうとしたが、タイミングが良いのか悪いのか、聞き慣れた二人の「ただいまー」の声が聞こえてきた。比乃は二人になんと説明したものか、頭を抱えたのだった。
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