上 下
229 / 344
第三十二話「決戦の決着について」

少女二人、奮闘

しおりを挟む
「はぁぁ!」

 雄叫びを上げて、アイヴィーは乗機である銀色のカーテナが両手で握った得物――降下の際に背中に背負っていた、大型の武装ラックから取り出したのは、特注品の高振動ランスだった。それを振り上げて、勢いをつけて、眼前の敵機に叩きつけた。ライフルはすでに弾を使い果たし、投棄している。

 頭部を完全に潰し、胴体を歪めるまでに至った一撃により、ペーチルが沈黙。動かなくなった敵機を蹴り飛ばし、アイヴィーはモニターを睨んで周囲を警戒しながら、特別に用意してもらった自身の武器を見やる。
 やはり、自分には、双剣よりもこのランスのような大型武器が性に合う。火力と打撃力は正義である故に。

「これで五機目!」

 ランスを振り上げ、一回転させて持ち直し、次の攻撃目標を探す。いや、探す必要などない。まだ十を超える敵が、アイヴィーと心視を包囲し、真っ直ぐこちらへ向かって来ているのだ。

 敵は、エンジンを完全に止めた状態で、森林地帯の中にAMWを隠していた。熱と音を発する動力源さえ切っていれば、それを見つけるには、目視で発見するしかない。しかし、真っ暗闇の中、偽装を施されたそれを発見するのは、至難の技だ。

 アイヴィーにとって幸いだったのは、敵機の動きからして、相手は無人機であるということだった。これはハワイで同じような動きをした敵機を見ていた心視によって看破されていた。
 そのおかげで、彼女は気兼ねなく敵機を撃破することが出来るし、動きが単調な敵機は、シミュレータで相手をしたことがあるAIと、大して変わらなかった。

 覚悟を決めて来たと言っても、人殺しはどうしても躊躇してしまう物だ。そう言う意味で、彼女は幸運であった。
 後方にいる心視、狙撃手まで敵を接近させるわけにはいかない。孤軍奮闘を続ける彼女の目の前に、木々を押し倒して新手のペーチルが姿を現わす。照準警報――

「くっ」

 雑多な弾幕が展開される、その中をカーテナが左右に動きながら、時には身の丈ほどある大型のランスを盾にして距離を詰め切る。相手が悠長に腰のナイフの柄に手を伸ばすが、遅い。

「これで、六機!」

 巨大なランスによる刺突がペーチルの胴体を串刺しにし、断末魔のように機械音を立てた敵機を、ランスを横に振るって放り捨てる。

 更に照準警報。機体を転がすようにして弾丸の雨から身をかわす、気を休める暇もない。転がって起き上がった所に、別方向から近づいて来ていたペーチルSがライフルを構えて待ち構えて居た。すでに照準されている。回避は間に合わない。

 次に来るであろう衝撃に思わず目を瞑るが、その衝撃は来なかった。代わりに、甲高い発砲音。アイヴィーが目を開くと、胴体に大穴を開けた敵機が、ライフルを構えた姿勢のまま、仰向けに倒れていた。

『……これで、七機』

 通信機から少女の声、後方に控えていた心視のTkー7改による狙撃によって助けられた。

「ありがと心視、助かったよ!」

 彼女に礼を言いながら、ランスを構え直して、次の敵機に備える。センサーに感あり、三機程が同時に接近してきていた。

『礼には、及ばない……次、来てるから、迎撃。援護する』

「心強いね!」

 木々を縫うようにして出現した新たな敵機に向かって、銀色の機体が跳躍する。先頭の一機の頭上から、ランスを思い切り叩きつけた。
 脳天から胴体にかけて叩き潰された敵機を足場にして、更に跳躍。それを追うように火線が伸びるが、それが機体を捉える前に、銃声が二度鳴り響き、胴体に穴を開けた敵二機がどうっと倒れた。

(本当に心強い……!)

 着地した背後で敵機が倒れたのを確認しながら、アイヴィーは改めて心視の技量に舌を巻く。以前、比乃と電話でやり取りをしていた際に聞いた、訓練の話で「心視なら、数キロ先から鼻歌交じりで五百円玉をドーナツにできる」と言っていたのを思い出した。それが決して、大袈裟な与太話などではないと実感した。

(もしかしたら、援護してくれないんじゃないか、なんて思ったりもしたけど)

 心視にとって、アイヴィーは恋敵の一人である。比乃の人間関係に敏感な心視が、自分の彼に対する恋慕に気付いていないはずがない。それ故に、心情的な理由で、彼女は自分を見捨てるのでは、と言う考えが、頭の片隅にあった。

 しかし、今、着地したと同時に囲まれたアイヴィー機を、心視が滑腔砲を驚異的な速度で連射し、敵機を撃破することで助けてくれているのは事実である。

 個人的な思いと仕事は別、ということだろう。その辺りの考え方の違いが、一般人である自分と、軍人である彼女の違いかも知れない。大きく踏み込んで、ランスの矛先を敵機に突き刺しながら、アイヴィーは自身の考えの甘さを、自嘲気味に笑った。

 沈黙。今動いているペーチルはこれで片付いたらしい。一息付いた所に、心視から通信が入る。

『これで……貸し二つ』

「そうだね、今度何か奢ろうか?」

『……比乃とどんな話してるのか、今度、じっくりと、聞かせて貰う』

 前言撤回、彼女はアイヴィーが思ってるより、恋する乙女であった。



「思ったよりやりますね……」

 心視たちが陣取っている場所から、さらに数キロ離れた森林の中に、ドーリスは身を隠していた。コキュートスの中で、戦況をモニタリングしていた彼女は、感嘆したように呟く。
 たかが狙撃手と素人の護衛と思い、数でごり押して見たが、結果として、数だけの木偶の坊は容易く一蹴されてしまった。

「それでは……これならどうです?」

 なので、ドーリスはまるでチェスでも打っているかのような気分で、次の一手を繰り出す。タッチパネルになっている操作盤に指を這わせ、そこに表示されているAIのレベルを、一気に最大まで引き上げた。この状態では、AIに無線でのコントロールを行う親機であるコキュートスは、満足に動けない。だが、発見されていなければ問題外である。

「さぁ、ネーレーイスの力。試させてください」

 暗いコクピットの中で、彼女は楽しげに笑みを浮かべた。



『新手、三機』

「こっちでも捕捉したよ!」

 森林地帯から湧き出るように出てきた敵機。隠れられる場所と今まで撃破した敵の数からして、恐らくはこれで最後だ。そう思いたい。素人であるアイヴィーは集中力も体力も限界だ。

「一気に片付けるよ!」

 木々の間を縫うようにして、銀色の機体が疾走。先頭にいた一機目に肉薄する。相手にライフルを構える隙も与えず、鋭い刺突を放つ。これまでの相手なら、間違いなく撃破できる一撃。しかし、

「な、そんな?!」

 アイヴィーは目の前の状況に絶句した。なんと、敵機はライフルを捨て、両手でランスを掴み、受け止めて見せたのだ。ペーチルの重装甲と馬力であれば、理論上は可能な動きだ。しかし、タイミングを一歩間違えれば串刺しになるそれを実行してみせるのは、尋常な技量ではない。

(まさか、有人機?!)

 一瞬、掴まれたランスを手放すか、このまま押し切るかの判断に戸惑う。そこが、軍人ではない彼女の限界であった。アラーム音。左右から挟み込むように移動していた残りの敵機が、躊躇して動きを止めたこちらを狙い撃とうとしている。

 これまで敵機がやってこなかった連携。アイヴィーは今度こそやられたと思った、その時――

『動いて、武器は捨てて……!』

「っ!」

 声と共に発砲音。左右にいた敵の内、一機は狙撃への反応が遅れて撃破された。もう一機は素早く跳躍して狙撃を回避してみせた。ワンテンポ遅れて、アイヴィーもランスを手放し、機体を後ろに跳躍させる。

 掴んでいたランスを放り捨てたペーチルが、その場で横に転がるよう回避運動を取り、更なる狙撃を避ける。そして、捨てたライフルを拾い直して射撃してきた。明らかに、これまでの相手とは違う。まるで中に熟練兵が乗っているかのような動き。

「……ピンチって奴かな」

『……たかが二機。問題ない』

 敵機の豹変に驚きもせず、この状況でもそう言ってのける心視を、アイヴィーは本当に心強いと感じた。木々に身を隠すようにして弾幕を掻い潜るカーテナに、後方で滑腔砲を構えた心視が問いかける。

『武器は、まだある?』

「高振動ブレードがあるよ」

『なら、前衛は任せた……動きが止まったら、撃つ』

「了解!」

 ブレードを扱うのは、ちょっと苦手なんだけど、という言葉を飲み込んで、双剣を振り抜いた銀色のカーテナが、一番近くにいた敵機に向けて跳躍した。
しおりを挟む

処理中です...