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第三十三話「文化祭の大騒ぎについて」

過激な生徒たち

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 文化祭で賑わう校内を、比乃は一人で歩いていた。腕には『臨時風紀委員』の腕章をつけ、周囲の模擬店の様子を覗いては、変なことをしている生徒や迷惑な客がいないかどうかをチェックしている。

 今のところ、そのどちらも見かけておらず、どこも普通の催しをしているのみであった。少なくとも、どのクラスも普段の二年A組のような騒ぎを起こしたりはしていない。平和そのものであった。

 途中で買ったたこ焼きを頬張りながら、渡り廊下を歩いて行く。たこ焼きの出来も中々良く、外はカリッと、中はトロッとしており、比乃の味覚を満足させるには十分であった。

(あの生徒会長、心配性なんじゃないかな)

 完食したたこ焼きのトレーを側のゴミ箱に放り込んで、そんなことを考えながら、渡されたパンフレットの地図に記されたルートを進んでいく。しばらく歩くと、紙面に「要注意」と書かれているエリアに到たちした。

 この辺りは、クラスではなく部活動や同好会が、模擬店や発表会などを行なっている場所である。はて、何が要注意なんだろう。と思いながら比乃が歩を進めたその時。

「きゃーっ!」

 甲高い女子生徒の悲鳴が聞こえてきた。比乃は驚いて、慌ててその声がした教室へと向かう。その教室のプレートには理科室とあり、その下には手作りの看板で「科学研究会」と、教室を使っている団体名が記されていた。

 団体名と先ほどの悲鳴との関連性は推測出来ないが、何かあったには違いない。比乃は意を決して扉を開けた。その先には――

「うおおおこの電動触手すごいよぉ!」
「ちょ、ちょっと変なところ触ってる!  誰か電源止めて!」
「ぬるぬるが、ぬるぬるがぁ?!」

 太さ直径十センチはある、紫色の蛸の足のような物に巻かれた男子生徒と女子生徒がいた。何故、こんなところに、フィクション作品にでも登場しそうな触手があるのか。という思いをひとまず置いておき、比乃は周囲を見渡すと、すぐ側にあった電源と書かれたスイッチを操作した。

 すると、三人の生徒をぬるぬるのぐちゃぐちゃにしていた触手が脱力し、地面に力なく横たわった。解放された三人、制服の上に白衣を着た男女も、ぐったりとしている。

「やばかったなぁ、やっぱりリミッターを弱く設定したのが不味かったか」
「す、少し気持ちよかった……」
「ぬ、ぬるぬるが……ぬめぬめが……」

 力なく横たわりながらも、各々に触手についての感想を述べていた。一人はトラウマになったらしく、上の空でぼそぼそと呟くだけだが、他二人は元気そうだったので、比乃はその二人に事情を聞くことにした。

 腕に通した腕章を見せて、いったい何をしていたのかと詰問したところ。

「いやぁ、作業機械用の人工筋肉が中古で安かった上に学校予算で手に入ったからさぁ、それをちょいちょいと改造してモーション仕込んでローションぶっかけて」

「これであっち系の創作物から飛び出て来たような見事な触手の出来上がり、それで早速、私たちでその感触を試運転しようとしたんだけど……」

「見事に調整失敗して、男女無差別であわや十八禁な状態になっちゃったわけ、いやー、あんたが来てくれなかったら、どうなっていたことか」

「……一応聞いておくけど、これ、どうするつもりだったの?」

 色々と突っ込みどころがある証言に、比乃はこめかみに手をやって眉を顰めながら、一番大事なことを聞いた。聞かれた方は、顔を見合わせてからぐっとサムズアップし、笑顔で答えた。

「「勿論、一般公開して客をぬめぬめのぐちゃぐちゃに!」」

「却下です」

 というか、工業用の人工筋肉などという超特殊な機材を、中古とは言えどんなルートで手に入れたのか、そんな特別製の工業製品をどうやって制御したのかなど、聞きたいことは山ほどあったが、比乃はそれらを飲み込んで、無慈悲な判定を下した。

 男女は「えー」と不服そうな顔をしたが、比乃がぎろりと睨むと、うっと呻いてから黙って頷いた。

「というかですね、工業用の機材を人に使ったら危ないでしょうが、捻り潰されたら大事故です……それに、服がベタベタになったらクレーム必須でしょう」

「だ、だけど折角作ったのに……」

「一般の人々にも触手責めの素晴らしさを味わってもらいたいのに……」

「人工筋肉なんて先端機器を、よく制御したとは言えますけど、駄目と言ったら駄目です。自分たちだけで楽しんでください」

 そこまで言ってから、比乃は教室の扉をぴしゃりと閉めた。抗議など受け付けない構えである。扉の向こうから「仕方ない、再調整して俺たちだけで楽しむか」「そうね、勿体無いけど」などという会話が聞こえたが、比乃は聞かなかった事にした。

「……この学校はうちのクラス以外にも変な人がいるのか」

 それから、またしばらく歩いていると、

「ぐわああああああっ」

 今度は男子生徒らしき悲鳴が聞こえて来た。今度はなんだと、比乃が急いで駆けつけると、廊下にずたぼろになった男子が倒れていた。只事ではないと、比乃は慌ててその生徒を介抱する。

「大丈夫ですか?!  いったい何が……」

「う、うう……筋肉が……筋肉が押し寄せてくる……」

「は?」

 意味不明な言葉を残して昏倒した男子生徒を揺さぶっていると、すぐ側の教室から野太い男の声がした。

「ふん、我が部を甘くみるからそうなるのだ」
「貴様もその男のようになりたくなかったら、この教室に踏み入らんことだ」
「もっとも、貴様のような軟弱な顔をした者に用はない、立ち去れぃ!」

 そこには、黒光りした坊主頭に、隆起した筋肉、極太眉毛の、いかにも「武道系です」と言わんばかりの生徒たちがいた。全員、揃いも揃って道着姿で、黒い帯を腰に締めている。彼らがいる教室のプレートには、そのまんま「武道同好会」と書かれている。

「僕は臨時風紀委員です。いったい何をしているんですか?  暴力沙汰はご法度ですよ」

「は、風紀委員が何ぞのものや」
「我が同好会の出し物は格闘技十人抜きよ、許可も取り付けておるわ」
「一度許可を出された物に、文句を言われる筋合いなどない」

「それでも、ここまでする必要はないでしょう。あまり過激なようなら止めてもらいますよ」

 比乃の注意に、男子生徒たちはふんと鼻を鳴らした。そして、背丈の低い比乃を見下ろすようにしながら、口々に、

「黙れ小童、我々を従わせたければ力を見せろ」
「さすれば、貴様の言い分も少しは聞いてやっても良い」
「それが出来ればの話だがな」

 言って、がはははと高笑いする。比乃は少しカチンと来たが、ここは我慢我慢、と堪える。だが、

「お前のような小童、相手にする価値もない」
「チビは黙って強者に従っていれば良いのだ」
「小さき者よ、痛い目にあわされたくなければ、さっさとここを離れるのだな」

 比乃も、自身のコンプレックスについて言われて、黙っていられる程大人ではなかった。地雷の上でタップダンスをしているとは思いもしていない筋肉たちに、比乃が、普段は中々出さない低い声でう。

「……面白い、でしたら、僕がその十人抜きをたち成したら、言うことを聞いて貰う。それでどうです?」

「貴様のような小童が、我が同好会に挑戦すると?」
「笑止、勇気と蛮勇は違うということを、その身に叩き込んでくれる」
「逃げるなら今のうちだぞ?」

「二言はありません。さっさとやりましょう」

 ここにもし、心視か志度がいたら迷わず「早く謝っとけ」と言うだろう。しかし、不幸なことに、二人はパイスー喫茶で接客中、離れたところで比乃がキレているなど、知りようがなかった。

 筋肉たちに見下ろされながら、中に畳が敷き詰められた教室に入った比乃が、後ろ手に扉を閉めた。
 それから五分。たかが部活動で鍛えた程度の筋肉相手に、現職自衛官が軽く本気を出したらどうなるか――十人抜きの結果がどうなったかなど、説明するまでもないだろう。
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