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第三十四話「それぞれの思惑と動向について」

新たな任務地へ

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 陸上自衛隊第三師団機士科所属の三等陸曹。日比野 比乃は、暮していく内にすっかり自宅となったはんなり荘二〇三号室で、少し遅めの衣替えと、ついでの大掃除をしていた。

 ネットで注文しておいた毛布や厚手のカーテンを荷解きし、今まで使っていた薄い布団やらを洗濯して干す。そして、その他諸々の清掃作業を、心視と志度にあれこれ指示をしながら行なっている最中、通信機が鳴った。
 エプロンと三角巾、片手にははたきを持った、何とも主婦的な装備の比乃が通信機の受話器を取る。

「はい、もしもし」

『よう、俺だ。元気にしとったか』

 相手は比乃の予想した通り、部隊長であった。もっとも、この通信機にかかって来る連絡の九割は部隊長からなのだが、

「ええ、おかげさまで、平和にやってますよ。最近はテロも少ないし、僕らが出動するような大事も起きませんし、訓練と学業に励んでます」

 実際、ここ一、二ヶ月ほど、大規模なAMWによるテロなどは発生しておらず、比乃ら自衛官組は以前に比べれば随分と平和な毎日を送っていた。学校での馬鹿騒ぎは相変わらずであったが、それももう慣れた物である。

『そうか、それは何よりだ』

「けど、部隊長からいつもの定時連絡以外で通信が来たってことは、また任務ですね?」

『察しがいいな。また特別任務だ』

「それで、今度はどんな無茶振りなんですか?」

『無茶振り……そうだな、今回も結構無茶な作戦かもしれんな』

 半分冗談で言った言葉を肯定した部隊長に、比乃は内心「ああ、また厄介ごとだな」と少し辟易した。比乃も、国内だけでなくアメリカやらイギリスやらの国外に送られて戦い抜いた、年齢に似合わず歴戦の猛者である。多少の無理難題は覚悟している。
 さて、今度はどこに送られるのか、と逡巡していると、電話口で言い淀んでいた部隊長がその作戦を告げた。

『今度は対テロ戦闘ではない、訓練の延長線上みたいなもんだ。ただ相手が特殊でな……ロシア軍だ』

「……ロシア?  どうして訓練でその国の名前が出てくるんです」

『急に鈍くなるな。だから、そのロシアの軍隊と一緒に訓練して来いって話だ。しかも相手はそんじょそこらの部隊じゃない、スペツナズだ』

「……マジですか」

 スペツナズ、と聞いて比乃が思い出すのは、数ヶ月前に富山での一連の出来事だ。あの時、テロリストとの戦闘に乱入してきたのも、ロシアの特殊部隊と思わしき部隊であった。その隊長らしき人物と機体越しに会話もしたし……もし、比乃の気のせいでなければ、直接の面識もある。

「ということは、まさかのロシア行きですか?   それと人員は?」

『いや、流石にあそこに自衛隊を入れるわけにはいかんから、妥協点で選ばれた場所に向かって、そこで合同軍事演習をして貰う。自衛隊から出す人員はお前と心視、志度……それとうちの師団から整備スタッフとして森たち、それと万が一のために大関と大貫をつける』

 本当は、比乃ら三人だけで参加するようにと上から圧を掛けられていたのだが、部隊長は持ち前の人脈とコネを駆使して、それを突っぱねていた。整備スタッフをつけることで、演習に参加する機体の機密を守る狙いだ。

 大関と大貫は、今回沖縄での対テロ戦闘に引っ張りだこで出すことができない安久と宇佐美の代わりである。代わりと言っても、二人とも所謂レンジャー徽章を持っている実力者である。筋肉馬鹿であることが玉に傷であるが、それでも三人が万が一狙われた時の保険としては十分役に立つ。

 何より、未成年だけで向かわせて、向こうに舐められるわけにもいかない為の処置であった。

「森一曹に大関、大貫三尉ですか……それは頼りになるメンバーですね」

『何か問題があったら遠慮なく頼れ、安久や宇佐美ほどではないにしても、多少の事なら何とかできるだけの力がある奴らだ』

「了解しました。ところで機体は……まさかTkー11を出すとかはないですよね。機密の塊ですし」

 比乃が懸念するように言うと、部隊長は「当たり前だ」と即座に答えた。

『行く場所も場所なんでな、今回Tkー11の出番は無しだ。向こうに触れられるわけにもいかんしな。Tkー7改二で行ってくれ』

 実を言えば、上からはTkー11を出すようにも遠回しに要求されていたのだが、これに関しては話を聞いた一部議員や開発チームも異議を唱えて抗議し、また部隊長も「ふざけるな」と一喝して要求を跳ね除けていた。
 部隊長が裏でそんな苦労をしているとは知らないが「またなんか色々とコネ発動させまくってるんだろうなぁ」と何となく察した比乃だったが、それについて言及はしなかった。

 上司の心配をするのは、部下の役割ではないのである。部下とは、上から下された命令を完遂する事にこそ価値があるのだ。そう考える比乃は、命令を完璧にこなす為にも、聞けることは聞いておこうと更に質問をした。

「わかりました。それで、その肝心の場所というのは?  それと訓練の日時をまだ聞いてません」

『うむ……場所と日時は──』

 部隊長の口から告げられた地名を耳にして、比乃は片手で弄んでいたはたきを、ぽろりと落としてしまった。その様子を後ろで見ていた志度と心視が心配そうな視線を向けているのにも気付かず、比乃は何とか言葉を作った。

「……それ、実質国外と変わらないじゃないですか」

『いいや、少し解釈を変えれば一応は国内だ。まぁともかく、最後に言っておくが……防寒着はしっかり用意しておけよ』

 最後に部隊長がそう言って、通話が切れた。それからしばし、比乃は思案顔になって、少し考えてから、受話器を握ったまま、ある所に連絡を入れる。通信が繋がった相手への挨拶もそこそこに、用件を伝えた。

「あの、防寒戦闘服外衣って置いてないですか、出来れば一番小さいサイズの」

 指定された日時まで余り時間もなかった上に、行く場所も場所である。
 用意は早め早めにしておくに越した事はない。

 何度かやり取りをして、何とか自分たちでも着れる大きさの物を用意してもらう約束を漕ぎ着けた比乃は、礼をして受話器を置いた。

「……また、遠出?」

「今度はどこだ?」

 比乃と同じくエプロンに三角巾を身につけた、緊張感のない服装で聞いてきた二人に、比乃は落としたはたきを拾い上げながら、その地名を告げた。

「……樺太島だってさ……ロシア語、わかんないんだけどなぁ」
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