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第三十八話「唐突に訪れた非日常について」

襲撃の学園

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 陸上自衛隊第三師団所属の機士にして、歓天喜地高校二年A組所属でもある日比野 比乃は、教卓で繰り広げられている喧騒を尻目に、秋晴れの空を眺めて黄昏ていた。

 今はロングホームルーム中。半月後に行くことになる、修学旅行の係決めやら班決めを行なっていたのだが、

「だからヌード係ってなんだよ!  なんで脱ぐ担当が必要なんだ!」

「ばっかやろう!  沖縄と言えばビーチ、ビーチと言えばヌードと相場が決まってるだろうが!」

「沖縄でも十月に海で脱ぐ奴があるか!  お前ら自分達の欲望だけで発言してるだろ!」

「欲望に忠実で何が悪い!  俺達に教えてみろぉ!!」

「全部だ全部!」

 このように今回も不幸なことに実行委員にされてしまった有明 晃と、一部男子生徒が議論を重ねているのだ……これを果たして議論と呼べるかどうかは、疑問ではあるのだが。

(それにしても、ここ数ヶ月で色々あったなぁ)

 遂に取っ組み合いに発展した教卓でのやり取りを無視して、窓際という微睡むには丁度よいポジションの席に座っている比乃は、最近あったことを思い返していた。
 沖縄から東京に飛ばされ、そこで学生生活を送れと言われたかと思えば、テロリストが占領するハワイに行かされ、次には英国でクーデター軍と決戦を行い、そして直近ではロシア領で軍事演習である。

 かなり濃密でハードな数ヶ月だったなぁ、と息を吐いて窓の外、赤蜻蛉が飛んでいるのを見つけてふと微笑む。どれもこれも大変であったが、過ぎてしまえば、まぁ良い経験だったと言えなくもない。

 英国は、隣の席でいつも通りにこにこと話の推移を見守っているメアリー王女が言うには、随分と安定して来たらしい。クーデター軍の残党を駆逐するのも、時間の問題とのことだった。彼女が微笑んでいる間は、特に問題らしい問題も起こっていないということだろう。

 米国はと言うと、文通友達であるリア・ブラッドバーン伍長の近況報告によれば、じわじわと南アメリカのテロ組織を削り、南進を続けているらしい。学校を長期休暇しなければならないのが、一番の懸念だとメールに書かれていて、比乃は思わず「心配するのはそこか」と突っ込んでしまった。

 ロシアの状況はニュースでちらりと報道されるだけなので、詳しくは判らないが、最近はテロ撲滅に向けて大きく方針を転換した政府によって、軍が大規模な作戦を繰り返しているらしかった。きっと、アバルキン少佐達も奮闘していることだろう。

 こうして考えてみると、自分が関わった国は、どこも対テロ事情が改善されつつあるように思える。そう思うのは、比乃の自惚れだろうか。しかし、彼が関わった作戦によって自体が好転したケースも、少なくはない。

 日本におけるテロも、最近は随分と鳴りを潜めたと言える。東京で比乃達が出動することも少なくなったし、沖縄での大規模な市民団体による活動も、抑制ムードにあるらしい(だから、沖縄への修学旅行が可能となったわけだが)。

 何はともあれ、久しぶりの沖縄である。基地による暇はないだろうが、懐かしの土地を踏めるということに、比乃は密かに楽しみを覚えていた。

 乱闘騒ぎに発展してしっちゃかめっちゃかになっている教卓付近の情報を完全にシャットアウトしながら、比乃は再度窓の外を見る。今日は洗濯物がよく乾きそうだ――

「……ん?」

 そこでふと、比乃は違和感を覚えた。窓から見える階下、そこに普段居る、高校生活上では異物でしかない存在。森羅 紫蘭とメアリー三世の護衛である、黒服と白服の姿が見えないのだ。

(まさか、あの人達がいないことに違和感を覚える日が来るとは)

 着々と、この学校の異質な部分に、頭が侵食されているという事実を、頭を振って否定する。比乃は隣席と斜め前の席に座っている二人、森羅とメアリに声をかけた。

「ねぇ二人とも、今日は護衛の人はどうしたの?」

 晃に「いけいけそこだぁ!  アッパーだアッパー!」などと声援を送っていた森羅と、相変わらずの笑顔でそれを見守っていたメアリが、同時に振り返る。

「ああ、うちの護衛なら、今日は一斉休暇を取らせている。というのも、質の悪い風邪が流行っているらしく、それで半壊状態になってしまってな、シフトも回しきれんという有様だ」

「あら、森羅さんの所の人達もなのですか?」

「というと、メアリの方も?」

「ええ、親衛隊の大半が日本特有の流行り風邪にかかってしまって、今日はセーフハウスで休養中なのです」

「それはまた……」

 大規模な集団感染を起こす風邪が流行っているとは、初耳であった。志度と心視に、手洗いうがいを徹底させなければ、そう思い至った所で、一つの懸念事項が思い立った。

「……それ、二人の身の安全とか大丈夫なの?」

 比乃が眉を潜めて聞く。この二人は以前、テロリストに襲われた経験がある。そのことを思えば、護衛が外れている現状は、かなり危ないように感じられたのだ。
 しかし、二人は顔を見合わせてから、にやりと頬を釣り上げ、あるいは妖艶に微笑んだ。

「そこはほら、我々には」

「とっても心強い三人の護衛がいますから」

「……信用してくれてるようで嬉しいよ」

 若干の皮肉を込めた口調で言うと、乱闘も終息し始めた教卓へと目を向ける。制服をボロボロにしながらも、倒れ臥す男子らの骸の山を前に、晃が叫ぶ。

「とにかく!  余計な係増やしてないで、決まってるのを順番に決めていくぞ!  まずゴミ係――」

 そこまで言ったその時、爆音と揺れが教室を襲った。ある者は「地震か?!」と素早く机の下に潜り、またある者は「化学部が何かやらかしたか?!」とその教室がある方角を指差し、別の者は「爆発オチなんてサイテー!」と晃を非難した。

「い、いや俺じゃないぞ!  それに今の爆発音は外から聞こえたぞ?」

 晃の言葉に冷静になった生徒達が窓際に殺到する。そして見たのは、爆破された校門と、そこから雪崩れ込んで来る、黒尽くめの男達であった。

「て、テロリストだ……」

 それを見た誰かが、ぼそりと正解を呟いた。
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