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第四十六話「結末を迎える者たちについて」

騎士と生徒

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「いったい、何機潰せば尽きる……!」

 七機目のペーチルを叩き斬った金色のカーテナの中、ジャックが呟く。それでもまだ、コンテナの影から新たな敵機が出現し、ライフルを向けてきた。

「しっ!」

 その場で斜め上後方へと宙返りしながら、右腕のチェーンガンを向け、トリガーを引く。連なる砲声の後、全身に銃撃を受けたペーチルが小刻みに揺れ、胴体に無数の穴を開けて倒れた。
 そのままコンテナの上に着地した金の機体に、下から照準が向けられていることをAIが告げた。数は四。合計で二桁の敵がいることに、ジャックは苦しげに呻いた。
 機体をすかさず跳躍させ、火線から逃げる。姿を見せたペーチルに、弾薬を惜しむようにチェーンガンを撃ち込む。一機をそれで沈黙させ、前転受け身を取って射線から逃れる。

 武器さえもてば、相手が何機、何十機だろうが斬り伏せてみせる。だが、使っている高振動ブレード『カーテナ』も、優れた設計技術によって造られた最高峰の近接武器だが、無限に敵を斬れるわけではない。このような無茶な戦闘を繰り返していたら、必ず稼働限界を迎える。チェーンガンの斬弾も、もう三割を切っている。

 固定武装が他にないカーテナにとって、その両方が尽きたときが、戦闘継続不能時間となる。故に、ジャックは焦り、思考を巡らせる。
 だが、無情にも敵は待ってくれない。接近警報が、コクピットに鳴り響く。



 手狭な搭乗席の上で、ドーリスはモニターに中継されている映像を見て、戦況を分析した。

「流石に、英国近衛の精鋭は一筋縄ではいきませんか。厄介ですね」

 戦場から然程離れていないコンテナの影。そこに細身のAMW、コキュートスが跪いていた。彼女の機体特有の、背中に背負った大型のレドームが回転し、周囲に展開していたペーチルたちに主からの命令を伝えている。

 これが地上であれば、基地から通っている通信アンテナ越しにコントロールすれば良いので、自身も戦闘に参加できるのだが、この地下深くではそうはいかなかった。単純に電波が悪いというのもあるし、それに、

(流石に、フォトン粒子がこれだけ散布されている中では、基地からの直接操作はできませんからね)

 先ほどから、この場や地下入り口付近にいるAMWなどにジャミングをかけているのは、ECSのような電波妨害による物ではなかった。
 今現在、地下深くのセントラルシャフトの奥で行われている実験。いや、実証のために、この島全域に膨大なフォトン粒子がばらまかれているのだ。

 その出所である地下に近づくほど、センサー機器類は異常をきたす。この現象に事前に対応しているこのコキュートスですら、その影響から完全に逃れることはできていない。なので、地下の無人機を動作させるのに、ドーリスの機体自身がアンテナとなって、操作するしかないのだ。

(ですが、問題はありません)

 もう敵のカーテナは武装を使い切ろうとしていた。あの機体のデータはすでに得ている。武装は右腕のチェーンガンと高振動ブレードが二本のみ。戦闘能力を喪失して、こちらのペーチルに撃破されるのも、時間の問題だろう。

「この状況下では、フルスペックでネーレーイスを使えないのが、もどかしいですがね」

 とっておきの手が使えないことに対する不満を口にしながら、ペーチルの動きを確認する。今は半自律モードだ。敵がいると予想される地点に向けて、自動で移動して攻撃を加える。その間にも、コンテナの中のペーチルを次々と起動させ、包囲網を分厚く形成していく。

(さて、もう逃げられませんよ)

 チェスで言うならば、相手のキング以外の駒を全て取った上でのチェックメイトだ。そう確信して、相手の隠れている地点。先ほどから機体の駆動音らしきものを出している場所へ向けて、手駒を殺到させた。後は他の三機を数で圧殺して終わり……しかし、

「……いない?」

 どのペーチルのセンサーにも、金色の機体は捕捉できていなかった。そんなはずはない。今はセンサーが使えないので、目視による索敵と音感による探知しか行えないとは言えど、これだけの数を前に、完全に姿を眩ませることはできない。

 あの機体が搭載している光学迷彩でも隠れるのは不可能のはずだ。なにせ、逃げる場所は全方位こちらの手駒が埋め尽くしているのだから。

「……まさか!」

 一機のペーチルにコンテナの裏へ回り込ませる。そこにあったのは、地面に突き刺さった状態で駆動音を出している、一振りの高振動ブレードだった。
 この音源に、惑わされた? それはつまり、敵機は今、どこに――

「しまった――」

 展開していたネーレーイスのシステムをカットし、即座に戦闘機動状態へ復帰。ドーリスは機体を跳躍させた。
 そこを、虚空から放たれた三十ミリ砲弾が襲った。宙に逃げた機体にも数発が追い打ちされ、コクピットに衝撃が走る。

 手足に被弾した機体が地面に転がる。なんとか損傷した部位を庇いながら起き上がると、空間から滲み出るように、金色の機体が現れた。

 完全に、自分が予想していなかった方向から出現した英国の精鋭に、賞賛の想いすら抱いて、ドーリスはライフルを向けた。

「見事です……しかし、このまま負けるわけには」

 行きません。ライフルを連射しながら、コキュートスが距離を詰める。今の射撃で弾を撃ち尽くしたのか、カーテナはチェーンガンを使わず、残ったブレード一本を掲げてから、踊るように弾幕を掻い潜った。

 とんでもない運動性能と、回避技術だ。しかも相手は近接格闘術のプロフェッショナルである英国近衛軍の精鋭。勝てないかもしれない。それでも、この相手をオーケアノスの元へ向かわせるわけにはいかない。

 弾切れのライフルを放り捨て、ウェポンラックから二本の大型ナイフを取り出し、構えもせずに振り抜いて斬り掛かる。相手はブレード一本、手数ならこちらが上。
 ドーリスの変幻自在の斬り込みが、カーテナを襲う。右から左から、上下から、正面から、規則性のないランダムにすら思える軌跡を生んで、ナイフが狂ったように舞う。

 だが、どれも金色の機体を捉えられなかった。避けられるものは最小限の動きで避け、致命的な一撃は弾く。優美とすら言える剣捌きであった。

「……見事です」

 ナイフが一本、刃の半ばで切断される。もう片方は今、手から弾き飛ばされた。金色の機体がとどめと突きの構えを取って、弾丸のような刺突を放った。それを前に、ドーリスは微笑む。最後の最後で、こちらの願っていた一撃が来てくれた。

「先生、不出来な生徒で、申し訳ありませ――」

 直後、一撃がコキュートスの胴体を突き刺し、背中まで貫通した。それを抜き取るよりも早く、コキュートスの腕が、最後の力を振り絞るように動く。まだ稼働しているブレードの刃を強引に掴むと、力任せに握り締めた。

 驚愕するカーテナの前で、ブレードの刃を無理矢理破壊したコキュートスは、今度こそ、完全に動かなくなった。もう、彼女たちの姉妹が動くことはない。

 剣の柄を離し、絶命した敵機を前に、もう聞く相手もいないことを承知で、ジャックは外部音声で呟いた。

『見事な覚悟だった』

 勝負に勝って、試合に負けたとは、このことを言うのだろうか。
 戦闘手段を失ったカーテナの中、ジャックはそんなことを考えていた。
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