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仲間

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「先輩、ココ座って下さい。」
小梨が手招きして俺を呼んだ。
導かれるまま通路を歩いて、小梨の隣に座り込んだ。

「先輩、車っすよね。」
「ああ。」
「泊まります?隣。ウチでもいいすけど。」

一瞬迷う。
「今日は帰る。ユキ連れて。」
「ああ、その方が良いかもしれないですね。」
と小梨はウーロン茶を注文してくれた。

「ここ拓郎の実家。」
「うん、知ってる。」
「で、コイツ。キャッチャーだった慎介。」
どうも、と軽く会釈される。

デカい丸い眼鏡を掛けた、俺コイツ薄らと覚えてる。
「ホームラン打ったヤツ?」
「そうです!うわっ、すげー。俺、野上に覚えてもらってる!!」
「だから!野上サン!サンつけろって!」

無邪気に喜ぶ慎介くんの姿は野球ファンそのもので、つい今日の目的を忘れさせそうだ。
小梨は続けて他の面子も紹介してくれて、最後に、
「話していい?」
と周りの奴らに尋ねる。
みんなが首を縦に振るのを確認して、小梨は、
「このテーブルにいるヤツ、全員が優希にフラれたヤツっす。」
と付け足した。

「全員?」
6人がけのテーブルは埋まってる。みんながヘラヘラと笑っている。
ひとつの事に気付いた俺は、これは訂正しておかないとっ!と慌てて言葉を発した。
「いや、違う。俺はまだフラれてない。」
そう言うと、確かに!と全員が笑う。

「っつうか、小梨も?」
「はい、一昨年かな?
みんな拓郎と優希を心配して。優希見てらんなくて。」
「…そっか。」
小梨が協力的だった理由があったって事か。

すると、小梨の隣に座っていた小柄な奴、確か俊明くんが、
「拓郎は自業自得だから。」
と言う。
「自業自得?」
どういう事かと聞き返すと、答えは至極簡単な事だった。

「はい、なんだかんだで、拓郎は彼女のことが好きなんだと思いますよ。」
と言い、周りの人もウンウンと頷く。

「じゃなきゃ、とっくに逃げてますって。あんなメンヘラ女。類友なんですよ、きっと。拓郎がそう仕向けてるところもきっとある。
だからアイツら2人でなんとか折り合いつけてやっていくしかないんです。
でも優希を巻き込んでまでしていいことじゃない。」

俊明くんの話の後を慎介くんが続けた。

「俺たち、スマホや携帯持つ前から一緒に野球をやってます。メモリー消されたって家の電話番号くらいは覚えてるし、ここにくればいくらでも拓郎と連絡は取れます。
ここからなら拓郎のスマホに電話しても何にも思われないですし。
拓郎の仕事なんだか知ってますか?」
「そう言えば、知らないな。」
「すぐそこのスポーツショップの店員やってます。俺たちは店に行けばいくらでも話は出来るんです。休憩時間に家に顔を見せにくる事も余裕で出来ます。
やろうと思えばいくらでも出来るんです。
ただ、拓郎がしないだけで。
だから拓郎にとっては彼女からの束縛は実はそんなに苦じゃないってことなんです。」
ただ、
慎介はそうも付け加えた。

小梨と慎介くん達が喋り続ける内容をただ無言で聞き入る。
長年2人の側にいた人の分析は、ユキが見てきたものと少し違うっぽい。

「ただ、拓郎が唯一拘ったのが優希でした。
まあ、兄妹みたいなもんだし、離れたくても無理だったとは思いますよ。

そんで、なんなんですかね、女のカンって奴?優希がいるってわかるだけで彼女の束縛が強くなる。」
「まあ、わからんくはないケドな。拓郎がどうにかなるとしたら優希だけじゃねえか?」
「ああ、そうだな。優希だけだ。
優希に付き合ってる彼がいる時はあの女大人しいもんな。」

慎介くんが僕の目を見て話す。

「だから直ぐに付き合って。でもまあ、直ぐに別れちゃうんですけど、俺達とは付き合わない。告ってもその場でフラれました。
優希は誰でも付き合うって言われるけれど、拓郎を知ってるヤツには手を出さないんですよ。
そこはちゃんと線引きしてるみたいなんですよね。」

「違うって。昔の優希を知ってるヤツだよ。拓郎が嫉妬して動揺するってわかってるんだよ、優希は。」
「多分、優希は拓郎とはどうにもなんないですよ。きっともう無理なんです。」

小梨だけじゃなく、慎介だけじゃなく、このテーブルにいる全員がユキ、違うか優希の事と拓郎くんの事を気にかけていた。

「どうして?拓郎が別れたら…。」
「無理なんですよ。だって、最初の自殺未遂の時、拓郎は優希と一緒にいたんだから。」

それは知らなかった。
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