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大雨のバイト
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モデルだけじゃ食べてはいけない私は家の近くのカフェでアルバイトをしている。
モデル仕事に理解してくれている店長のおかげで、融通を利かせてくれる反面、そうじゃないときは丸々1日お店に立つ事もある。
なので知り合いがフラリと立ち寄る事もよくあった。
学生時代の時の同級生だけじゃなくて、ご近所の人、父母の美容院に通ってくれる常連さん、隣の居酒屋のお客さんも。
今日は雨でお客さんの数は少ない。その分回転も悪い。
従って暇な1日といえる、そんな日だった。
「いらっしゃいませ…って、あっ。」
そこにいたのはジャージ姿の拓郎と、スーツを着た中年の男のひと。拓郎は首から社員証のストラップが見えている事から仕事中だと分かった。
合ったはずの視線をスッって逸らされる。
うん、よしっ!通常運転!
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
「アイスコーヒー、Sサイズ2つ。」
「畏まりました、アイスコーヒーのSサイズ2つですね、ミルクとガムシロはお付けしますか?」
仕事中だから、
「元気?」なんて声掛けはしないし、されない。
そんな事をしたらきっと拓郎は困ってしまうから。
きっと拓郎がこの店を選んだんじゃない、選んだのはきっと上司っぽい後ろにいるスーツの人。
もしかしたら恵美さんを知っている人なのかもしれない。
拓郎はコーヒーの紙コップを受け取ると、そのまま奥のテーブル席の方へ進んでいった。
ふー。あー、緊張した。
拓郎の姿が柱の向こうに見えなくなると、つい安堵のため息を吐いてしまう。
「優希ちゃん疲れた?閉店まであと…3時間だね。」
「あ、すいません…暇すぎても疲れますねー。あはは。」
と、ペアを組むパートの安野さんに笑顔を向けた。
今日の野上さんの対戦相手のホーム球場はドーム式ではない。だから雨が降り続ければおそらく試合は中止になるだろうと思っていたけれど、雨が止む気配はない。
バイトが終わったら、とりあえず真っ直ぐに帰らないと…。
…冷蔵庫、おそらく何も残ってないしなぁ。
地方への遠征が続いて、野上さんのマンションに行くのには随分と間が開いている。
買い物をしないと夕食は作れそうもない。だけどそれじゃ野上さんの帰宅には間に合わない。
たまには外に出ようよ、野上さんがそう言い出すのは目に見える。
なるべくなら外には出たくはなかった。
「安野さん、材料がなくて、でもどうしてもご飯作らなきゃいけない時ってどうしてます?」
「ウチは…そうねぇ。」
乾燥パスタにありあわせの野菜やベーコンやソーセージを合わせてちゃっちゃっと済ませると新婚の安野さんは簡単なレシピと、そういう時のために冷凍食品をストックしてるんだぁ、と教えてくれた。
…そっか。日持ちするような物を普段置きしていても良いのかも…。
でも、それを私が提案してもいいものなのか…迷う。
一応彼女らしいけれど…それでも他人のマンションなんだし…。
「あんまり参考ににはならなかったみたいだねぇ。」
「いえ、そんな事は…。ただ今日の今日なので…。」
「なになに?」
2人での会話に店長が聞き耳を立てていたらしく、混ざろうと入ってくる。店長でさえも今日は暇を持て余していそうだ。
「あっ、材料がなくてごはん作らなきゃいけない時って、どうしたら良いのかなぁ、って。」
「あー、何?買い物して帰れないの?」
「ええ、友達の家に行かなきゃならなくて…。」
「だったらさぁ、今作っちゃえば?」
「「はっ?」」
安野さんと2人で変な声を上げた。
確かに暇だけど、だからって許されるはずは無いとも思った。
「今日の食材余ってるから持って帰って貰おうかと思ってたんだよ。パンと肉と…そうだな、チキンサンドとスモークサーモンサンドなら作って持って帰っていいよ。あと、苺も。」
「えっ!?良いんですか?」
「うん、いいよ。」
うわあ、それメッチャ助かる!確か野上さんの部屋にスポンサーさんから貰った缶詰めスープがあるから、それを組み合わせて…。
素早く今夜の献立を頭の中で思い描く。
「それ、優希ちゃんだけですか?」
「えー、アンちゃんとこも食材ないのー?」
「ありますけど…無いです!!」
安野さんの返しに3人でひと笑いして、サンドウィッチは安野さんがまとめて作っておいてくれることになった。
「ごちそうさま。」
「ありがとうございました!」
スーツの男の人と拓郎が連れ立って出て行くのを反射的な見送りで送り出した。
慌てて拓郎が座っていた辺りに走る。
テーブルの周りに容器は残ってない。
メモらしきものも無い。
フー、良かった。何もなかった。
やっぱりただの打ち合わせか何かで、拓郎に何か思う事があってここに来た訳じゃなさそう、そう思えると私はやっと心から安心が出来た。
モデル仕事に理解してくれている店長のおかげで、融通を利かせてくれる反面、そうじゃないときは丸々1日お店に立つ事もある。
なので知り合いがフラリと立ち寄る事もよくあった。
学生時代の時の同級生だけじゃなくて、ご近所の人、父母の美容院に通ってくれる常連さん、隣の居酒屋のお客さんも。
今日は雨でお客さんの数は少ない。その分回転も悪い。
従って暇な1日といえる、そんな日だった。
「いらっしゃいませ…って、あっ。」
そこにいたのはジャージ姿の拓郎と、スーツを着た中年の男のひと。拓郎は首から社員証のストラップが見えている事から仕事中だと分かった。
合ったはずの視線をスッって逸らされる。
うん、よしっ!通常運転!
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
「アイスコーヒー、Sサイズ2つ。」
「畏まりました、アイスコーヒーのSサイズ2つですね、ミルクとガムシロはお付けしますか?」
仕事中だから、
「元気?」なんて声掛けはしないし、されない。
そんな事をしたらきっと拓郎は困ってしまうから。
きっと拓郎がこの店を選んだんじゃない、選んだのはきっと上司っぽい後ろにいるスーツの人。
もしかしたら恵美さんを知っている人なのかもしれない。
拓郎はコーヒーの紙コップを受け取ると、そのまま奥のテーブル席の方へ進んでいった。
ふー。あー、緊張した。
拓郎の姿が柱の向こうに見えなくなると、つい安堵のため息を吐いてしまう。
「優希ちゃん疲れた?閉店まであと…3時間だね。」
「あ、すいません…暇すぎても疲れますねー。あはは。」
と、ペアを組むパートの安野さんに笑顔を向けた。
今日の野上さんの対戦相手のホーム球場はドーム式ではない。だから雨が降り続ければおそらく試合は中止になるだろうと思っていたけれど、雨が止む気配はない。
バイトが終わったら、とりあえず真っ直ぐに帰らないと…。
…冷蔵庫、おそらく何も残ってないしなぁ。
地方への遠征が続いて、野上さんのマンションに行くのには随分と間が開いている。
買い物をしないと夕食は作れそうもない。だけどそれじゃ野上さんの帰宅には間に合わない。
たまには外に出ようよ、野上さんがそう言い出すのは目に見える。
なるべくなら外には出たくはなかった。
「安野さん、材料がなくて、でもどうしてもご飯作らなきゃいけない時ってどうしてます?」
「ウチは…そうねぇ。」
乾燥パスタにありあわせの野菜やベーコンやソーセージを合わせてちゃっちゃっと済ませると新婚の安野さんは簡単なレシピと、そういう時のために冷凍食品をストックしてるんだぁ、と教えてくれた。
…そっか。日持ちするような物を普段置きしていても良いのかも…。
でも、それを私が提案してもいいものなのか…迷う。
一応彼女らしいけれど…それでも他人のマンションなんだし…。
「あんまり参考ににはならなかったみたいだねぇ。」
「いえ、そんな事は…。ただ今日の今日なので…。」
「なになに?」
2人での会話に店長が聞き耳を立てていたらしく、混ざろうと入ってくる。店長でさえも今日は暇を持て余していそうだ。
「あっ、材料がなくてごはん作らなきゃいけない時って、どうしたら良いのかなぁ、って。」
「あー、何?買い物して帰れないの?」
「ええ、友達の家に行かなきゃならなくて…。」
「だったらさぁ、今作っちゃえば?」
「「はっ?」」
安野さんと2人で変な声を上げた。
確かに暇だけど、だからって許されるはずは無いとも思った。
「今日の食材余ってるから持って帰って貰おうかと思ってたんだよ。パンと肉と…そうだな、チキンサンドとスモークサーモンサンドなら作って持って帰っていいよ。あと、苺も。」
「えっ!?良いんですか?」
「うん、いいよ。」
うわあ、それメッチャ助かる!確か野上さんの部屋にスポンサーさんから貰った缶詰めスープがあるから、それを組み合わせて…。
素早く今夜の献立を頭の中で思い描く。
「それ、優希ちゃんだけですか?」
「えー、アンちゃんとこも食材ないのー?」
「ありますけど…無いです!!」
安野さんの返しに3人でひと笑いして、サンドウィッチは安野さんがまとめて作っておいてくれることになった。
「ごちそうさま。」
「ありがとうございました!」
スーツの男の人と拓郎が連れ立って出て行くのを反射的な見送りで送り出した。
慌てて拓郎が座っていた辺りに走る。
テーブルの周りに容器は残ってない。
メモらしきものも無い。
フー、良かった。何もなかった。
やっぱりただの打ち合わせか何かで、拓郎に何か思う事があってここに来た訳じゃなさそう、そう思えると私はやっと心から安心が出来た。
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