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しばしの別れ

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これからどうするかの結論が出ないまま、野上さんは春季キャンプに出発した。

「こんな時に側にいれなくてごめん、頼むからここに居て。必ず毎日連絡はするから。」
そう言い残した野上さんに、うん、と首の動きだけで答えた。

野上さんがエレベーターに乗り込むのを見送り、部屋に戻ってソファーに座り込んだ。

…これからどうしよう…。
自分の中のルールでは答えは出てる。
何よりも大切なのは家族。それは揺るがない。

簡単なこと。
立ち上がって靴を履く。そして家に戻れば良い。
それだけ。
それだけの事が…したくない。

…気付いたら部屋の中は真っ暗になっていた。
9時間くらい何もせずにただボーッと座り続けていたらしい。

ゴロリとソファーに横たわる。
…何もしたくなくなっている。

私はゆっくりと瞼を閉じた…。
たった4ヶ月の間に随分と弱くなったもんだ。
この広いリビングにひとりでいるのが堪らなく寂しい…と感じる。

今日だけ。今夜だけ。

明日からちゃんと暮らそう…。でないと沼に嵌まる。底なしの泥沼に嵌ったら…きっともう抜け出せなくなる。


そのまま泥のように眠り、目が覚めたのは深夜。
真っ暗な部屋の中でスマホがピカピカ光っている。

…あっ、野上さん。

初めのメッセージは空港から。それからお昼過ぎに無事に沖縄に着いて、チームのみんなと合流した、とメッセージ。
それから電話してなど何件かのメッセージ。
放置しすぎた。ごめんなさいと心の中で謝っていると、野上さんからの着信。ビデオ通話だ!!

…ヤバ。
絶対心配掛ける!

慌てて部屋の電気を付けてから通話をタップする。
画面に映る野上さんの顔を見たら何故かホッとしてしまった。
随分と心配を掛けたんだろうか。表情は暗い。

「…どうしてたの?」
「あー、すみません。少し寝てました。」
「…少し?…らしくないね。」

そんなことないですよ、と答えながら野上さんが責めないでいてくれる事に安堵する。

「…飯食った?」
「食べ…ました。」
「そう。なら…、いや良い。大丈夫か?」
「…大丈夫。」

野上さんにカフェのバイトを再開すると伝えた。
難色を示す野上さんに、
「ひとりで家にいるの…多分ムリなので。」
と言った。
「…お願いします。」
と付け足したら、野上さんは諦めて顔の力をフッと抜いた。

「…ユキのお願いは断れない。」
相変わらず甘やかすなぁ、と思いながらも、
「ありがとうございます。」
とお礼を伝えた。

それからしばらく沖縄の天候の話や宿の事を取り止めとなく話した。

「ユキの作った飯の方が好き…。」
何気なくポツリと漏らした言葉に頬が熱くなる。
美味しいとかの褒め言葉じゃなく、好き。
「じゃあ、戻ってきたらたくさん作ります。何が食べたいか考えておいてくださいね。」
嬉しくてつい微笑んでしまったみたい。
「…やっと笑顔になった。」
と喜んでくれた。

…ちゃんとしよう。こんなんじゃいけない。
野上さんが練習に集中出来るように、これ以上の心配を掛けないように。

きちんとしよう。

とりあえずシャワー浴びよう。
それから何か食べよう。

そして…家に帰ろう。
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