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だから2

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2人で手を繋いだまま、ゆっくりと歩いてコインパーキングへと辿り着いた。
野上さんは助手席のドアを開けてエスコートしてくれる。
わたしをこんなふうに扱ってくれるのは野上さんだけ。大人の恋愛ってこんな所に現れる気がする。

運転席に座った野上さんはエンジンを掛けない。
まだちゃんと話しが終わってない事をちゃんとわかってくれる。

今はまだ完全には切れない、切っちゃいけない。拓郎が恵美さんとの関係を諦めてしまうから。
拓郎が諦めてしまったら私達はもう拓郎を助けてあげられなくなる。拓郎は本当に恵美さんの檻に閉じ込められて孤独になっちゃうから。

「野上さんの隣りで待ってる、って言いました。
会いたくなったらいつでも会いにいくし、拓郎が本気で私を見てくれるなら別れるって言いました。
拓郎も良いよ、って。」

それが拓郎の答え。私を優先してはくれない。

「俺の隣でだよね。うん、それで良いよ。アコさんとマコさんにも頼まれてるし。」
「アコ姉とマコ姉?何て言ってました?」
「うーん、拓郎くんとの事を許してあげて、ユキの側にいてやって欲しいって。」
「それ…で?」
「そのつもりだと答えたよ。」

「…ありがとうございます。」
泣かないようにしてたのにポロポロと涙が溢れた。

野上さんは私の頭を撫でて、髪の毛を直しながら、涙を拭き取ってくれる。

「ユキ、あのね、恋愛で幸せになれる人は2パターンあるの、知ってる?」
「2パターン?」

ひとつは自分が好きになった人と一緒にいることが幸せな人。
ひとつは自分を好きな人と一緒にいる事が幸せな人。

「俺は自分が好きな人とじゃなきゃ幸せになれない。だから今はユキとじゃなきゃ幸せになれない。
んで、ユキは?どっちの方が幸せになれると思う?」

…私?…私は…。

「大好きだった拓郎くんとは幸せにはなれなかった。だったら、自分を好きになってくれる人となら?試してみるの…どう?」

フフっと笑いが込み上げてきた。
「まだお試し続けるんですか?」
コテンと身体を倒して野上さんの肩に額を当てた。
「…笑うなよ。」
「もうお試しはしません。」
「ユキ…。」
「試さなくてもわかるから。」

拓郎は選べなかった。
だから私は…選ばなきゃ。
そして選んだ。選ばれた事を選んだ。

そっと野上さんが私の頬に手を掛けた。
くいっと上を向かされて、優しくキスを与えてくれる。
あの大雨の日とは違う。街灯に照らされた車の中はきっと周りからも見えるのに。

「ユキ、これからはさ、一緒に色々な事をして、一緒に色々なものを見ようよ。試合にも来て欲しい。

拓郎くんが色々と取り戻していくなら、ユキも色々取り戻していこうよ、
恋愛の楽しさも家族との団欒も、誕生日も。
昔の友達も、幼馴染の拓郎くんも。俺はその手伝いがしたい。」

「拓郎…も?」
「そう、の拓郎くんも。
ユキが生きてきた間には拓郎くんが詰まってる。見てきたものしてきた事全部に拓郎くんがいる。
それは否定出来ないよ。しようとしている方がおかしい。

ユキはまだ拓郎くんのマネージャーなんだろう?
だから、そこに俺を加えてくれたら、それでいい。」
「どうして野上さんはそんなに私を甘やかすんですか?」

さあ、なんでだろうね、と野上さんは首を竦める。

「体重コントロールがシビアなモデルが特盛のかき揚げ丼をペロリと食べちゃうからじゃない?」
「だって、あれは!!」
「あの時、俺きっと試されたんだよね。
モデルのユキか、西上野球部のマネージャーか、どっちを見てるんだろうって。」

「そんなつもりは無かったです!」
そう、そんなつもりはなかった。
ただ、あの店じゃなかったらきっとモデルのユキとして対応してた。
あの店は一瞬で私をただの「野村優希」に戻しちゃってくれた。

「どっちでも同じだよ。俺、丸ごと好きになっちゃったんだよ。
拓郎くんを捨てきれない優希も、変わろうと足搔いているユキも。

だから仕方ないじゃ無いか。
時間を掛けようよ、拓郎くんが知らないユキが増えたら、優希が知らない拓郎くんが増えたら、きっと乗り越えられる壁だと俺は信じてるよ。
だから甘えてよ。今はそれだけでいいから。」

そう言って野上さんは私を抱きしめてくれた。

「…良いんですか?ほんとに?私直ぐにその気になって、つけ上がって、彼女ヅラしちゃうかもしれませんよ?」

「それでいいよ。早くそうなって欲しいくらいだよ。」

「本当?本当に?」

何度も何度も聞いて、何度も何度も野上さんは良いよ良いよ、と言ってくれた。
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