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町にかかる虹

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 もさっとおじさんに、元町長さんが言いました。

「もどってきてくれて、本当によかった。町の人を代表して、言わせてほしい。この町には、きみが必要なのだ。どうか、またもとのように、この町で私たちと一緒に、暮らしてくれないか」

 頭を下げる元町長さんと、町の人たちを前にして、もさっとおじさんは、口をもごもごさせながら、でも、と言いました。

「町の人みんなが楽しそうにお仕事をしているのに、ぼくだけ働いていないというのは、ぼくとしても本当はつらいんです」

 うつむくおじさんの肩に、元町長さんがそっと手を置きました。

「その件についてだが、実はつい先ほど、この町に新しい仕事が一つ、必要になった。それは、町長秘書の仕事だ。なにしろ、このよつんばいでけむくじゃらの町長は、確かに最高にプリティでキュートでファンシーなのだが、人の言葉はしゃべれんだろう。それに、蝶ネクタイだって、自分では結べない。だから、きみに、町長につきっきりでお世話をしてくれる、町長秘書になってもらいたいんだ」

「えっ、こんなぼくが町長秘書だなんて、そんなこと、できるでしょうか?」

 不安そうなもさっとおじさん。元町長さんは、モフモフ犬の顔を覗き込んで、うかがいました。

「できるとも。そうですね、モフモフ町長?」

 難しい話で、モフモフ犬には、よく意味がわかりませんでした。

 わかったのは、これからはもさっとおじさんと、ずっと一緒にいられそうということだけでした。

 モフモフ犬は、ワン! と大きな声で鳴きました。

 元町長さんは、ポケットから、新品の真っ白なシルクの蝶ネクタイを取り出すと、もさっとおじさんに手渡しました。

「さあ、町長秘書くん。最初のお仕事を、よろしく頼むよ」

 もさっとおじさんは、照れくさそうに笑いながら、のろのろとした手つきで、モフモフ犬の首にその蝶ネクタイを結びました。そして、モフモフ犬に言いました。

「この蝶ネクタイ、最高に似合っているな。これからは、ずっと一緒にいられるぞ」

 それを聞いて、モフモフ犬は、千切れんばかりにしっぽを振りました。

 そして、ワン! ワン! ワン! と何度も鳴きました。

「てやんでい、やろうども、ぼさっとするない! 町長の号令だ! 新しい町長と、町長秘書どのを、胴上げしろい!」

 親方が言うと、お弟子さん達は、もさっとおじさんとモフモフ犬を、胴上げしました。

「モフモフ町長、ばんざーい! 町長秘書、ばんざーい!」

 その時です。それまで降り続いていた雨が、突然ぴたりと止みました。

 町の上を覆っていた雲の切れ目から、お日様が少しだけ、久しぶりに顔を出しました。

 もさっとおじさんも、町の人たちもみんな、ずぶぬれになりながら、宙を舞うモフモフ犬を見ています。

 だから、それに気づいたのは、モフモフ犬だけでした。

 町の上に、大きな虹が出ていたのです。

 それを見て、モフモフ犬は思いました。

 やっぱり、ここは天国だったみたい、と。
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