公爵令嬢の取り巻きA

孤子

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第1章

招待状

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 王子のお披露目から約一週間後。ゆっくりとした日々を過ごしていたエルーナの下に一通の手紙が届いた。手紙の差出人はメルネアである。

 「親しくしてくださって非常にありがたい方ではありますが、メルネア様ももう少しご自分のお立場を考えて欲しいものですね。」

 手紙を持ってきたテレサが困ったようにそう言うと、細々とした確認を終えてから丁寧にエルーナが座る席のテーブルに置き、エルーナの前に滑らせる。

 「メルネア様は優しくて親しくしていただける方ですけれど、下の立場である私たちからすると、こういう手紙は緊張しますからね。」

 テレサが手前に持ってきてくれた手紙をエルーナがゆっくりと手に取り、手紙の近くに添えてくれた木製のペーパーナイフで封蝋を切る。中身を取り出して文面を確認すると、丁寧な言葉遣いで遠回しに個人的な会食のお誘いがつらつらと書かれていた。

 その中には読まなければ良かったと目を背けたくなるようなことが書いてあり、エルーナはたまらず溜息を吐いた。

 「どうしようかしらね。」

 「どうかなさいましたか?エルーナ様。」

 ため息をついて少し顔色が悪くなったことに気を遣ってくれるテレサは、ちらりとエルーナの持つ手紙に目を向ける。

 「手紙に何か?」

 「ええ。少し、いえ、かなり大変な事が書かれていてね。」

 エルーナは答えを言う前に手紙をテレサに向ける。テレサはエルーナから受け取って検めると、同じように顔色を悪くした。

 「まさか、会食にルディウス王子もいらっしゃるとは。」

 テレサが漏らした言葉にさらに肩を落としたエルーナは、眉間に寄ってしまった皺をほぐそうと指で眉間を揉む。

 「王子とメルネア様と私。どう考えても大変な未来しか見えないわ。」

 本来、子爵家は例え爵位を持たない子供たち同士であっても、侯爵以上の家の者と個人的に会うことはほとんどない。特に、わざわざ上位者が招待を贈るというのは、余程相手に弱みを握られていると言うのでない限りしないものである。

 なぜなら、上位者からの招待というのはほとんど命令と同義であり、まず逃げ道がない。今回の場合も同じく、メルネア本人には全く悪気がなくとも、エルーナは断ることができないのである。

 それを勘案したうえで、手紙には「王子も一緒です。」というような文面が婉曲に書かれているのである。公爵の令嬢とお茶をするのも本当を言えば畏れ多いが、周りからも親しい仲であることが知られているのでまだいい。だが、王子はまだお披露目をしてから他に会った者がおらず、個人的な会食ともなればメルネア以外では公爵家の者があるかないかというレベルだろう。そこでエルーナが王子と個人的に会ったことが知れればどうなるかは少し考えればわかる事である。

 そうでなくとも、王子との会食というだけで粗相をしないか心配で胃を痛くするエルーナである。目をそむけたくなって顔色を悪くしても無理からぬことであった。

 (この間のお披露目会でもそんなに話さなかったはずだし、接点なんてほとんどないはずなのに。いや、メルネア様が王子を好きな以上、私も関わることになるのはちょっと考えればわかる事か。いやでも~。)

 エルーナが指で眉間を揉みほぐしながら悩んでいると、テレサが苦い笑みを浮かべながらエルーナに手紙を返す。

 「招待が来た以上、考えていても仕方ありません。失礼に当たらないように対応して切り抜けましょう。大丈夫ですよ。エルーナ様ならやり遂げられるはずです。」

 「・・・そうね。これから接する機会も増えていくだろうし、慣れるしかないわね。」

 そう結論付けたエルーナはメルネアに返事の手紙を書き、テレサに渡した。テレサはそれを呼び出したアルテに手紙を出しに行かせる。アルテを見送った後は、このことをエドワルドに伝えるべく執務室に向かうことにした。

 エドワルドは基本的に家で仕事をし、月に2度登城して報告する。食事時以外は基本的に執務室に詰めているか、訓練をするために小さな訓練場にいるかであるが、昼間はだいたい執務をしているはずである。

 「お父様は忙しいですね。家の当主としての仕事の他に騎士としての仕事。最近では私の身を包んだ光の柱についての調査もしているのでしょう?」

 「元々は文官として城で仕事をされていた方ですから、当主としての仕事はそれほど苦ではないと聞いております。騎士としての職務も慣れたそうですが、今の忙しさはどちらかというと自業自得の面が強いかと。」

 「自業自得・・・ですか?」

 テレサの言っていることがいまいちわからず首を傾げるエルーナに、テレサは困ったような顔をして答える。

 「エドワルド様の心情も理解できるので何とも申し上げにくいのですが、エルーナ様の身を包んだ光の柱の事を、それはもう熱心に調べているのです。」

 テレサによると、エドワルドはお披露目の時に指摘される前からずっと光の柱について調べていたらしい。だが、どれだけ調べても正体の欠片も掴むことができず、今は王国中の古い文献や地方の伝承にまで手を伸ばしているようで、本来の仕事よりも随分時間と労力を割いているらしい。

 「なるほど。でも、お父様ですから、流石に仕事に差し障るようなことはないでしょう?」

 「・・・そうですね。少なくとも、エルーナ様がいらっしゃることで、熱も少しは冷めるでしょう。」

 テレサの表情に眉を顰めるエルーナは、エドワルドの執務室に着いて入室し、その惨状に目を丸くした。

 「おお、エルーナ。」

 「お父様。これはいったいどうしたのですか?」

 記憶の中にあるエドワルドの執務室は、資料や本などがあるべきところの整然と収まっている非常に綺麗な部屋で、エドワルド自身も余裕をもって仕事をしていた。

 しかし、今目の前に広がる執務室は床に資料や本が無造作に置かれているような散らかり放題の部屋であり、エドワルドも服装が少し崩れていたり、目元は薄っすらと隈ができていたりと酷い状況であった。

 「すまないな。少し片づける時間が・・・」

 「お父様。」

 エルーナがエドワルドの言葉を遮って声をかける。途端にエドワルドは顔色を変えて押し黙った。

 「お父様。貴族とは常に余裕をもって優雅に振る舞い、優先順位を考えて手をまわし、悠然と構えているものであると、私はお父様に教わったと思うのですが。」

 「だが・・・」

 「少なくとも、このように部屋を片付けることもできないほどに余裕を持てず、身なりにも気を遣えないほど疲弊している様を見せるとは何事ですか。」

 「それはそうなのだが・・・」

 「光の柱についての調査は、確かに他家にも関心を向けられている事ですから、積極的に調べることが重要なのはわかります。ですが、お父様がそんな状態にならなければいけないほどに詰めすぎることでもないでしょう。」

 有無を言わさずにエルーナがまくしたてると、エドワルドは深いため息をついて片手をあげた。

 「わかったわかった。やり過ぎたと認め、改めるから、もう許しておくれ。」

 「わかりました。私もこれ以上口をはさむことはしません。」

 ひと段落着いたところで、エドワルドはエルーナを来客用の長椅子を勧める。エルーナがそこに座ったところで、エドワルドもエルーナの向かいの長椅子に腰掛けた。

 「・・・エルーナはそう言うがな。焦って調査の手を広げてしまっても仕方がないのだ。」

 話は終わったと思っていたが、まだ終わっていなかったらしい。エドワルドが渋い顔をしながら話し始めた。

 「エルーナは自覚がないかもしれないが、周りで見た私には本当に信じられない光景であったし、その影響がエルーナにどこまで及んでいるのかがわからないというのは、とても不安な事なのだ。」

 エルーナとしては、その光は舩がエルーナに宿った時のものであることがわかっているので、何の心配もしていないのだが、周りから見ると、不思議この上ない現象のせいで、エルーナの体調が戻った以上に何か影響があるのではないかと考えてしまうのである。

 エドワルドの心配もわかるが、エルーナとしては本当の事を言う事もできず、ぎこちなくなった笑みを向けることしかできなかった。

 「・・・それで、話しというのはなんだったのだ?」

 「ああ、そうでしたね。メルネア様からこのような招待状が届きました。」

 エルーナは具体的な説明を省いて、まず件の手紙を見せることにした。テレサが手紙をエドワルドに差し出すと、少し怪訝な顔をして手紙を睨み、恐る恐る受け取った。

 手紙をしばらく読み進めたエドワルドは「なるほど」と納得の声を漏らしたのち、手紙をテレサに返した。

 「こうなるだろうということは、以前からダスクウェル公爵に伝えられてはいたが、このような手紙を見る日が来ようとはな。」

 どうやらエドワルドは前々からエルーナが王子の同席する会に出席する事になるだろうと、ダスクウェル公爵から聞かされていたようである。驚きがないわけではないが、むしろついにこの日が来たかというような心境である。

 「メルネア様がエルーナの事を特別に親しく思っているところを見て、私自身も遠いことではないだろうと思っていた。だから、エルーナの躾に関しては一層厳しい目で見ていた。心配はいらん。エルーナならば粗相をすることなく切り抜けられるだろう。」

 いつも通りにしていれば大丈夫であるとエドワルドが太鼓判を押してくれたことで、エルーナもテレサも少し安心することができた。ただ、エルーナとしてはその「いつも通り」というところが一抹の不安を覚える部分であるのだが。

 ともあれ、こうしてエルーナは1週間後にダスクウェル公爵家にて王子が同席する会食に出席する事になったのである。
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