公爵令嬢の取り巻きA

孤子

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第1章

お茶会のはじまり

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 「ベッセル子爵家当主エドワルド様。子爵婦人カトリーナ様。子爵令嬢エルーナ様のご到着です。」

 会場の扉の前に立つ二人の衛兵の内一人が内側にいる衛兵に扉越しでベッセル家が到着したことを知らせる。するとすぐに扉越しに同じ文言が聞こえ、ゆっくりと大きな両開きの扉が開かれた。

 細かな装飾の施された重厚感あふれる扉が開ききるまでは、室内に入ることができない。エルーナはついつい開いたからと進み出てしまいたくなる足を無理やりに引き留め、平静を装う。

(危ない危ない。もう何度か作法についてはおさらいしたはずだけど、未だにちょっとしたことで失敗しそうになるね。なんとかぼろを出さないように気を付けないと。)

 作法に関してはエルーナの昔の記憶を掘り起こしながら、おさらいや復讐と称して侍女たちと練習しているが、まだまだ気を張っていなければ完ぺきにこなすことができないでいる。前の世界での癖と今の体の癖が噛み合わず、咄嗟に動くことが難しいのが現状なのである。

 まだ作法に関して言えば5歳の時点で完璧にできていなければならないわけではない。むしろ粗があって当然であり、それを大人と一緒に出席する社交界で周りを見つつ矯正していくことが大切なのである。

 ただ、エルーナの場合はこれまで積み上げてきたものがそれを許さない。既に大人と同じように流れるような動きができていたエルーナが突然的外れな行動に出てしまうとどうしても違和感が出てくる。ただ怒られるだけならばいいが、変に勘繰られることだけは避けたいエルーナは、常に細心の注意を払わなければいけないと腹をくくる。

 さらに言えば、今回のお披露目はかなり敷居の高い会となっており、まだ作法をきちんと覚えていない子供は例え社交界デビューを果たしている者も出席を断られている。つまり、この場にいる子供は皆ある程度優秀な者だけということである。そんな中で失敗すれば注目され、自分だけでなく連れてきた親も叱責を受ける。エルーナの親に迷惑をかけることだけはしたくないとエルーナは思う。

 扉が開ききり、エドワルドとカトリーナを先頭にしてゆっくりと会場に入る。エドワルドがカトリーナをエスコートし、エルーナはその後ろを楚々とした態度でついていき、そのさらに後ろにそれぞれの侍女頭と護衛騎士が付き従う。会場には既に多くの貴族が席について談笑している。

 お披露目は前半が椅子に座ってのお茶会となり、席は派閥と爵位を勘案した固定席である。朝食をとっている者とそうでない者がいるので、お茶会で出されるのはガレットによく似たウェルモートを中心に、軽食が少し出される。もちろんお菓子も用意されている。丸テーブルをいくつも出して準備したその席に王子が従者を伴って回っていくのが午前から午後にかけて行われる。

 王子から出向いて挨拶に回ることは一見おかしな思いがするが、王族とは言えまだ国王に成ると決まっているわけではなく、この国では国王夫妻以外は全員自分の持つ爵位によって立場が決められるので、爵位を持たない王子は一介の貴族の子供と同じ扱いなのである。

 とは言っても王子はその子供の中でも一番位が高く、爵位持ちの貴族もあからさまに立場を強調すると国王夫妻に睨まれる恐れがあるので、基本的には敬いの姿勢をとる。下手に出る者は少数であるが、少なくとも一人の貴族として対等に接する。

 通常の貴族のお披露目でも初めに祝いに訪れた人々にあいさつに出向く。今回のお披露目でもそれは変わらないという事だ。

 そして、お茶会の後は昼食会となる。昼食はまた別の会場でとることになるのだが、その際に今度は大人と子供で会場が分けられる。これはお披露目後は社交界にて様々な貴族たちと交流をしなくてはならなくてはいけないため、その肩慣らしとして同世代のものだけで交流させるという趣旨である。ちなみに大人たちの場合は通常の社交とほとんど変わらず、ただ国王夫妻も交えての国中の貴族が一堂に会する社交となるのでどうしても力が入ることになる。

 昼食の後は午後のお茶会となり、これは昼食の流れを汲んでそのまま行われる。昼食時にある程度緊張をほぐしてからゆったりとした社交を行うのである。席を任意で変えることもでき、派閥間での交流も多くなる。

 そして最後に夕食を兼ねた立食式のパーティーが催される。最初の会場と同じ場所で大人と子供が合流し、大人と共に自身の所属する派閥や王族との社交をする。一番最後には主催者側である国王からの言葉で締めくくられ、お披露目が終わる。これが今回のお披露目の全体の流れである。

 王宮へは階級が近い者や王族と親しい者から通されるため、王族とのつながりもそれ程ない子爵という階級であるベッセル家はもちろん後半に通されている。必然、既に会場には多くの貴族が席に座っているという事になる。

 だが、王族と繋がりもない子爵であるベッセル家が案内された席はその身分には全く似つかわしくない場所である。

 「ほう。あれがメルネア様のお気に入りの。」

 「かなり優秀だそうですね。5歳で既に十分な社交をこなせるとか。」

 「子爵令嬢でありながら既に公爵令嬢と交友を結んでいるとは。うちの娘にも見習わせたいものだ。」

 席の案内を務める侍女の後についていくベッセル家に会場のほとんどの貴族の視線が浴びせられる。正しくはその中でも一番小柄な少女へと。

 あちらこちらから聞こえる言葉は一見して感嘆の言葉に聞こえるが、そこには決してそれだけではない黒い感情が紛れ込んでいることがエルーナにもわかった。

 羨望のまなざしを受けていると言えば聞こえはいいが、要は妬まれ、立場に対して過分ではないかという意味をはらんでいるのである。エルーナよりも位が高いものなどこの場にはいくらでもいる。むしろエルーナと同等の立場であるものはかなり少ないくらいだ。

 子供とはいえ、将来公爵や王族と深いつながりを持つかもしれない彼女を警戒するのは当然の事なのだ。

 案内された席は王族に最も近いダスクウェル公爵家が束ねる派閥が座るテーブルであった。エルーナの席はメルネアの隣であり、近づいてきたエルーナにそっと微笑みかける。エルーナもそれに答えて微笑み返した。

 「ごきげんよう。エルーナ。体は大丈夫?」

 「お陰様で、体調はほとんど元に戻りました。ご心配をおかけしました。」

 エルーナが席に座ったタイミングでメルネアが声をかけ、エルーナはそれに答える。ただ、本当はまず先にこのテーブルで一番立場が上であるダスクウェル公爵に挨拶をしなければならず、公爵は苦笑いを浮かべながらメルネアを叱る。

 「メルネア。仲が良いことはわかっているが、エルーナ様はまずこちらに挨拶をしなければいけないことはわかっているだろう。こちらから話しかければ応じないわけにはいかないのだから、個人的な話は後にしなさい。」

 二人の仲を知っているダスクウェル公爵だが、この場にはベッセル家とダスクウェル公爵家以外にも何人もいるのである。そちらへの挨拶が終わらないままに話をしてしまうのは印象が良くない。挨拶されていない者にとっては無視されているに等しい事なのだから無理もないだろう。

 メルネアは少し目を伏せて謝罪する。

 「申し訳ありませんお父様。ただ、私はエルーナが心配で。」

 「ここに来られるというだけで十分体調を戻しているという事なのだから、そこまで心配することでもないだろう。」

 公爵が溜息を吐いてからベッセル家の方に目を向ける。エドワルドは区切りがついたことを察して挨拶する。

 「お久しぶりでございます。ダスクウェル公爵。お変わりないようで何よりでございます。」

 「其方も健勝そうで何よりだ。ベッセル子爵。先程は娘が迷惑をかけたな。」

 「メルネア様はエルーナをとても気にかけていただいております故、嬉しく思うばかりでございます。今後とも良き関係を築けていければと思います。」

 「そうだな。こちらも娘をよろしく頼む。」

 それから同じ要領でカトリーナとエルーナが挨拶し、それからテーブルに座る他の貴族へと移る。名前を覚えるのも一苦労である名前を間違えずに挨拶を済ませてから、ようやくお茶会が始まった。
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