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二章 探索者
第11話 奇妙な島へご案内
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鳥たちが人間を見下しながら鎮魂曲を歌っている。
鬱蒼とした森の中は、魔女の妖気に満ちていた。よく育った照葉樹林の幹が柱のように並んだ様は、まるで鏡の迷宮に迷い込んだかのようである。
井ノ道は浅い呼吸で二人の後を追った。足元の葉を一枚、拾い上げる。木の幹を覆い隠す苔。落ち葉。土中に隠れる微生物。それらがもたらす自然の香り。神秘的な生命のエネルギーが血液中を巡り、全身が歓びに包まれる。井ノ道は、キャッチ・アンド・リリースの精神で、葉を元の場所に戻した。
「君たちは一体何者なんだ?」
二人は足枷の鎖をジャラジャラ鳴らしながら、木の根を器用にジャンプして進む。完璧に動作がシンクロしていた。
「誰かに雇われたのか? それとも、どこかのサーカス団に所属しているとか」
「……」
彼女たちも頑なに返事はしてくれないようである。
無言で山の斜面を歩く。小鳥の鎮魂曲が盛り下がってきたところで、ふいに風向きが変わった。灰のような香り。乾いた風。どうやら森の出口は近いようである。
すると、木々の隙間から、いかにも豪華そうな建物が見えてきた。
「クソでけえホテルだ」
「ホテルではありません」
「この島を統治しておられる、詩文様のお家です」
「はあ」
唐突に二人が発言したので、井ノ道は気の抜けた返事をすることしかできなかった。
家だって? こんな孤島に人が住んでいるのか。つまりここは……無人島ではなかった。 詩文様。この島を統治する者。領主ということだ。建物の外観からして、かなりの富豪に違いない。リッチな老人たちは、詩文様に招待されて、この島を訪れるのだろうか。数多くの疑問が、ゴキブリのように胸の中から湧いて出る。
井ノ道は頭から落葉を浴びながら、緑の世界を抜けた。
目の前に広がっていたのは、地獄のような光景だった。
干ばつを嘆くかのようにしてひび割れた地面。所々に、黒く焼け焦げた木の幹が、死の香りを漂わせながら伸びている。まるで、巨人が山の頂上を踏みつぶして平らにしてしまったかのような光景である。
そんな死んだ土地の上に、建物が数棟。フタコブラクダの背中みたいな山を背に、見事な豪邸が建っている。血を吸ったかのように真っ赤な壁。ケバケバしく太陽光を反射する黄金の屋根。所狭しと並べられた、半円を引き延ばしたような形の窓。
奇妙なことに、豪邸の中心部が巨大な円状にくり抜かれ、万華鏡みたく細かく区切られた窓ガラスがはめ込まれている。薄く濁った窓ガラスは、決して内部の様子を透かそうとしない。その姿はまるで、建物の心臓。巨大な丸窓がドクン、ドクンと今にも脈打ち始めそうで、井ノ道はゾッとする寒気を覚えた。
豪邸の下には、背の高い白色の柵で囲まれた広大な庭があった。全貌は確認できないが、柵の隙間から辛うじて草原の緑を見ることができた。
あれが詩文様のお家か。枯れ果て色味のない土地にぽつんと現れた、目も眩むほどの豪華絢爛……。
庭の先には、赤いレンガを敷き詰めたような道路が伸びていた。道路の脇には古風なガス灯が等間隔に並べられている。レンガの道をたどってゆくと、豆腐のような白い建物、それから全身にブルーシートをまとった建設途中らしい建物が続いている。レンガの道は、ブルーシートの建物の前でプッツリ途切れていた。
さらに奥には、年季の入った建物が、仲間外れにされたみたくポツンと建っている。かなりの距離があるせいで、大きさは判別できなかった。
フタコブラクダのような山の反対側へ目を向けると、枯れた土地がしばらく続いており、その先は遠くまで、白い絵の具を水に溶かしたような色の靄にぼんやり包まれていた。
気のせいだろうか。外観から想像した島の広さよりも、随分と狭い気がする。それだけじゃない。別々の文化を一つの土地に縫い合わせたような、奇妙な不一致感が、島には常に漂っていた。
「ホテルへご案内します」
そう告げると、双子の女性は、レンガの道に対してまっすぐ垂直に歩きはじめた。俺は歓迎されているのか? それとも、侵入者と知った上であえて上陸させたのか。二人の腹の底は、読めなかった。
井ノ道は二人に続く。レンガの道に合流すると、足元にうっすら霧が漂い始める。脇に設置されたガス灯が、橙色の光を落としていた。後ろを振り返る。二つの山を背後に抱えるようにして建つ豪邸。大きな丸窓から、何者かが、大動脈よりも真っ赤な視線で、こちらの様子を窺っているような気がしてならなかった。
豆腐のような建物の前に到着した。二階建てらしく、屋上にはカラフルなテントが設置されている。すぐ下には、藻まみれの水が溜まったプールが設置されていた。さびれた外観の建物だ。
「ホテルに到着いたしました。ごゆっくりどうぞ」
ああ、やはりここが目的地だったのか。期待で膨らんだ胸の風船がしゅうと萎む。
双子は頭を下げると、ジャリジャリ鎖を引きずりながら来た道を戻っていった。彼女たちは一体、どこへ向かうのだろう。残念ながら、彼女たちを呼び止めることすら叶わなかった。
井ノ道は仕方なく、重い足取りでホテルの門をくぐる。酸性雨に溶かされ白く変色した烏のブロンズ像が、じっとこちらを睨んでいた。
鬱蒼とした森の中は、魔女の妖気に満ちていた。よく育った照葉樹林の幹が柱のように並んだ様は、まるで鏡の迷宮に迷い込んだかのようである。
井ノ道は浅い呼吸で二人の後を追った。足元の葉を一枚、拾い上げる。木の幹を覆い隠す苔。落ち葉。土中に隠れる微生物。それらがもたらす自然の香り。神秘的な生命のエネルギーが血液中を巡り、全身が歓びに包まれる。井ノ道は、キャッチ・アンド・リリースの精神で、葉を元の場所に戻した。
「君たちは一体何者なんだ?」
二人は足枷の鎖をジャラジャラ鳴らしながら、木の根を器用にジャンプして進む。完璧に動作がシンクロしていた。
「誰かに雇われたのか? それとも、どこかのサーカス団に所属しているとか」
「……」
彼女たちも頑なに返事はしてくれないようである。
無言で山の斜面を歩く。小鳥の鎮魂曲が盛り下がってきたところで、ふいに風向きが変わった。灰のような香り。乾いた風。どうやら森の出口は近いようである。
すると、木々の隙間から、いかにも豪華そうな建物が見えてきた。
「クソでけえホテルだ」
「ホテルではありません」
「この島を統治しておられる、詩文様のお家です」
「はあ」
唐突に二人が発言したので、井ノ道は気の抜けた返事をすることしかできなかった。
家だって? こんな孤島に人が住んでいるのか。つまりここは……無人島ではなかった。 詩文様。この島を統治する者。領主ということだ。建物の外観からして、かなりの富豪に違いない。リッチな老人たちは、詩文様に招待されて、この島を訪れるのだろうか。数多くの疑問が、ゴキブリのように胸の中から湧いて出る。
井ノ道は頭から落葉を浴びながら、緑の世界を抜けた。
目の前に広がっていたのは、地獄のような光景だった。
干ばつを嘆くかのようにしてひび割れた地面。所々に、黒く焼け焦げた木の幹が、死の香りを漂わせながら伸びている。まるで、巨人が山の頂上を踏みつぶして平らにしてしまったかのような光景である。
そんな死んだ土地の上に、建物が数棟。フタコブラクダの背中みたいな山を背に、見事な豪邸が建っている。血を吸ったかのように真っ赤な壁。ケバケバしく太陽光を反射する黄金の屋根。所狭しと並べられた、半円を引き延ばしたような形の窓。
奇妙なことに、豪邸の中心部が巨大な円状にくり抜かれ、万華鏡みたく細かく区切られた窓ガラスがはめ込まれている。薄く濁った窓ガラスは、決して内部の様子を透かそうとしない。その姿はまるで、建物の心臓。巨大な丸窓がドクン、ドクンと今にも脈打ち始めそうで、井ノ道はゾッとする寒気を覚えた。
豪邸の下には、背の高い白色の柵で囲まれた広大な庭があった。全貌は確認できないが、柵の隙間から辛うじて草原の緑を見ることができた。
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さらに奥には、年季の入った建物が、仲間外れにされたみたくポツンと建っている。かなりの距離があるせいで、大きさは判別できなかった。
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気のせいだろうか。外観から想像した島の広さよりも、随分と狭い気がする。それだけじゃない。別々の文化を一つの土地に縫い合わせたような、奇妙な不一致感が、島には常に漂っていた。
「ホテルへご案内します」
そう告げると、双子の女性は、レンガの道に対してまっすぐ垂直に歩きはじめた。俺は歓迎されているのか? それとも、侵入者と知った上であえて上陸させたのか。二人の腹の底は、読めなかった。
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豆腐のような建物の前に到着した。二階建てらしく、屋上にはカラフルなテントが設置されている。すぐ下には、藻まみれの水が溜まったプールが設置されていた。さびれた外観の建物だ。
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