溺愛ゲーマー

つる

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マギトリ物語 1

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 沼というものは時に深淵よりも恐ろしく、深いものである。
 無断欠勤して始めたゲーム、パラレルマギは沼だった。俺は沼の中にズブズブ沈み、使う暇もなかった給料をザブザブ課金し、深淵のふりしたブラック会社を辞め、無職の廃ゲーマーと化した。
 こんにちは充実した日々ゲーマーズライフ、気が付けばさようなら預金残高ライフゼロ、そして降って湧いた再就職プロゲーマーテスト……人生は結構色々あるらしい。
 俺は今、プロゲーマーになるべくテストを受けるために、俺がホームタウンに設定してあるルディオンの小洒落たカフェで茶色いウサギと顔合わせをしていた。
『えー、アー……ウン……その、ディー、サン?』
「ウサチャン……声、低い……」
 垂れた耳に茶色い毛、両手に収まりそうな小さいウサギは可愛い。可愛い生き物というのは何故か高めの声で喋ると想像しがちだ。小動物ならなおのことそうである。
 小動物がパラレルマギプレイヤーのツーシーなので、低い声が出るのはわかっていた。だが、わかっていても実際フワフワの小さな命を目の前にすると『ウ、ウサチャ、声……』と衝撃を受けてしまう。わかっていたが本当に低い。
『アー……えと、ディーサン?』
 呆けていたら気を遣ってかすかすな裏声を出してくれた。わかっていたのにこの状態になってしまった俺が悪いというのに、優しさが身に染みる。
「ハイ、ディーです! 今回はよろしくお願いしますッ」
 衝撃を受けたままでも、短時間に二度名前を尋ねられると頭が下がるのが、元社畜のいいところなのか悪いところなのか。
 勢いよく頭を下げすぎて、ゴンッと頭を机にぶつけた。音が大きかったせいだろう。茶色いフワフワがぴょんっと跳ねて慌てたように辺りを見渡し後ずさったのが視界の隅に見えた。可愛いが申し訳ない光景である。
「あ、すみません。刷り込まれてまして……今回ご一緒させていただく、ディーです」
『刷り込まれて……? ア、イヤ……ツーシーです。こちらこそ、よろしくお願いします』
 思わず呟いたのだろうことばは低かったが、挨拶する声は高い。まだ気を遣わせたままになっている。
「すみません、本当にすみません! 声は低くて大丈夫です……!」
 むしろいつも通りでなければ、ツーシーかどうかわかりにくい。ツーシーはパラレルマギプレイヤーの中でも珍しい全身変化タイプで、パラレルマギにログインするたび姿が違う。ウサギ、ネズミ、ネコ、犬……どの動物でも総じて肩に乗れる大きさに変化するため、うっかり見失うこともある。
 そんなツーシーの特徴は大きく三つだ。派手じゃないが魔術を巧みに使うこと、小動物であること、声が男性の低いものであるということ。
 この三つの内『男性の低い声』がなくなると魔術を使っていない限り、野生の小動物か脱走を計ったペットかプレイヤーのお供にしか見えない。ペットや動物系のお供が入れる牧歌的でかつ小洒落たカフェに居るため、今可愛い声を出されたら目の前にいても『ツーシー……なの、か?』となってしまう。それに低くて聞きづらいあの声がなければツーシーとはいいがたいと、ファンではない気がするが確実にツーシーオタクである俺は思うわけだ。
『……アザッス、結構、キツくて……』
 俺が思い込みでショックを受けただけで、ツーシーは何も悪くない。
「いや、本っっ当に! すみません!」
 机に額をつけて謝ると、腕にフワフワな何かがモフモフと……もしかしてウサギがモフモフしてくれているのだろうか……恐々と顔を上げると、ウサギがいくつか丸い毛玉を後ろ脚で蹴って、俺の腕に転がしていた。
「……抜け毛?」
『フェイクファー。抜け毛出るほど擬態してないので……』
「何故……?」
『フワフワもこもこで癒されるかと、思いまして……』
 本当に気を使わせてしまって申し訳ない限りである。
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