異形の魔術師

東海林

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事の始まり編

第8話

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 裸族の事で悶々としていると、何人かが歩いてくる音が聞こえてくる
 ココに用事があるのか、それとも新入りの屈強な囚人が来るのか
 そう言えば殿下の聴取の後は食事を持ってくる看守しか見てないなぁ

 考えている内に、自分の牢屋の前に立ち止まる3人の人物
 2人は殿下の聴取の時に、殿下の傍に控えていた騎士様
 もう1人は看守かな?
 その看守っぽい人はおもむろに鍵束を取り出して扉を開ける

「貴殿の釈放が決まった、出てくるがいい」

 言葉はキツ目だけど威圧感の無い騎士の言葉、けれど緊張している雰囲気がする
 絶対殺す宣言の騎士団長を見てるだけに、及び腰になるのは仕方ないよね
 他にも理由はあるけど

「どうした?釈放だぞ」
「これがあって出られないんですよ」

 騎士様にしっかり見えるように腕を上げて鎖を見せる

「それはすまなかった」

 そう言って看守の方を見るが、看守壁まで後ずさって全力で首を振っている
 そんなに怖いのかよ
 もう1人の騎士様が鍵を持って入ってくると手足の鎖を外してくれた
 そして何日かぶりに牢屋から出られた

 通路で騎士様と相対すると騎士様が大きく見える
 具体的には目を見て離そうとすると、見上げないといけないのだ
 どうやら化け物になって背が縮んだようだ

「聞きたい事が多々あると思うが、今は黙って付いてきて欲しい」

 どうやらこの後色々教えてくれるようなので、頷いて肯定の意思を伝える
 騎士様の先導で監獄の区画を出て通路をどんどん進んでいく
 幸か不幸かすれ違う人は少ないが、自分を目にした人は皆一様に驚いていた
 見た事の無い2足歩行の珍獣が歩いていればそりゃ驚くだろうよ
 そんな人の様子を観察できる余裕は全くなかった
 今の自分は全裸なのだから
 全裸で連れ回される、こんな羞恥プレイ、頭がハッキョーしそうだよ

 速く目的地について欲しいと願うが中々到着しない
 外に出て初めて判ったけど、どうやら王城の中だったらしい
 庭を通り広大な城の中を歩かされて到着したのは豪華な部屋
 ただ豪華なだけではなく、自己主張は少ないが繊細な作りの調度品が品良く置かている応接間のような部屋
 子爵家程度ではとてもお目にかかれないものだ

「今日からはここに滞在して頂きます」
「はい?ここに…ですか?」

 見たことのない豪華な部屋に圧倒されていると、案内してくれた騎士様から爆弾発言が飛び出す
 え?マジで?いいの?

「主よりそう承っております、後の事はこの者から説明があります」
「はじめましてランディ様、身の回りのお世話をさせて頂くミシュリーと申します」
「はぁ、よろしくお願いします」

 色々と理解が追いつかない中、美しい礼をしながら挨拶してくれる40前後の女性
 後ほどお迎えに上がりますと騎士達は退室していき、二人っきりになってしまう

「これからの予定を伝えます、まずは身を清めてもらい、食事をお出しします。その後エルントス第1王子殿下との謁見がございます」
「殿下と謁見ですか?」
「はい、殿下よりその場で全てを説明すると伺っております」

 まだ混乱していた、この人は恐れたりしてない、慈愛の笑みを浮かべている
 貼り付けた全てを隠す為の貴族の笑みでも、業務上の笑みでもなく
 慈しむような本当の笑みを浮かべているとなんとなく判った

「湯浴みの用意は出来ております、こちらへ」

 お風呂まであると言う事はかなり高位の方用の客間ずあないのか?
 自分なんかが使って良いのか?

「どうされました?こちらへどうぞ」

 尻込みし止まっていると、促されてしまったのでついて行く事に
 白を基調とした十分に広いバスルームは、中央に猫足のバスタブが鎮座している
 そして大きな姿見があったので、初めて今の姿を見る事になった
 うん、でっかい2足歩行する青いトカゲだ
 トカゲと違うのは、頭部に黒髪が有る事
 そして髪の間から左右に1本ずつ角が見えているが、途中で二股に分かれている
 改めて、化け物の姿になったんだと認識して気分が重くなる
 そしてもう一つ気になる事がある

 メイドさんが一緒に居るのだ

 てっきりバスルームに放りこまれて、後はご自由にだと思ったのになぁ…
 ものすごくイイ笑顔で、どこから取り出したのかブラシまで持ってる

「あ、あの、あとは出来ますから」
「いえいえ、ご不便をかけるのはメイドの名折れ、ささどうぞお座りにになって身をゆだねて下さい」

 や、やべぇ目がマジだ、しかも何か興奮してる
 結局この後むちゃくちゃ磨かれた
 そりゃもう隅々まで

 もう、お婿に行けない…

 今はバスタブでお湯につかりながら髪を洗われてる

「ランディ様、これはメイドのただの独り言でございます」

 ただの独り言と言うのだから、ここは黙って聞いておく

「殿下を庇って頂きありがとうございます、殿下はあなた様が心まで魔物にならずにいてくれました事に安堵をしております。そして全力で元に戻る方法を探すとも申されていました。どうか周囲に屈せず希望も持って頂きたいと思います」

 この言葉に思わず涙が出そうになった
 脳内とは言え強がってふざけてものの、化け物の見た目は拒絶や嫌悪の対象だった
 誰も味方は居ないと思っていた、状況によっては全力で逃げ出す事を考えていた
 けれど、化け物の姿になっても受け入れてくれる人が居る事が判って嬉しかった
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