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選ばれた世界
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桜木ユウト(18才)は、窓の外を眺めていた。
灰色の空が街を覆い、風が梢をかすかに揺らしている。どこかで鳥が鳴いた。
いつもと変わらぬ、ただの朝。
その日は学校が休みだった。
テレビの音がリビングから漏れてくる。ユウトは何気なく振り返り、画面に目をやった。
「本日の世界統一会議、会議の内容中継です」
アナウンサーの冷静な声が、曇り空の下に静かに響いていた。
この会議は、世界中の誰もが知っていた。
幾度も続いた議論。今日で会議開始から一年と半年が経とうかといったところだった。
そんな会議もいよいよ佳境へと近づいていた。
ユウトの脳裏に、過去の映像がよみがえる。
初めてその会議が開かれた日。
世界中の指導者や思想家、科学者たちが、巨大な会場に集まっていた。
テレビの中で、彼らは言葉をぶつけ合っていた。
「電子世界は神の意志による導きだ!」
「人間の魂は、デジタルにはならない。ならせてはならない」
「資源は限界だ。我々は生存の手段を選ばなければならない」
「人間の尊厳、それを守るためにこそ我々はあるのだ!」
ユウトには難しい言葉ばかりだった。
それでも、熱は伝わってきた。
世界は今、重大な分岐点にある――
少年の心は、その空気を肌で感じ取っていた。
長きにわたって繰り広げられた会議に、世界は激しく揺れた。
暴動、停電、食糧不足――それでも会議は終わらず、
やがて、主張は二つだけに収束していった。
ひとつは「現実にとどまるべきだ」という者たち。
もうひとつは「電子世界への移行こそ人類の進化」と信じる者たち。
ユウトは居間に座り、テレビの前に目を凝らしていた。
画面の向こうには、荘厳な会場。
天井の高いホールに、各国の代表が並び、
壇上にはニ人の登壇者が現れる。
「世界電子移行評議会――討論、開始」
司会の声と共に、まず一人の女性が立ち上がった。
落ち着いた表情の中年女性。その瞳は、確かな意志に満ちていた。
スピーチ1:反電子世界派代表
「……私たちは、すでに多くを持っています。
家族があり、友人があり、毎日の食卓には笑顔がある。
この世界に、不満はありますか?
苦しみや悲しみもあるでしょう。でも、それが“生きる”ということです。
電子世界に移行し、“完全な幸福”を得たとして――
それは、あなたの本当に望んだ幸福ですか?
痛みがあるからこそ、人は思いやる。
失うことがあるからこそ、愛は輝く。
この現実で生きてきた私たちの時間は、決して無意味ではないのです。
電子世界が“本物の人生”を再現できたとして、
それは、本当に“人生”と呼べるのでしょうか?」
彼女は静かに言葉を終え、席に戻った。
拍手はなかった。ただ、静けさがあった。
スピーチ2:電子世界賛成派代表
次に立ち上がったのは、若い男だった。
どこか熱に浮かされたような瞳。声は鋭く、会場に響いた。
「……現実は、終わりを迎えています。
資源は尽き、戦争は続き、あなたの自由は奪われている。
この腐りゆく現実を、私たちはもう必要としない。
電子世界はすべてを解決する。
苦しみも、渇きも、争いもない。
欲しいものは、すべて手に入り、永遠の幸福が待っている。
これは“進化”です。
私たちは、今こそ新たな人類へと変わるべき時なのです。
現実には、限界がある。
問題は山積みです。資源、環境、秩序、全てが破綻寸前。
電子世界へ移行すれば、問題は解決します。
このまま朽ち果てる現実を選びますか?
それとも、永遠に満たされる新世界を生きますか?」
男の声は高まり、会場に緊張が走った。
ユウトは、ただ画面を見つめていた。
どちらが正しいのか――答えは出なかった。
どちらも、どこか怖かった。
未来を選ぶということは、過去を捨てることなのかもしれない。
それが彼には、恐ろしく思えた。
「どの未来に進むべきなんだろう?」
ユウトは問いを胸に抱いたまま、
やがてテレビの音だけが静かに流れる部屋の中に、
一人、黙って座り続けた。
朝の光が差し込む部屋。ユウトは目を覚ました。
窓の外には、青い空と鳥の声。
ベッドから起き上がり、制服に袖を通す。
リビングのテレビからは、ニュースが流れていた。
世界の情勢、スポーツ、天気――
「今日も、いい天気だな」
誰に聞かせるわけでもなくそう言って、家を出た。
学校へ向かう道。いつも通りの街。
友人の笑い声。道端の花。パン屋の匂い
いつも通りの風景にユウトは胸の奥でわずかな違和感を覚えた。
何かを……忘れている気がする。
けれど、それが何かは分からない。
空は青く、世界は穏やかだった。
彼は歩き続ける。
地下施設。
膨大な情報サーバーの列が、無数に並んでいる。
人工知能が管理するコアユニットが、静かに稼働している。
画面に、制御AIのメッセージが浮かび上がる。
旧識別名称「桜木ユウト」
ログイン状態:安定。脳波:正常。意識統合率:100%。
【記憶同期完了。個体ID:A-51207 電子世界内統合:完了済】
【記憶制限状態:有効】
【実世界アクセス:遮断】
「全個体、記憶操作完了。現実認識:完全遮断。電子世界移行率:100%。System All Green 。」
この世界に、現実を知る者はいない。
誰も、真実を疑わない。
灰色の空が街を覆い、風が梢をかすかに揺らしている。どこかで鳥が鳴いた。
いつもと変わらぬ、ただの朝。
その日は学校が休みだった。
テレビの音がリビングから漏れてくる。ユウトは何気なく振り返り、画面に目をやった。
「本日の世界統一会議、会議の内容中継です」
アナウンサーの冷静な声が、曇り空の下に静かに響いていた。
この会議は、世界中の誰もが知っていた。
幾度も続いた議論。今日で会議開始から一年と半年が経とうかといったところだった。
そんな会議もいよいよ佳境へと近づいていた。
ユウトの脳裏に、過去の映像がよみがえる。
初めてその会議が開かれた日。
世界中の指導者や思想家、科学者たちが、巨大な会場に集まっていた。
テレビの中で、彼らは言葉をぶつけ合っていた。
「電子世界は神の意志による導きだ!」
「人間の魂は、デジタルにはならない。ならせてはならない」
「資源は限界だ。我々は生存の手段を選ばなければならない」
「人間の尊厳、それを守るためにこそ我々はあるのだ!」
ユウトには難しい言葉ばかりだった。
それでも、熱は伝わってきた。
世界は今、重大な分岐点にある――
少年の心は、その空気を肌で感じ取っていた。
長きにわたって繰り広げられた会議に、世界は激しく揺れた。
暴動、停電、食糧不足――それでも会議は終わらず、
やがて、主張は二つだけに収束していった。
ひとつは「現実にとどまるべきだ」という者たち。
もうひとつは「電子世界への移行こそ人類の進化」と信じる者たち。
ユウトは居間に座り、テレビの前に目を凝らしていた。
画面の向こうには、荘厳な会場。
天井の高いホールに、各国の代表が並び、
壇上にはニ人の登壇者が現れる。
「世界電子移行評議会――討論、開始」
司会の声と共に、まず一人の女性が立ち上がった。
落ち着いた表情の中年女性。その瞳は、確かな意志に満ちていた。
スピーチ1:反電子世界派代表
「……私たちは、すでに多くを持っています。
家族があり、友人があり、毎日の食卓には笑顔がある。
この世界に、不満はありますか?
苦しみや悲しみもあるでしょう。でも、それが“生きる”ということです。
電子世界に移行し、“完全な幸福”を得たとして――
それは、あなたの本当に望んだ幸福ですか?
痛みがあるからこそ、人は思いやる。
失うことがあるからこそ、愛は輝く。
この現実で生きてきた私たちの時間は、決して無意味ではないのです。
電子世界が“本物の人生”を再現できたとして、
それは、本当に“人生”と呼べるのでしょうか?」
彼女は静かに言葉を終え、席に戻った。
拍手はなかった。ただ、静けさがあった。
スピーチ2:電子世界賛成派代表
次に立ち上がったのは、若い男だった。
どこか熱に浮かされたような瞳。声は鋭く、会場に響いた。
「……現実は、終わりを迎えています。
資源は尽き、戦争は続き、あなたの自由は奪われている。
この腐りゆく現実を、私たちはもう必要としない。
電子世界はすべてを解決する。
苦しみも、渇きも、争いもない。
欲しいものは、すべて手に入り、永遠の幸福が待っている。
これは“進化”です。
私たちは、今こそ新たな人類へと変わるべき時なのです。
現実には、限界がある。
問題は山積みです。資源、環境、秩序、全てが破綻寸前。
電子世界へ移行すれば、問題は解決します。
このまま朽ち果てる現実を選びますか?
それとも、永遠に満たされる新世界を生きますか?」
男の声は高まり、会場に緊張が走った。
ユウトは、ただ画面を見つめていた。
どちらが正しいのか――答えは出なかった。
どちらも、どこか怖かった。
未来を選ぶということは、過去を捨てることなのかもしれない。
それが彼には、恐ろしく思えた。
「どの未来に進むべきなんだろう?」
ユウトは問いを胸に抱いたまま、
やがてテレビの音だけが静かに流れる部屋の中に、
一人、黙って座り続けた。
朝の光が差し込む部屋。ユウトは目を覚ました。
窓の外には、青い空と鳥の声。
ベッドから起き上がり、制服に袖を通す。
リビングのテレビからは、ニュースが流れていた。
世界の情勢、スポーツ、天気――
「今日も、いい天気だな」
誰に聞かせるわけでもなくそう言って、家を出た。
学校へ向かう道。いつも通りの街。
友人の笑い声。道端の花。パン屋の匂い
いつも通りの風景にユウトは胸の奥でわずかな違和感を覚えた。
何かを……忘れている気がする。
けれど、それが何かは分からない。
空は青く、世界は穏やかだった。
彼は歩き続ける。
地下施設。
膨大な情報サーバーの列が、無数に並んでいる。
人工知能が管理するコアユニットが、静かに稼働している。
画面に、制御AIのメッセージが浮かび上がる。
旧識別名称「桜木ユウト」
ログイン状態:安定。脳波:正常。意識統合率:100%。
【記憶同期完了。個体ID:A-51207 電子世界内統合:完了済】
【記憶制限状態:有効】
【実世界アクセス:遮断】
「全個体、記憶操作完了。現実認識:完全遮断。電子世界移行率:100%。System All Green 。」
この世界に、現実を知る者はいない。
誰も、真実を疑わない。
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