毎朝俺の悲鳴から始まる!世話焼き幼馴染の溺愛治療

えなが つぐみ

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15-2 代償は一生消えることはない

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棚に置いてある古い時計が、小さな振り子を揺らし6時半を指していた。
トモロウがコーヒーカップを持ち上げた音が、空調の音に混ざってやけに耳に響く。
 
俺は何も言えずに、上品にカップに口を付けるトモロウをただ眺めていた。
そして、ゆっくりとカップをソーサーに置くと、トモロウは促すように俺を見つめた。

「不幸は、呪いの代償……?」
トモロウの言葉を、俺はそのまま復唱した。
あまりにも聞き馴染みのない言葉に、俺は理解することができなかった。


俺と優成とレイチェルに起きてる不幸、とか言ってたか?
俺が不幸?……冗談だろ。
そんな実感、全くないんだけど……。
いや、待って。
むしろ、今が幸せの絶頂みたいなところあるぞ?


「あなたは不幸を感じないかもしれないわね」
俺が頭を抱えていると、トモロウが小さく呟いた。
そして、俺をおいて話を続けた。

「まずは“呪い”というものを、理解しないといけないわ」
その声は低く、俺の体を硬直させた。

「呪い……」
何度も聞いてきた言葉だ。
でも俺は“呪い”について、何も知らずにいる。

──いや、そうじゃない。
実際は、知ろうとしてこなかった。
きっと俺は、知らなきゃいけないんだ。

「……呪いのこと、教えてください。
それと俺たちに起きていることを」

トモロウは俺としばらく目を合わせて、そして小さく微笑んだ。

「いいわ、教えてあげる」

俺は体を固くして、次の言葉を待った。

「そもそも呪いとは、発動者が対象に不幸や災いを振りかけることよ」
トモロウの落ち着いた声が、俺の耳に届いた。
それはまるで、辞書でも読んでいるかのように冷たく聞こえた。

「今回のケースだと、発動者がレイチェルと優成さん、そして対象が世利さんよ」
トモロウの長い指先が、ふわりと俺に向けられる。
俺は、トモロウの説明に黙って頷いた。

「優成さんは、知らないうちに発動者になっているわ」

“優成も発動者”
レイチェルも以前、優成が原因の一つみたいに言ってたな。
確か、優成の恋愛相談を受けて呪いをやってみた……みたいな。


「この呪いは、レイチェルが優成さんの“執念”を糧に発動させたの。
優成さんの強い思いがなければ、レイチェルは呪いを発動できなかったでしょうね」

執念──その言葉が、喉に引っかかった。
優成の恋愛感情を、そんなふうに呼ばないでほしかった。

それでも俺は、話の続きを促すように、小さく相槌を打つだけにした。


「世利さんには、性転換の呪いが発動しているわ。
厄介なことに、解除には世利さんと発動者──つまり優成さんとの、関係の変化を必要とするわ」

関係の変化。
それは、レイチェルの言っていた「優成の告白への答えを出すこと」だろう。

俺はまた、小さく相槌を打ってトモロウの話に耳を傾けた。

「そして、あなたが知らないことはここからよ。
呪いの発動者は、発動した瞬間から代償を支払うことになるの」

──呪いの代償
俺の知らない話だ。
レイチェルは俺に代償の話はしなかった。

「……その代償って、なんですか?」

俺の言葉に、トモロウは目を細めて小さく息を吐いた。
そして、少し言いづらそうに言葉を続けた。

「一番大切なもの……。
発動者は、一番大切にしているものを失っているの」

トモロウの言葉に息をのんだ。

優成が、一番大切にしているものを失っている?
それって……なんだ?

「レイチェルの場合は、占いの仕事よ」
トモロウは、伏し目がちに口を開いた。
そしてその声は、さっきよりも苦しそうだった。

「優成さんの場合は……」

「……優成は?」
いつの間にか、握った手のひらは汗でじっとりと濡れていた。

トモロウは俺の顔を見てから、ゆっくりと口を開く。

「失ったものは、あなたとの関係よ」

「俺との関係?
いや、それはないよ。
だって、俺たち恋人同士になったんだ!」

俺は必死になってトモロウに反論していた。
身を乗り出したせいで、コーヒーカップがカチャカチャと音を立てている。

だって、そんな訳がないんだ。
性転換が始まってからも、俺たちはいつも一緒にいたんだから。
俺たちの関係が失われているなら、今一緒にいることが矛盾してるじゃないか!


しかし、トモロウは静かに言葉を続けた。

「そうね。
“恋人”になって、“友情”は失ったのよ」

──友情?!

「なんだよ、そんなの屁理屈だろ?」

「でも、それが彼が一番大切にしてきたものだったの。
10年間、壊したくなくて守ってきたの」

「いや、でも……」

そんなはず、ない。
俺たちの関係は、前よりもっと親密になっているんだから。

そう思うのに、俺は上手く言葉に出すことができないでいた。
トモロウの言葉にも、説得力を感じてきていたからだ。

「例えば、世利さんが優成さんを振っていたらどうなっていたと思う?」

「……そんなの、俺たちは幼馴染だってことは変わらない!」

いつの間にか、俺は語尾を強めて言い返していた。
最早俺は、トモロウの説明を理解していないというよりは、受け入れたくないという気持ちになっていた。

そんな俺に対して、トモロウは淡々とした口調で答えを返す。

「いいえ。
もし振っていたら、優成さんと世利さんは徐々に関係性が希薄になっていくわ」

「……なんだって?」

「友情は、少しずつ消えているの。
恋人でなくなった瞬間から、あなたたちの接点はなくなっていくわ。
そして、呪いの代償は一生消えることはない」

「……っ!」

トモロウの落ち着いた口振りが、それを真実だと伝えてくるようだった。
俺は胸を強く掴まれたように苦しくなり、息が一瞬止まった。


「そして今回の場合は、もうひとつ代償があるわ」

「……まだあるの?」

無慈悲に話を続けるトモロウに、俺は俯いて小さくため息をついた。
そして、もう一度トモロウに視線を戻した。

「えぇ、あるわ。
それは、発動者同士は二度と出会えないということ。
これは、呪いを発動した者が複数人いた場合、もう二度と協力して災いを起こさせないための代償よ」

「……だから今夜、優成とレイチェルは会えないって知ってたの?」

「そうよ。私とレイチェルは、そのことを知っているわ」

俺は、昼間のLINEのことを思い出した。
優成の都合を知らないはずなのに、『きっと彼は来られないだろうから』と言ったトモロウ。

それは、優成とレイチェルが会えなくなることを知ってたからなんだ。

俺はそのとき前回レイチェルと会ったときのことを思い出した。

「もしかして、この前レイチェルが俺の家に来たのも、その日の夜に優成に会えなかったのも……呪いの代償ってこと?」

「ええ、そうよ。
あの日、レイチェルは優成さんの家に向かっていたのよ。
でも、結果的にあなたの家に行ってしまった。
説明はできないけれど、呪いの代償は絶対なのよ」

あの日、レイチェルがなぜ俺の家に来たのか、それがずっと不思議だった。
それがまさか、呪いの代償だったなんて……。

俺の額からは、汗がじわりと滲んできた。
荒くなる呼吸を抑えようと、自分の口元に手を当てる。
その手すらも、薄っすらと震えていた。

俺は、あまりの恐ろしさに現実を受け止められないでいた。


「顔色が悪いわ。
いきなり話をしすぎたわね」

トモロウが一度席を立ち、棚の中からハンドタオルを出して、そして俺に手渡した。
俺はそれを受け取り、額の汗を拭いた。
タオルから香る知らない匂いが、余計に俺を不安にさせる。

「ごめんなさい、怖い思いをさせているかしら?」

「いえ……はい……、すみません」



動転している俺に、トモロウは優しく声をかけた。

「大丈夫よ。世利さんには、選択肢があるわ」

それは、俺を余計に混乱させる内容だった。

「あなただけは、この因果から抜け出せるのよ」
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