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農家ドルゴの小言
第2話「勝ち気メガネ嬢と冷酷メガネ紳士」
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ギシッギシッガラガラ。
木の軋む音と車輪の音を響かせながら、ドルゴは御者台の上で馬を操ってそこに馬車を止めた。そこ、冒険者ギルドの裏だ。
ギルド裏にはたくさんの職員と商人がいて、商品の引き渡しや商談をしている。
ギルドは大きな組織だ。そうなると、何かと物入りになる。さらに、いつでもモンスターウェーブに備えており、この砦のような建物内には、しばらくの間籠城できるように様々な物資がしっかりと保管されている。
ドルゴはそんな大切な食料庫を埋める生産者の一人だった。
「あれ、ドル爺? 久しぶりじゃん」
明るい声にドルゴが振り向くと、淡い水色の髪が見えた。丸い大きな眼鏡と尖った耳、上質な服――フェローチェ商会の一人娘、リアナだ。
ドルゴの目が緩む。
「おおっリアナか。久しいの」
「うん……ごめんね、最近会いに行けなくて」
「ほっほっほ! 来んでいいわい。お前さんは来ない方が元気じゃからなぁ。
体調崩すと、いつもワシのとこの野菜ジュース欲しがって来てたのぉ……懐かしいわい」
からからとドルゴが笑うとリアナは「う」と言葉に詰まった。商売人としてはやり手でも、昔から可愛がってもらっているドルゴには叶わない。
「子供の頃の話でしょ? 今は違うし」
「しかし、この前もお前さんとこの侍女がジュース貰いに来とったが?」
「あれはっ! 皆が勝手に……あたしは欲しがってないし!」
余裕で笑うドルゴと、遊ばれるリアナの姿に、周囲のギルド職員も商人も珍しいものを見る目を向けていた。特にギルド職員の目は熱心だ。おそらくは、リアナに何度も言い負かされたのだろう。
最近はリアナが交渉に来ると、レイヴンが出向かないといけないくらいになったようだが、ドルゴには関係なかった。
「ってか、あたしのことはいいの! フィンから聞いたよ? 最近喉の調子悪いんでしょ? なのに動いて大丈夫なの?」
「なんじゃと? フィンのやつめ。周囲に言いふらしておるのか?」
「周囲にって……あたし以外の誰にあいつが言うっての?」
呆れたようなリアナに、ドルゴもしばらく考えてから。
「それもそうじゃの」
と頷いた。偏屈錬金術師は基本引きこもりで、人と関わらない。関わるのはリアナか、相当なお節介焼きだけだ。だからフィン経由で話が広まることはまず無い。
「それは置いておくとして、そういうお前さんこそこんなところでどうしたんじゃ。フェローチェのお嬢様が一人で」
「それがさ」
「……こんなところで申し訳ございません、ドルゴ様、リアナ嬢」
二人が話していると、銀髪を揺らした美青年が眼鏡のズレを直しながらやって来た。
その整った顔は無表情だったが、ドルゴとリアナが揃っているのを確認し、どこか疲れた輝きを帯びたように見えたのは気のせいか。
リアナが目を輝かせた。
「ようやく来た。本当にドル爺の言う通り、客人をこんなところで待たせるなんて、なってないんじゃない?」
「……客間にご案内したのをいらないとおっしゃったと聞きましたが」
その瞬間、リアナとレイヴンの間に見えない火花が散ったようだ。
周囲のギルド職員や商人たちは、巻き込まれてはたまらない、と微妙に距離を取っていた。
「そもそも今回の話し合いは、そちらから急遽提案されたものです。冒険者ギルドとしては受ける必要もありませんので、お気に召さないようであれば、帰っていただいても構いませんよ、お嬢様?」
「! あらあら、そんなことを言っていいの? 最近の物価上昇に関する重要な話だと言うのに?」
「物価に関してはフェローチェ商会の方々の手を煩わせずとも、商業ギルドと直接協議をしておりますので――」
「その商業ギルドの最大の出資者が誰だか忘れたの?」
「……ふっ。
そうですね。そしてそんなフェローチェ商会最大の顧客が我がリンドベルの冒険者ギルドですね」
「っ? ふふ、それは情報が古いわよ、レイヴン様。あたしたちフェローチェはすでに他国にも販路を広げて」
リアナがメガネを持ち上げながら勝ち誇ったように胸を張る。対してレイヴンは、垂れてきた銀髪を優雅な手つきで耳にかけた。
「ああ、お聞きしております。帝国への販路拡大おめでとうございます。我がフロー家とも契約していただいたとか。父が褒めておりました。リアナ嬢は『とてもご立派だった』と」
「! なんですって」
あからさまな子供扱いにリアナはカッと顔を赤らめた。どうも今回はレイヴンのほうが優勢なようだ。
そんな中でドルゴは、おろおろとしているギルド職員に声をかけた。どうやら新人で、こういう時にどうすれば良いのか分からなかったらしい。
「そこのお嬢ちゃんや。ドルゴ農場からいつもの野菜を納品に来た。検品しとくれや」
「あっ、は、はい! お待ち下さい」
商業ギルド発行の生産者証を見せ、書類を渡すと、新米職員は慌てつつも荷台を確認しに行った。
ドルゴはその様子を微笑ましそうに見つめた後、御者台に深く腰掛け、持ってきた水筒から温かいお茶を飲んで一息ついた。
周囲ではずっと何かしらの話し合いが続いており、その中でも一際ヒートアップしている二人組がいた。ドルゴは髭を撫でた。
「ほっほっ……今日も仲が良いのぉ」
木の軋む音と車輪の音を響かせながら、ドルゴは御者台の上で馬を操ってそこに馬車を止めた。そこ、冒険者ギルドの裏だ。
ギルド裏にはたくさんの職員と商人がいて、商品の引き渡しや商談をしている。
ギルドは大きな組織だ。そうなると、何かと物入りになる。さらに、いつでもモンスターウェーブに備えており、この砦のような建物内には、しばらくの間籠城できるように様々な物資がしっかりと保管されている。
ドルゴはそんな大切な食料庫を埋める生産者の一人だった。
「あれ、ドル爺? 久しぶりじゃん」
明るい声にドルゴが振り向くと、淡い水色の髪が見えた。丸い大きな眼鏡と尖った耳、上質な服――フェローチェ商会の一人娘、リアナだ。
ドルゴの目が緩む。
「おおっリアナか。久しいの」
「うん……ごめんね、最近会いに行けなくて」
「ほっほっほ! 来んでいいわい。お前さんは来ない方が元気じゃからなぁ。
体調崩すと、いつもワシのとこの野菜ジュース欲しがって来てたのぉ……懐かしいわい」
からからとドルゴが笑うとリアナは「う」と言葉に詰まった。商売人としてはやり手でも、昔から可愛がってもらっているドルゴには叶わない。
「子供の頃の話でしょ? 今は違うし」
「しかし、この前もお前さんとこの侍女がジュース貰いに来とったが?」
「あれはっ! 皆が勝手に……あたしは欲しがってないし!」
余裕で笑うドルゴと、遊ばれるリアナの姿に、周囲のギルド職員も商人も珍しいものを見る目を向けていた。特にギルド職員の目は熱心だ。おそらくは、リアナに何度も言い負かされたのだろう。
最近はリアナが交渉に来ると、レイヴンが出向かないといけないくらいになったようだが、ドルゴには関係なかった。
「ってか、あたしのことはいいの! フィンから聞いたよ? 最近喉の調子悪いんでしょ? なのに動いて大丈夫なの?」
「なんじゃと? フィンのやつめ。周囲に言いふらしておるのか?」
「周囲にって……あたし以外の誰にあいつが言うっての?」
呆れたようなリアナに、ドルゴもしばらく考えてから。
「それもそうじゃの」
と頷いた。偏屈錬金術師は基本引きこもりで、人と関わらない。関わるのはリアナか、相当なお節介焼きだけだ。だからフィン経由で話が広まることはまず無い。
「それは置いておくとして、そういうお前さんこそこんなところでどうしたんじゃ。フェローチェのお嬢様が一人で」
「それがさ」
「……こんなところで申し訳ございません、ドルゴ様、リアナ嬢」
二人が話していると、銀髪を揺らした美青年が眼鏡のズレを直しながらやって来た。
その整った顔は無表情だったが、ドルゴとリアナが揃っているのを確認し、どこか疲れた輝きを帯びたように見えたのは気のせいか。
リアナが目を輝かせた。
「ようやく来た。本当にドル爺の言う通り、客人をこんなところで待たせるなんて、なってないんじゃない?」
「……客間にご案内したのをいらないとおっしゃったと聞きましたが」
その瞬間、リアナとレイヴンの間に見えない火花が散ったようだ。
周囲のギルド職員や商人たちは、巻き込まれてはたまらない、と微妙に距離を取っていた。
「そもそも今回の話し合いは、そちらから急遽提案されたものです。冒険者ギルドとしては受ける必要もありませんので、お気に召さないようであれば、帰っていただいても構いませんよ、お嬢様?」
「! あらあら、そんなことを言っていいの? 最近の物価上昇に関する重要な話だと言うのに?」
「物価に関してはフェローチェ商会の方々の手を煩わせずとも、商業ギルドと直接協議をしておりますので――」
「その商業ギルドの最大の出資者が誰だか忘れたの?」
「……ふっ。
そうですね。そしてそんなフェローチェ商会最大の顧客が我がリンドベルの冒険者ギルドですね」
「っ? ふふ、それは情報が古いわよ、レイヴン様。あたしたちフェローチェはすでに他国にも販路を広げて」
リアナがメガネを持ち上げながら勝ち誇ったように胸を張る。対してレイヴンは、垂れてきた銀髪を優雅な手つきで耳にかけた。
「ああ、お聞きしております。帝国への販路拡大おめでとうございます。我がフロー家とも契約していただいたとか。父が褒めておりました。リアナ嬢は『とてもご立派だった』と」
「! なんですって」
あからさまな子供扱いにリアナはカッと顔を赤らめた。どうも今回はレイヴンのほうが優勢なようだ。
そんな中でドルゴは、おろおろとしているギルド職員に声をかけた。どうやら新人で、こういう時にどうすれば良いのか分からなかったらしい。
「そこのお嬢ちゃんや。ドルゴ農場からいつもの野菜を納品に来た。検品しとくれや」
「あっ、は、はい! お待ち下さい」
商業ギルド発行の生産者証を見せ、書類を渡すと、新米職員は慌てつつも荷台を確認しに行った。
ドルゴはその様子を微笑ましそうに見つめた後、御者台に深く腰掛け、持ってきた水筒から温かいお茶を飲んで一息ついた。
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