戦士の国ライガイア

染舞(ぜんまい)

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新人冒険者タングのライガイア奮闘記

第一話『少年は胸に希望を抱く』

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 緑の平原から、ゴツゴツした岩地帯、そしてまた土へと変わって数日が経つ。
 代わり映えのない景色がずっと続いており、少年――タング=ウィストは肩を落としてため息をついた。

「この丘越えたら見えてくるぞ」
 そんな声が聞こえて、タングは顔を上げた。
 初めての旅に出て半月。体力に自信のあったタングだったが、さすがに疲れていた。疲れと同じ景色の連続には精神的にも参り始め、目的地に着く前から故郷のリンドベルが恋しくなっていたところだ。

 目の前の丘を登る彼の足に、力が戻る。――隊列を乱すなよ、という声が遠くに聞こえたが、青い目をキラキラ輝かせて走り出してしまった少年には届かない。

「……ッ、わぁ!」
 そして登りきった時、少年の口からは言葉にならない声が漏れ出て、ピタリと動きを止めた。
 周囲の大人たちは微笑ましそうにそんな彼を見た。皆通ってきた道だ。

 見えたのは山と森に囲まれた街。独特な朱色の建物が見え、そしてそこには頭から角を生やした大きな人影も見える。――鬼人族だ。

「っ~! あれが戦士の国ライガイア」
「の、レンコウガな。街ごとの空気がかなり違うから、そこ間違えんなよ」
 
 資料で見た写真の通りだ、とタングが感動していると、だるそうな声がした。そこにいたのは彼の先輩であり、この一団の総責任者だ。
 タングに一声だけかけると、そのまま面倒そうな顔をしつつ、他のギルド職員たちに指示を出し始めた。

「止まれ!」
 迫力ある門の前につくと、2メートルはある黒い肌の男性が声をかけてきた。





(鬼人族!)
 その鬼人族は顔つきが険しく、緊迫した空気を纏っていた。

――10年前から排他的な傾向が強まったって聞いてたけど、本当なんだ。

 タングはゴクリとつばを飲み込んだ。それから鬼人が背負った巨大な剣が目に入る。堂々と立つ鬼人族の様子から、その剣が飾りでないことが分かる。

(この人、強い……俺なんかじゃ)
 タングは背負った剣の重みを感じつつ、察した。彼がこの剣を手に取り振るう前に、この鬼人の剣が先に振り下ろされるだろう、と。

 そんな緊迫した空気の中、「うぃーっす」と先輩が猫背のまま前に出ていく。先輩の顔を見た鬼人族は、途端に口元をほころばせた。
「おおっ、今回はメンラース殿でしたか。お待ちしておりました!」
 空気が途端に緩まった。タングは知らずに息を吐き出す。いや、タングだけではない。彼よりも慣れているはずのギルド職員たちも肩から力を抜いた。
 そんな中、先輩だけがまるで態度を変えない。

「あのな……前の支援団、追い返したって聞いたぞ? 別に変なもの持ってきたりしねーっての」
「それは分かっております。なので物資はありがたく受け取らせていただきました」

 つんっと言い張る鬼人族に、先輩はやれやれと肩をすくめた。
 支援団。
 そう。タングたちは冒険者ギルドから派遣された支援目的の一団だ。10年前、ライガイアの都市の一つ、ブレンで起きたモンスターウェーブ。それによる甚大な被害に対するものだ。……もっとも、タングには別の理由もあるのだが。
 冒険者ギルドは、モンスターウェーブに対抗するために作られた組織。防ぐことも大切だが、被害への支援も欠かさない。

(ふぅ、良かった。けど……先輩ってやっぱり凄いんだな)
 タングは改めて先輩の男を見た。その青く輝く目には尊敬の光が浮かんでいた。あの鬼人族に立ち向かうどころか、敬われてるなんて!

 しかしその背中を見てタングは思い出してしまった。先輩が、ギルド長と一緒にレイヴン副ギルド長に説教されている姿を。
 ギルドの廊下で、二人並んで正座させられていたのを見たときの衝撃を、明確に思い出してしまった。

 すんっと、タングの目から尊敬の輝きが弱まった。

「……話はついた。行くぞ。今日はここの支部で一晩泊ま……ん? おかしいな。ここはもっと『先輩凄い!』『素敵っ!』て目線が集まるはずなのにな?」

 タングや周囲の、複雑そうな目線を受けた先輩は、「くそっ。行ったらモテるぞ、ベーコン1ヶ月分なんて言われて引き受けるんじゃなかった」とブツブツ文句を言っていた。

 ひとまずタングはそんな先輩から目線をそらし、改めて立派な赤い門を見上げた。

「……今日からここが俺の職場、か」

 青い瞳が揺れ動き、彼は興奮したように肩を上下させた。
 未知への不安と期待が入り混じりながら、こうしてタングの他支部での生活が始まろうとしていた。

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